私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
上 下
5 / 36
第1章 昔の彼の生まれ変わり?

4.お前は俺が好きってことだろ

しおりを挟む
京屋部長が連れてきてくれたのは、高級フレンチレストランだった。

……いや、普通、部下と一緒に食事って、居酒屋とかカジュアルレストランじゃないのかなー?
それに、デートとかじゃないんだし。
だいたい、こういうところは肩こるから苦手。

「どうした?」

「いえ……」

だって、いいのか気になってくる。
いくらレディファーストとはいえ、京屋部長は私の上司なのだ。
なのに私が上座、とか。

ウェイターから渡されたメニューは、京屋部長からひょいっと奪われた。

「苦手なものはあるか」

「特には……」

私を無視してウェイターを呼び、彼はさっさと注文してしまった。
まあどうせ、ちらっと見えたメニューには難しそうなフランス語が並んでいて、私じゃまともに注文できなかっただろうけど。

「遅くまで開いているお店もあるんですね」

「需要があるからな」

もう九時近いというのに、席はそこそこ埋まっていた。
明日が土曜というのもあるのかもしれない。

なにを話していいのかわからなくて、食前酒のスパークリングワインを飲む。
京屋部長も黙ってグラスを口に運んでいた。

「その」

「チーは俺のこと、どう思う?」

「はい?」

これはいったい、なにを聞かれているんだろう?

「あの、……正直に言っても怒りませんか」

「いいから言え」

「じゃあ。
……俺様京屋様」

言った瞬間、ブフォッとすさまじい音がして周囲の注目が集まった。
さすがにマズいと思ったのか京屋部長は必死に声を殺しているが、あきらかに肩がぷるぷる震えている。

「……最高」

なにが最高なのかわからない。
普通、ここは怒るところじゃないんだろうか。

「それでこそチーだよな」

眼鏡を外し、笑いすぎて出た涙を京屋部長は拭った。
なんだか莫迦にされた気がするんだけど、気のせいだろうか。

「チーは俺が嫌いか?」

「嫌いではありません」

苦手、ではあるけれど、嫌いではない。
でもそれは、嫌う理由がないからであって。

「じゃあ俺が……好き、か」

「は?」

いやいや、なにを聞かれているのかさっぱりわからない。
オードブルが出てきて、ちまちま生ハムとミニトマトのマリネを食べる。
これはなんて答えるのが正解なんだろう?
考えたって答えは出ない。

「その……。
嫌いでは、ありません」

さっきと同じ答えを繰り返した。
京屋部長を私が好きとかありえないし、そもそもそういう感情がさっぱりわからない。

……だから私は最低だって罵られたんだけど。

「嫌いじゃないってことは、好きってことでいいんだろ」

グラスに残っていたワインを、京屋部長はくいっと一気に飲み干した。
いや、嫌いじゃない=好きは成り立たないんじゃないんですかね?

「好きではありません。
嫌いでもないですけど」

「だからそれは好きってことでいいんだろ」

「だから好きってわけでは……」

ちょっと待て。
この不毛な言いあいはなんなんだ?
そもそもなんでさっきからこいつは、私に好きと言わせたい?

京屋部長は不機嫌に、出てきたグリンピースのスープを飲んでいる。
私もスプーンを手にスープを口に運んだ。
微妙な沈黙のまま、ふたり同時にスープを飲み終わる。

「……お前、さ。
ちーっとは素直になったら?」

「……は?」

さっきからこいつは、いったいなにを言いたいんだ?
いや、そもそも会社にいたときから、チーが好きだからとか、無理矢理キスしてきたり。
なにがしたいんだ、ほんとに。

「チーは俺のことが好きだろ?」

「は?」

京屋部長と言葉が通じないのはいつものことだが、今日は酷い。
酷すぎる。
なんだか宇宙人とでも話している気分だ。

「いや、別に、失礼ながら、京屋部長をこれっぽちも好きじゃないですが……」

「でも嫌いじゃないんだろ」

「まあ、そうですね」

「なら、好きってことだろ」

いやいやいやいや、さっきから論理が飛躍しすぎていないかい?
しかしながらこれは、なにがなんでも私に好きと言わせたいということでいいんでしょうか。
理由は全くわからないけど。

