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第2章 理想の新婚生活
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朝、目が覚めたら、隣で御津川氏が眠っていた。
……夢、じゃなかったんだ。
婚約者が実は結婚詐欺師で式当日に逮捕されたとか。
替え玉花婿で式を挙げたとか。
さらに金で買われて処女を奪われただとか。
どう考えても現実ではない。
でもそれは御津川氏という形でいま、私の隣に確かに存在している。
「……起きたのか」
目を開けた御津川氏は起き上がり、私へちゅっ、と――キス、した。
「……は?」
「シャワー浴びてくるかなー」
ベッドの下から拾った下着を穿き、彼が布団を出る。
「李亜も一緒にどうだ?」
ドアに手をかけ、彼が振り返ったところで我に返った。
「お断りです!」
反射的に枕を掴み、投げつける。
「おお、こえぇ」
けれどそれは危なげなく、彼にキャッチされた。
「気が向いたら来い」
投げ返された枕が足下に落ちる。
彼が寝室を出ていき、バタンとドアが閉まってひとりになった。
「え?
は?
え?」
あの人、私にキス、した?
でもこれは、金で買われた関係、で。
愛なんてそこにないはずなのだ。
なんで御津川氏が私を買ったのかはわからないけど。
「これからどうなるんだろう……」
貯蓄は騙し取られて、ない。
会社も寿退社したから働くところもない。
明日にはいまのマンションを出ていかないといけないから……。
「あーっ!」
そうなのだ、マンションの退去日は明日。
鈴木と新婚生活用に買った部屋へ引っ越すことになっていた。
けれどその部屋が存在するとは思えない。
「詰んだ、詰んだな……」
もう実家に帰るかホームレスになるかの二択しか残っていない。
どっちも選びたくないからいま、できる限りの努力をするしかない。
バタバタと身支度を済ませ、ドアを開けたところで御津川氏がちょうど、浴室から出てきたところだった。
「どこへ行く気だ?」
濡れた髪をタオルで拭いている彼は妙に色っぽいが、いまはそんなことを気にしている場合ではない。
「い、家に……」
脇をすり抜けようとしたけれど、腕を掴んで止められた。
「お前のマンションの部屋ならもうない」
「……へ?」
私の口から間抜けな音が落ちていったけど……仕方ないよね。
「昨晩のうちに引き払った」
「……へ?」
やっぱり、彼がなにを言っているのか理解できない。
引き払ってどうしようと?
「李亜は、俺が買った。
だからこれから、俺の家で暮らす。
わかったな?」
私に逃げる様子がないからか手を放し、彼はソファーにどさっと座った。
「昨晩は汗を掻いて気持ち悪いだろうが。
シャワー浴びてこい。
その間に朝食を取っておくから」
「……そう、します」
昨日に引き続き、あたまの容量はいっぱいいっぱいで、考えることを拒否していた。
素直に指示に従い、シャワーを浴びたら少しだけすっきりした。
「あの……」
浴室を出たときには彼は身支度を済ませ、ソファーに座って携帯を見ていた。
「ん?
あがったか。
昨日から思っていたが、服が地味だな。
新しいのを買おう。
が、とりあえずメシだ」
立ち上がった彼が向かったダイニングテーブルには、朝食の準備ができていた。
「そう、ですね……」
椅子に座る彼に遅れて私も座る。
中華がゆの朝食は、いかにも優雅だ。
「さっきの話だが」
「はい……?」
どの話かわからなくて、つい首が傾いた。
そんな私に、彼はおかしそうにくすくすと笑っている。
「家の話だ。
李亜は俺もので俺の妻なんだから、一緒に暮らすのが当たり前だろうが」
「……ああ。
そう、……ですね」
昨日、婚姻届にサインさせられた。
忘れていたわけじゃない。
「俺はヒルズのレジデンスに住んでいる。
仕事を辞めたんだから問題ないだろ」
「……え?」
おかゆに突っ込んだスプーンが止まる。
「なんでそんなこと、知ってるんですか?」
御津川氏の昨日の話だと、私を知ったのはあの結婚式のときのはず。
でも、いまの口ぶりだともっと前から知っていたような……?
「ん?
……披露宴の間に、憲司に調べさせたんだよ」
一瞬、テーブルのなにもないところを見た彼は、すぐになんでもないように笑ってきた。
「それより、早く食え?
