Take me out~私を籠から出すのは強引部長?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第3章 セクハラorセーフ?

5.責めたりしてすまなかった

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三十分ほどしてまた、バン!と勢いよくドアが開き、部内の視線が集中する。

「あいつら、真面目に仕事をする気があるのか!?」

戻ってきた高鷹部長は、会議から帰ってきたときよりもさらにご立腹だった。

「なにが操作ミスでした、だ!
謝ればなんでも済むと思うなよ!」

しーんと室内が静まりかえる。
いまは下手に彼を刺激して、いらん火の粉に降りかかられたくないという気持ちは、皆一緒のようだ。

「愛乃!」

「はい!」

あまりの恐怖に、ほぼ脊髄反射で返事をしていた。

「すまなかった!」

「……はい?」

いきなりきれいな姿勢であたまを下げられ、なにが起こっているのかわからない。

「君はなにもミスしていないのに、確認もしないで一方的に責めたりして。
本当に申し訳ない」

再び高鷹部長は私に向かって、あたまを下げた。

「えっ、そんな、あたまを上げてください……」

不意にぽろっと、目尻から涙がこぼれ落ちていく。

「……愛乃?」

「あっ、なんでだろう……?」

理由のわからない涙がぽろぽろとこぼれ落ちていく。
高鷹部長が困っているから早く泣き止まないととは思うけれど、なかなか涙は止まらない。

「その、怖かったとかじゃなくて、ほっとしたというか、嬉しかったというか、あの」

「……うん」

高鷹部長の手が躊躇いがちに伸びてきて、私の髪を撫でる。
優しいその手が、なんだかとっても嬉しくて、自然と笑顔になった。

「あー、高鷹部長が愛乃ちゃんにセクハラしてるー!」

橋川くんの声に、私の髪を撫でていた高鷹部長の手がぴくっと止まる。

「こ、これはセクハラなどではなくてな……!」

「セクハラですな」

「セクハラですね」

岩岡課長も椎名さんも、他のみんなもうんうんと頷いている。

「……愛乃」

「はい、セクハラですね」

ここはにっこり笑って、みんなに乗っておく。
高鷹部長はがっくりと肩を落として、項垂れてしまった。



「今日、高鷹部長に怒鳴られたりしなかった?」

今日の帰りも春熙が送ってくれる。
昨日もそうだったし、明日もそうなのかもしれない。

「別に?
そんなこと、なかったよ」

資料が間違っていたと怒られはしたものの、結局は私に非がないことがわかって詫びてくれたのだから、あれはノーカウントでいいと思う。
それにあの後、高鷹部長は部内の全員にお詫びだと、ケーキを買ってくれたし。

「あれだけ恥をかかされておいて、愛乃に当たったりしなかったんだ」

へーと言った春熙の声は、感心しているというよりも無感情だった。

「……高鷹部長、そんなに恥をかいたの?」

私の入力にミスがなかったにしても、自分の作った資料で上司が恥をかいたとなれば、申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。

「もう僕でさえ気の毒になるくらい、他の部長たちに嘲笑されていたね。
これだから成り上がりの若輩者はって」

「……」

俯いて、唇を噛みしめた。
高鷹部長がそんな目に遭ったなんて。

けれど彼は、莫迦にされたと私に当たったりはしなかった。
以前、入力ミスはしないようにと注意をされたのに、できていなかったので怒られた。

……結果としては、ミスはなかったのだけれど。

「愛乃の作った資料であんなに赤っ恥をかいて。
可哀想だね、彼」

春熙はさっきから、いったいなにが言いたいのだろう。

「彼もほとほと、愛乃に愛想が尽きたんじゃない?
いい加減、お義父さんの言うこと聞いて……」

「はるくんは!
なにも!
わかって!
ない!」

驚いたかのように大きく目を開き、一瞬だけ春熙が私の方を見た。

「確かに高鷹部長には怒られたけど、それは以前注意された入力ミスをしていたから。
そもそももらった資料が間違っていて、私はミスなんかしてなかったし。
それがわかって高鷹部長は私に本気で詫びてくれた。
それにそんなに恥をかいたのに、それで私に当たったりしなかった。
はるくんは高鷹部長のことを誤解してる」

一気に捲したてたせいで酸欠になり、ぜーぜーと呼吸が荒くなる。
気が済んで春熙の顔を見ると、能面のような顔をしていた。

「僕は彼を理解したいなんて思わないよ」

抑揚のない声に、薄らとかいた汗が一気に冷えていく。

「僕は愛乃のことだけ、わかっていれば充分だから。
愛乃も高鷹なんか理解しないで、僕のことだけ考えていればいい」

「……はる、くん?」

……怖い。
怖い、怖い、怖い、怖い。

もしかして今回の件は春熙が仕組んだんじゃないだろうかなんて、ありえない考えがあたまを掠めていく。

「愛乃はこれからもずっと、僕だけのものなんだから」

なにも映さない、硝子の瞳の奥はどこまでも真っ暗で。
私をまた、籠の中へと引き戻す――。
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