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第2章 理想の新婚生活
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翌日、私が起きたときにはすでに、御津川氏はベッドにいなかった。
洗顔を済ませてリビングへ行けば、ダイニングテーブルで彼はコーヒーを飲んでいた。
「おはよう。
コーヒー飲むか?」
私に気づき、目を落としていたタブレットを置いて椅子から立ち上がる。
「おはようございます」
「ん」
彼がコーヒーを置いた席に座る。
「ありがとうございます」
再び彼も向かいあう椅子に腰をかけた。
「俺は仕事に行ってくるが、昨日言ったように李亜は好きにしたらいい」
「わかりました」
起き抜けのコーヒーは美味しい。
が、朝ごはんは?
「どこに行こうと勝手だが、ひとつだけ。
……レジデンスの最上階にだけは絶対に行くな」
私を見る、レンズの向こうの瞳は怖いくらいで、思わず身体がぶるりと震えた。
「……はい」
「うん、それさえ守ってくれたらいい。
……そろそろ出る」
私の返事に満足げに頷き、彼は腕時計を確認して椅子を立った。
そのまま私の隣で足を止め、上へ向かせる。
「いってくるな、李亜」
軽く顎に拳を添え、彼の唇が重なった。
「なるべく早く帰ってくる。
今日は鉄板焼きを食いにいこう」
ひらひらと手を振りながら彼がリビングを出ていく。
ひとりになって、いまだに鼻腔に残る香りに気づいた。
「これ、知ってる……」
御津川氏の、香水の匂い。
どこかで嗅いだ覚えがある。
しかもそれは、私のいい記憶として残っている。
「どこ、だっけ……?」
けれどいくら考えても、思い出せなかった。
とりあえず、なにか食べるために外出することにした。
私の家から運び込んだという荷物には服の類いが一切なく、仕方なく昨日、御津川氏に買ってもらった服を着る。
「可愛い、けど恥ずかしい……」
トップスが黒なのはいいが、オフショルダーで胸もとから肩が大きく出ているのがいただけない。
しかもスカートがオレンジと派手だ。
しかしながらどの服も似たり寄ったりで、諦めるしかない。
「まあ、でも……」
いままでのファスト店で適当に買った、カットソーとジーンズだとこの髪型には浮いていただろうから、これでいいといえばいいのか。
レジデンスを出て向かいのオフィスビルまで歩く。
一昨日、披露宴をおこなったそこの低層階には、カフェやスーパーが入っているのは知っていた。
ビルに到着し、まだスーパーは開いていなかったのでカフェで朝食を済ませる。
「……」
トレイにサーモンサンドとカフェオレをのせて適当な席に座りながら、複雑な気分になった。
だってここには披露宴の打ち合わせのあと、鈴木とふたりできていたから。
あのときは本当に幸せで、これからの結婚生活を思い描いていたのだ。
それが、こんなことになるなんて。
「ああもう、考えない!」
暗い過去を振り切るように、乱暴にサーモンサンドに噛みついた。
軽く小腹を満たし、そろそろ開いたスーパーへと向かう。
御津川氏はいつも外食と言っていたし、家で朝食を取らない人間なのかもしれない。
けれど私は家でゆっくり食べたいのだ。
「うそっ、タマネギ1個200円!?」
値段を見て思わす声が出てしまい、恥ずかしくなった。
「……さすが、セレブの街」
農家ご自慢の有機栽培、高いのはわかる。
けれど私の常識では、タマネギは高いときで3玉198円だ。
その後も、いちいちプライスカードを見ては驚きつつ、びくびくと買い物をした。
お昼ごはんにお弁当と見にきたお惣菜コーナー……もとい。
デリカコーナーもやはり。
「近江牛ステーキ弁当1980円……。
石垣牛牛すじカレー980円……」
なんだか、あたまがくらくらしてきた。
必要最小限の買い物に済ませたはずだが、すでに懐が厳しい。
「ああ、もういいや!」
開き直って、米沢牛ハンバーグのロコモコ丼をカゴに入れる。
支払いは大丈夫なはず、と思いつつ、ドキドキしながらレジに並んだ。
「――円になります」
告げられた金額は想定どおり、私の手持ちを大きく超えていた。
「あ、あの。
……御津川、です」
曖昧な笑みを浮かべ、御津川氏に言われたとおり名前を告げる。
本当にこれで大丈夫なんだろうかと疑いながら。
「かしこまりました。
ありがとうございました」
「どうぞこちらへ」
レジの店員が軽くあたまを下げると同時に、横から出てきた手がカゴを掴む。
そのままサッカー台へと運んでくれた。
「お届けいたしますか?」
テキパキと店員が、袋へと商品を詰めてくれる。
「あ、えっと……。
お願い、します」
調味料なども買ってそれなりの重さになっているそれを、すぐ近くとはいえ抱えて帰るのは大変だな、なんて考えていたから素直にお願いした。
「あ、でも、お弁当は持って帰ります」
「かしこまりました」
手早く店員はお弁当だけ別に入れ、渡してくれた。
「ではこちらはのちほど、お宅の方へお届けさせていただきます。
またのお越しを、お待ちしております」
「あ、ありがとうございました……」
慇懃にあたまを下げる店員に見送られ、店を出る。
「……さすが、セレブスーパー」
配達は大手スーパーなんかでは最近やっているが、こちらから言わなくてもやってくれるなんて驚きだ。
洗顔を済ませてリビングへ行けば、ダイニングテーブルで彼はコーヒーを飲んでいた。
「おはよう。
コーヒー飲むか?」
私に気づき、目を落としていたタブレットを置いて椅子から立ち上がる。
「おはようございます」
「ん」
彼がコーヒーを置いた席に座る。
「ありがとうございます」
再び彼も向かいあう椅子に腰をかけた。
「俺は仕事に行ってくるが、昨日言ったように李亜は好きにしたらいい」
「わかりました」
起き抜けのコーヒーは美味しい。
が、朝ごはんは?
