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第4章 慣れてるor慣れてない?
5.認められた、私の仕事
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お盆休み直前のその日、部内の空気はどことなく落ち着かなかった。
誰も彼もが、ちらちらと時計を確認する。
高鷹部長が出ていってすでに三時間が経過。
予定時間を過ぎている。
でもきっと、大丈夫なはず。
だって切り札があるとか高鷹部長は笑っていたから。
――バン!
さらに三十分たって、勢いよく開いたドアにみんなの視線が集中する。
「喜べ!
愛乃の案が採用された!」
うわーっ、室内は歓声に満たされているのに、なぜか酷く遠い。
どうしてか、現実味がまるでない。
「よくやったな、愛乃」
「えっ、あっ」
目を細め、高鷹部長がにっこりと笑う。
胸の中がなんだかわからないものでいっぱいになり、収まりきれずにとうとう目尻からぽろりと落ちた。
「あー、高鷹部長がまた、愛乃ちゃんを泣かせてるー」
「お、俺は泣かせてなんか……!
愛乃、どうした?」
私に視線を合わせるように中腰になり、高鷹部長が心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「その、……嬉しくて」
私がなにかやって、こんなふうに認めてもらえたことなんてなかった。
成果を褒めてほらえるって、こんなに嬉しいんだ。
躊躇いがちに伸びてきた手が、私のあたまに触れる。
その手はこわごわと、私の髪を撫でた。
「よかったな」
「……はい」
レンズ越しに目があって、高鷹部長の目が眩しそうに細められる。
――その顔に。
心臓がきゅーっと切なくなった。
「あー、でも、愛乃にひとつ、謝っておかないといけないことがあってな」
ぽりぽりと頬を掻きながら、高鷹部長は宙を見た。
「どうしても香芝専務の許可が下りなくて、愛乃をだしに使った。
すまない」
「……はい?」
それってどういうことですか?
「自分の仕事ぶりを父親が認めてくれたとなれば、お嬢さんはどれだけお喜びになるでしょうね、……などと言ったら、簡単に」
「……はぁーっ」
もう、ため息しか出ない。
仕事にこんなことを持ち出す高鷹部長も高鷹部長だけど、それで許可を出してしまう父もどうかしている。
「結局、私の実力ではないんですね」
「違うぞ!
会議では愛乃の案に決まったんだ。
ただ、香芝専務がどうしても反対するから」
高鷹部長が慌てて否定してきて、苦笑いしかできない。
私を使って父に認めさせたなど、黙っていればわからないことだ。
それをわざわざ告白して詫びてくるなんて、高鷹部長らしい。
「別に怒ってないですよ。
私の立場が利用できるのなら、遠慮せずにどんどん利用してください」
「愛乃!」
「……!」
いきなり、高鷹部長に抱きつかれた。
春熙と違う、甘いのにスパイシーな、男らしい香水の香りでくらくらする。
「あー、高鷹部長が愛乃ちゃんにセクハラしてるー」
橋川くんに指摘され、高鷹部長はぱっと私から離れた。
「こ、これはセクハラとかじゃなく、……いや、やはりセクハラか?」
いやいや、そこで真剣に悩まないでください。
笑い飛ばせなくなりますから。
「その、すまなかった、愛乃」
「……いえ、気にしてない、ですから」
全力で100メートル走でもしたかのように、心臓の鼓動が速い。
いつまでたってもさっきの香水の香りが鼻の奥からなくならない。
もっと――もっとあの香りに包まれていたかった、などと考えている自分に気づいて、慌てて否定した。
「とりあえず、これで楽しく盆休みが過ごせるな」
さっきまでとは打って変わって、みんな表情が明るい。
これが一番の、懸念材料だったからね。
「バーベキューの肉は頑張ったご褒美に奮発してやる!
