チョコレートは澤田

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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4.処分

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唐突に出た私への辞令に、ほとんどの人間が納得していた翌日。
皆の興味は部長室に集中していた。

「納得できません!
藤堂が倉庫管理部に異動だなんて!」

一柳部長がじろりと睨んでも、噛みついてる澤田さんには全く効き目がない。

「今回の騒動は部長にも非があるはずです。
なのに藤堂だけを処分だなんて」

「……なあ澤田。
おまえ、前の会社でもそうやって上司に噛みついてクビになったんだってな。
またクビになりたいのか?」

「望むところです」

シュー、シュー、一柳部長の口からは警告音と共に蛇の舌がチロチロと見えている。
反対に澤田さんはシャーッと毛を逆立てて警戒している、マングース。
というか、当事者である私を置いて勝手に対決しないで欲しい。

「あの!」

「なんだ!?」

「なに!?」

ふたり同時に睨まれて身が竦んだが、一回深呼吸。
思っていることをきちんと口にする。

「今回の辞令、お断りさせてください」

一柳部長の顔がいっそう厳しくなり、澤田さんが嬉しそうに笑っているが、気付かないふり。

「その変わり、私は会社、辞めますので」

「そうか」

「はぁっ!?」

さっきとは表情が反転して、一柳部長は踊り出さんばかりに嬉しそうだし、澤田さんは私に詰め寄らんばかりになっている。

「そういうことで。
よろしくお願いいたします。
辞表はあとから出しますので。
……澤田さん、行きますよ」

一柳部長に深々とあたまを下げ、まだ納得がいってない澤田さんの袖を引っ張って部長室を出て行く。
部屋を出ると、こちらに集中していた視線が誤魔化すようにぱっと散った。
そんな人たちを無視して、澤田さんを引っ張ったまま誰もいない食堂に行った。

「コーヒーでいいですか?」

「……」

完全にふて腐れてる澤田さんにため息をつきつつ、自販機でカップのコーヒーを買ってひとつを澤田さんの前に置く。

「食べますか?
甘いもの食べれば元気が出るって誰かさんが」

ポッケに入れてた板チョコをコーヒーの横に置くと、眼鏡の上の隙間からジト目で睨まれた。
かまわずにそのまま置いて、自分のコーヒーに口を付ける。

「私のために怒ってくださって、ありがとうございました」

「……別に、あんたのためじゃないし。
ただ、間違ってることとか嫌いなだけで」

少し怒ってそう云うと、澤田さんはコーヒーに口を付けた。

「それでも嬉しいです。
ありがとうございました」

「……でも、あんたが辞めるんだったら意味ないだろ」

「けじめ、なので」

ぱっとあがった顔は、驚いたように私のことを見つめてる。

「一柳部長とのことで居づらくなったのもありますけど。
でも、いままでの私にけじめを付けて、新しいところで心機一転頑張ろうかな、って。
そんなこと思えたの、澤田さんのおかげです」

「……俺の?」

不思議そうに澤田さんの首が少し傾いた。

「澤田さんがもっと自信を持てって云ってくれたじゃないですか。
それで、ちょっと頑張ってみようかな、なんて」

「……そうか」

まだ不機嫌そうだったけど、口元は少し、嬉しそうに綻んでた。
そのまま板チョコを手に取ると、澤田さんは半分に折った。

「食うか?」

「はい」

割られた板チョコをふたりで囓る。

「……甘いな」

「そうですね」

ぱきり、ぱきり。

板チョコを食べる音だけが静かな食堂に響いてた。

規定ではひと月前に申告なのに、その週末付けで退職することにすんなり決まった。
そして最後の日、やっぱり私の前には。

「食えば?」

会社を出た途端にに差し出される、澤田さんの板チョコ。

「半分こしませんか?」

受け取ったチョコを半分に追って差し出すと、澤田さんは黙って受け取った。
ふたり並んで、壁により掛かって板チョコを囓る。

「次の仕事は決まってるのか」

「まだです」

ぱきり、ぱきり。

板チョコを囓る音が静かに響く。

「なんかあったら相談しろ。
いつでも乗ってやる」

「ありがとうございます」

半分の板チョコはあっという間になくってしまった。
これで、ここでの時間もおしまい。

「じゃ、元気でな」

「はい、澤田さんも元気で」

笑顔で別れたその日から、ずっと澤田さんには会ってない。
相談に乗ってくれると云ってくれたが、連絡すらしてないのが現状。
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