「その。
先ほどから京屋部長はなにを言いたいんですか」

鯛のポワレは皮がパリパリで美味しそうだった。
こんな間抜けな会話をしているときでなければ楽しめたのに、惜しい。

「うっ」

言葉を詰まらせ、ワインを一気に飲み干した京屋部長の顔は、赤くなっていた。
もしかしてお酒に弱いんだろうか。
なら、そんなに無理して飲まなきゃいいのに。

「それはー、そのー」

「はい」

手を止め、次の言葉を待つ。
けれど京屋部長はパンを弄ぶばかりで、ぼろぼろになってしまわないか気になる。

「俺はー」

「はい」

「チーが」

「はい」

一言言うたびに言葉を途切れさせ、あっち見、こっち見するから遅々として進まない。
だんだんイライラしてきた。

「だからー」

「はっきり言わんかー!」

怒鳴った瞬間、我に返った。
周囲の注目が恥ずかしく、京屋部長と同じく俯いてもそもそとパンを食べる。

「その。
……俺はチーが好きなんだ」

「……は?」

ぽろり、手の中からパンが落ちる。
パンはそのままテーブルの上を転げ、床へと落ちていった。

「だから俺は。
……チーが好きなんだ」

すみません、何度聞いても理解できません。
同じ会社の人間とはいえ、直接関わり合うようになってまだひと月ほどで。
しかも京屋部長は私よりも九つほど年上で。
さらに私はこの通り、性格に難ありだよ?
なのに私が好きとかさ。

「申し訳ありませんが、意味が全くわかりません」

「……チーの作る、資料が好きだったんだ」

らしくなく、俯いたままぼそぼそと京屋部長は話し続ける。

「見やすくて、要点まとめてあって、きれいで。
どんな奴が作ってるんだろ、って思ってたら、深澤サンがいい子だけど世の中生きていきにくい子だよって笑ってた」

深澤部長は、私をよく可愛がってくださった。
きっと、娘に接している感じだったんだろうと思う。
京屋部長と同じで、もうちょっと感情を抑える術を身につけた方がいいよって、よく注意してくださった。

「それで部下になったら、深澤サンが言ってたとおりの子だった。
裏表なくて、すぐ感情的になるのが玉に瑕。
でも、……そんなところが可愛い」

顔を上げた京屋部長が、目を細めて笑う。
彼らしくない弱々しい笑顔に一瞬、――胸がとくんと甘く鼓動した。

「だから俺は、チーが好きなんだ」

「……」

なんて返事をしていいのかわからなくて、もくもくとメインの宮崎牛の網焼きローストを食べる。
せっかくのA5ランク宮崎牛なのに、味はちっともわからない。
沈黙の中メインを食べ終わり、デザートが出てくる。

「チーが俺を嫌いじゃないなら。
……付き合って、ほしい。
絶対に損はさせないから」

泣きだしそうなその笑顔に。
胸がきゅんと音を立てた。
ドキドキと速い心臓の鼓動。
いやいや、これはいま一瞬、京屋部長に一護の顔が重なって見えただけで。
でも。
けれど。

「……いい、ですよ」

自分でもなにを言っているんだろうとは思う。
苦手な京屋部長と付き合うなどと。
しかも私は恋愛感情など全くわからないのに。

――わからないからあのとき、あんなに後悔したのに。

「よかった」

これ以上ないほど京屋部長の顔が輝き、見えない尻尾がぱたぱたと勢いよく振られる。
その顔はやっぱり一護にしか見えない。
ならきっと、しかたないのだ。
一護は私の、最愛の人?犬?だったのだから。

こうして私はなぜか、苦手な俺様京屋様と付き合うことになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

小さな恋のトライアングル

葉月 まい
恋愛
OL × 課長 × 保育園児 わちゃわちゃ・ラブラブ・バチバチの三角関係 人づき合いが苦手な真美は ある日近所の保育園から 男の子と手を繋いで現れた課長を見かけ 親子だと勘違いする 小さな男の子、岳を中心に 三人のちょっと不思議で ほんわか温かい 恋の三角関係が始まった *✻:::✻*✻:::✻* 登場人物 *✻:::✻*✻:::✻* 望月 真美(25歳)… ITソリューション課 OL 五十嵐 潤(29歳)… ITソリューション課 課長 五十嵐 岳(4歳)… 潤の甥

ドS王子の意外な真相!?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……その日私は。 見てしまったんです。 あの、ドS王子の課長の、意外な姿を……。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ 慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。    その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは 仕事上でしか接点のない上司だった。 思っていることを口にするのが苦手 地味で大人しい司書 木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)      × 真面目で優しい千紗子の上司 知的で容姿端麗な課長 雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29) 胸を締め付ける切ない想いを 抱えているのはいったいどちらなのか——— 「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」 「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」 真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。 ********** ►Attention ※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです) ※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

おじさんは予防線にはなりません

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」 それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。 4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。 女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。 「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」 そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。 でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。 さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。 だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。 ……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。 羽坂詩乃 24歳、派遣社員 地味で堅実 真面目 一生懸命で応援してあげたくなる感じ × 池松和佳 38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長 気配り上手でLF部の良心 怒ると怖い 黒ラブ系眼鏡男子 ただし、既婚 × 宗正大河 28歳、アパレル総合商社LF部主任 可愛いのは実は計算? でももしかして根は真面目? ミニチュアダックス系男子 選ぶのはもちろん大河? それとも禁断の恋に手を出すの……? ****** 表紙 巴世里様 Twitter@parsley0129 ****** 毎日20:10更新

処理中です...