「どこに行こうと勝手だが、ひとつだけ。
……レジデンスの最上階にだけは絶対に行くな」
私を見る、レンズの向こうの瞳は怖いくらいで、思わず身体がぶるりと震えた。
「……はい」
「うん、それさえ守ってくれたらいい。
……そろそろ出る」
私の返事に満足げに頷き、彼は腕時計を確認して椅子を立った。
そのまま私の隣で足を止め、上へ向かせる。
「いってくるな、李亜」
軽く顎に拳を添え、彼の唇が重なった。
「なるべく早く帰ってくる。
今日は鉄板焼きを食いにいこう」
ひらひらと手を振りながら彼がリビングを出ていく。
ひとりになって、いまだに鼻腔に残る香りに気づいた。
「これ、知ってる……」
御津川氏の、香水の匂い。
どこかで嗅いだ覚えがある。
しかもそれは、私のいい記憶として残っている。
「どこ、だっけ……?」
けれどいくら考えても、思い出せなかった。
とりあえず、なにか食べるために外出することにした。
私の家から運び込んだという荷物には服の類いが一切なく、仕方なく昨日、御津川氏に買ってもらった服を着る。
「可愛い、けど恥ずかしい……」
トップスが黒なのはいいが、オフショルダーで胸もとから肩が大きく出ているのがいただけない。
しかもスカートがオレンジと派手だ。
しかしながらどの服も似たり寄ったりで、諦めるしかない。
「まあ、でも……」
いままでのファスト店で適当に買った、カットソーとジーンズだとこの髪型には浮いていただろうから、これでいいといえばいいのか。
レジデンスを出て向かいのオフィスビルまで歩く。
一昨日、披露宴をおこなったそこの低層階には、カフェやスーパーが入っているのは知っていた。
ビルに到着し、まだスーパーは開いていなかったのでカフェで朝食を済ませる。
「……」
トレイにサーモンサンドとカフェオレをのせて適当な席に座りながら、複雑な気分になった。
だってここには披露宴の打ち合わせのあと、鈴木とふたりできていたから。
あのときは本当に幸せで、これからの結婚生活を思い描いていたのだ。
それが、こんなことになるなんて。
「ああもう、考えない!」
暗い過去を振り切るように、乱暴にサーモンサンドに噛みついた。
軽く小腹を満たし、そろそろ開いたスーパーへと向かう。
御津川氏はいつも外食と言っていたし、家で朝食を取らない人間なのかもしれない。
けれど私は家でゆっくり食べたいのだ。
「うそっ、タマネギ1個200円!?」
値段を見て思わす声が出てしまい、恥ずかしくなった。
「……さすが、セレブの街」
農家ご自慢の有機栽培、高いのはわかる。
けれど私の常識では、タマネギは高いときで3玉198円だ。
その後も、いちいちプライスカードを見ては驚きつつ、びくびくと買い物をした。
お昼ごはんにお弁当と見にきたお惣菜コーナー……もとい。
デリカコーナーもやはり。
「近江牛ステーキ弁当1980円……。
石垣牛牛すじカレー980円……」
なんだか、あたまがくらくらしてきた。
必要最小限の買い物に済ませたはずだが、すでに懐が厳しい。
「ああ、もういいや!」
開き直って、米沢牛ハンバーグのロコモコ丼をカゴに入れる。
支払いは大丈夫なはず、と思いつつ、ドキドキしながらレジに並んだ。
「――円になります」
告げられた金額は想定どおり、私の手持ちを大きく超えていた。
「あ、あの。
……御津川、です」
曖昧な笑みを浮かべ、御津川氏に言われたとおり名前を告げる。
本当にこれで大丈夫なんだろうかと疑いながら。
「かしこまりました。
ありがとうございました」
「どうぞこちらへ」
レジの店員が軽くあたまを下げると同時に、横から出てきた手がカゴを掴む。
そのままサッカー台へと運んでくれた。
「お届けいたしますか?」
テキパキと店員が、袋へと商品を詰めてくれる。
「あ、えっと……。
お願い、します」
調味料なども買ってそれなりの重さになっているそれを、すぐ近くとはいえ抱えて帰るのは大変だな、なんて考えていたから素直にお願いした。
「あ、でも、お弁当は持って帰ります」
「かしこまりました」
手早く店員はお弁当だけ別に入れ、渡してくれた。
「ではこちらはのちほど、お宅の方へお届けさせていただきます。
またのお越しを、お待ちしております」
「あ、ありがとうございました……」
慇懃にあたまを下げる店員に見送られ、店を出る。
「……さすが、セレブスーパー」
配達は大手スーパーなんかでは最近やっているが、こちらから言わなくてもやってくれるなんて驚きだ。
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