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2.放生会
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翌日。
待ち合わせの地下鉄箱崎駅に行くと、すでに主任は待っていた。
出口で迷われると面倒なので、中で待ち合わせ。
正直、いつも感覚で出入りしているので、何番出口とか聞かれてもわからないし。
「お待たせしました」
「いや。悪いね、休日に。
……それにしても人、多いね」
「やっぱり休日ですから」
主任と並んで箱崎宮側の出口から出る。
外は人が一杯で、歩くのも大変だ。
「とりあえず、お参りですかね」
お宮に行ってお参りして。
名物の鳩みくじを引いた。
……要するに、くじ付きのおみくじだ。
航空券や宿泊券なんかもあるけれど。
……私が当たったのは、しゃもじ。
「主任はなんでしたか?」
「俺は置物?」
困惑気味の主任の手には小さな箱。
前に友達があれを当てたときは、龍の置物が入っていた。
「縁起物ですし、お部屋に飾っては?」
「……あまり嬉しくない」
情けない顔の主任におかしくて笑いが漏れる。
神社を出て、屋台を見て歩いた。
その段階になって、ようやく私はあることに気が付いた。
「……主任。
私なんか誘わなくたって、秋吉と来ればよかったんじゃ?」
主任と秋吉はなんかは波長が合うというか、そんな感じらしく、なにかと仲よさそうにしている。
……いや、その様子に変な妄想なんかしていないですから!
「は?
野郎ふたりでこんなところに来るとか、勘弁して欲しい……」
「……確かに」
……そうだよね。
大学生、とかならまだしも。
いい大人が男同士、とか。
ちょっと恥ずかしい、かも。
たわいもない会話をしながら、人並みに流されるように歩いていたんだけど。
気が付いたらお化け屋敷の前に来ていた。
「せっかくだし、入らない?」
「いいえ!
結構です!」
お化け屋敷は苦手だ。
テーマパークなんかにある、ハイテク?な奴ならまだしも。
こういうアナログな奴はほんとにダメ。
「えー。俺が払うから、さ」
「……はい」
なんとなく笑顔の主任に押し切られて、首を縦に振ってしまった。
主任がお金を払っている時点ですでに心臓はばくばくしている。
薄暗い中に一歩入った時点で、思わず主任の背中のシャツを掴んでいた。
「怖いの?」
「絶対、絶対、絶対にひとりに……きゃーっ!!!!」
言い終わらないうちに、なにかに足を掴まれた。
悲鳴を上げている私に主任はおかしそうに笑っているようだが、知ったこっちゃない。
その後も私は悲鳴を上げ続け、……中程で一歩も動けなくなった。
「……もうやだ。帰りたい」
「うんうん。早く出ようね」
「……もう歩けない」
「困ったなー」
そう言いつつも、主任の声はちっとも困っているようには聞こえない。
あたまぽんぽんされたかと思ったら、手を掴まれた。
そのまま、引き摺られるように歩く。
脅かし役の人たちは料金以上に脅かしてくるから、やっぱり出口までずっと悲鳴を上げていた。
「こわ、かっ、た……」
この歳になって、しかもこんなことで泣くなんてどうかしているとは思うけれど、涙がぽろぽろ出てくる。
「ごめんね。
そんなに怖かったんだ」
目の前が暗くなったと思ったら、主任が至近距離で立っていた。
抱き寄せるように私の後頭部にまわった左手が、あたまをぽんぽんする。
「泣くなんて思わなくて。
ほんと、ごめん」
すぐ上から聞こえてくる主任の声は心底困り果てていて。
その声を聞くと涙は止まったんだけど……同時に。
いま、ものすごく、恥ずかしい状況になっていることを理解した。
「……なにやってるんですか。
しかも、人前で!」
「あー、セクハラで訴える?」
赤くなってる私の顔をのぞき込むと、主任はいたずらっ子のように笑った。
……だけど。
その目はまた、私の心を探っているようで。
なにもいえなくて黙ってしまった私に満足げに笑い、主任は顔を上げた。
「ほら。
悲鳴上げすぎて喉渇いてるだろ?
かき氷奢ってあげるから、おいで?」
「……子供扱い」
ふくれっ面で睨んだら、主任は何故か笑っていた。
……というか。
一連の流れはどっからどう見てもバカップルで。
またさらに恥ずかしくなった。
かき氷を買って貰い、食べるために屋台の途切れた場所で立ち止まった。
若干ひりついていた喉に、冷たい氷が気持ちよく染みる。
色違いのかき氷をつついている主任をちらり。
……きっとああいうことをされたら。
普通の女子はときめいたりするんだろうな。
でも、眼鏡じゃないからなー。
私は別に……?
「篠浦さんは、さ」
「は、はいっ!」
なにかに引っかかり、不思議に思った途端に声を掛けられて驚いた。
「……?
篠浦さんは博多弁で喋ったりしないの?」
……あー、それ。
なんか流行っているみたいですね、博多弁女子が可愛いって。
「まあ、プライベートなら方言も出ますけど。
それを言うんだったら、主任だって」
「あー、俺?
