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第3章 セレブの暮らし
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「東峰様がおみえよ」
「東峰様が……」
御津川氏と微妙な攻防戦を続けていたら、周囲のざわめきと共に一気に空気が変わった。
人並みが割れ、そこを若い男性が歩いてくる。
彼はひとり、黒のハイネックカットソーにブラックパンツとラフな格好だったか、それでもその気品は抑えられない。
目が、彼から離せなかった。
華奢、だけど弱々しいわけじゃない。
真のあるしなやかさを持った、美しき――黒豹。
「ここのボスの、東峰閑さんだ。
……こい」
私の手を掴み、御津川氏は人をよけてつかつかと勢いよく歩いていく。
その先ではすでに、ソファーに座った東峰さんに何人もの人がかしずいていた。
「こんばんは、東峰さん。
妻の李亜を……」
あきらかに年下の彼の前で、御津川氏は跪いた。
私も慌てて、その隣に腰を落とす。
しかし、すぐに彼の言葉は東峰さんによって遮られた。
「これは御津川さん。
毛色の変わった猫を連れているともう、随分話題になっているようですね」
足を組み、軽く握った拳を口に当てた東峰さんが、くつくつとおかしそうにのどを鳴らして笑う。
一瞬、なにを言われているのかわからなかったが次の瞬間、自分のことだと気づき、カッと頬に熱が走った。
要するに私は、血統書付きの猫に混ざった、雑種だと笑いたいのだ。
「……東峰さん」
俯いた御津川氏から出た声は、腹の底から凍えるほど冷たかった。
「いまでは高級種になったアメリカンカールのように、のちに高値がつく原種の猫を笑うような愚行を犯してないといいですね」
「なっ、貴様ッ!」
顔を上げた御津川氏が、人さえ殺せそうなほどの視線で東峰さんを睨む。
周囲の人間はざわめいたが、当の東峰さんは唇に僅かな笑みをのせ、私たちを見ている。
「……!」
すぅっ、と東峰さんが手を上げ、辺りがしん、と静まりかえった。
「さあ、どうでしょうね」
くすり、と彼が笑うと同時に、御津川氏は私の手を掴んで立ち上がった。
「いくぞ、李亜!」
私の返事など待たず、踵を返して足早に彼は歩いていく。
ラウンジを出、エレベーターホールに来てようやく、手を離してくれた。
「すまない、李亜。
嫌な思いをさせて」
彼は詫びてくれるが、悪いのは彼じゃない。
それに、いいんだろうか。
東峰さんがどういう人なのか私にはわからないがそれでも、絶対に逆らってはいけない人だというのはあの空気でわかる。
「あの、よかったんですか。
あんなこと……」
「あら、慧護じゃない!
ひさしぶり!」
全部言い終わらないうちに声をかけられた。
そちらへ視線を向けると、真っ赤なドレスのあきらかに美女だとわかる女性が立っていた。
「純か。
いつ、帰ったんだ?」
「今朝の便よ。
しばらくはこっちにいるわ」
とても親しそうに話しているけど、この方は……?
「あら。
もしかしてこの方が話題の?」
私に目を留め、にっこりと彼女が綺麗に口角をつり上げる。
「ああ。
俺の妻の李亜だ。
……李亜、こちら、東峰さんの姉の、純さん」
「純でーす。
あなたのお噂はかねがね」
純さんは笑っていたが、その目はどこか私のことを探っていた。
「……。
李亜、です。
どうぞ、お見知りおきを」
笑顔を作ってあたまを下げる。
本能がこの人と関わっちゃダメだと告げていた。
「綺麗な人ね。
……まあ、私には負けるけど」
「は?
お前なんかかなわないほど美人だろ、李亜は」
「なに、のろけ?
もう、妬けてきちゃうわね!」
純さんは御津川氏の背中をバンバン叩きながらケラケラと笑っている。
御津川氏もそれに対して、なにも言う気はないようだ。
「また近いうちに食事でもしましょ?
