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第1章 女は度胸
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その後、砺波さんが契約内容の説明をしてくれた。
さすがに人身売買は法律違反になるので、そこはぼやかして書いている。
私にとって重要なのは、御津川氏の許可なく彼の元を離れた場合は、七百万の即時返済に加え、多額の違約金が課せられるということだ。
「これで李亜は俺のものだ」
私がしたサインを確認し、御津川氏が満足げに笑う。
「こっちにもサインしろ」
次にテーブルの上へ置かれたのは――婚姻届だった。
「あの、これは……?」
「さっきの話を聞いてなかったのか?
李亜は俺のものだ。
当たり前だろ」
もうすでに、それの夫の欄には御津川氏の名前が記載してある。
促されて妻の欄を埋めた。
「じゃあ憲司、あとは頼んだぞ」
「了解」
書類を確認し、砺波さんは鞄の中にしまった。
「今日は助かった。
この埋め合わせはまた」
「上手くやれよ」
にこやかに砺波さんと握手を交わした御津川氏に連れられ、バーを出た。
エレベーターに乗り、ホテル階へ戻る。
「今日は泊まって帰るからな」
そう言って開けられた部屋は、最高級スイートルームだった。
「そう、ですか……」
もともと、そういうプランだったから問題はない。
けれど当初予定していた部屋よりも何ランクも上の部屋は、さすがというか。
「来い」
ベッドに座った御津川氏が、隣をぽんぽんと叩く。
「へ?」
けれど意味がわからず、そのまま突っ立っていた。
「来いと言っているだろうが」
腰を浮かせた彼が、私の手を引っ張る。
「あっ」
バランスを崩した私は必然、彼の胸に飛び込む形になり、そして。
「……あの」
「ん?」
気がついたらあたまは枕につき、私にのしかかる御津川氏を見上げていた。
「これはいったい、どういうことなんでしょうか」
眼鏡の向こうで目が細められ、彼の手がうっとりと私の髪を撫でる。
「結婚式を挙げたんだから当然、初夜だろうが」
「……!」
私の言葉を封じるように唇が重なった。
ちゅっ、ちゅっ、と何度も唇を啄まれ、知らず知らず、はぁっと甘い吐息が口から落ちていく。
「……!!」
開いた唇の隙間から、ぬるりと彼が侵入してきた。
押しのけようと彼の胸を押したけれど、その手は易々とベッドに縫い留められてしまう。
くちゅり、くちゅり、と淫靡な水音が静かな部屋の中に響きだす。
しばらくは足をばたつかせて抵抗をしていたものの、そのうち身体からは力が抜けていく。
私がおとなしくなった頃、ようやく唇が離れた。
「お前は今日から俺のものだ。
隅から隅まで、俺のものにする」
無機質なレンズの向こうに見える瞳は、熱く燃えている。
好きでもなんでもない人に抱かれるなんて嫌だ。
けれど買われた私は、彼に従うしかない。
「さっさと終わらせてください」
もう抵抗するのはやめた。
これが私のハジメテだなんて情けなさ過ぎるが、二十八にもなって後生大事に持っておくものでもない。
眼鏡を外した彼は、ジャケットを脱ぎ捨てた。
「愛してるって言っただろ」
言った、披露宴の時に。
でもあれは、お芝居で。
短い口付けを繰り返しながら、彼が器用に私の服を脱がしていく。
「愛してる、李亜。
神に誓ったこの気持ちに、嘘偽りはない」
それってどういうこと?
御津川氏は私を買ったのに。
考える隙を与えないかのように彼に翻弄された。
そして――。
「いっ、たーい!」
彼に貫かれ、悲鳴が漏れる。
途端に彼は、動きを止めた。
「は?
もしかして、しょ……」
「皆まで言うな」
目玉がこぼれ落ちそうなほど、見開いた彼に繰り出したパンチはヘロヘロだった。
「面倒くさいことになった、やめときゃよかったとか絶対考えてますよね、絶対」
涙の浮いた目で、彼をじろりと睨みつける。
「いや。
ならもっとロマンチックにして、優しくしてやればよかったと後悔はしている。
……やめるか?」
眉根を寄せた彼の、両の親指が私の目尻を拭った。
「続けていいんで、その、できるだけゆっくり動いてくれたら」
「わかった」
再び、彼が動きだす。
やめてもよかったのだとわかっている。
けれど、私を気遣ってくれたのが――嬉しかったから。
事が終わり、ぐったりと疲れている私のあたまを、御津川氏が撫でてくれる。
「無理をさせて悪かったな。
今日はもう、ゆっくり休むといい」
彼の手が私の瞼を閉じさせる。
こうして私の、怒濤の一日は終わった。
さすがに人身売買は法律違反になるので、そこはぼやかして書いている。
私にとって重要なのは、御津川氏の許可なく彼の元を離れた場合は、七百万の即時返済に加え、多額の違約金が課せられるということだ。
「これで李亜は俺のものだ」
私がしたサインを確認し、御津川氏が満足げに笑う。
「こっちにもサインしろ」
次にテーブルの上へ置かれたのは――婚姻届だった。
「あの、これは……?」
「さっきの話を聞いてなかったのか?