松阪牛でも飛騨牛でも、好きな肉を買ってこい!」
「マジですか!?」
橋川くんに喜びは半端ない。
いいなー、私も行きたかったなー。
SMOOTHの夏期休業はお盆のある週まるまる一週間。
経営戦略部ではその最初の土日に一泊二日で海水浴に行くのが、恒例になっているんだって。
私は当然、父――というよりも春熙の許可が出なくて、不参加だけど。
「愛乃はやっぱり無理そうか」
「はい、残念ながら」
私が仕方なく笑うと、高鷹部長は軽く握った手を口もとに当ててなにか考え出した。
「一番の功労者がご褒美なしだなんて可哀想なこと、できないからな。
よし、任せておけ」
にやっと右頬だけを歪ませて笑った高鷹部長は、完全にいたずらっ子の顔をしていた。
今日の帰りは父と一緒だった。
春熙は外せない接待があるらしい。
「久しぶりに食事でもして帰るか」
「はい」
車に乗ると同時に父が提案してきた。
別に父とふたりで食事がしたわけじゃないが、そこは乗っておく。
だって、家で母も交えて三人で食事は、父とふたりよりも息が詰まる。
父が車を回させたのは珍しく、すき焼きの店だった。
いつも大抵連れていかれるのは、寿司屋か料亭なのに。
ちなみに生魚が苦手な私は、どちらに連れていかれるのもあまり好きじゃない。
「最近、その、……仕事、頑張っているようだな」
目を伏せ気味に私のお猪口へお酒を注ぎながら、ぼそりと父が呟いた。
「あの、今日は私の仕事を認めてくださり、ありがとうございます」
背筋を正して父へあたまを下げる。
父は手酌で注いだお酒を、ぐいっと一気に飲み干した。
「別にお前がやったことだからと認めたわけじゃない。
あれは……いい案だと思ったから」
私が注いだお酒を、父はまた勢いよく飲み干す。
「いつまでも小さな子供かと思っていたら、いつの間にかこんなに成長していたんだな」
ふっ、と薄く笑った父は遠い目をしていた。
それでも――相変わらず、父は父だったが。
「どれ、私はが玉子を割ってやろう」
「それくらいできますから!」
「貸しなさい」
苦笑いで父に玉子を渡す。
今日くらいは、父の過剰な愛情を素直に受けてもいい。
さっきの父はそう思わせる顔をしていたから。
「愛乃がこんなに頑張っているんだったら、あんな話は……」
「お父様?」
なにかを言いかけて父が飲み込む。
「いや、なんでもない。
ほら、肉が煮えているぞ」
父は何事もなかったかのように、私のお皿へ肉をどんどん入れてきた。
「そんなに食べられませんから!」
笑ってそれを受けながら、……父の言いかけたことが、気になっていた。
誰も彼もが、ちらちらと時計を確認する。
高鷹部長が出ていってすでに三時間が経過。
予定時間を過ぎている。
でもきっと、大丈夫なはず。
だって切り札があるとか高鷹部長は笑っていたから。
――バン!
さらに三十分たって、勢いよく開いたドアにみんなの視線が集中する。
「喜べ!
愛乃の案が採用された!」
うわーっ、室内は歓声に満たされているのに、なぜか酷く遠い。
どうしてか、現実味がまるでない。
「よくやったな、愛乃」
「えっ、あっ」
目を細め、高鷹部長がにっこりと笑う。
胸の中がなんだかわからないものでいっぱいになり、収まりきれずにとうとう目尻からぽろりと落ちた。
「あー、高鷹部長がまた、愛乃ちゃんを泣かせてるー」
「お、俺は泣かせてなんか……!
愛乃、どうした?」
私に視線を合わせるように中腰になり、高鷹部長が心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「その、……嬉しくて」
私がなにかやって、こんなふうに認めてもらえたことなんてなかった。
成果を褒めてほらえるって、こんなに嬉しいんだ。
躊躇いがちに伸びてきた手が、私のあたまに触れる。
その手はこわごわと、私の髪を撫でた。
「よかったな」
「……はい」
レンズ越しに目があって、高鷹部長の目が眩しそうに細められる。
――その顔に。
心臓がきゅーっと切なくなった。
「あー、でも、愛乃にひとつ、謝っておかないといけないことがあってな」
ぽりぽりと頬を掻きながら、高鷹部長は宙を見た。
「どうしても香芝専務の許可が下りなくて、愛乃をだしに使った。
すまない」
「……はい?」
それってどういうことですか?
「自分の仕事ぶりを父親が認めてくれたとなれば、お嬢さんはどれだけお喜びになるでしょうね、……などと言ったら、簡単に」
「……はぁーっ」
もう、ため息しか出ない。
仕事にこんなことを持ち出す高鷹部長も高鷹部長だけど、それで許可を出してしまう父もどうかしている。
「結局、私の実力ではないんですね」
「違うぞ!
