偽りの花婿は花嫁に真の愛を誓う

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第1章 女は度胸

1-5

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その後、砺波さんが契約内容の説明をしてくれた。
さすがに人身売買は法律違反になるので、そこはぼやかして書いている。
私にとって重要なのは、御津川氏の許可なく彼の元を離れた場合は、七百万の即時返済に加え、多額の違約金が課せられるということだ。

「これで李亜は俺のものだ」

私がしたサインを確認し、御津川氏が満足げに笑う。

「こっちにもサインしろ」

次にテーブルの上へ置かれたのは――婚姻届だった。

「あの、これは……?」
                               
「さっきの話を聞いてなかったのか?
李亜は俺のものだ。
当たり前だろ」

もうすでに、それの夫の欄には御津川氏の名前が記載してある。
促されて妻の欄を埋めた。

「じゃあ憲司、あとは頼んだぞ」

「了解」

書類を確認し、砺波さんは鞄の中にしまった。

「今日は助かった。
この埋め合わせはまた」

「上手くやれよ」

にこやかに砺波さんと握手を交わした御津川氏に連れられ、バーを出た。
エレベーターに乗り、ホテル階へ戻る。

「今日は泊まって帰るからな」

そう言って開けられた部屋は、最高級スイートルームだった。

「そう、ですか……」

もともと、そういうプランだったから問題はない。
けれど当初予定していた部屋よりも何ランクも上の部屋は、さすがというか。

「来い」

ベッドに座った御津川氏が、隣をぽんぽんと叩く。

「へ?」

けれど意味がわからず、そのまま突っ立っていた。

「来いと言っているだろうが」

腰を浮かせた彼が、私の手を引っ張る。

「あっ」

バランスを崩した私は必然、彼の胸に飛び込む形になり、そして。

「……あの」

「ん?」

気がついたらあたまは枕につき、私にのしかかる御津川氏を見上げていた。

「これはいったい、どういうことなんでしょうか」

眼鏡の向こうで目が細められ、彼の手がうっとりと私の髪を撫でる。

「結婚式を挙げたんだから当然、初夜だろうが」

「……!」

私の言葉を封じるように唇が重なった。
ちゅっ、ちゅっ、と何度も唇を啄まれ、知らず知らず、はぁっと甘い吐息が口から落ちていく。

「……!!」

開いた唇の隙間から、ぬるりと彼が侵入してきた。
押しのけようと彼の胸を押したけれど、その手は易々とベッドに縫い留められてしまう。

くちゅり、くちゅり、と淫靡な水音が静かな部屋の中に響きだす。
しばらくは足をばたつかせて抵抗をしていたものの、そのうち身体からは力が抜けていく。
私がおとなしくなった頃、ようやく唇が離れた。

「お前は今日から俺のものだ。
隅から隅まで、俺のものにする」

無機質なレンズの向こうに見える瞳は、熱く燃えている。
好きでもなんでもない人に抱かれるなんて嫌だ。
けれど買われた私は、彼に従うしかない。

「さっさと終わらせてください」

もう抵抗するのはやめた。
これが私のハジメテだなんて情けなさ過ぎるが、二十八にもなって後生大事に持っておくものでもない。

眼鏡を外した彼は、ジャケットを脱ぎ捨てた。

「愛してるって言っただろ」

言った、披露宴の時に。
でもあれは、お芝居で。

短い口付けを繰り返しながら、彼が器用に私の服を脱がしていく。

「愛してる、李亜。
神に誓ったこの気持ちに、嘘偽りはない」

それってどういうこと?
御津川氏は私を買ったのに。
考える隙を与えないかのように彼に翻弄された。
そして――。

「いっ、たーい!」

彼に貫かれ、悲鳴が漏れる。
途端に彼は、動きを止めた。

「は?
もしかして、しょ……」

「皆まで言うな」

目玉がこぼれ落ちそうなほど、見開いた彼に繰り出したパンチはヘロヘロだった。

「面倒くさいことになった、やめときゃよかったとか絶対考えてますよね、絶対」

涙の浮いた目で、彼をじろりと睨みつける。

「いや。
ならもっとロマンチックにして、優しくしてやればよかったと後悔はしている。
……やめるか?」

眉根を寄せた彼の、両の親指が私の目尻を拭った。

「続けていいんで、その、できるだけゆっくり動いてくれたら」

「わかった」

再び、彼が動きだす。
やめてもよかったのだとわかっている。
けれど、私を気遣ってくれたのが――嬉しかったから。

事が終わり、ぐったりと疲れている私のあたまを、御津川氏が撫でてくれる。

「無理をさせて悪かったな。
今日はもう、ゆっくり休むといい」

彼の手が私の瞼を閉じさせる。
こうして私の、怒濤の一日は終わった。
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