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第3章 セクハラorセーフ?
1.職場の人との食事すらできない現実
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あれから父と春熙の言いつけに逆らいさえしなければ、経営戦略部で働かせてもらえた。
「愛乃ちゃん、打ち合わせ兼ねてみんなでお昼いくけど、一緒に行かない?」
パソコンのモニターに両腕をのせて、橋川くんはにかっと人なつっこい笑顔を浮かべた。
「あー、今日ははるくんと約束してるから……ごめんね?」
今日は、じゃなくて、今日も、だけど。
「残念。
また今度ねー」
「うん、ごめんね。
打ち合わせの内容、あとで教えてくれる?」
「もちろん!」
おどけるように敬礼をする橋川くんに私も笑い返す。
彼がいなくなると俯いて、はぁっと小さくため息をついた。
ここに来てひと月たち、ずいぶん周りとも打ち解けた。
橋川くんなんて最初は橋川さんって呼んでいたけれど、同期なんだからって押し切られて呼び方を変えた。
橋川くんも高鷹部長の名前呼びが羨ましいって、私を名前で呼ぶようになったし。
それに倣ったわけじゃないけど、ここではみんな、私のことを名前で呼ぶ。
さすがに、呼び捨ては高鷹部長だけだけど。
「打ち合わせ兼ねてるときは行きたいんだけどなー」
誘っても毎回断られるのがわかっていながら、みんな私を食事に誘ってくれる。
あの歓迎会の一件で私の立場を理解してくれているからきっと、いつか私が行くって言えるようになるのを願って、待っていてくれるんだと思う。
はぁーっ、再び自分の口から重いため息が落ちて、苦笑いしかできない。
気を取り直して入力を再開しようとした、が。
「ため息ばかりついていると、幸せが逃げるぞ」
「うわっ」
いつの間にか高鷹部長が、顔をくっつけるようにしてディスプレイを見ていた。
ちなみに彼は酷く目が悪く、眼鏡をかけていてもついつい至近距離で見てしまう癖がある。
「だいぶましになったな」
リムの右端を持って、くいっと高鷹部長が眼鏡を上げる。
「……酷いです」
確かに最初の頃はしょっちゅう椎名さんに注意されていたけれど、いまはたまにしかないんだけどな。
ちょっとだけむくれたら、高鷹部長がおかしそうにくすりと笑った。
「橋川が誘いに来たと思うが、昼、一緒にどうだ?」
「……わかってるのに意地悪です」
橋川くんにはすでに、断ってあるのだ。
それをこんなふうに確認してくるなんて。
「悪かった。
うちは打ち合わせを兼ねての食事が多いから、香芝専務か東藤本部長が一緒じゃないと愛乃が決まった店にしか行けないというのは、不便だよな」
「……すみません」
毎回、わざわざ打ち合わせで決まった内容を私だけに教えてもらうのは心苦しかった。
父にも春熙にも、仕事の一環だし、高鷹部長が責任を持つって言ってくれているからと説得しているが、なかなか首を縦に振ってもらえない。
いや、むしろ私が高鷹部長の名前を出すたびに、機嫌が悪くなっている気がする。
「待てよ?
会社を出なければ問題ないんだよな?」
「それはそうですけど」
「よし、わかった」
にやっと口もとだけで笑った高鷹部長はなにかを企んでいる、人の悪い顔をしていた。
週末の金曜日は、残業を命じられた。
もちろん、父も春熙もいい顔はしない。
けれど残業は立派な仕事なので、渋々だけど許可してくれる。
ただし、終わるまで待っているけれど。
「愛乃ちゃん、早く、早く」
「ねえ、どこ行くの!?」
残業だって聞いていたのに、終業の鐘が鳴ると同時に片付けをさせられた。
さらには橋川くんに急かされるように社内を移動し、ついた先は会議室だった。
「愛乃ちゃん、到着でーす」
勢いよく、橋川くんがドアを開けた途端。
「ようこそ、経営戦略部へ!」
クラッカーの破裂音とともに紙テープが目の前を舞う。
テーブルの上にはお酒や料理が用意してあった。
「結局、ちゃんと歓迎会ができなかっただろ?
