上 下
22 / 46
第4章 慣れてるor慣れてない?

5.認められた、私の仕事

しおりを挟む
お盆休み直前のその日、部内の空気はどことなく落ち着かなかった。

誰も彼もが、ちらちらと時計を確認する。
高鷹部長が出ていってすでに三時間が経過。
予定時間を過ぎている。
でもきっと、大丈夫なはず。
だって切り札があるとか高鷹部長は笑っていたから。

――バン!

さらに三十分たって、勢いよく開いたドアにみんなの視線が集中する。

「喜べ!
愛乃の案が採用された!」

うわーっ、室内は歓声に満たされているのに、なぜか酷く遠い。
どうしてか、現実味がまるでない。

「よくやったな、愛乃」

「えっ、あっ」

目を細め、高鷹部長がにっこりと笑う。
胸の中がなんだかわからないものでいっぱいになり、収まりきれずにとうとう目尻からぽろりと落ちた。

「あー、高鷹部長がまた、愛乃ちゃんを泣かせてるー」

「お、俺は泣かせてなんか……!
愛乃、どうした?」

私に視線を合わせるように中腰になり、高鷹部長が心配そうに顔をのぞき込んでくる。

「その、……嬉しくて」

私がなにかやって、こんなふうに認めてもらえたことなんてなかった。
成果を褒めてほらえるって、こんなに嬉しいんだ。

躊躇いがちに伸びてきた手が、私のあたまに触れる。
その手はこわごわと、私の髪を撫でた。

「よかったな」

「……はい」

レンズ越しに目があって、高鷹部長の目が眩しそうに細められる。

――その顔に。
心臓がきゅーっと切なくなった。

「あー、でも、愛乃にひとつ、謝っておかないといけないことがあってな」

ぽりぽりと頬を掻きながら、高鷹部長は宙を見た。


「どうしても香芝専務の許可が下りなくて、愛乃をだしに使った。
すまない」

「……はい?」

それってどういうことですか?

「自分の仕事ぶりを父親が認めてくれたとなれば、お嬢さんはどれだけお喜びになるでしょうね、……などと言ったら、簡単に」

「……はぁーっ」

もう、ため息しか出ない。
仕事にこんなことを持ち出す高鷹部長も高鷹部長だけど、それで許可を出してしまう父もどうかしている。

「結局、私の実力ではないんですね」

「違うぞ!
会議では愛乃の案に決まったんだ。
ただ、香芝専務がどうしても反対するから」

高鷹部長が慌てて否定してきて、苦笑いしかできない。

私を使って父に認めさせたなど、黙っていればわからないことだ。
それをわざわざ告白して詫びてくるなんて、高鷹部長らしい。

「別に怒ってないですよ。
私の立場が利用できるのなら、遠慮せずにどんどん利用してください」

「愛乃!」

「……!」

いきなり、高鷹部長に抱きつかれた。
春熙と違う、甘いのにスパイシーな、男らしい香水の香りでくらくらする。

「あー、高鷹部長が愛乃ちゃんにセクハラしてるー」

橋川くんに指摘され、高鷹部長はぱっと私から離れた。

「こ、これはセクハラとかじゃなく、……いや、やはりセクハラか?」

いやいや、そこで真剣に悩まないでください。
笑い飛ばせなくなりますから。

「その、すまなかった、愛乃」

「……いえ、気にしてない、ですから」

全力で100メートル走でもしたかのように、心臓の鼓動が速い。
いつまでたってもさっきの香水の香りが鼻の奥からなくならない。
もっと――もっとあの香りに包まれていたかった、などと考えている自分に気づいて、慌てて否定した。

「とりあえず、これで楽しく盆休みが過ごせるな」

さっきまでとは打って変わって、みんな表情が明るい。
これが一番の、懸念材料だったからね。

「バーベキューの肉は頑張ったご褒美に奮発してやる!
松阪牛でも飛騨牛でも、好きな肉を買ってこい!」

「マジですか!?」

橋川くんに喜びは半端ない。
いいなー、私も行きたかったなー。

SMOOTHの夏期休業はお盆のある週まるまる一週間。
経営戦略部ではその最初の土日に一泊二日で海水浴に行くのが、恒例になっているんだって。
私は当然、父――というよりも春熙の許可が出なくて、不参加だけど。

