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最終章 私は一生、あなたのもの
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翌朝。
私の前で黙って味噌汁を啜る彼をジト目で睨む。
ピアスは、昨日までしていた透明のものに戻っていた。
仕事に行くんだから、とわかっていても、それほど怒っているんだと私をさらに落ち込ませた。
「……なんか言いたいことでもあるのか」
はぁっ、とため息をついた彼が、箸を置く。
「……ある」
「仕事の話なら無しだ。
ごちそうさま、もう行く」
まだ食事は途中だというのに、彼はジャケットを羽織って出ていった。
「……はぁーっ」
ため息をつき、残りをもそもそと食べる。
「好きなおかずにしたんだけどなー」
だし巻き玉子も、なめこのお味噌汁も、切り干し大根だって彼の好きなものだ。
でも、そのほとんどが手つかずで残っている。
「まあ、朝は忙しいもんね。
夜に、もうワンチャン」
まだ、諦めたわけじゃない。
なにがダメなのか、どうしたらいいのか。
分析と対策は得意なのだ。
今日一日、問題点を徹底的に洗いだしてやる。
……なんて決心したのは四時間ほど前。
なんで私は、純さんとランチなんかしているんだろう?
「お口にあわなかったかしら?」
「いえ、とても美味しいです」
慌てて笑顔を作って意識を戻す。
「北海道産の、まだ出はじめのホワイトアスパラなの。
ホワイトアスパラはやはり、この時期のものが最高だわ」
「そう、ですか」
一口サイズに切ったそれを純さんがぱくりと食べる。
しかしながら私にはご自慢のそれの味だなんてわからない。
なんていったって御津川氏の言いつけを破り、レジデンスの最上階に来ているのだから。
部屋に閉じこもったのが朝食の片付けが済んですぐ。
今日は橋本さんが来る日だから、お昼はカフェに行こうかな、なんて考えていたら、ドアがノックされた。
「東峰様からランチのお誘いが来ておりますが」
「……は?」
わけがわからぬまま、橋本さんが差し出す封筒を受け取る。
中には純さんから、急だが一緒にランチをしないかとカードが入っていた。
……あの、純さんとランチ?
訝しんだところで理由がわかるわけでもない。
それに、断ったりしたらそれはそれで、恐ろしいことになりそうな予感がする。
「わかりました。
ぜひに、とお返事を」
……と、いうわけで私は、レジデンスの最上階、東峰さんのお宅でランチをしている。
「今日、閑さんは……?」
「大学に行ってるわ。
ああ見えて院生なの、あの人」
興味なさそうに純さんはパクパクと食事を続けていた。
閑さんがいないんならまだ、大丈夫なんだろうか。
ちなみに、彼とはあの初めてラウンジへ行った日以来、会っていない。
もしかしたら彼が来そうにない日を狙って御津川氏は私を連れていっていたのかもしれないけど。
一方的に純さんが話して食事は続いていく。
「あなた、FoSでけっこう、鳴らしていたらしいじゃない。
鉄壁の女って、一部では話題になってたわよ」
ふふん、と少し小馬鹿にしたように純さんが笑う。
「そう、ですね」
その名は賞賛三割、やっかみ七割で呼ばれていただけに、複雑な思いだ。
「その鉄壁の女がなんで、おとなしく専業主婦になんて収まってるのよ」
「それは……」
それこそ、私が知りたい。
どうして御津川氏が、あんなに私が働くことに反対しているのか。
「いままで培ってきたものを、こんなことで捨てていいの? あなた、そんな軽い気持ちで仕事をしてきたの?」
「違います!」
あそこで働いていたのは私の誇りだ。
だからこそ、半ば見栄で辞めたことを後悔した。
「なら、戻ればいいじゃない。
夏原社長からも誘われてるんでしょ?」
「どうして、それを……」
純さんが知っているんだろう?
戻れるなら戻りたい。
けれど御津川氏からは反対されている。
よほどのことがない限り、彼は許してくれないだろう。
「どうせ慧護が、反対してるんでしょ?
なら、簡単よ。
慧護は私が、もらってあげる」
ナプキンで拭かれた口の口角がつり上がり、にっこりと綺麗な三日月型になる。
「……え?」
間抜けにも、それをぼーっと見ていた。
もらうって、なに?
考えようとするけれど、あたまはついていかない。
「ホワイトアスパラも食べたし、そろそろフランスに戻ろうかと思ってるの。
慧護を一緒に連れていくわ」
「そんなの、勝手です……!
