上 下
13 / 36
第3章 スパダリとの生活は常識じゃ計れませんでした

2.ペアの指環の意味、とは

しおりを挟む
指環を買った日。
家でようやく、佑司は箱を開けた。

「チー、手、出して」

嫌々、だけど右手を出す。
でも強引に左手を掴まれた。

「俺はこっちに嵌めたいんだ」

「仮押さえの印だからって、右手で納得したじゃないですか!」

こんなことなら買わなきゃよかった、なんて後悔したってもう遅い。

「だって俺、モテるし?
だったら、左手につけてないと意味ないし?
それなら、チーも左手じゃないとおかしいし?」

あんたがモテるなんて知らん。
あ、いや、モテるのは知っている。
飲み会のときとかよく、女性に囲まれているし。
でもそれなら左手につけていないと意味がない、の理屈がわからん。

「別に右手でも問題ないんじゃないですかね……?」
「俺には特定の、そういうパートナーがいるってアピールしとかないと、迫ってくる女性がいるけど……いいのか」

自慢?
自慢なのか?

「私は別にかまわないですが……」

「チー」

佑司の口から落ちた声は重くて。
びくんと身体が反応してしまう。

「お試し期間とはいえ。
俺が、ほかの女に取られてもいいのか?」

じっと、レンズの向こうから佑司が見つめる。
真夜中の海のような真っ黒い瞳が、怖い。

「わ、私は」

また間違えた。
その自覚がある。
あのときと同じで。

「……よくない、です」

私はいいのだ、佑司にいい人ができてこの関係が解消されても。
きっとそのとき、笑って別れられる。
けれど彼が求めている答えはこれじゃない。
そして、彼女としての私の答えも。

「そうだろ」

満足したのか、佑司が頷く。
それでようやく、ほっと心の中で息をついた。

「だから、ここ」

そっと、左手薬指に指環を嵌められた。

「チーも」

差し出される佑司の左手薬指に、私も指環を嵌める。

「これがいつか、結婚指環に代わったらいいな」

うっとりと目を細めて佑司は自分の指に嵌まる指環を見ている。
私も自分の指環に視線を落とした。

……まるで拘束の印みたいだ。

そんなことを考えながらも、なんとなく落ち着かない。
なんで、だろ。


会社が近付いてきてふと気づく。
一緒に車で出勤なんてしてきたら、前日になにがあったかなんて丸わかり。
しかも、金曜日まではなかった、ペアの指環なんてしてきたら。

「この辺りで降ろしてください!」

「なんで?」

なんでってあなた、そんな。

「一緒の車で出勤とかしてきたら、マズいじゃないですか!
指環も、外していかないと!」

「だからなんで?」

え、ちょっと待って。
ことの重大さに気づいていない?