今日はやることがいっぱいなんだからな」
「はぁ……」
御津川氏はいったい、私のなにを知っているのだろう。
なんで、どうして。
そんな疑問ばかりがあたまを占めるが、彼は説明してくれそうにない。
……夢、じゃなかったんだ。
婚約者が実は結婚詐欺師で式当日に逮捕されたとか。
替え玉花婿で式を挙げたとか。
さらに金で買われて処女を奪われただとか。
どう考えても現実ではない。
でもそれは御津川氏という形でいま、私の隣に確かに存在している。
「……起きたのか」
目を開けた御津川氏は起き上がり、私へちゅっ、と――キス、した。
「……は?」
「シャワー浴びてくるかなー」
ベッドの下から拾った下着を穿き、彼が布団を出る。
「李亜も一緒にどうだ?」
ドアに手をかけ、彼が振り返ったところで我に返った。
「お断りです!」
反射的に枕を掴み、投げつける。
「おお、こえぇ」
けれどそれは危なげなく、彼にキャッチされた。
「気が向いたら来い」
投げ返された枕が足下に落ちる。
彼が寝室を出ていき、バタンとドアが閉まってひとりになった。
「え?
は?
え?」
あの人、私にキス、した?
でもこれは、金で買われた関係、で。
愛なんてそこにないはずなのだ。
なんで御津川氏が私を買ったのかはわからないけど。
「これからどうなるんだろう……」
貯蓄は騙し取られて、ない。
会社も寿退社したから働くところもない。
明日にはいまのマンションを出ていかないといけないから……。
「あーっ!」
そうなのだ、マンションの退去日は明日。
鈴木と新婚生活用に買った部屋へ引っ越すことになっていた。
けれどその部屋が存在するとは思えない。
「詰んだ、詰んだな……」
もう実家に帰るかホームレスになるかの二択しか残っていない。
どっちも選びたくないからいま、できる限りの努力をするしかない。
バタバタと身支度を済ませ、ドアを開けたところで御津川氏がちょうど、浴室から出てきたところだった。
「どこへ行く気だ?」
濡れた髪をタオルで拭いている彼は妙に色っぽいが、いまはそんなことを気にしている場合ではない。
「い、家に……」
脇をすり抜けようとしたけれど、腕を掴んで止められた。
「お前のマンションの部屋ならもうない」
「……へ?」
私の口から間抜けな音が落ちていったけど……仕方ないよね。
「昨晩のうちに引き払った」
「……へ?」
やっぱり、彼がなにを言っているのか理解できない。
引き払ってどうしようと?
「李亜は、俺が買った。
だからこれから、俺の家で暮らす。
わかったな?」
私に逃げる様子がないからか手を放し、彼はソファーにどさっと座った。
「昨晩は汗を掻いて気持ち悪いだろうが。
シャワー浴びてこい。
その間に朝食を取っておくから」
「……そう、します」
昨日に引き続き、あたまの容量はいっぱいいっぱいで、考えることを拒否していた。
素直に指示に従い、シャワーを浴びたら少しだけすっきりした。
「あの……」
浴室を出たときには彼は身支度を済ませ、ソファーに座って携帯を見ていた。
「ん?
あがったか。
昨日から思っていたが、服が地味だな。
新しいのを買おう。
が、とりあえずメシだ」
立ち上がった彼が向かったダイニングテーブルには、朝食の準備ができていた。
「そう、ですね……」
椅子に座る彼に遅れて私も座る。
中華がゆの朝食は、いかにも優雅だ。
「さっきの話だが」
「はい……?」
どの話かわからなくて、つい首が傾いた。
そんな私に、彼はおかしそうにくすくすと笑っている。
「家の話だ。
李亜は俺もので俺の妻なんだから、一緒に暮らすのが当たり前だろうが」
「……ああ。
そう、……ですね」
昨日、婚姻届にサインさせられた。
忘れていたわけじゃない。
「俺はヒルズのレジデンスに住んでいる。
仕事を辞めたんだから問題ないだろ」
「……え?」
おかゆに突っ込んだスプーンが止まる。
「なんでそんなこと、知ってるんですか?」
御津川氏の昨日の話だと、私を知ったのはあの結婚式のときのはず。
でも、いまの口ぶりだともっと前から知っていたような……?
「ん?
……披露宴の間に、憲司に調べさせたんだよ」
一瞬、テーブルのなにもないところを見た彼は、すぐになんでもないように笑ってきた。
「それより、早く食え?
今日はやることがいっぱいなんだからな」
「はぁ……」
御津川氏はいったい、私のなにを知っているのだろう。
なんで、どうして。
そんな疑問ばかりがあたまを占めるが、彼は説明してくれそうにない。
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