遅くなったが、やり直しだ」
「えっ、あっ、ありがとう、ございます」
ダメだ、こんなことされたら、涙が……。
「あー、高鷹部長が愛乃ちゃん泣かせてるー」
「だ、誰が泣かせてなんか……!」
あの自信満々な高鷹部長がちょっと慌てていて、なんだかおかしくて笑ってしまった。
和やかに歓迎会の時間は過ぎていく。
たまに行かされる、腹の内の探りあいばかりの食事会よりずっと楽しい。
「最初からこうしておけばよかったんだ。
気づかなくてすまない」
「いえ、高鷹部長が悪いんじゃないですし。
返ってこんなに気を遣っていただいて、ありがとうございます」
永遠に、憧れた会社帰りに同僚と食事!なんて無理だと諦めていた。
でも高鷹部長は形は少し違えど、私の希望を叶えてくれたのだ。
もう感謝しかない。
「……愛乃は可愛いな」
ぼそっと高鷹部長は呟き、なぜか手で口もとを隠してしまった。
「高鷹部長?」
「ああいや、なんでもない」
なんでもないように見えないのは、私の気のせいでしょうか……?
「あー、高鷹部長が愛乃ちゃん口説いてるー」
「く、口説いてなんかいない!」
なんだか必死に否定していますが……。
もしかして私、口説かれていたんですか?
「でもほんと、高鷹部長じゃないですけど、愛乃ちゃん可愛いですよねー。
あの香芝専務の娘だとは思えない!」
橋川くんはハイボールの缶を片手に、へらへらと笑っている。
「橋川、君、すでに酔っているだろ!?
飲み会とはいえ社内なんだから、羽目は外すなとあれほど……!!」
「えー、まだ酔ってませんよー」
いや、完全に酔っ払っていると思われます……。
「愛乃ちゃん、打ち合わせ兼ねてみんなでお昼いくけど、一緒に行かない?」
パソコンのモニターに両腕をのせて、橋川くんはにかっと人なつっこい笑顔を浮かべた。
「あー、今日ははるくんと約束してるから……ごめんね?」
今日は、じゃなくて、今日も、だけど。
「残念。
また今度ねー」
「うん、ごめんね。
打ち合わせの内容、あとで教えてくれる?」
「もちろん!」
おどけるように敬礼をする橋川くんに私も笑い返す。
彼がいなくなると俯いて、はぁっと小さくため息をついた。
ここに来てひと月たち、ずいぶん周りとも打ち解けた。
橋川くんなんて最初は橋川さんって呼んでいたけれど、同期なんだからって押し切られて呼び方を変えた。
橋川くんも高鷹部長の名前呼びが羨ましいって、私を名前で呼ぶようになったし。
それに倣ったわけじゃないけど、ここではみんな、私のことを名前で呼ぶ。
さすがに、呼び捨ては高鷹部長だけだけど。
「打ち合わせ兼ねてるときは行きたいんだけどなー」
誘っても毎回断られるのがわかっていながら、みんな私を食事に誘ってくれる。
あの歓迎会の一件で私の立場を理解してくれているからきっと、いつか私が行くって言えるようになるのを願って、待っていてくれるんだと思う。
はぁーっ、再び自分の口から重いため息が落ちて、苦笑いしかできない。
気を取り直して入力を再開しようとした、が。
「ため息ばかりついていると、幸せが逃げるぞ」
「うわっ」
いつの間にか高鷹部長が、顔をくっつけるようにしてディスプレイを見ていた。
ちなみに彼は酷く目が悪く、眼鏡をかけていてもついつい至近距離で見てしまう癖がある。
「だいぶましになったな」
リムの右端を持って、くいっと高鷹部長が眼鏡を上げる。
「……酷いです」
確かに最初の頃はしょっちゅう椎名さんに注意されていたけれど、いまはたまにしかないんだけどな。
ちょっとだけむくれたら、高鷹部長がおかしそうにくすりと笑った。
「橋川が誘いに来たと思うが、昼、一緒にどうだ?」
「……わかってるのに意地悪です」
橋川くんにはすでに、断ってあるのだ。
それをこんなふうに確認してくるなんて。
「悪かった。
うちは打ち合わせを兼ねての食事が多いから、香芝専務か東藤本部長が一緒じゃないと愛乃が決まった店にしか行けないというのは、不便だよな」
「……すみません」
毎回、わざわざ打ち合わせで決まった内容を私だけに教えてもらうのは心苦しかった。
父にも春熙にも、仕事の一環だし、高鷹部長が責任を持つって言ってくれているからと説得しているが、なかなか首を縦に振ってもらえない。
いや、むしろ私が高鷹部長の名前を出すたびに、機嫌が悪くなっている気がする。
「待てよ?
