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第4章 慣れてるor慣れてない?
2.冷めた愛情も天ぷらと一緒によみがえる?
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梅雨明け宣言が出たその日、高鷹部長は荒れていた。
「これじゃ、売れるものも売れないと言っているのに、上の人間は……!」
イライラと動物園の熊のように歩き回る高鷹部長に、誰もが戦々恐々としている。
「それでなくても事業が失敗続きだというのに、なにもわかってない……!」
トントンと肩をつつかれ顔を向けると橋川くんが紙を差し出してきて、それを受け取った。
これが高鷹部長がご立腹な原因。
今日の会議で決まった、新商品の広告プランだ。
……これじゃ確かに、売れないよね。
今度の新商品は、新型スチームトースターだ。
パンは中がふわっと外はさくっと焼け、冷めた天ぷらもさくさくによみがえる。
しかも余分な脂もカットしてくれると、健康志向の現代にマッチしている。
――ただし。
【冷めた愛情も天ぷらと一緒によみがえる】
なんてキャッチコピーが踊っていて、いくらなんでもこれはないと思う。
「莫迦なのか!?
上層部は莫迦の集まりなのか!?
これなら橋川の方がよっぽどましだ」
「……なにげに酷いです」
ぼそっと呟いた橋川くんだけど、じろっと高鷹部長に眼鏡の奥から眼光鋭く睨まれてひぃっと短く悲鳴を上げた。
ご愁傷様、としか言いようがない。
いつもならすまなかったって高鷹部長はからかうように笑うけど、いまはかなりお怒りだから。
それにしてもきっと、このままだったら高鷹部長の怒りは収まらないんだろうなー。
ちょっとだけ思いついたことがあって、なるべくバレないようにそーっとパソコンを操作し、できあがって印刷ボタンを押した。
高鷹部長の声しか響いていなかった室内に、突如聞こえてきたプリンターの駆動音でみんなの肩がびくんと跳ねる。
「度胸のある奴が……これは誰が作った?」
吐き出された用紙を掴んで高鷹部長はぶるぶる震えていたが、その内容を見て勢いよく顔を上げた。
「その。
……私が」
おそるおそる手を上げて立ち上がると、あっという間に距離を詰めた高鷹部長の顔が至近距離にある。
「でかした」
「……はい?」
いや、どうでもいいんですが、鼻が触れちゃいそうで、その、癖だって知っていますけど、ち、近すぎます!
「椎名、見てみろ!」
「はい」
高鷹部長の後ろから近づいてきた椎名さんが差し出された紙を受け取る。
ようやく高鷹部長は私から顔を離し、椎名さんと一緒に手にした紙をのぞき込んだ。
心臓の音がどきどきと速い。
あとちょっと近かったら、キスしてしまいそうな距離。
春熙とあんな距離になってもこんなにどきどきしたりしなかった。
これっていったい、なんなんだろう……?
「君はデザインの勉強でもしたのか」
考え事をしていたところに話を振られ、慌ててしまう。
「あ、いえ。
でも小学生くらいからずっと、文化祭やなんかのポスターを頼まれて描いたりしていました」
絵を描くのは好きだ。
大学ではデザインを専攻したかったけど、絵なんて趣味でいいんだって父に反対された。
女の子らしい学部にしなさいってよくわからない理屈で結局、国文学科へ進学させられた。
「あのゴミと比べるのももったいないくらい、こっちの方がいい」
「いえ、そんな」
高鷹部長から褒められて、恐縮してしまう。
簡易的に作ってみたポスターは、適当な素材を拾ってきて思いついたキャッチコピーを入れてみただけだから。
「いや、気に入った。
ターゲットにも合っているし」
みんなに回されたポスターは、女の子が家でパンを食べている写真に【いつでも焼きたて】と文字を入れただけのものだ。
前に橋川くんが、パン屋さんで焼きたてのパンが買えたときは凄くラッキーで嬉しいんだって言っていたのを思いだしたから。
このスチームトースターで焼けば、パンは焼きたてと遜色ないかそれ以上になるってこの間、開発部の人が自慢していたし。
「この案で詰めて、もう一度会議にかけてみる」
とりあえず、高鷹部長のご機嫌は治ったようでほっと胸を撫で下ろす。
他の人たちも同じだったみたいで、部内にいつも通りの空気が戻りはじめる。
「だいたい、こっちが出した経営計画から外れた、あんな案を押してくる奴が悪いんだ」
ちっ、と鋭く高鷹部長が舌打ちし、また部内全員の背中がびくりと揺れた。
「これじゃ、売れるものも売れないと言っているのに、上の人間は……!」
イライラと動物園の熊のように歩き回る高鷹部長に、誰もが戦々恐々としている。
「それでなくても事業が失敗続きだというのに、なにもわかってない……!」
トントンと肩をつつかれ顔を向けると橋川くんが紙を差し出してきて、それを受け取った。
これが高鷹部長がご立腹な原因。
今日の会議で決まった、新商品の広告プランだ。
……これじゃ確かに、売れないよね。
今度の新商品は、新型スチームトースターだ。
パンは中がふわっと外はさくっと焼け、冷めた天ぷらもさくさくによみがえる。
しかも余分な脂もカットしてくれると、健康志向の現代にマッチしている。
――ただし。
【冷めた愛情も天ぷらと一緒によみがえる】
なんてキャッチコピーが踊っていて、いくらなんでもこれはないと思う。
「莫迦なのか!?
