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第6章 ……好き

4.早く帰ってきて……

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夜は、ニャーソンさんと合同打ち上げだった。

「このたびはありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございます」

ニャーソンの有薗課長と佑司がにこやかに挨拶している。

「それもこれも、京屋部長のおかげです」

「いえ、私はなにも」

しれっと謙遜してみせているものの、尻尾がぶんぶん振られていますよー。
でもこの成功で、ニャーソンさんから早くも次の商品の依頼がきている。
これでさらに、佑司は会社にわがままを通させることだろう。

「チー」

お手洗いを出たところでなぜか、駿が待っていた。

「あのさ。
……ちょっとふたりで話、できない?」

もうこの場合、NOが正解だって知っている。
でも私の手を掴む駿の手が、私を見つめる駿の瞳が、そう言わせなかった。

「……うん」

手を掴まれたまま店を出る。
すぐに人気のない近くの路地に連れ込まれた。

「僕さ。
前に、チーにあやまりたいことがあるって言ったよね」

「……う、うん」

私の顔横、しかも出口側の壁に手をつき、駿が私を見下ろしてくる。

「借りてたCD捨てたって……」

「あれ、嘘」

ふっ、っと皮肉るように口もとだけで彼が笑う。

「チーに特定の相手がいるって知って、適当に言っただけ。
だって僕……」

ゆっくりと近づいてくる駿の顔を、間抜けにもじっと見ていた。

「――いまでもチーが、好きだから」

離れた彼の顔を、おそるおそる見上げる。
そこにはどう猛な豹の顔をした彼がいた。

「チーが鈍いことなんて最初からわかってた。
それでそこが可愛いって思ってたのに、いくら就活はじまって余裕がなかったからってチーに当たってた僕、さいてー」

「……」

「ごめんね、チー。
僕が子供だったばっかりに」

駿はいまさら、なにが言いたいのだろう。
あやまるならあの当時言ってほしかったし、それに全然嬉しくない。
自分のことばっかりであのとき、私がどんな思いだったかなんて気づいていない。
佑司は私も傷ついていたんだって教えてくれたし、わかってくれたのに。

「あれから四年もたってるんだよ。
もう、どうでもいい」

「チーは僕を、許してくれるんだ」

ぐいっと、駿の顔が近づいてくる。
思いっきり押しのけようとするけれどびくともしない。

「許すとか、そんな」

「あの頃からチーは全然変わってないよね。
ううん、前よりずっと可愛くなった。
再会したのもなにかの運命だよ。
だからやり直そう、僕たち。
今度は上手くいくと思うんだ」

駿がなにを言っているのかちっとも理解できない。
それにさらにぐいぐい押してきて身の危険を感じた。

「私は駿が好き」

――じゃない。

その言葉は駿の唇に遮られる。
暴れる私の手は駿の手によって壁に押さえつけられた。
身体の中に酒臭い息が入ってくる。
涙でにじんだ視界に見えたのは――佑司の、姿。

「……!」

駿の手を振り払おうとするが、離れない。
目のあった佑司は私から視線を逸らし、足早にその場を去っていった。

「……やっぱりチー、僕のことまだ」

――バシィン!

右手のひらがじんじんする。
私に叩かれた左頬を押さえ、駿の視線は答えを探すようにせわしなく動いていた。

「あんたなんて大っ嫌い!
さいってい!」

気持ち悪くて唇を何度もぐいぐい拭う。
さらには不覚にも駿の息を吸い込んでしまったおかげで、吐き気がする。

「私が傷つけたからってあんたの幸せなんか祈ってた自分が嫌になる。
あんたはあの当時だっていまだって、最低なのに。
もう二度と近づかないで。
今日のことを訴えないのは、過去の莫迦な自分への戒めだから」

自分の計算外れの行動を私が取ったもんだから、バグを起こして停止している駿を見捨てて店に戻る。

「京屋ぶちょ……う」

「あ、大隅おおすみさん」

声をかけようとしたけれど、まるで逃げるように佑司は他の人のところへ行ってしまった。

その後も何度も。

佑司がどこから見ていたかはわからないが、キスされていたところを見たのは確実だ。
いくら無理矢理でもあれが、不正解なのはわかる。

陽気な周囲の声が妙に遠い。
私だけぽつんと、別の世界にでもいるようだ。

それからしばらくして、お開きになった。
ずっと深海にいるかのように苦しくてたまらなかったが、唯一よかったのは先に帰ったのかあれから駿が姿を見せなかったことだ。

「二次会行く人ー」

佑司はすでに、そちらのグループに入っている。
一緒についていくべきか悩んだ。

「八木原も行くよな」

気を利かせた先輩が訊いてくれる。
ちらっと佑司をうかがったけれど、すーっと視線を逸らされた。

「……今日は帰ります」

「マジで!?」

彼をはじめ、周囲がざわめく。
それほどまでにこの頃は、私と佑司はセットにされていた。

「京屋部長。
八木原、帰るとか言ってますけどいいんですかー」

「帰りたい奴は帰らせればいいじゃないか」

吐き捨てるようにそれだけ言い、佑司はさっさと歩きだした。
慌てて周囲の人間が追う。

「なんがあったか知らんけど。
じゃ、八木原、お疲れ」

「お疲れ様です」

二次会へ行く人たちがいなくなり、はぁーっと大きなため息が漏れる。
早くこの場を離れたくてすぐにタクシーを拾った。

「お嬢ちゃん、彼氏と喧嘩でもしたね?」

「え?」

心配げに運転手から声をかけられ、慌てて顔に触れる。

「そう、ですね。
ちょっと」

笑って誤魔化してみせながら、濡れた顔を手のひらで拭った。
ただの喧嘩だったらいい。
でもこれは。



ソファーの隅で膝を抱えて丸くなり、佑司の帰りを待つ。
今日は一次会で帰って、二週もおあずけになった甘い時間を過ごすはずだったのだ。
朝、楽しみだって佑司はとっても嬉しそうだった。
なのに、なんでこんなことになっているんだろう。

「早く帰ってきてください。
あやまりますから……」

あのとき、私がどうすればよかったかなんて正解はわからない。

駿と話なんかしなければよかった?
でもそれだと彼はもっと拗らせていただろう。

キスされなければよかった?
でも男の力は強く、振り払えなかった。

すぐに佑司に誤解だって説明すればよかった?
でも佑司に取り付く島もなかった。

「答え……答え……」

正解を見つけようと、必死にいくつもTLを読む。

「朝……」

気がついたら、朝日が昇ってきていた。

けれど答えはいまだに見つからない。
佑司も帰ってこない。

きっと私が正解を見つけなければ、佑司は帰ってこない。

充電器に繋ぎっぱなしの携帯は熱を持って熱かった。
それでもひたすら、どこかにある答えを探し続けた。
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