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第4章 慣れてるor慣れてない?

3.私には許されないこと

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……高鷹部長って、まつげも長くてきれいだったなー。

至近距離で見た高鷹部長の顔を思いだし、ボン!と顔が熱くなる。

「愛乃、どうしたの?
顔が赤いけど……。
熱でも出てきた?」

心配そうに春熙が眉根を寄せる。

今日の帰りも、春熙の送りだった。
父と一緒に帰ったのは、もうずいぶん前の話だ。

「なんでもないよー」

ごまかしてみせながらも顔の火照りはなかなか治らない。

「ほんとに?
無理してない?」

路肩に車を停め、心配そうに春熙が顔をのぞき込んでくる。
そっと私の額の髪を手で上に押さえると、こつんと自分の額を付けた。

「熱はないかなー」

額を付けたまま、春熙が目尻を下げて笑う。

「はるくんは心配しすぎなんだよ」

「そうかな?」

ふふっとおかしそうに笑って、春熙は車を出した。

今日、高鷹部長に顔を近づけられたときは凄くどきどきしたのに、いま春熙と似たような状況になってもどきどきしなかった。
これは慣れているか、慣れていないかの差なのかな……。

「そういえば今日、高鷹部長、酷く機嫌が悪かったらしいね。
当たられたりしなかった?」

「なんではるくんが知ってるの?」

今日の会議にはIoT事業部は関係ないから、春熙は出席していないはずだし。

「凄くイライラしながら歩いてたからね、高鷹部長。
出会った人が怯えて道を開けるくらい」

「あー」

きっと、帰ってきたあの勢いで社内を歩いていたのだろう。
それは確かに、怖い。

「当たられたりはしなかったよ。
……凄く怖かったけど」

うん、あれは怖かった。
怖かったけど後ですまなかったって、シュークリームをみんなに買ってくれた。
橋川くん曰く、いつものことらしい。

「……怖かったんだ」

すぐに春熙が、なにを言おうとしているのかピンときた。
だから。

「怖かったけどね、あとで詫びてくれたし。
それにね、私が出した案、褒めてくれたんだ!」

「……へー」
「こっちで詰めて、会議にかけるって!
凄くない!?」

「ふーん」

大興奮の私と違い、春熙の返事は素っ気ない。

「はるくん、聞いてる!?」

「聞いてるよー」

嘘。
さっきから顔に、〝無関心〟って書いてある。
私が仕事で褒められて、嬉しくて話すといつもそう。

「それよりさ、そろそろ式の日取りとか決めようと思うんだよね。
招待客が多いから、調整が大変でしょ」

「……うん」

なんで春熙は、私の話を聞いてくれないのだろう。
いつもだったら嬉しそうに聞いてくれるのに、仕事の話になると興味がなくなる。

「ほら、当初の予定だって、愛乃が卒業してすぐにしたかったのに、都合が合わなくて六月になったでしょ?
まああれはあれはあれでジューンブライドなんていいかな、なんて思ったけど」

「うん」

春熙は楽しそうに話している。
でも私にとってあまりしたくない話だから、ついつい返事が適当になる。
これじゃ、さっきの春熙と一緒だ。

「愛乃はいつがいい?
なるべく希望通りになるように、調整してもらうから」

「そうだねー」

少しでも、楽しいフリをした。
フリも続ければきっと、本当になるから。

「やっぱり、春がいいかな。
桜の時期に結婚式って素敵だよね」

無理にでも、笑ってみる。
桜なんてどうでもいい、少しでも結婚を先延ばしにしたいだけ。

「桜の時期だと……半年以上も先だよね。
そんなに僕、待てないよ」

不満げに春熙が唇を尖らせる。
春熙には半年以上〝も〟先でも、私には半年と少し〝しか〟先じゃない。

「んー、でも、確かに桜の時期はいいよねー。
式はそれで調整して、籍だけ先に入れちゃおうか」

「そんなに焦んなくてもいいんじゃないかな?」

まるでシャッターでも降りたみたいに、一気に春熙の顔から感情が消える。
失敗した、すぐに悟った。

「その」

「愛乃は僕と、結婚するのが嫌?」

ぶんぶんと勢いよく首を振る。

嫌じゃない、それは本音。
小さいときから春熙のお嫁さんになるんだって言い聞かされてきたし、私もそうなるんだって思ってきた。
それ以外、考えたことなんてないし、考えられない。

でも――でも、いまの自由な時間を少しでも長引かせたい、が。

「なら問題ないよね」

「……うん」

春熙がにっこりと笑い、ようやく息をほっと吐き出す。

――私に、わがままなんて許されない。
これまでも、これからも。
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