会議では愛乃の案に決まったんだ。
ただ、香芝専務がどうしても反対するから」
高鷹部長が慌てて否定してきて、苦笑いしかできない。
私を使って父に認めさせたなど、黙っていればわからないことだ。
それをわざわざ告白して詫びてくるなんて、高鷹部長らしい。
「別に怒ってないですよ。
私の立場が利用できるのなら、遠慮せずにどんどん利用してください」
「愛乃!」
「……!」
いきなり、高鷹部長に抱きつかれた。
春熙と違う、甘いのにスパイシーな、男らしい香水の香りでくらくらする。
「あー、高鷹部長が愛乃ちゃんにセクハラしてるー」
橋川くんに指摘され、高鷹部長はぱっと私から離れた。
「こ、これはセクハラとかじゃなく、……いや、やはりセクハラか?」
いやいや、そこで真剣に悩まないでください。
笑い飛ばせなくなりますから。
「その、すまなかった、愛乃」
「……いえ、気にしてない、ですから」
全力で100メートル走でもしたかのように、心臓の鼓動が速い。
いつまでたってもさっきの香水の香りが鼻の奥からなくならない。
もっと――もっとあの香りに包まれていたかった、などと考えている自分に気づいて、慌てて否定した。
「とりあえず、これで楽しく盆休みが過ごせるな」
さっきまでとは打って変わって、みんな表情が明るい。
これが一番の、懸念材料だったからね。
「バーベキューの肉は頑張ったご褒美に奮発してやる!
松阪牛でも飛騨牛でも、好きな肉を買ってこい!」
「マジですか!?」
橋川くんに喜びは半端ない。
いいなー、私も行きたかったなー。
SMOOTHの夏期休業はお盆のある週まるまる一週間。
経営戦略部ではその最初の土日に一泊二日で海水浴に行くのが、恒例になっているんだって。
私は当然、父――というよりも春熙の許可が出なくて、不参加だけど。
「愛乃はやっぱり無理そうか」
「はい、残念ながら」
私が仕方なく笑うと、高鷹部長は軽く握った手を口もとに当ててなにか考え出した。
「一番の功労者がご褒美なしだなんて可哀想なこと、できないからな。
よし、任せておけ」
にやっと右頬だけを歪ませて笑った高鷹部長は、完全にいたずらっ子の顔をしていた。
今日の帰りは父と一緒だった。
春熙は外せない接待があるらしい。
「久しぶりに食事でもして帰るか」
「はい」
車に乗ると同時に父が提案してきた。
別に父とふたりで食事がしたわけじゃないが、そこは乗っておく。
だって、家で母も交えて三人で食事は、父とふたりよりも息が詰まる。
父が車を回させたのは珍しく、すき焼きの店だった。
いつも大抵連れていかれるのは、寿司屋か料亭なのに。
ちなみに生魚が苦手な私は、どちらに連れていかれるのもあまり好きじゃない。
「最近、その、……仕事、頑張っているようだな」
目を伏せ気味に私のお猪口へお酒を注ぎながら、ぼそりと父が呟いた。
「あの、今日は私の仕事を認めてくださり、ありがとうございます」
背筋を正して父へあたまを下げる。
父は手酌で注いだお酒を、ぐいっと一気に飲み干した。
「別にお前がやったことだからと認めたわけじゃない。
あれは……いい案だと思ったから」
私が注いだお酒を、父はまた勢いよく飲み干す。
「いつまでも小さな子供かと思っていたら、いつの間にかこんなに成長していたんだな」
ふっ、と薄く笑った父は遠い目をしていた。
それでも――相変わらず、父は父だったが。
「どれ、私はが玉子を割ってやろう」
「それくらいできますから!」
「貸しなさい」
苦笑いで父に玉子を渡す。
今日くらいは、父の過剰な愛情を素直に受けてもいい。
さっきの父はそう思わせる顔をしていたから。
「愛乃がこんなに頑張っているんだったら、あんな話は……」
「お父様?」
なにかを言いかけて父が飲み込む。
「いや、なんでもない。
ほら、肉が煮えているぞ」
父は何事もなかったかのように、私のお皿へ肉をどんどん入れてきた。
「そんなに食べられませんから!」
笑ってそれを受けながら、……父の言いかけたことが、気になっていた。
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