5 / 46
第1章 自由or不自由?
4.俺様部長の強制連行
しおりを挟む
午後もあくびを噛み殺しながら仕事をしていた――が。
「香芝はいるか」
バン!と勢いよく扉が開き、部内の視線が集中する。
開けた男――高鷹部長は気にすることなく、つかつかとカウンターの中に入ってきた。
「あ、あの、香芝さんがなにかしましたでしょうか……?」
びくびくと杉原課長が高鷹部長の前に立ち、私はそれを、腰を半分浮かせて見守っていた。
「話がある。
ちょっとこい」
「その、昨日の件の苦情でしたら私が給わりますので……!」
杉原課長の制止をものともせず、高鷹部長が私の席へと向かってくる。
どうしていいのかわからなくて戸惑っている間に、高鷹部長の手が私の腕を掴んだ。
「いいからこい」
「困ります!」
杉原課長が悲痛な声を上げる。
「経営戦略部部長の俺が来いと言っているのに、なにか問題でもあるのか」
眼鏡の奥から高鷹部長に切れそうなほど鋭い視線を向けられ、杉原課長はうっと声を詰まらせた。
「わかりました。
行きますので手を離していただけますか」
「ああ、すまない」
すぐにぱっと高鷹部長は私の腕を離してくれた。
杉原課長に目で、大丈夫だと合図する。
けれど彼は可哀想なほどに血の気を失っていた。
「いくぞ」
「はい」
杉原課長へ小さくあたまを下げ、高鷹部長についていく。
もしかしたらこの後、杉原課長はあまりの恐怖に耐えかねて、気でも失っているかもしれない。
なぜなら高鷹部長は――父の敵、なのだ。
連れてこられたのは高鷹部長が使っている部長室だった。
「まあかけろ」
「失礼します」
勧められて、置かれた応接セットのソファーに座る。
「それで話というのはな」
「はい」
やはり、昨日のことを叱責されるんだろうか。
確かにあれは私が悪かったが、昨日あれだけ怒鳴っておいてまだ足りないのなら、器量の狭い男だと軽蔑するが。
「仕事で困っていることはないか」
「……はい?」
昨日、私を会社に遊びに来ていると冷笑した男だとは思えない言葉に、我が耳を疑った。
「昨日はすまなかった。
あんなことを言って君を莫迦にして。
知らなかったとはいえ、軽率な自分に腹が立つ」
「はぁ……」
高鷹部長が私に詫びているのはわかるが、その理由がわからない。
「聞いたんだ、杉原課長が君を客扱いしてなにひとつやらせなければ、仕事すら教えないと」
事実だけれど、それに対してなんと言っていいのかわからない。
きっと私が不満を言えば、杉原課長にはなんらかの処罰なりあるだろうし。
それでなくても面倒な立場の私を押しつけられて迷惑をかけているのにこれ以上、彼を困らせるわけにはいかない。
「君がそれでいいというのなら、俺はなにも言わない。
けれど困っているというのなら、助力は惜しまない」
まっすぐに高鷹部長が私を見る。
この人はいったい、私のなにを理解したというのだろう。
いままで誰も、私がいまの状況に不満があるなんて気づかなかったのに。
「その、私は」
言いかけて口が止まる。
彼に言ったところで、なにかが変わるとは思えない。
それにいま、彼とこうやって話しているというだけで、父はカンカンに怒るだろう。
「私は?」
高鷹部長が先を促す。
けれど私は、いつものように諦めてしまった。
「なんでもない、です」
曖昧に笑ってごまかそうとしたが、できなかった。
――高鷹部長が嘘を許さないほど真剣な瞳で、私を見ていたから。
「君はこれからもそうやって諦め続けるのか」
視線は一ミリだって逸らせない。
覚悟を決めるように小さく深呼吸し、重い口を開いた。
「私は一社員として、仕事がしたいです。
香芝専務の娘ではなく。
東藤本部長の婚約者でもなく」
「わかった」
私の答えに高鷹部長は満足げに頷き、――笑った。
話は終わりだと、その後すぐに解放された。
総務部に戻った途端、杉原課長がすっ飛んでくる。
「大丈夫でしたか!?
その、高鷹部長のお話というのは!?」
業務時間中、私を預かっている身としては、気が気ではないのだろう。
「昨日は悪かったと、詫びてくださっただけですので」
私が笑顔を作って答えると、杉原課長は安心したかのように息を吐き出した。
「なら、よかったです。
そうだ、高鷹部長とお話しして、お疲れになったでしょう?