会社を出なければ問題ないんだよな?」
「それはそうですけど」
「よし、わかった」
にやっと口もとだけで笑った高鷹部長はなにかを企んでいる、人の悪い顔をしていた。
週末の金曜日は、残業を命じられた。
もちろん、父も春熙もいい顔はしない。
けれど残業は立派な仕事なので、渋々だけど許可してくれる。
ただし、終わるまで待っているけれど。
「愛乃ちゃん、早く、早く」
「ねえ、どこ行くの!?」
残業だって聞いていたのに、終業の鐘が鳴ると同時に片付けをさせられた。
さらには橋川くんに急かされるように社内を移動し、ついた先は会議室だった。
「愛乃ちゃん、到着でーす」
勢いよく、橋川くんがドアを開けた途端。
「ようこそ、経営戦略部へ!」
クラッカーの破裂音とともに紙テープが目の前を舞う。
テーブルの上にはお酒や料理が用意してあった。
「結局、ちゃんと歓迎会ができなかっただろ?
遅くなったが、やり直しだ」
「えっ、あっ、ありがとう、ございます」
ダメだ、こんなことされたら、涙が……。
「あー、高鷹部長が愛乃ちゃん泣かせてるー」
「だ、誰が泣かせてなんか……!」
あの自信満々な高鷹部長がちょっと慌てていて、なんだかおかしくて笑ってしまった。
和やかに歓迎会の時間は過ぎていく。
たまに行かされる、腹の内の探りあいばかりの食事会よりずっと楽しい。
「最初からこうしておけばよかったんだ。
気づかなくてすまない」
「いえ、高鷹部長が悪いんじゃないですし。
返ってこんなに気を遣っていただいて、ありがとうございます」
永遠に、憧れた会社帰りに同僚と食事!なんて無理だと諦めていた。
でも高鷹部長は形は少し違えど、私の希望を叶えてくれたのだ。
もう感謝しかない。
「……愛乃は可愛いな」
ぼそっと高鷹部長は呟き、なぜか手で口もとを隠してしまった。
「高鷹部長?」
「ああいや、なんでもない」
なんでもないように見えないのは、私の気のせいでしょうか……?
「あー、高鷹部長が愛乃ちゃん口説いてるー」
「く、口説いてなんかいない!」
なんだか必死に否定していますが……。
もしかして私、口説かれていたんですか?
「でもほんと、高鷹部長じゃないですけど、愛乃ちゃん可愛いですよねー。
あの香芝専務の娘だとは思えない!」
橋川くんはハイボールの缶を片手に、へらへらと笑っている。
「橋川、君、すでに酔っているだろ!?
飲み会とはいえ社内なんだから、羽目は外すなとあれほど……!!」
「えー、まだ酔ってませんよー」
いや、完全に酔っ払っていると思われます……。
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