李亜は俺のものだ。
当たり前だろ」
もうすでに、それの夫の欄には御津川氏の名前が記載してある。
促されて妻の欄を埋めた。
「じゃあ憲司、あとは頼んだぞ」
「了解」
書類を確認し、砺波さんは鞄の中にしまった。
「今日は助かった。
この埋め合わせはまた」
「上手くやれよ」
にこやかに砺波さんと握手を交わした御津川氏に連れられ、バーを出た。
エレベーターに乗り、ホテル階へ戻る。
「今日は泊まって帰るからな」
そう言って開けられた部屋は、最高級スイートルームだった。
「そう、ですか……」
もともと、そういうプランだったから問題はない。
けれど当初予定していた部屋よりも何ランクも上の部屋は、さすがというか。
「来い」
ベッドに座った御津川氏が、隣をぽんぽんと叩く。
「へ?」
けれど意味がわからず、そのまま突っ立っていた。
「来いと言っているだろうが」
腰を浮かせた彼が、私の手を引っ張る。
「あっ」
バランスを崩した私は必然、彼の胸に飛び込む形になり、そして。
「……あの」
「ん?」
気がついたらあたまは枕につき、私にのしかかる御津川氏を見上げていた。
「これはいったい、どういうことなんでしょうか」
眼鏡の向こうで目が細められ、彼の手がうっとりと私の髪を撫でる。
「結婚式を挙げたんだから当然、初夜だろうが」
「……!」
私の言葉を封じるように唇が重なった。
ちゅっ、ちゅっ、と何度も唇を啄まれ、知らず知らず、はぁっと甘い吐息が口から落ちていく。
「……!!」
開いた唇の隙間から、ぬるりと彼が侵入してきた。
押しのけようと彼の胸を押したけれど、その手は易々とベッドに縫い留められてしまう。
くちゅり、くちゅり、と淫靡な水音が静かな部屋の中に響きだす。
しばらくは足をばたつかせて抵抗をしていたものの、そのうち身体からは力が抜けていく。
私がおとなしくなった頃、ようやく唇が離れた。
「お前は今日から俺のものだ。
隅から隅まで、俺のものにする」
無機質なレンズの向こうに見える瞳は、熱く燃えている。
好きでもなんでもない人に抱かれるなんて嫌だ。
けれど買われた私は、彼に従うしかない。
「さっさと終わらせてください」
もう抵抗するのはやめた。
これが私のハジメテだなんて情けなさ過ぎるが、二十八にもなって後生大事に持っておくものでもない。
眼鏡を外した彼は、ジャケットを脱ぎ捨てた。
「愛してるって言っただろ」
言った、披露宴の時に。
でもあれは、お芝居で。
短い口付けを繰り返しながら、彼が器用に私の服を脱がしていく。
「愛してる、李亜。
神に誓ったこの気持ちに、嘘偽りはない」
それってどういうこと?
御津川氏は私を買ったのに。
考える隙を与えないかのように彼に翻弄された。
そして――。
「いっ、たーい!」
彼に貫かれ、悲鳴が漏れる。
途端に彼は、動きを止めた。
「は?
もしかして、しょ……」
「皆まで言うな」
目玉がこぼれ落ちそうなほど、見開いた彼に繰り出したパンチはヘロヘロだった。
「面倒くさいことになった、やめときゃよかったとか絶対考えてますよね、絶対」
涙の浮いた目で、彼をじろりと睨みつける。
「いや。
ならもっとロマンチックにして、優しくしてやればよかったと後悔はしている。
……やめるか?」
眉根を寄せた彼の、両の親指が私の目尻を拭った。
「続けていいんで、その、できるだけゆっくり動いてくれたら」
「わかった」
再び、彼が動きだす。
やめてもよかったのだとわかっている。
けれど、私を気遣ってくれたのが――嬉しかったから。
事が終わり、ぐったりと疲れている私のあたまを、御津川氏が撫でてくれる。
「無理をさせて悪かったな。
今日はもう、ゆっくり休むといい」
彼の手が私の瞼を閉じさせる。
こうして私の、怒濤の一日は終わった。
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