休憩に外で、お茶でもしてきてください」
「えっと……では、お言葉に甘えて、そうさせていただきます」
期待を込めた目で杉原課長に見つめられ、内心、苦笑いで外に出る。
今日も行くのは三軒隣のコーヒーショップ。
「あれ、なんだったんだろう……」
高鷹部長がどうして、あんなことを私に聞いたのかよくわからない。
だいたい、私は敵の娘なのだ。
嫌われて当然、なのにあんな気遣うようなこと。
父と高鷹部長は社内で敵対している。
保守的でいままでのやり方を変えようとしない父たちと、革新的でどんどん新しいものに変えていこうとする高鷹部長。
相容れるはずもない。
それに、高鷹部長は三十五歳と若い。
春熙も二十八歳で本部長という肩書きだけれど、それは実力だけじゃなく社長の息子で次期社長というバックボーンがあってのことだし。
父たちは高鷹部長のきれいな容姿から〝人形〟って呼んで莫迦にしているけれど、実力はあるんだと思う。
チロリロリンと携帯が通知音を立て、画面を見ると春熙からメッセージが届いていた。
【高鷹部長に連れていかれたんだって?
大丈夫?】
なんですぐに春熙の耳に入るのか不思議になるが、きっと杉原課長が報告しているのだろう。
【平気。
昨日は悪かったって謝ってくれたよ】
【へえ。
あの人でも謝るなんてことがあるんだ】
確かに、俺様で有名な高鷹部長が謝罪するなんて信じられないだろう。
私も意外だったし。
【うん。
それだけだったから、大丈夫】
【明日、雪でも降るかもね。
入社式なのに可哀想】
【ならよかった。
ゆっくりお茶しといで】
【ありがとう】
いつものように愛してるのスタンプを送って、こっちはおしまい。
次はさっきから通知がうるさい、父との画面を開く。
【高鷹に連れていかれたそうだな。
なにかされなかったか】
どうしてみんな、高鷹部長が私に危害を加える前提なんだろう。
まあ、腕を掴まれたときは私だって怖かったけど。
【なにもなかったです。
ただ、昨日のことを詫びてくださいました】
【あの男が!?
ありえない】
【まあいい、どこにいる?
杉原君には外に出したと聞いているが】
嫌な予感がしながら、携帯に指を走らせる。
【いつものコーヒーショップにいます】
【車を回す。
今日はもう、帰りなさい】
予想通りの返事に、ため息が漏れた。
【わかりました】
そのまま画面を閉じて、残っていたキャラメルフラッペを飲み干す。
甘ったるいそれは春熙と父の過剰な愛情のようで、吐き気がした。
「香芝はいるか」
バン!と勢いよく扉が開き、部内の視線が集中する。
開けた男――高鷹部長は気にすることなく、つかつかとカウンターの中に入ってきた。
「あ、あの、香芝さんがなにかしましたでしょうか……?」
びくびくと杉原課長が高鷹部長の前に立ち、私はそれを、腰を半分浮かせて見守っていた。
「話がある。
ちょっとこい」
「その、昨日の件の苦情でしたら私が給わりますので……!」
杉原課長の制止をものともせず、高鷹部長が私の席へと向かってくる。
どうしていいのかわからなくて戸惑っている間に、高鷹部長の手が私の腕を掴んだ。
「いいからこい」
「困ります!」
杉原課長が悲痛な声を上げる。
「経営戦略部部長の俺が来いと言っているのに、なにか問題でもあるのか」
眼鏡の奥から高鷹部長に切れそうなほど鋭い視線を向けられ、杉原課長はうっと声を詰まらせた。
「わかりました。
行きますので手を離していただけますか」
「ああ、すまない」
すぐにぱっと高鷹部長は私の腕を離してくれた。
杉原課長に目で、大丈夫だと合図する。
けれど彼は可哀想なほどに血の気を失っていた。
「いくぞ」
「はい」
杉原課長へ小さくあたまを下げ、高鷹部長についていく。
もしかしたらこの後、杉原課長はあまりの恐怖に耐えかねて、気でも失っているかもしれない。
なぜなら高鷹部長は――父の敵、なのだ。
連れてこられたのは高鷹部長が使っている部長室だった。
「まあかけろ」
「失礼します」
勧められて、置かれた応接セットのソファーに座る。
「それで話というのはな」
「はい」
やはり、昨日のことを叱責されるんだろうか。
確かにあれは私が悪かったが、昨日あれだけ怒鳴っておいてまだ足りないのなら、器量の狭い男だと軽蔑するが。
「仕事で困っていることはないか」
「……はい?」
昨日、私を会社に遊びに来ていると冷笑した男だとは思えない言葉に、我が耳を疑った。
「昨日はすまなかった。
あんなことを言って君を莫迦にして。
知らなかったとはいえ、軽率な自分に腹が立つ」
「はぁ……」
高鷹部長が私に詫びているのはわかるが、その理由がわからない。
「聞いたんだ、杉原課長が君を客扱いしてなにひとつやらせなければ、仕事すら教えないと」
