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第5章 これは……恋、ですか?

3.……奥さん

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翌朝。

助手席で私は、携帯片手にうんうん唸っていた。

「なーに悩んでんだ?」

「昨日、駿からNYAINが入ってて……。
返信しなきゃって思うんですけど」

「ふーん」

しまった、これは不正解、だ。
もうすでに駿が私の元彼……になるんだろうな、世間的には。
だと佑司は知っている。

「あ、いえ。
無視、します。
はい」

「すれば、返信」

「は?」

ついつい、視線が運転中の佑司の顔へ向く。

「チーにとってあの安座間って男はただの友達なんだろ。
なら、なんの問題もない」

ないのか、本当に?
私の中ではそうでも、周りはそう見ないのだ。

「私は佑司のか、……彼女、なので。
元彼と連絡取るとか、問題かと」

「チーが俺の彼女って言ってくれた!」

ぱーっと満面の笑みになるのはいいが、こ、こっちを見るな!
おかげで少しずつ、車が都市高の壁に寄っていく。

「ちょ、佑司!
危ない!」

「おっと」

佑司が慌ててハンドルを切ったので、車は元の軌道を走りだした。

「チーは俺の彼女、チーは俺の彼女」

楽しそうに佑司が歌いだし、苦笑いしかできない。

「でもさ。
もう関係は完全に終わってるんだろ。
チーは俺が好きなんだから、再燃とかありえないし」

ちょこちょこ自信たっぷりに言うけれど。
なんでそんなに言い切れるんだろう。

「けど、もしとかあるかもしれないじゃないですか」

「ぜえぇぇぇぇぇぇったい、ない。
俺がそれだけ、チーを信じているから」

温かいなにかが、胸一杯に詰まる。
だから私は佑司が――好き、なんだ。

「だから元彼だろうとなんだろうと、男と連絡取ればいいし、ふたりで食事に行ったりしていい。
……たぶん。
俺のチーがほかの男とふたりとか、嫉妬するかもしれないけど。
……ちょっとだけ」

最後の方はごにょごにょとよく聞き取れなかった。
さっきまであんなに自信満々だったのに、ギャップがちょっと可愛い。

「佑司が嫉妬したら面倒くさいですからね。
もう二度とプライベートでは会わない、ごめんなさいって送っときます」

「……うん。
その方が助かる……」

ちょっとだけ佑司は涙目になっている。
都市高を下りて信号で止まったので、ちゅっと急いでその頬に口付けした。

「……なに、いまの」

「佑司が可愛かったから、です」

自分では隠しているつもりなんだろうけど、幻の犬耳はピコピコ跳ねているし、尻尾だってぶんぶん振られているからご機嫌なの丸わかり。
私も顔が熱いから、人のこと言っていられないけど。

駿からは彼氏がいるのに他の男と会うとかやっぱりマズいよな、って返事があった。
わかっているのになんで誘ってきたのかがわからない。
だいたい、会うことに拘ったのに、あやまってきた内容は借りていたCD捨てた、だ。
駿はいったい、なにがしたんだろう。



「チー、安座間さんにラベルの件、了解しましたってメール送っといて。
納品、お待ちしていますって」

「わかりました」

ニャーソンさんの企画は大詰めだ。
商品も決まり、最終調整に入っている。

「えっと。
……ご連絡いただきしましたラベルの件、了解いたしました。
納品をお待ちしております、と」

駿に宛ててメールを送信する。
あれから、駿とは仕事の連絡しか取っていない。
その方がいいし、それが正解だ。

「チー、ちょっと工場へ打ち合わせに行ってくる。
戻りは三時くらい。
あとよろしく」

「はい」

ドアに向かいながら、佑司が振り返る。

「あ、あと、瀬戸レモンさんに納品ありがとうございました、引き続きよろしくお願いしますってメール送っといて」

「はい。
いってらっしゃいませ」

今度こそ佑司は出ていった。
いなくなった途端、そこかしこでくすくすと小さな笑い声が聞こえてくる。

「あのー」

おそるおそる声をかけると、丸島係長と目があった。

「いやー、八木原は京屋部長の、立派な奥さんだなー、と」

「……はい?」

秘書、ならわかる。
なぜに奥さん?

「あの京屋部長がこんなに信頼して仕事任せるの、八木原くらいしかいないぞ?
これはもう、奥さんだからだろ」

いや、なぜにそれで奥さんにしたがるのかわからない。
そしてなぜ、みんなうんうんと頷いているのかもわからない。

「頼んだぞ、奥さん。
あの人、いろいろ大変だからな」

「は、はぁ……」

頼まれるのは嬉しいですが。
奥さんはちょっとね……。


工場での打ち合わせが長引いたのか、佑司が帰ってきたのは少し遅かった。
おかげで、私よりも仕事終わりが遅い。
なので今日も、カフェテリアで彼を待っていた。

「あれ?
駿から入ってる……」

駿からのNYAINなんて、あれのあとから一度もない。
なのになんで?
しかも相談したいことがある、だ。

「無視してもいいかな……」

そう思いつつも画面を開ける。

【ちょっと、相談したいことがあるんだけど】

【例の商品のディスプレイ。
あれもいいと思うんだけど、もっと目立つようにしたいんだよね。
こんなの、どう思う?】

【ぎりぎりだから差し替えできるかわかんないし。
まだ上司には相談してないんだ。
推せるだけ詰めてから出そうと思って。
とりあえず、非公式でいいからメーカーの声聞いてみたくて】

【こんなこと、相談できるのチーしないないんだ。
よろしく】

プライベートラインだけど、仕事の相談だからいいよね。
添付画像のディスプレイプランは以前見せられたレモンイエローのストライプ柄とは違い、夏らしいブルーの敷き紙に白の文字に変わっていた。

「こっちの方がいいかも……」

「なにが?」

突然声が聞こえ、思わず携帯を落としそうになった。

「なにがこっちの方がいいんだ?」

仕事を終えて私を迎えにきた佑司が、前の席に座る。

「その。
非公式で相談、ってことで駿からこんなのが送られてきたんですが……」

そろーっと様子をうかがいながら佑司へ携帯を差し出す。
彼は意外と普通な顔でそれを受け取った。

「ふーん。
前のよりこっちの方がはっきりして、目立つんじゃないか」

「ですよね!」

「……なんか嬉しそうなのがムカつく」

佑司の機嫌が降下していき、慌てて理由を説明する。

「佑司が私と同じ意見なのが嬉しかったんですよ!
駿の案が褒められたからじゃなくて」

「なら、許す」

テーブルの上に置いてある、私が飲んでいたアイスカフェラテのストローを咥え、佑司はずーっと中身を吸った。

「あいつ、センスは悪くないんだな。
……まあ、チーに惚れるあたり、悪くはないんだろうけど」

「はい?」

なんで私に惚れるとセンスが悪くないとかなるのか、ちょっとよく理解できません。

「いいんじゃないかって送ってやれ。
それに決まることを祈ってます、って」

「わかりました」

携帯に指を走らせ、駿に返信を打つ。
前のよりこっちの方がいいこと、佑司もこれがいいって言っていたこと。

「じゃあ、帰るか」

「そうですね」

返信を送り、席を立つ。
家に帰り着いた頃、駿からはそう言ってもらえて嬉しいとだけ返信があった。
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