「愛乃はやっぱり無理そうか」

「はい、残念ながら」

私が仕方なく笑うと、高鷹部長は軽く握った手を口もとに当ててなにか考え出した。

「一番の功労者がご褒美なしだなんて可哀想なこと、できないからな。
よし、任せておけ」

にやっと右頬だけを歪ませて笑った高鷹部長は、完全にいたずらっ子の顔をしていた。


今日の帰りは父と一緒だった。
春熙は外せない接待があるらしい。

「久しぶりに食事でもして帰るか」

「はい」

車に乗ると同時に父が提案してきた。
別に父とふたりで食事がしたわけじゃないが、そこは乗っておく。
だって、家で母も交えて三人で食事は、父とふたりよりも息が詰まる。

父が車を回させたのは珍しく、すき焼きの店だった。
いつも大抵連れていかれるのは、寿司屋か料亭なのに。
ちなみに生魚が苦手な私は、どちらに連れていかれるのもあまり好きじゃない。

「最近、その、……仕事、頑張っているようだな」

目を伏せ気味に私のお猪口へお酒を注ぎながら、ぼそりと父が呟いた。

「あの、今日は私の仕事を認めてくださり、ありがとうございます」

背筋を正して父へあたまを下げる。
父は手酌で注いだお酒を、ぐいっと一気に飲み干した。

「別にお前がやったことだからと認めたわけじゃない。
あれは……いい案だと思ったから」

私が注いだお酒を、父はまた勢いよく飲み干す。

「いつまでも小さな子供かと思っていたら、いつの間にかこんなに成長していたんだな」

ふっ、と薄く笑った父は遠い目をしていた。
それでも――相変わらず、父は父だったが。

「どれ、私はが玉子を割ってやろう」

「それくらいできますから!」

「貸しなさい」

苦笑いで父に玉子を渡す。
今日くらいは、父の過剰な愛情を素直に受けてもいい。
さっきの父はそう思わせる顔をしていたから。

「愛乃がこんなに頑張っているんだったら、あんな話は……」

「お父様?」

なにかを言いかけて父が飲み込む。

「いや、なんでもない。
ほら、肉が煮えているぞ」

父は何事もなかったかのように、私のお皿へ肉をどんどん入れてきた。

「そんなに食べられませんから!」

笑ってそれを受けながら、……父の言いかけたことが、気になっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

史上最強最低男からの求愛〜今更貴方とはやり直せません!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
中高一貫校時代に愛し合ってた仲だけど、大学時代に史上最強最低な別れ方をし、わたしを男嫌いにした相手と復縁できますか?

○と□~丸い課長と四角い私~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
佐々鳴海。 会社員。 職場の上司、蔵田課長とは犬猿の仲。 水と油。 まあ、そんな感じ。 けれどそんな私たちには秘密があるのです……。 ****** 6話完結。 毎日21時更新。

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

冷たい外科医の心を溶かしたのは

みずほ
恋愛
冷たい外科医と天然万年脳内お花畑ちゃんの、年齢差ラブコメです。 《あらすじ》 都心の二次救急病院で外科医師として働く永崎彰人。夜間当直中、急アルとして診た患者が突然自分の妹だと名乗り、まさかの波乱しかない同居生活がスタート。悠々自適な30代独身ライフに割り込んできた、自称妹に振り回される日々。 アホ女相手に恋愛なんて絶対したくない冷たい外科医vsネジが2、3本吹っ飛んだ自己肯定感の塊、タフなポジティブガール。 ラブよりもコメディ寄りかもしれません。ずっとドタバタしてます。 元々ベリカに掲載していました。 昔書いた作品でツッコミどころ満載のお話ですが、サクッと読めるので何かの片手間にお読み頂ければ幸いです。

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

同居人以上恋人未満〜そんな2人にコウノトリがやってきた!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
小学生の頃からの腐れ縁のあいつと共同生活をしてるわたし。恋人当然の付き合いをしていたからコウノトリが間違えて来ちゃった!

処理中です...