偽りの花婿は花嫁に真の愛を誓う

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第2章 理想の新婚生活

2-4

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茶系で揃えられた室内は、とても落ち着いていた。
ダイニングテーブルの上にはお洒落なシャンデリアまで下がっている。

「コーヒーでも飲むか」

「そう、ですね……」

そっと、ダークブラウンのソファーに腰を下ろす。
その前に置かれているテレビは、電気店の目玉でしか見たことがないような大きなサイズだった。

「ん」

鼻腔をいい香りがくすぐり、顔を上げる。

「ありがとうございます」

御津川氏が差し出す、カップを受け取った。
口をつけようとしたところで、どさっと隣に衝撃を感じる。
ゆっくりと視線を向けてみると、御津川氏がそこに座ってコーヒーを飲んでいた。

「ん?」

私の視線に気づいたのか、僅かに彼が首を傾ける。

「……いえ」

……近い、近すぎる!

……なんてことを言えるはずもなく。

「あ、そうだ。
李亜にやってもらいたいことがあるんだ」

ソファーを立った彼は、小さな紙袋を片手に戻ってきた。

「ピアスをあけてくれ」

私の手を取り、彼がピアッサーをその上にのせる。

「え、嫌、嫌ですよ!」

ついそれを、放り投げていた。
自分の耳にすらあけられないのに、人の耳になんて無理。

「昨日、李亜の処女を奪って痛い思いをさせただろ」

「え、は、はい……?」

あれは確かに、この世のものとは思えないほど痛かった。
けれど、それがなにか?

「李亜にだけ痛い思いをさせるのはフェアじゃない。
だから俺は、ピアスをあける」

再び私の手にピアッサーをのせた彼はどこまでも真剣だけど……。
え、まさか、本気ですか?

「そんな必要はないので。
第一、仕事に差し支えませんか?」

アパレル会社の若社長ならまだしも、警備会社なんてお堅い会社の社長がピアスなんて、やはりいい目では見られないだろう。

「俺の見た目が多少変わったくらいで態度を変えるような奴は、こちらからお断りだ。
……ほら、いいからさっさとあけろ」

パッケージを開けて私の手の上に置き、彼が自分の耳をこちらへ近づける。

「え、嫌。
無理無理無理無理。
そんなにあけたいなら、自分でやってくださいよ」

両手にピアッサーをのせたまま、嫌々と思いっきり首を振った。

「俺が李亜に痛い思いをさせたんだから、李亜が俺にあけなきゃ意味がないだろ」

私にピアッサーを握らせ、彼がそれを耳に当てる。

「ほら、やれ」

「……本当にやるんですか」

恐怖でピアッサーを握る手はぶるぶる震えていたし、目にはうっすらと涙まで浮いてくる。

「バチンとやるだけだろ」

彼はどこまでもやる気みたいで、じっと私の目を見ている。

「……わかりました」

目を閉じて小さく深呼吸し、心を決めて瞼を開けた。

「いきますよ」

「ああ」

慎重に場所を確かめ、ピアッサーをその耳に当てる。
指に力を入れて、思いっきりレバーを押した。

――バチン!

大きな音と共に、手にかかる抵抗がなくなる。
そっとピアッサーを外してみたら、そこにはしっかりとピアスが嵌まっていた。

「ほら、反対側もあけろ」

「……はい」

反対側の耳を向けられ、そちらにも同じようにピアスをあけた。

「けっこう痛いんだな」

そう言いながらも御津川氏は嬉しそうに笑っている。

「どうだ?
似合ってるか?」

顔を右に左に向け、いまあけたばかりのピアスを彼は私に見せてきた。
でもそれは透明ピアスで、どう反応していいのか困る。

「これなら仕事でしていても目立たないから問題ないだろ」

ニヤリ、と彼は右頬を歪ませた。

「そうですね」

最初からそのつもりなら、先に言ってほしい。
……それでもやっぱり、あけるのは怖かったと思うけど。

「ちょっと痛いが、李亜はこの何倍もの痛みに耐えてくれたんだもんな。
ありがとう、李亜」

彼の顔が近づいてきて、ちゅっ、と唇が触れる。
とても愛おしそうな顔で。
処女で痛い思いをさせたから代わりに、なんて考える男がいるだなんて思わない。
これは御津川氏が特別変わっているんだろうか。
でもそうやって気遣ってくれるのは少し、……嬉しくもある。

「別に、それは……。
そういえば、ご両親にこの結婚は話してあるのですか」

ほんのりと熱い顔で、話題を変える。
ご両親は反対していないんだろうか。
こんな、詐欺にかかって一文無しになるような、間抜けな女との結婚なんて。

「両親は放任主義なんだ。
俺が人として間違ったことをしない限り、なにも言わない」

「……そう、ですか」

金で相手を買うのは問題ないのか、なんて口から出かかったけれど飲み込んだ。
だからこその結婚、なんだろうし。

「さっさと俺に会社を押しつけて、いまはカナダで悠々自適な暮らしをしている。
そうだな、近いうちに新婚旅行を兼ねて李亜を会わせにいこう」

御津川氏は決定事項だと言わんばかりの口ぶりだけど、そのとき私をなんと紹介するのだろう。
非常に、気になる。

「今日も疲れたな、そろそろ寝るか。
俺は明日、仕事だし」

彼が大きく背伸びをして、立ち上がる。
けれど私にはまだ問題あった。

「あの、明日から私はなにを……?」

会社は辞めたので私には仕事がない。
そして彼は私を買ったのだ。
なにかさせたいに違いない。

「別に?
好きに過ごせばいいが?」

「……は?」

間抜けにも一音発してフリーズした。
好きに、っていったい?

「エステでも買い物でも好きにしたらいい。
もう話は通してあるから、ヒルズの中なら御津川の名を出せばなんでもできる。
ヒルズ外はいま、カードの手続きをしているから少し待ってくれ」

「は?」

やっぱり、彼がなにを言っているのかわからない。
買った女にさらに金を貢ぎこむなんて、莫迦なんだろうか。

「えーっと。
ちょっと待ってください」

「ん?」

僅かに首を傾けた彼が、隣に座り直す。

「要するに、私は働かずに好き勝手していい、と?」

「そうだな」

「この家の家事とかは?」

「ハウスキーパーに任せてあるからすることはないな。
食事は外食で済ませているし、なんならこれからは作ってもらうように契約を変えてもいい」

くるくると指先で私の髪を弄びながら彼は淡々と話しているけれど。
それじゃあ、私を買った意味、とは?

「まあ、パーティやなんか、夫婦同伴のときは一緒に出席してほしい。
李亜にしてもらいたいことといえばこれくらいか?」

私の顔を見て彼がにかっ、と笑う。
ある程度の年になると、結婚しているかどうかで男性の評価が決まったりするから、そういうこと?

「わかりました、それくらいなら」

ようやく、納得がいった。
なら、私は私の好きにさせてもらうだけ。

「うん。
じゃあ、一緒に風呂に入るか」

「入りません!」

私の手を引っ張った彼の手を、払いのけたのはいうまでもない。
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