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第6章 ……好き

1.熱い夜は……またおあずけ!?

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週末、金曜の――夜。

「……チー」

レンズの向こうから、熱を孕んだ瞳が私を見ている。

「……今日、いいんだよな」

慈しむ、そんな言葉がぴったりな顔で、そっと佑司の手が私の頬に触れた。

「は……」

――ピルルルルルッ、ピルル……。

私の返事を遮るように、せっかくの空気をぶち壊す電子音が鳴り響く。

「こんなときに誰だよ」

ちっ、小さく舌打ちし、テーブルの上の携帯を佑司は取った。

「はい」

思いっきり眉間に皺が寄っているけどそれを隠した声で、相手は仕事関係者だなと理解した。

「なんだよそれ、ふざけんなっ」
え、珍しく仕事なのに声を荒げているけど、何事?

「わかった、とにかくすぐ、そっち行くから」

イライラとソファーから立ち上がり、寝室に向かっていく彼をぼーっと見送った。
バタンとドアが閉まり、我に返る。

「佑司、トラブルですか」

そっとドアを開けた寝室の中では、佑司がスーツに着替えていた。

「ニャーソンさんの商品に使う容器、契約のと全然別のが納入された」

「え、それって大変じゃないですか!」

私もクローゼットを開け、服を選ぶ。
が、すぐに彼から止められた。

「遅くなるし、今日は帰れるかもわからないからチーはいい」

「なに言ってんですか!」

佑司の手を振り払い、さっさと服を出して着替える。

「私は佑司の彼女だけど、京屋部長の補佐でもあるんですよ。
私じゃたいしたことはできないかもしれませんが、連絡係くらいできます」

まだ佑司は私がなにをやっているのかわかっていないらしく、着替えの手を止めたまま突っ立っている。

「だから。
私に手伝わせてください」

着替えが終わり、両手で佑司の顔を挟んで見上げる。
視線のあった彼は眼鏡の奥で二、三度瞳を揺らし、はぁーっと大きく息を吐き出した。

「ありがとう、チー」

「仕事、ですから」

ちゅっと唇が触れ、彼が離れる。

「どさくさに紛れてなにやってんですか」

「んー?」

佑司が着替えている隙に、私もてきぱきと簡単に化粧を終わらせた。

「行くぞ」

「はい」

慌ただしく家を出る。
佑司が向かったのは工場の方だった。

「それで。
モノは?」

「これなんですが……」

そこにあったのはパフェ型の容器だった。
契約では四角柱型だったはずなのに。

「なんでこんなことになっている?」

「我々にもわかりません。
ただ、メーカーの人間曰く、竹村課長の指示だと」

「また竹村サンかよ」

はぁーっ、その場にいた全員の口から、どどめ色のため息が落ちる。

「とにかく、メーカーの人間捕まえるわ。
最悪、日曜納入でギリギリ?」

「そうですね、月曜の夜の便には乗せないといけないので」

すぐに佑司はあちこちに電話をかけはじめた。

「チー。
安座間に非公式でこの件、連絡入れといて。
納入が無理になった時点で公式に俺から連絡は入れるけど」

「わかりました」

NYAINの画面を開き、駿に連絡を入れる。
納入された容器が契約と違ったこと、場合によっては予定通り納品ができないかもしれないこと。

ピコンとすぐに通知音が鳴り、駿からの返信が入ってきた。

【それほんと?
なんでそんなことになってんの?】

なんでって現時点では私たちだってわからないのだ。

【まだわかんない。
現在確認中】

【一応、有薗チーフの耳に入れとく。
詳しいことがわかり次第、連絡して】

【了解。
こんな時間にこんなこと、ほんとごめんね】

【仕事だから仕方ないよ。
それより、チーが心配。
無理しないでね】

ありがとうと可愛い猫のスタンプを送り、画面を閉じる。
佑司もちょうど電話が終わったみたいだった。
「メーカーの担当がやっと捕まった」

「それで」

僅かな希望に縋るように、みんな佑司を見つめる。

「喜べ、……絶望的だ」

なんで絶望的なのに喜べ、なんだろう。

度重なる電話でようやく出たメーカーの担当は飲んでいた最中で、すこぶる機嫌が悪かったようだ。
彼曰く、社長が非公式にこういうのはパフェ型の方が好み、なんて言ったので、竹村課長が勝手に指示を変えてきたらしい。

……ほんと、恨むよ?

「社運がかかったプロジェクトでやらかしてくれるなんて、今度こそ竹村サンは会社にいられなくなるだろう。
よかった、よかった」

確かに、いいかもしれないよ?
あの問題児の竹村課長がいなくなるかもしれないなんて。
でもいまはそんなことを喜んでいられないほどピンチなのだ。

「俺としては逆境に打ち勝って飲む勝利の美酒ほど、うまいものはないと思うんだが……どうだ?」

ニヤリ、右の頬だけを歪め、勝利を確信した顔で佑司が笑う。
その顔に、その場にいた全員がごくりと唾を飲み込んだ。

「やれるだけ、やる。
ギリギリまで白旗は揚げない。
なに、俺たちなら絶対にやりきれる」

「はいっ!」

あんなに絶望に満ちていたみんなの顔が、一気に明るくなった。

「担当が在庫を当たって明日の朝一番に連絡くれることになっている。
今日は帰ってみんな休め。
たぶん明日は、忙しくなる」

「はい」

きっと大丈夫、京屋部長なら。
みんな口々にそんなことを言いながら帰っていく。
私たちも帰途についた。

「佑司」

「なに?」

「私の前で無理しなくていいんですよ」

「……!」

気づいていた、みんなの前で余裕たっぷりだった佑司は、演技していたって。
だって手が、震えていたから。

「……チーにはかなわないなー」

はぁっ、小さく吐き出した彼の息からは疲労が滲み出ている。

「今日が金曜だっていうのが痛いよな。
あっちの工場は土日休みだし」

チルドスイーツ製造のうちの工場は年中無休で稼働しているが、容器メーカーは賞味期限がないので土日祝祭日休みなんて当たり前。
こういうとき、自社で全部作れないのが痛い。

「うちのためだけに工場緊急で動かしてくれなんていえないし。
在庫があるか、神様に祈るしかないよなー」

はははっ、彼の口から落ちる笑いは、さっきとは打って変わって弱気だった。

「きっと大丈夫ですよ。
大丈夫に決まってます」

「……ありがと、チー」
左手が伸びてきてわしゃわしゃと私のあたまを撫で回す。
こんなに頑張っている佑司を、神様が認めてくれないわけがない。
だからきっと、大丈夫。

「あー、もー、今日こそチーと愛し合えると思ったのに、また竹村サンのせいで延期かよー」

運転しながら佑司はぶつぶつ悪態をついている。

「でも明日、明日夜までに片付いたり……しないですよね」

「……片付けたいよな」

がっくりと佑司のあたまが落ちた。
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