じゃあねー」
ひらひらと手を振りながら、純さんはラウンジに消えていった。
「純は東峰さんと違って気さくだから、困ったときは頼るといい」
「……わかり、ました」
エレベーターが到着し、ふたりで乗る。
御津川氏は気づいていないんだろうか、あの、純さんの視線に。
あれはまるで、獲物を見つけた蛇そのものだ。
いかにして獲物――私を、丸飲みにして亡き者にしようかと考えている。
「東峰様が……」
御津川氏と微妙な攻防戦を続けていたら、周囲のざわめきと共に一気に空気が変わった。
人並みが割れ、そこを若い男性が歩いてくる。
彼はひとり、黒のハイネックカットソーにブラックパンツとラフな格好だったか、それでもその気品は抑えられない。
目が、彼から離せなかった。
華奢、だけど弱々しいわけじゃない。
真のあるしなやかさを持った、美しき――黒豹。
「ここのボスの、東峰閑さんだ。
……こい」
私の手を掴み、御津川氏は人をよけてつかつかと勢いよく歩いていく。
その先ではすでに、ソファーに座った東峰さんに何人もの人がかしずいていた。
「こんばんは、東峰さん。
妻の李亜を……」
あきらかに年下の彼の前で、御津川氏は跪いた。
私も慌てて、その隣に腰を落とす。
しかし、すぐに彼の言葉は東峰さんによって遮られた。
「これは御津川さん。
毛色の変わった猫を連れているともう、随分話題になっているようですね」
足を組み、軽く握った拳を口に当てた東峰さんが、くつくつとおかしそうにのどを鳴らして笑う。
一瞬、なにを言われているのかわからなかったが次の瞬間、自分のことだと気づき、カッと頬に熱が走った。
要するに私は、血統書付きの猫に混ざった、雑種だと笑いたいのだ。
「……東峰さん」
俯いた御津川氏から出た声は、腹の底から凍えるほど冷たかった。
「いまでは高級種になったアメリカンカールのように、のちに高値がつく原種の猫を笑うような愚行を犯してないといいですね」
「なっ、貴様ッ!」
顔を上げた御津川氏が、人さえ殺せそうなほどの視線で東峰さんを睨む。
周囲の人間はざわめいたが、当の東峰さんは唇に僅かな笑みをのせ、私たちを見ている。
「……!」
すぅっ、と東峰さんが手を上げ、辺りがしん、と静まりかえった。
「さあ、どうでしょうね」
くすり、と彼が笑うと同時に、御津川氏は私の手を掴んで立ち上がった。
「いくぞ、李亜!」
私の返事など待たず、踵を返して足早に彼は歩いていく。
ラウンジを出、エレベーターホールに来てようやく、手を離してくれた。
「すまない、李亜。
嫌な思いをさせて」
彼は詫びてくれるが、悪いのは彼じゃない。
それに、いいんだろうか。
東峰さんがどういう人なのか私にはわからないがそれでも、絶対に逆らってはいけない人だというのはあの空気でわかる。
「あの、よかったんですか。
あんなこと……」
「あら、慧護じゃない!
ひさしぶり!」
全部言い終わらないうちに声をかけられた。
そちらへ視線を向けると、真っ赤なドレスのあきらかに美女だとわかる女性が立っていた。
「純か。
いつ、帰ったんだ?」
「今朝の便よ。
しばらくはこっちにいるわ」
とても親しそうに話しているけど、この方は……?
「あら。
もしかしてこの方が話題の?」
私に目を留め、にっこりと彼女が綺麗に口角をつり上げる。
「ああ。
俺の妻の李亜だ。
……李亜、こちら、東峰さんの姉の、純さん」
「純でーす。
あなたのお噂はかねがね」
純さんは笑っていたが、その目はどこか私のことを探っていた。
「……。
李亜、です。
どうぞ、お見知りおきを」
笑顔を作ってあたまを下げる。
本能がこの人と関わっちゃダメだと告げていた。
「綺麗な人ね。
……まあ、私には負けるけど」
「は?
お前なんかかなわないほど美人だろ、李亜は」
「なに、のろけ?
もう、妬けてきちゃうわね!」
純さんは御津川氏の背中をバンバン叩きながらケラケラと笑っている。
御津川氏もそれに対して、なにも言う気はないようだ。
「また近いうちに食事でもしましょ?
じゃあねー」
ひらひらと手を振りながら、純さんはラウンジに消えていった。
「純は東峰さんと違って気さくだから、困ったときは頼るといい」
「……わかり、ました」
エレベーターが到着し、ふたりで乗る。
御津川氏は気づいていないんだろうか、あの、純さんの視線に。
あれはまるで、獲物を見つけた蛇そのものだ。
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