上層部は莫迦の集まりなのか!?
これなら橋川の方がよっぽどましだ」
「……なにげに酷いです」
ぼそっと呟いた橋川くんだけど、じろっと高鷹部長に眼鏡の奥から眼光鋭く睨まれてひぃっと短く悲鳴を上げた。
ご愁傷様、としか言いようがない。
いつもならすまなかったって高鷹部長はからかうように笑うけど、いまはかなりお怒りだから。
それにしてもきっと、このままだったら高鷹部長の怒りは収まらないんだろうなー。
ちょっとだけ思いついたことがあって、なるべくバレないようにそーっとパソコンを操作し、できあがって印刷ボタンを押した。
高鷹部長の声しか響いていなかった室内に、突如聞こえてきたプリンターの駆動音でみんなの肩がびくんと跳ねる。
「度胸のある奴が……これは誰が作った?」
吐き出された用紙を掴んで高鷹部長はぶるぶる震えていたが、その内容を見て勢いよく顔を上げた。
「その。
……私が」
おそるおそる手を上げて立ち上がると、あっという間に距離を詰めた高鷹部長の顔が至近距離にある。
「でかした」
「……はい?」
いや、どうでもいいんですが、鼻が触れちゃいそうで、その、癖だって知っていますけど、ち、近すぎます!
「椎名、見てみろ!」
「はい」
高鷹部長の後ろから近づいてきた椎名さんが差し出された紙を受け取る。
ようやく高鷹部長は私から顔を離し、椎名さんと一緒に手にした紙をのぞき込んだ。
心臓の音がどきどきと速い。
あとちょっと近かったら、キスしてしまいそうな距離。
春熙とあんな距離になってもこんなにどきどきしたりしなかった。
これっていったい、なんなんだろう……?
「君はデザインの勉強でもしたのか」
考え事をしていたところに話を振られ、慌ててしまう。
「あ、いえ。
でも小学生くらいからずっと、文化祭やなんかのポスターを頼まれて描いたりしていました」
絵を描くのは好きだ。
大学ではデザインを専攻したかったけど、絵なんて趣味でいいんだって父に反対された。
女の子らしい学部にしなさいってよくわからない理屈で結局、国文学科へ進学させられた。
「あのゴミと比べるのももったいないくらい、こっちの方がいい」
「いえ、そんな」
高鷹部長から褒められて、恐縮してしまう。
簡易的に作ってみたポスターは、適当な素材を拾ってきて思いついたキャッチコピーを入れてみただけだから。
「いや、気に入った。
ターゲットにも合っているし」
みんなに回されたポスターは、女の子が家でパンを食べている写真に【いつでも焼きたて】と文字を入れただけのものだ。
前に橋川くんが、パン屋さんで焼きたてのパンが買えたときは凄くラッキーで嬉しいんだって言っていたのを思いだしたから。
このスチームトースターで焼けば、パンは焼きたてと遜色ないかそれ以上になるってこの間、開発部の人が自慢していたし。
「この案で詰めて、もう一度会議にかけてみる」
とりあえず、高鷹部長のご機嫌は治ったようでほっと胸を撫で下ろす。
他の人たちも同じだったみたいで、部内にいつも通りの空気が戻りはじめる。
「だいたい、こっちが出した経営計画から外れた、あんな案を押してくる奴が悪いんだ」
ちっ、と鋭く高鷹部長が舌打ちし、また部内全員の背中がびくりと揺れた。
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