「あの京屋部長が、私なんかと付き合っているとかなったら、騒ぎになるじゃないですか!
ほら、ご自分でも言ってたみたいに、モテるんだし?」

会社はどんどん近付いてくる。
とりあえず、自分の指環だけ外した。

「別に俺が誰と付き合おうと勝手だろ。
俺はチーがよくてチーが好きなんだから。
それともなにか?
チーは俺と付き合ってるって知られて、マズいことでもあるのか」

「うっ。
……ない、です」

彼の言うことは正論だ。
そして私には佑司と付き合っているなど知られてマズい人間などいない。
まあ、多少は佑司を狙っていた人間に嫌がらせされるかもしれないが。

揉めているうちに会社の地下駐車場に入っていた。

「だったら。
その指環は元に戻す」

「……はい」

それでも、素直になんてまたつけられない。
渋っていたら、指環を奪われた。

「なんならまた、俺が嵌めてやろうか」

ニヤリ、右の頬だけを歪めて佑司が笑う。

「自分でつけます!!
返してください!」

「えー、ヤダー」

必死に奪おうとするが、ひょい、ひょいっと軽くよけられてしまう。

「さっき、わけわからんこと言いだしたお仕置き。
はい、手ー出して」

渋々、だけど左手を差し出す。
佑司は嬉しそうに薬指へ指環を嵌めた。

「じゃあ今日も仕事、頑張ろう」

顔が近付いてきて、あれ?とか思っているうちに唇が触れる。

「……会社で」

「ん?」

「会社でキスとかすんなやー!」

怒りで握った手がぶるぶる震える。
けれど当の佑司はけろっとしていた。

「だって、チーとキスしないと一日頑張れないし?
それに車通勤は少ないから、誰も見てないけど」

「うっ」

見ていなかったらいいのか?
いやよくない。

「とにかく。
会社でキス、禁止。
したら絶交」

「……絶交って子供かよ」

クスッ、小さく佑司が笑い、かっと頬が熱くなる。

「と、とにかく。
会社でまたキスとかしたら、もう二度と口ききませんからね」

「それは困るなー」

バンッ、乱暴にドアを閉めてエレベーターに向かう私を、佑司がすぐに追ってくる。

「付き合ってるとか人に言うのもダメですよ」

「指環ですぐに、バレると思うけど?」

「うっ」

ふたり一緒にエレベーターに乗り込む。
一階で扉が開き、入ってきた人たちは一瞬、私たちを二度見した。
営業部でもやっぱり、一緒に出勤してきた私たちにみんな注目しているし。

……目立ちまくっています。

自分の席に着き、一度大きく深呼吸。

……さっきまでのことは気にしない。
仕事に集中。

パソコンを立ち上げ、てきぱきと仕事の準備をはじめる。
なんだか、会社が懐かしい。
いや、土日と二日、休んだだけなんだけど。
金曜の夜からめまぐるしくいろいろありすぎて、もう一週間くらいたっている気がする。

昨日の日曜日ももちろん、佑司に買い物へ連れていかれた。
ペアの食器だとか、私の下着だとか。
なんかTバックとか紐パンとかエロいのばっかり買われて揉めたけど、まあいい。

……いや、よくはないけど。

さらには財布とかアクセサリーとか、いろいろ買ってくれた。
もちろん、いらないって言ったよ?

――でも。

『俺が買いたいから買ってるの。
なに、文句あんの?』

文句は当然あったけど、言うと無理矢理キスされそうな雰囲気で飲み込んだ。
それでもカードを止められちゃうんじゃないかって勢いのお買い物はひやひやしたけれど、持っていたのはプラチナカードでとりあえず安心した。

さらに。

『チーは欲しいものないのか。
俺はなんでも、チーにおねだりしてほしいんだけど』

無邪気にそう言って笑われ、あたまを抱えた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編

タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。 私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが…… 予定にはなかった大問題が起こってしまった。 本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。 15分あれば読めると思います。 この作品の続編あります♪ 『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

○と□~丸い課長と四角い私~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
佐々鳴海。 会社員。 職場の上司、蔵田課長とは犬猿の仲。 水と油。 まあ、そんな感じ。 けれどそんな私たちには秘密があるのです……。 ****** 6話完結。 毎日21時更新。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~

泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の 元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳  ×  敏腕だけど冷徹と噂されている 俺様部長 木沢彰吾34歳  ある朝、花梨が出社すると  異動の辞令が張り出されていた。  異動先は木沢部長率いる 〝ブランディング戦略部〟    なんでこんな時期に……  あまりの〝異例〟の辞令に  戸惑いを隠せない花梨。  しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!  花梨の前途多難な日々が、今始まる…… *** 元気いっぱい、はりきりガール花梨と ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

Take me out~私を籠から出すのは強引部長?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺が君を守ってやる。 相手が父親だろうが婚約者だろうが」 そう言って私に自由を与えてくれたのは、父の敵の強引部長でした――。 香芝愛乃(かしば よしの) 24歳 家電メーカー『SMOOTH』経営戦略部勤務 専務の娘 で IoT本部長で社長の息子である東藤の婚約者 父と東藤に溺愛され、なに不自由なく育ってきた反面、 なにひとつ自由が許されなかった 全てにおいて、諦めることになれてしまった人 × 高鷹征史(こうたか まさふみ) 35歳 家電メーカー『SMOOTH』経営戦略部部長 銀縁ボストン眼鏡をかける、人形のようにきれいな人 ただし、中身は俺様 革新的で社内の改革をもくろむ 保守的な愛乃の父とは敵対している 口、悪い 態度、でかい でも自分に正直な、真っ直ぐな男 × 東藤春熙(とうどう はるき) 28歳 家電メーカー『SMOOTH』IoT本部長 社長の息子で次期社長 愛乃の婚約者 親の七光りもあるが、仕事は基本、できる人 優しい。 優しすぎて、親のプレッシャーが重荷 愛乃を過剰なまでに溺愛している 実は……?? スイートな婚約者とビターな上司。 愛乃が選ぶのは、どっち……?

処理中です...