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第1章 自由or不自由?

4.俺様部長の強制連行

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午後もあくびを噛み殺しながら仕事をしていた――が。

「香芝はいるか」

バン!と勢いよく扉が開き、部内の視線が集中する。
開けた男――高鷹部長は気にすることなく、つかつかとカウンターの中に入ってきた。

「あ、あの、香芝さんがなにかしましたでしょうか……?」

びくびくと杉原課長が高鷹部長の前に立ち、私はそれを、腰を半分浮かせて見守っていた。

「話がある。
ちょっとこい」

「その、昨日の件の苦情でしたら私が給わりますので……!」

杉原課長の制止をものともせず、高鷹部長が私の席へと向かってくる。
どうしていいのかわからなくて戸惑っている間に、高鷹部長の手が私の腕を掴んだ。

「いいからこい」

「困ります!」

杉原課長が悲痛な声を上げる。

「経営戦略部部長の俺が来いと言っているのに、なにか問題でもあるのか」

眼鏡の奥から高鷹部長に切れそうなほど鋭い視線を向けられ、杉原課長はうっと声を詰まらせた。

「わかりました。
行きますので手を離していただけますか」

「ああ、すまない」

すぐにぱっと高鷹部長は私の腕を離してくれた。
杉原課長に目で、大丈夫だと合図する。
けれど彼は可哀想なほどに血の気を失っていた。

「いくぞ」

「はい」

杉原課長へ小さくあたまを下げ、高鷹部長についていく。
もしかしたらこの後、杉原課長はあまりの恐怖に耐えかねて、気でも失っているかもしれない。

なぜなら高鷹部長は――父の敵、なのだ。


連れてこられたのは高鷹部長が使っている部長室だった。

「まあかけろ」

「失礼します」

勧められて、置かれた応接セットのソファーに座る。

「それで話というのはな」

「はい」

やはり、昨日のことを叱責されるんだろうか。
確かにあれは私が悪かったが、昨日あれだけ怒鳴っておいてまだ足りないのなら、器量の狭い男だと軽蔑するが。

「仕事で困っていることはないか」

「……はい?」

昨日、私を会社に遊びに来ていると冷笑した男だとは思えない言葉に、我が耳を疑った。

「昨日はすまなかった。
あんなことを言って君を莫迦にして。
知らなかったとはいえ、軽率な自分に腹が立つ」

「はぁ……」

高鷹部長が私に詫びているのはわかるが、その理由がわからない。

「聞いたんだ、杉原課長が君を客扱いしてなにひとつやらせなければ、仕事すら教えないと」

事実だけれど、それに対してなんと言っていいのかわからない。

きっと私が不満を言えば、杉原課長にはなんらかの処罰なりあるだろうし。
それでなくても面倒な立場の私を押しつけられて迷惑をかけているのにこれ以上、彼を困らせるわけにはいかない。

「君がそれでいいというのなら、俺はなにも言わない。
けれど困っているというのなら、助力は惜しまない」

まっすぐに高鷹部長が私を見る。

この人はいったい、私のなにを理解したというのだろう。
いままで誰も、私がいまの状況に不満があるなんて気づかなかったのに。

「その、私は」

言いかけて口が止まる。
彼に言ったところで、なにかが変わるとは思えない。
それにいま、彼とこうやって話しているというだけで、父はカンカンに怒るだろう。

「私は?」

高鷹部長が先を促す。
けれど私は、いつものように諦めてしまった。

「なんでもない、です」

曖昧に笑ってごまかそうとしたが、できなかった。

――高鷹部長が嘘を許さないほど真剣な瞳で、私を見ていたから。

「君はこれからもそうやって諦め続けるのか」

視線は一ミリだって逸らせない。
覚悟を決めるように小さく深呼吸し、重い口を開いた。

「私は一社員として、仕事がしたいです。
香芝専務の娘ではなく。
東藤本部長の婚約者でもなく」

「わかった」

私の答えに高鷹部長は満足げに頷き、――笑った。


話は終わりだと、その後すぐに解放された。
総務部に戻った途端、杉原課長がすっ飛んでくる。

「大丈夫でしたか!?
その、高鷹部長のお話というのは!?」

業務時間中、私を預かっている身としては、気が気ではないのだろう。

「昨日は悪かったと、詫びてくださっただけですので」

私が笑顔を作って答えると、杉原課長は安心したかのように息を吐き出した。

「なら、よかったです。
そうだ、高鷹部長とお話しして、お疲れになったでしょう?
休憩に外で、お茶でもしてきてください」

「えっと……では、お言葉に甘えて、そうさせていただきます」

期待を込めた目で杉原課長に見つめられ、内心、苦笑いで外に出る。
今日も行くのは三軒隣のコーヒーショップ。

「あれ、なんだったんだろう……」

高鷹部長がどうして、あんなことを私に聞いたのかよくわからない。
だいたい、私は敵の娘なのだ。
嫌われて当然、なのにあんな気遣うようなこと。


父と高鷹部長は社内で敵対している。
保守的でいままでのやり方を変えようとしない父たちと、革新的でどんどん新しいものに変えていこうとする高鷹部長。
相容れるはずもない。

それに、高鷹部長は三十五歳と若い。
春熙も二十八歳で本部長という肩書きだけれど、それは実力だけじゃなく社長の息子で次期社長というバックボーンがあってのことだし。
父たちは高鷹部長のきれいな容姿から〝人形〟って呼んで莫迦にしているけれど、実力はあるんだと思う。

チロリロリンと携帯が通知音を立て、画面を見ると春熙からメッセージが届いていた。


【高鷹部長に連れていかれたんだって?
大丈夫?】

なんですぐに春熙の耳に入るのか不思議になるが、きっと杉原課長が報告しているのだろう。

【平気。
昨日は悪かったって謝ってくれたよ】

【へえ。
あの人でも謝るなんてことがあるんだ】

確かに、俺様で有名な高鷹部長が謝罪するなんて信じられないだろう。
私も意外だったし。

【うん。
それだけだったから、大丈夫】

【明日、雪でも降るかもね。
入社式なのに可哀想】

【ならよかった。
ゆっくりお茶しといで】

【ありがとう】

いつものように愛してるのスタンプを送って、こっちはおしまい。
次はさっきから通知がうるさい、父との画面を開く。

【高鷹に連れていかれたそうだな。
なにかされなかったか】

どうしてみんな、高鷹部長が私に危害を加える前提なんだろう。
まあ、腕を掴まれたときは私だって怖かったけど。

【なにもなかったです。
ただ、昨日のことを詫びてくださいました】

【あの男が!?
ありえない】

【まあいい、どこにいる?
杉原君には外に出したと聞いているが】

嫌な予感がしながら、携帯に指を走らせる。

【いつものコーヒーショップにいます】

【車を回す。
今日はもう、帰りなさい】

予想通りの返事に、ため息が漏れた。

【わかりました】

そのまま画面を閉じて、残っていたキャラメルフラッペを飲み干す。
甘ったるいそれは春熙と父の過剰な愛情のようで、吐き気がした。
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