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第4章 昔付き合っていた人

6.一緒にお風呂

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店を出たときには九時を回っていた。
タクシーで帰るという私に、駿は通りで拾ってくれた。

「じゃ、気をつけて帰れよ」

「駿もね」

「おやすみ」

駿に見送られてタクシーは走りだす。
また佑司からいっぱい、接待嫌だ、帰りたいって入っているかなって思ったけれど、拍子抜けするくらいなにも入っていなかった。

【いまタクシーに乗りました。
いまから帰ります】

それだけ打って携帯をバッグに戻そうとしたら、ピコンと通知音が鳴った。

【俺もいまから帰る。
帰ったらチーとちゅーしたい】

莫迦っぽい内容で朝の機嫌は直ったと理解するけど、これはどうも帰ったら抱きつかれるパターンっぽい。
面倒、だけどそんなところが可愛いと思っている自分を否めない。

「ただいま……」

帰ったら、まだ佑司はいなかった。

「先にお風呂、済ませちゃう?」

その方があとから佑司がすぐにお風呂に入れるし、時間の節約になりそう。
善は急げと浴槽に栓をしてお湯を張る。

「ただいまー」

お風呂が沸いたのを告げるのと同時に、佑司が帰ってきた。

「おかえりなさーい」

佑司の唇がちゅっと触れる。
そのまま、ぐったりと抱きつかれた。

「えっ、ちょっ、重いです!」

「もー、疲れたー」

動きたい、けれど私よりずっと大きい佑司に抱きつかれて動けるはずがない。

「接待、するのもされるのも嫌いー。
顔の筋肉が固まるー。
俺、変な顔してない?」

私の肩に手を置き、その高い背をかがめてぐぃっと、佑司は顔を近づけた。

「その、普通ですけど」

「よかった」

眼鏡の奥で彼が笑う。
少しだけ顔が傾いてあ、とか思ったときにはまた、唇が触れていた。

「チーは?
チーは楽しかった?
あ、コーヒー淹れようか」

私の答える隙を与えないかのように佑司が訊いてくる。
キッチンへ向かっていく彼を慌てて追った。

「先、お風呂入ってきたらいいですよ。
ちょうど沸いたところだし。
疲れも取れますよ」

コーヒーマシーンをセットしようとしていた彼が止まり、ぐるんと勢いよく振り返った。

「チーも一緒に入るだろ」

「は?」

いや、だから、それは嫌だって前に拒否しましたよね?

「たまにはチーと、一緒に入りたい」

「えっと……」

眼鏡の向こうからめちゃくちゃ期待を込めた目がキラキラと私を見ている。
だからー、あれはダメなんだって。
一護にもあの顔されて毎回負けていたし。

「……なにもしない、バスタオル付き、なら」

「やった」

結局、一護似の佑司には勝てないのだ。

「おじゃましまーす……」

バスタオルを巻いておそるおそる、佑司の待つ浴室へ入る。

「背中、流してやるから座れ」

「えっ、あっ、いいですって!」

拒否したものの強引に椅子へ座らされた。
抵抗したけれど、簡単にバスタオルは奪われてしまう。

「ちょ、佑司!」

「はい、これで前を隠していればいいだろ」

意外とあっさりと、バスタオルを返された。
なんか、拍子抜け。

「……ありがとうございます」

バスタオルで前側を隠し、おとなしく背中を洗われた。

「チーの肌って白くてすべすべできれいだなー」

「……ん」

ちゅっ、と佑司の唇が首筋に落ち、鼻に抜けた甘い声に驚いた。
ちらっと、鏡越しに彼が私を見る。
いや、目の悪い彼が眼鏡のないいま、見えているはずがないのだけれど。

「はい、おしまい」

「ありがとうございました」

泡を流し終わったというのに、まだそこに佑司は座っている。

「あの……」

「なんなら身体全部、洗ってやるけど?
……うわっ、あぶね!」

思いっきり後ろへ振り切った拳は、空振りに終わってしまった。

バスタオルを巻き直して一緒に浴槽へ浸かる。
大きな浴槽は大人ふたり入っても余裕だった。

「チーは今日、どうだったんだ?」

「今日ですか?
今日は……」

久しぶりに駿と会って、昔のように話せた。
きっと私のことなど嫌いになっているだろうと思っていたのに。

「楽しかったですよ」

「ふーん、いいな。
チーは楽しんで。
俺はもう、空気読めない竹村サンにひやひやしっぱなしだったのに」

口を尖らせて佑司がむくれる。
確かに、竹村課長同伴で半日過ごすのはかなりきついだろう。

「んー、じゃあ、ちょっとあっち向いてください」

「なんで?
チーの顔が見えなくなるだろ」

「うっさい。
つべこべ言わずに向けっち言いよんちゃ」

「……はい」

うっすらと涙を浮かべてすごすごと佑司が私に背を向け、小さくため息が出る。
気を取り直して大きな背中に向かい、その肩に手をのせた。

「チー」

「なんですか」

「気持ちいい」

肩を揉みながら、佑司がご機嫌になっているのがわかる。
その証拠に、小さく鼻歌が出ている。

「チーと一緒にお風呂に入って、チーに肩揉んでもらえるなんて極楽だなー」

「大げさですよ」

佑司の鼻歌が浴室に響く。
それは酷く優しくて、私も仕事の疲れがほぐれていく。

「しかも、胸が当たってるとかさー」

「……!」

「うわっ!」

反射的に、彼を突き飛ばした。
バランスは崩したけれど、浴槽に掴まって無事のようだ。

「もう絶対、佑司となんかお風呂に入りませんから!」

のぼせているだけが原因じゃなく、顔が熱い。

「嘘、嘘!
お願いだからまた、一緒に入って!」

縋る佑司を振り切って先にお風呂を上がったのは、言うまでもない。


「熱い……」

ソファーでぐったりしていたら、佑司が冷たいタオルをのせてくれた。

「ちょっと長風呂したからな」

渡されたペットボトルを受け取る。
蓋はすでに、緩めてあった。

「お風呂で喧嘩なんてするもんじゃないですね……」

冷たいスパークリングウォーターが身体に染みる。
そのせいか少し、落ち着いた。

「でもチーってこう、けっこう……」

佑司の手が、まるで再現するかのように動き、かっとあたまに血が上る。

「えっ、うわっ!」

投げつけたペットボトルは簡単にキャッチされてしまった。
おかげでさらに、かっとなる。

「もう、寝る!」

「あ、俺も寝るから」

寝室に向かう私を、佑司が追ってくる。

「おやすみ、チー」

「……」

「おやすみのちゅーは?」

いつまでたっても頬にキスしない私の顔を、佑司はのぞき込んだ。

「……」

「じゃあ今日は、俺がするー」

のぞき込んだままちゅっと唇を触れさせ、離れるとおかしそうにふふっと笑った。
その笑顔で機嫌が直っている自分がいる。

「おやすみ、チー。
いい夢を」

いつものように私を抱き締めて佑司が布団に潜る。
珍しく今日は、彼の方が先に寝息を立てだした。
接待でよっぽど、疲れたのだろう。

「おやすみ、佑司」

その額に落ちかかる髪を払って、身体を寄せる。

少しずつ佑司を知って、少しずつ佑司に好意を抱いていく。
駿のときとは違う感情。
これが恋、なんだろうか。
そう、だったらいいな。
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