事実だけれど、それに対してなんと言っていいのかわからない。
きっと私が不満を言えば、杉原課長にはなんらかの処罰なりあるだろうし。
それでなくても面倒な立場の私を押しつけられて迷惑をかけているのにこれ以上、彼を困らせるわけにはいかない。
「君がそれでいいというのなら、俺はなにも言わない。
けれど困っているというのなら、助力は惜しまない」
まっすぐに高鷹部長が私を見る。
この人はいったい、私のなにを理解したというのだろう。
いままで誰も、私がいまの状況に不満があるなんて気づかなかったのに。
「その、私は」
言いかけて口が止まる。
彼に言ったところで、なにかが変わるとは思えない。
それにいま、彼とこうやって話しているというだけで、父はカンカンに怒るだろう。
「私は?」
高鷹部長が先を促す。
けれど私は、いつものように諦めてしまった。
「なんでもない、です」
曖昧に笑ってごまかそうとしたが、できなかった。
――高鷹部長が嘘を許さないほど真剣な瞳で、私を見ていたから。
「君はこれからもそうやって諦め続けるのか」
視線は一ミリだって逸らせない。
覚悟を決めるように小さく深呼吸し、重い口を開いた。
「私は一社員として、仕事がしたいです。
香芝専務の娘ではなく。
東藤本部長の婚約者でもなく」
「わかった」
私の答えに高鷹部長は満足げに頷き、――笑った。
話は終わりだと、その後すぐに解放された。
総務部に戻った途端、杉原課長がすっ飛んでくる。
「大丈夫でしたか!?
その、高鷹部長のお話というのは!?」
業務時間中、私を預かっている身としては、気が気ではないのだろう。
「昨日は悪かったと、詫びてくださっただけですので」
私が笑顔を作って答えると、杉原課長は安心したかのように息を吐き出した。
「なら、よかったです。
そうだ、高鷹部長とお話しして、お疲れになったでしょう?
休憩に外で、お茶でもしてきてください」
「えっと……では、お言葉に甘えて、そうさせていただきます」
期待を込めた目で杉原課長に見つめられ、内心、苦笑いで外に出る。
今日も行くのは三軒隣のコーヒーショップ。
「あれ、なんだったんだろう……」
高鷹部長がどうして、あんなことを私に聞いたのかよくわからない。
だいたい、私は敵の娘なのだ。
嫌われて当然、なのにあんな気遣うようなこと。
父と高鷹部長は社内で敵対している。
保守的でいままでのやり方を変えようとしない父たちと、革新的でどんどん新しいものに変えていこうとする高鷹部長。
相容れるはずもない。
それに、高鷹部長は三十五歳と若い。
春熙も二十八歳で本部長という肩書きだけれど、それは実力だけじゃなく社長の息子で次期社長というバックボーンがあってのことだし。
父たちは高鷹部長のきれいな容姿から〝人形〟って呼んで莫迦にしているけれど、実力はあるんだと思う。
チロリロリンと携帯が通知音を立て、画面を見ると春熙からメッセージが届いていた。
【高鷹部長に連れていかれたんだって?
大丈夫?】
なんですぐに春熙の耳に入るのか不思議になるが、きっと杉原課長が報告しているのだろう。
【平気。
昨日は悪かったって謝ってくれたよ】
【へえ。
あの人でも謝るなんてことがあるんだ】
確かに、俺様で有名な高鷹部長が謝罪するなんて信じられないだろう。
私も意外だったし。
【うん。
それだけだったから、大丈夫】
【明日、雪でも降るかもね。
入社式なのに可哀想】
【ならよかった。
ゆっくりお茶しといで】
【ありがとう】
いつものように愛してるのスタンプを送って、こっちはおしまい。
次はさっきから通知がうるさい、父との画面を開く。
【高鷹に連れていかれたそうだな。
なにかされなかったか】
どうしてみんな、高鷹部長が私に危害を加える前提なんだろう。
まあ、腕を掴まれたときは私だって怖かったけど。
【なにもなかったです。
ただ、昨日のことを詫びてくださいました】
【あの男が!?
ありえない】
【まあいい、どこにいる?
杉原君には外に出したと聞いているが】
嫌な予感がしながら、携帯に指を走らせる。
【いつものコーヒーショップにいます】
【車を回す。
今日はもう、帰りなさい】
予想通りの返事に、ため息が漏れた。
【わかりました】
そのまま画面を閉じて、残っていたキャラメルフラッペを飲み干す。
甘ったるいそれは春熙と父の過剰な愛情のようで、吐き気がした。
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
クリスマスに咲くバラ
篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる