私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第1章 昔の彼の生まれ変わり?

1.京屋佑司という人

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「なんか違うんだよなー」

目の前の男はまた、ぱくっとスプーンを口に放り込んだ。
たぶん、私以外の人間からみればいい男。
無造作に掻き上げてオールバックにした黒髪に、ブロータイプのメタルハーフリム眼鏡ができる男を演出しているし。
実際、この春に三十二歳で部長に昇進したんだから、できる男なんだろうけど。

……知るか、そんなこと。

打ち合わせだって、勝手に部内の会議室に連れ込まれ。
ひとりでぶつぶつ言っているこいつの前に座っていること早三十分。

――いや。

仮にも上司にこいつ、は失礼か。
しかも向こうは私よりもずっと年上なんだし。

「こうさ、こう……。
いまいちピンとこないんだよなー」

いや、ピンときていないのはあなただけですが。
そもそもなんで、今朝の会議で決まったことをいまさら、再考せねばならん?


男――京屋きょうや部長の結論は出そうにないので無視を決め込み、私は持ち込んだノートパソコンで自分の仕事をする。
それでなくても彼のせいで、私の仕事は多いのだ。
なので私の時間を無駄にしてほしくない。

「チー、なんかないか?
……いてっ」

すねを押さえて京屋部長が眼鏡の奥から私を睨む。
いかんいかん、つい、足が出ていた。

「……だーかーらー。
そう呼ばないでくださいって何度言ったらわかるんですか」

私がじろっと睨んだって、京屋部長はニヤニヤ笑っている。
ほんと、ムカつく。

「だって、千重ちえでチビだからチーだろ」

「だから!」

私が投げたボールペンを、彼はひょいっと何事もなくよけた。
そのうえ後ろに落ちたそれを、椅子を立って拾い、私の前に戻してくるからさらにムカついてくる。

確かに、私よりというよりも、一般男性よりも背の高い彼からみればチビですが?
でもチビって言われて嬉しいわけがない。

「そんなに怒って腹でも空いてるのか?
カフェテリア行ってなんか食うか」

……はぁーっ。

私の深いため息の意味に、京屋部長は気づかない。
気づくはずもない。
そういう人だから。

「……もーいいです。
それで。
さっきからなにが気にくわないんですか」

この人と言葉が通じないなんていつものこと。
この半月で諦めがついた。

「開発部が出してきたこれさー。
なんか意外性がないだろ?」

「はぁ」

京屋部長の前にはずらっと、いま食べたスイーツの空容器が並んでいる。
こんなに食べて虫歯とか糖尿病とか肥満とか気になるレベルだが……この人にとってはもしかして、些細な問題なのかもしれない。

「なんかさー、これ、いいんだけどダメなんだよ」

そう言ってまたぱくり。
さらには新しいの手を伸ばしている。
あんたがいくつそれを食べようとかまわないが、いいのかダメなのかはっきりしてくれ。

京屋部長がさっきからぱくぱく食べているのは、今度コンビニの『ニャーソン』から依頼を受け、PBブランドの『おうちでカフェ』から出す新商品のことだ。
夏らしい洋菓子、ニャンスタ映えしそうな感じでというコンセプト。
それで開発部が出してきたのは、レモンムースの上にクラッシュしたレモンゼリーをのせたお菓子。

「見た目もそんなに悪くない。
確かに、ニャンスタ映えしそうだし?
でも地味。
味も想像できる」

「はぁ」

いや、見た目も爽やかだし、みんなで試食してみた結果、ニャーソンさんには提案してみようって話じゃなかったっけ?
あなたもそれについてなにも言わなかったですよね?
それをいまさら蒸し返すなんて。

「もっとさ、こう。
……こう。
ほら、うちの会社のコンセプトにあう感じで」

「はぁ」

これはあっていない、……ですかね?
ちなみに我が社、『Mon Choupinetモン シュピネ』はチルドデザートで全国展開している洋菓子メーカーだ。
たいていのスーパーやコンビニには弊社の商品が置いてある。
コンセプトは、〝大事な人に食べさせたい、美味しいお菓子〟だ。

「お前、好きな人に菓子を買うとき、なに想像して買う?」

「そうですね……」

好きな人にお菓子……って、現在過去たぶん未来にも、好きな人なんていないからわからない。
が、普通に考えると。

「……喜ぶ顔、ですかね」

「だろ?
これで喜べるか?」

いやすみません、同意を求められても困ります。
だってそれ、十分美味しそうですもん。

「でもそれ、開発部渾身の一作とか言ってましたし……」

「渾身の一作だろうと、ダメなもんはダメ」
ならなんで、会議のときに言わなかった?
いまさらダメ出しされても、みんな困るだけでは?

「もっとないか、こう」

要するに、もっと派手さが欲しいということでいいのでしょうか……?
んー、だったらですね……。

傍にあった書類の裏へ、ペンを走らせる。
それを京屋部長は黙って見ていた。

「えっとですね」

雑に、だけどできあがった絵を説明する。

「基本は一緒なんですよ、ゼリーとムース。
でもゼリーをムースで挟んで三層仕立てにして、最下層のムースにソースを仕込みます。
それで、上に飾りのレモンコンポートをのせたらどうでしょう?」

ただ、これの欠点は。
コンビニスイーツとしては容器が縦長になること。
運搬するときに横にならないか気を遣うし、スプーンも専用の長めの奴がいる。

「いい、が三層は無理だな。
高さが出てしまう。
二層にして……」

すでに京屋部長は考え込んでいる。
しかも、欠点にもう気づいているし。
だから三十代で部長なんだろうけど。

凄い勢いでタブレットに繋がれたキーボードを叩き出す。
最後に勢いよくエンターキーを押して京屋部長が顔を上げ、キラリと眼鏡が光った。

「よし、データ送ったからそれで資料作って開発部へ回しとけ。
俺はちょっと出てくるから」

パソコンを確認したら、すでにデータが送られてきていた。
さすが、仕事が早い。

「いってらっしゃいませ」

「ん、じゃあ。
……よかった、チーに相談して。
代替え案なしでダメ出しなんてできないもんな」

ぼそぼそと京屋部長が呟き、振り返る。
けれどすでに、彼は出ていったあとだった。

……なんだったんだろ、いまの。

気になるけれど時間が惜しい。
私も片付けをして自分の席へ戻る。
すでに彼は出かけたのか、席にはいなかった。

……いまからあれして、これして……うわっ、完全に残業コースだよ。

無駄な拘束時間を過ごしてしまって時間が削れた上に、さらに仕事を命じられた。
ここ最近の、いつものことではあるけれど。
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