ご褒美

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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「けーんご」

人もまばらなお昼休み。

デスクに向かっていた顕吾のあたまをわしゃわしゃ撫でまわすと、銀縁眼鏡のレンズの向こうから、冷たい視線がこちらへと送られた。

「……」

あきらかに怒っている顕吾は、無言で乱れた髪をなおしている。

終わると、椅子を回転させて私の方を向いた。

……一分の隙もなく着込まれたスーツ。
首元まできっちりと締められたネクタイ。
冷たく光る銀縁のスクエア眼鏡。
レンズの奥の、すぅーっと細められた瞳。

これにドキドキするなという方が無理だと思う。

そして私は、これから顕吾の口から出るであろう言葉を、期待して待っている。

……お仕置き、だね。

毎回顕吾は怒るたび、そう云って不敵に唇を歪ませて笑うのだ。

前回のお仕置きは、人気のない資料室で社内だというのに顕吾の気のすむまで、キスされた。
火のついた身体で残りの業務をこなすのはつらくて、ほんと泣きそうだった。

前々回のときは首筋に思いっきり噛みつかれた。

悪い子には悪い子だって印が必要だ、って。

あまりにも目立つから肌色湿布貼って誤魔化してたら、それもダメだって剥がされるし。

……でも。

そういうお仕置きに喜んでる自分がいる。

「……はぁーっ」

じーっと私を見つめていた顕吾だけど。

大きなため息をつくと、またデスクの方に向き直ってしまった。

……えっと。
あの?

「……お仕置き、は?」

「は?
亜梨紗はドMだからお仕置きしても喜んじゃうし。
意味ないだろ」

「……違うもん」

俯くと、目の前の椅子がまた回転して顔を覗き込んでくる。

「なにが違うの?」

「その、あの……」

自分の口からちゃんと云えなくてもじもじしている私に、顕吾からまっすぐに視線が送られる。

その冷ややかな視線にドキドキして、もっと口ごもってしまう。

「なんでちゃんと理由、云えないの?」

「だってー」

完全に涙目になって黙ってしまったら、また顕吾がため息ついた。

……でも。

「ちゃんと云えない子は、あとでたっぷりお仕置きだね」

唐突に耳元で囁かれた声に背筋がぞわぞわと波だった。

思わず見上げるといつものように唇を歪ませて不敵に笑う。

ぽんぽんとあたまにふれると去って行った顕吾に、……いまのはやっぱり、お仕置きだったんじゃないのかな、とか思ってしまった。




【終】
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