Take me out~私を籠から出すのは強引部長?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第5章 みんなとor春熙と?

2.いま、誰と一緒にいるの?

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――チロリロリン。

携帯が不意に通知音を告げ、画面を見る。

【前見て、前】

橋川くんのメッセージ通り前を見ると、マイクロバスの後方から橋川くんたちが手を振っていた。
私も笑って振り返す。

【いまカラオケやってるんだけどさ。
高鷹部長、すっげー音痴なんだよ?】

今度のメッセージは動画付き。
少し悩んで再生してみる。

『あーなぁーたぁー、だけぇーをー、このさきぃずっーとぉ、あいぃしてぇーるぅー』

「……ぷっ。
なにその、酷い歌声」

私より先に、春熙が吹き出した。
うん、これはさすがに酷いと思う。
初めて知った、高鷹部長の意外な一面。

「あの人、こんなに歌が下手なんだ」

「意外だよねー」

携帯に指を走らせ、橋川くんに返信。

【ちょっと酷くない?
これ、本気!?】

【らしいよ?
椎名さん曰く、カラオケは好きだけど下手だから、滅多に人前じゃ歌わないんだって】

【なんか貴重なもの聞かせてくれてありがとう】

【どういたしまして。
愛乃ちゃんもこっちのバスで一緒だったらよかったのにね】

スタンプを織り交ぜながらメッセージを送る。

「……愛乃」

春熙がなにか言っている気がするが、私は橋川くんとのメッセージのやりとりに夢中になっていた。

【うん、私もそっちがよかった。
でも仕方ないから】

【でも東藤本部長の車、格好いいー!
911カレラだっけ?
憧れる】

【詳しいんだね。
けど、乗り降りしにくいし、うるさいし!】

【あー、女の子はそうかもね】

「愛乃!」

春熙の声にびくんと背中が揺れる。

「なに、やってるの?」

チロリロリン、また携帯が通知音をむなしく立てた。

「その。
……橋川くんと」

「いま、愛乃が一緒にいるのは誰?」

「……はるくん」

楽しくて、浮かれていた。
そんな自分に腹が立って、俯いて唇を噛む。

「わかってるならいいけど」

「……はい、ごめんなさい」

携帯はまたチロリロリンと通知音を告げたけれど、マナーにして鞄の中にしまった。

「それから」

「……はい」

まだなにか、叱られるんだろうか。
せっかく楽しい旅行のはずだったのに、行きがけからこれだなんて最悪だ。

「唇、噛まない。
こういうことするとき、困るでしょ」

赤信号で車が止まった。
春熙の顔が近づいてきて、ちゅっと唇を触れさせて離れる。

「機嫌、直った?」

「……うん」

……嘘。
全然、嬉しくなかった。
春熙の意図がみえみえで。
こんなに簡単なことで機嫌が取れるって思われている、お手軽な自分が嫌だった。


今日の目的地の海水浴場は、会社から車で三時間ほどの場所にある。

「着いたー!」

ホテルの駐車場でみんなと合流。
ビーチはこのホテルのプライベートビーチを利用、らしい。

「……ねえねえ。
ここ、高いんじゃないかな……?」

ちょいちょいと橋川くんの袖を引き、こそこそと話す。

私の宿泊費は春熙持ちだからいいとして。
他の人たちは自腹だって聞いていたからちょっと心配。
まさか、春熙に言われて宿のクラスチェンジなんてしていないとは思うけど。

「大丈夫、宿泊費だけ自腹で、あとは福利厚生費と高鷹部長のポケットマネーなんだ。
だから、ホテルはちょっといいとこ泊まれるの」

「そうなんだ」

社員にお金を使いたがらない父とは大違い。
今日は家族もご招待だから、岩岡課長は奥様とお子さん連れだ。
それも、高鷹部長持ちなんだって。

「なに話してるの?」

ぐいっと、橋川くんから引き離すように春熙が私の肩を抱く。

「ううん、なんでもない」

笑ってみたら、春熙はとりあえずなにも言わなかった。

「着替えたらビーチ集合。
わかったな」

「はーい」

学生のように行儀のいい返事をして、荷物片手にみんな更衣室に消えていく。

「愛乃はこっち」

春熙にエスコートされてエレベーターに乗る。
荷物はすでに、ベルボーイが運んでしまったみたいだ。

「うわーっ」

部屋の中は海外リゾートホテルのように、花が飾ってある。

「お仕事頑張ってる愛乃にご褒美。
どう、気に入った?」

何度も勢いよく、うんうんと頷いた。
こんなことをされて嬉しくないはずがない。
さらに角部屋スイートの窓からは、海が一望できた。

「きれいだね」

「高鷹部長たちのとの旅行じゃなきゃ、いますぐここで愛乃の初めてをいただいちゃいたいけどね。
……あ、いや、彼らは無視しとけばいいのか」

後ろから私を抱きしめた春熙の唇が重なる。
離れると、茶色がかった瞳がじっと私を見つめた。

「……愛乃」

熱を持った春熙の声が私の名を呼ぶ。
なにか言わなきゃと思うものの、声が出ない。

「……結婚するまでは、って思ってたけど。
もう……待てない」

再び春熙の唇が重なる。
ちろりと唇を舐められ、私は――思いっきり、春熙を突き飛ばしていた。

「愛乃?」

怒りと戸惑いの混じった春熙の声。
私だって、自分がなにをしたのかわからない。

「ほら、高鷹部長たちを待たせるわけにはいかないし?
さっさと着替えて行こう?」

早口で捲したて、どうにかその場を取り繕おうとする。

「そうだね」

曖昧に笑った春熙はそれ以上、突っ込んでこなくてほっとした。


寝室で水着に着替える。

……なんで私、あんなことしちゃったんだろ。

春熙がさっき、なにを求めていたのかわからないほど子供じゃない。

いままで触れるだけのキスしかしてこなかったのに、なんでいま、急になのかはわからないけど。

それに、みんなが待っているのにそんなことをしている場合じゃないから、断るにしても突き飛ばす必要はなかった。

でも。

――でも、春熙とその先に進むのが、酷く嫌だった。
どうして、なんだろう?

「愛乃、着替えた?」

コンコンとノックの音とともに春熙の声が聞こえてきて、慌てて思考を途切れさせる。

「もうちょっと!」

いまは考えていても仕方ない。
せっかく来た海水浴なんだし、楽しまないと。
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