御津川さんの意思だって!」
御津川氏が私の傍からいなくなる? そんな現実、考えたことがなかった。
だって私は、彼に買われた所有物なんだから。
「この東峰の命令を、一介の警備会社の社長ごときが蹴れるとでも思っているの?」
グラスのワインを純さんは口に運んだ。
ごくごくとのどを鳴らして彼女がそれを一気に飲む。
東峰に命じられれば簡単に逆らえないのは、もうすでに学習していた。
東峰は絶対王者。
そんなことをすれば、どうなるのかわからない。
現にあのときだって一時的とはいえ、株価が暴落した。
「あと、これ」
合図を送った純さんへトレイが差し出される。
そこから受け取った小さな紙切れを、彼女は私の前へ滑らせた。
「慧護があなたを買ったのは知ってる。
だからこれさえあればあなたは自由になれるでしょ?」
その紙切れ――小切手には2の後ろに0が7つ書いてあった。
「わた、しは」
「もう用は済んだわ、さっさと帰って。
いまから、外出予定があるの」
しっ、しっ、と邪険に手を振られ、立ち上がる。
そのままふらふらと部屋に帰った。
私の前で黙って味噌汁を啜る彼をジト目で睨む。
ピアスは、昨日までしていた透明のものに戻っていた。
仕事に行くんだから、とわかっていても、それほど怒っているんだと私をさらに落ち込ませた。
「……なんか言いたいことでもあるのか」
はぁっ、とため息をついた彼が、箸を置く。
「……ある」
「仕事の話なら無しだ。
ごちそうさま、もう行く」
まだ食事は途中だというのに、彼はジャケットを羽織って出ていった。
「……はぁーっ」
ため息をつき、残りをもそもそと食べる。
「好きなおかずにしたんだけどなー」
だし巻き玉子も、なめこのお味噌汁も、切り干し大根だって彼の好きなものだ。
でも、そのほとんどが手つかずで残っている。
「まあ、朝は忙しいもんね。
夜に、もうワンチャン」
まだ、諦めたわけじゃない。
なにがダメなのか、どうしたらいいのか。
分析と対策は得意なのだ。
今日一日、問題点を徹底的に洗いだしてやる。
……なんて決心したのは四時間ほど前。
なんで私は、純さんとランチなんかしているんだろう?
「お口にあわなかったかしら?」
「いえ、とても美味しいです」
慌てて笑顔を作って意識を戻す。
「北海道産の、まだ出はじめのホワイトアスパラなの。
ホワイトアスパラはやはり、この時期のものが最高だわ」
「そう、ですか」
一口サイズに切ったそれを純さんがぱくりと食べる。
しかしながら私にはご自慢のそれの味だなんてわからない。
なんていったって御津川氏の言いつけを破り、レジデンスの最上階に来ているのだから。
部屋に閉じこもったのが朝食の片付けが済んですぐ。
今日は橋本さんが来る日だから、お昼はカフェに行こうかな、なんて考えていたら、ドアがノックされた。
「東峰様からランチのお誘いが来ておりますが」
「……は?」
わけがわからぬまま、橋本さんが差し出す封筒を受け取る。
中には純さんから、急だが一緒にランチをしないかとカードが入っていた。
……あの、純さんとランチ?
訝しんだところで理由がわかるわけでもない。
それに、断ったりしたらそれはそれで、恐ろしいことになりそうな予感がする。
「わかりました。
ぜひに、とお返事を」
……と、いうわけで私は、レジデンスの最上階、東峰さんのお宅でランチをしている。
「今日、閑さんは……?」
「大学に行ってるわ。
ああ見えて院生なの、あの人」
興味なさそうに純さんはパクパクと食事を続けていた。
閑さんがいないんならまだ、大丈夫なんだろうか。
ちなみに、彼とはあの初めてラウンジへ行った日以来、会っていない。
もしかしたら彼が来そうにない日を狙って御津川氏は私を連れていっていたのかもしれないけど。
一方的に純さんが話して食事は続いていく。
「あなた、FoSでけっこう、鳴らしていたらしいじゃない。
鉄壁の女って、一部では話題になってたわよ」
ふふん、と少し小馬鹿にしたように純さんが笑う。
「そう、ですね」
その名は賞賛三割、やっかみ七割で呼ばれていただけに、複雑な思いだ。
「その鉄壁の女がなんで、おとなしく専業主婦になんて収まってるのよ」
「それは……」
それこそ、私が知りたい。
どうして御津川氏が、あんなに私が働くことに反対しているのか。
「いままで培ってきたものを、こんなことで捨てていいの? あなた、そんな軽い気持ちで仕事をしてきたの?」
「違います!」
あそこで働いていたのは私の誇りだ。
だからこそ、半ば見栄で辞めたことを後悔した。
「なら、戻ればいいじゃない。
夏原社長からも誘われてるんでしょ?」
「どうして、それを……」
純さんが知っているんだろう?
戻れるなら戻りたい。
けれど御津川氏からは反対されている。
よほどのことがない限り、彼は許してくれないだろう。
「どうせ慧護が、反対してるんでしょ?
なら、簡単よ。
慧護は私が、もらってあげる」
ナプキンで拭かれた口の口角がつり上がり、にっこりと綺麗な三日月型になる。
「……え?」
間抜けにも、それをぼーっと見ていた。
もらうって、なに?
考えようとするけれど、あたまはついていかない。
「ホワイトアスパラも食べたし、そろそろフランスに戻ろうかと思ってるの。
慧護を一緒に連れていくわ」
「そんなの、勝手です……!
御津川さんの意思だって!」
御津川氏が私の傍からいなくなる? そんな現実、考えたことがなかった。
だって私は、彼に買われた所有物なんだから。
「この東峰の命令を、一介の警備会社の社長ごときが蹴れるとでも思っているの?」
グラスのワインを純さんは口に運んだ。
ごくごくとのどを鳴らして彼女がそれを一気に飲む。
東峰に命じられれば簡単に逆らえないのは、もうすでに学習していた。
東峰は絶対王者。
そんなことをすれば、どうなるのかわからない。
現にあのときだって一時的とはいえ、株価が暴落した。
「あと、これ」
合図を送った純さんへトレイが差し出される。
そこから受け取った小さな紙切れを、彼女は私の前へ滑らせた。
「慧護があなたを買ったのは知ってる。
だからこれさえあればあなたは自由になれるでしょ?」
その紙切れ――小切手には2の後ろに0が7つ書いてあった。
「わた、しは」
「もう用は済んだわ、さっさと帰って。
いまから、外出予定があるの」
しっ、しっ、と邪険に手を振られ、立ち上がる。
そのままふらふらと部屋に帰った。
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