大学から東京だったし、勤務先もずっと関東だったしなー。
関西出身って言っても、
なんかこっちの方がしっくりくるっていうか」
「そんなもんですか」
「俺個人は、ですが」
またおかしそうに主任が笑う。
よく笑う人だと思う。
そういう所は……嫌いじゃ、ない。
かき氷を食べたあと、もう屋台も大体見たし、
っていうことで帰ることになった。
駅で別れて地下鉄に乗る。
どうにか確保した壁際に立って、さっきのことを思い起こしていた。
……私は眼鏡じゃないとときめかない。
そのはず、だ
待ち合わせの地下鉄箱崎駅に行くと、すでに主任は待っていた。
出口で迷われると面倒なので、中で待ち合わせ。
正直、いつも感覚で出入りしているので、何番出口とか聞かれてもわからないし。
「お待たせしました」
「いや。悪いね、休日に。
……それにしても人、多いね」
「やっぱり休日ですから」
主任と並んで箱崎宮側の出口から出る。
外は人が一杯で、歩くのも大変だ。
「とりあえず、お参りですかね」
お宮に行ってお参りして。
名物の鳩みくじを引いた。
……要するに、くじ付きのおみくじだ。
航空券や宿泊券なんかもあるけれど。
……私が当たったのは、しゃもじ。
「主任はなんでしたか?」
「俺は置物?」
困惑気味の主任の手には小さな箱。
前に友達があれを当てたときは、龍の置物が入っていた。
「縁起物ですし、お部屋に飾っては?」
「……あまり嬉しくない」
情けない顔の主任におかしくて笑いが漏れる。
神社を出て、屋台を見て歩いた。
その段階になって、ようやく私はあることに気が付いた。
「……主任。
私なんか誘わなくたって、秋吉と来ればよかったんじゃ?」
主任と秋吉はなんかは波長が合うというか、そんな感じらしく、なにかと仲よさそうにしている。
……いや、その様子に変な妄想なんかしていないですから!
「は?
野郎ふたりでこんなところに来るとか、勘弁して欲しい……」
「……確かに」
……そうだよね。
大学生、とかならまだしも。
いい大人が男同士、とか。
ちょっと恥ずかしい、かも。
たわいもない会話をしながら、人並みに流されるように歩いていたんだけど。
気が付いたらお化け屋敷の前に来ていた。
「せっかくだし、入らない?」
「いいえ!
結構です!」
お化け屋敷は苦手だ。
テーマパークなんかにある、ハイテク?な奴ならまだしも。
こういうアナログな奴はほんとにダメ。
「えー。俺が払うから、さ」
「……はい」
なんとなく笑顔の主任に押し切られて、首を縦に振ってしまった。
主任がお金を払っている時点ですでに心臓はばくばくしている。
薄暗い中に一歩入った時点で、思わず主任の背中のシャツを掴んでいた。
「怖いの?」
「絶対、絶対、絶対にひとりに……きゃーっ!!!!」
言い終わらないうちに、なにかに足を掴まれた。
悲鳴を上げている私に主任はおかしそうに笑っているようだが、知ったこっちゃない。
その後も私は悲鳴を上げ続け、……中程で一歩も動けなくなった。
「……もうやだ。帰りたい」
「うんうん。早く出ようね」
「……もう歩けない」
「困ったなー」
そう言いつつも、主任の声はちっとも困っているようには聞こえない。
あたまぽんぽんされたかと思ったら、手を掴まれた。
そのまま、引き摺られるように歩く。
脅かし役の人たちは料金以上に脅かしてくるから、やっぱり出口までずっと悲鳴を上げていた。
「こわ、かっ、た……」
この歳になって、しかもこんなことで泣くなんてどうかしているとは思うけれど、涙がぽろぽろ出てくる。
「ごめんね。
そんなに怖かったんだ」
目の前が暗くなったと思ったら、主任が至近距離で立っていた。
抱き寄せるように私の後頭部にまわった左手が、あたまをぽんぽんする。
「泣くなんて思わなくて。
ほんと、ごめん」
すぐ上から聞こえてくる主任の声は心底困り果てていて。
その声を聞くと涙は止まったんだけど……同時に。
いま、ものすごく、恥ずかしい状況になっていることを理解した。
「……なにやってるんですか。
しかも、人前で!」
「あー、セクハラで訴える?」
赤くなってる私の顔をのぞき込むと、主任はいたずらっ子のように笑った。
……だけど。
その目はまた、私の心を探っているようで。
なにもいえなくて黙ってしまった私に満足げに笑い、主任は顔を上げた。
「ほら。
悲鳴上げすぎて喉渇いてるだろ?
かき氷奢ってあげるから、おいで?」
「……子供扱い」
ふくれっ面で睨んだら、主任は何故か笑っていた。
……というか。
一連の流れはどっからどう見てもバカップルで。
またさらに恥ずかしくなった。
かき氷を買って貰い、食べるために屋台の途切れた場所で立ち止まった。
若干ひりついていた喉に、冷たい氷が気持ちよく染みる。
色違いのかき氷をつついている主任をちらり。
……きっとああいうことをされたら。
普通の女子はときめいたりするんだろうな。
でも、眼鏡じゃないからなー。
私は別に……?
「篠浦さんは、さ」
「は、はいっ!」
なにかに引っかかり、不思議に思った途端に声を掛けられて驚いた。
「……?
篠浦さんは博多弁で喋ったりしないの?」
……あー、それ。
なんか流行っているみたいですね、博多弁女子が可愛いって。
「まあ、プライベートなら方言も出ますけど。
それを言うんだったら、主任だって」
「あー、俺?
大学から東京だったし、勤務先もずっと関東だったしなー。
関西出身って言っても、
なんかこっちの方がしっくりくるっていうか」
「そんなもんですか」
「俺個人は、ですが」
またおかしそうに主任が笑う。
よく笑う人だと思う。
そういう所は……嫌いじゃ、ない。
かき氷を食べたあと、もう屋台も大体見たし、
っていうことで帰ることになった。
駅で別れて地下鉄に乗る。
どうにか確保した壁際に立って、さっきのことを思い起こしていた。
……私は眼鏡じゃないとときめかない。
そのはず、だ
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