あーあ。それ、壊しちゃったんだ? 可哀想に。もう助からないよ、君ら。

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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翌日、コンビニで適当に買ったスルメなんかのつまみを手に日本史準備室を訪れた。

「忌宮先生、いますか……?」

「おー、なんか用か」

珍しいものかのように僕を見て、先生がにかっと笑う。

「あっ、えっと。
ささやかですが、昨晩のお礼……です」

差し出して、しまったと悟った。
夢で先生が助けてくれたからとかいって、信じてくれるはずがない。

「おー、悪いな」

しかし先生は特に聞かず、持ってきたレジ袋を受け取った。

「おっ、日本酒のアテにちょうどよさそうじゃねぇか。
気が利くな、君」

「あっ、……はい」

なんか先生は嬉しそうで、微妙な笑顔で頷く。

「その。
やっぱり助けてくれたのは忌宮先生、なんですよね……?」

「まあな」

先生が至近距離まで近づいてきて一歩、後ろに下がったが、彼はかまわずに僕のジャケットのポケットを探った。

「これで君の夢の中に入らせてもらった」

先生が探り出したのは、人型の紙切れだった。
これは知っている、呪術とかに使うヤツだ。

「え、忌宮先生って陰陽師……」

「ちげーよ。
あんなヤツらと一緒にするな」

僕が言い切るよりも早く、本当に嫌そうに先生が否定する。

「俺は君らが鬼もしくは神と呼ぶものだ」

「はぁ……?」

鬼と神とでは違う気がする。
それに自分がそんなものだという先生はかなり怪しい。
やはり、ただの変人なのか?
戸惑う僕をよそに、先生は煙草を咥えて火をつけた。

「ちょっ、ここ、禁煙ですよ!」

「うっせーな。
こうやって力の制御してないと、君らとか簡単に壊してしまうから仕方ないだろ」

証明するかのように先生がボールペンを握る。
しかしそれは木っ端微塵に砕けた。

「え……」

「これは力を制御する薬草なの。
吸ってないと君らが危ない。
オーケー?」

ふーっと煙を吐き出し、先生が左頬を歪めてにやっと笑う。

「オ、オーケー」

それに対して、引き攣った笑顔で答えた。
制御していてこれなら、通常状態ならどれほどなんだろう?
だから、そんな力で蹴られて異形は消えたのか。
あ、もしかして僕の腕を掴みかけてやめたのも、腕が折れるとか千切れるとかを恐れて……?

「まー、校長とか教師には、俺がどこで煙草吸ってようと気にしない暗示をかけてあるから、問題ないしな」

「へ、へー」

先生は可笑しそうに背中を揺すって笑っているが、本当にそれでいいんだろうか……。
けれどこれで、先生が人外だというのには信憑性が出てきた。
もしかして授業で嘘を教えているというのは、それくらい長生きしていて実際に見てきたことを言っているのかもしれない。


そのうち、悪いことをするのは格好いいという僕らのブームは去っていった。
佐々木と鈴木が呪いで死んだという噂だけではない。
バイト先で廃棄のパンをクッションにしたヤツも、鳥居に登ったヤツも身元を特定され、学校にいられなくなった。
あんなに彼らを英雄扱いしていたのに世間に乗って手のひらを返し、彼らを断罪していたみんなが、気持ち悪かった。
そんなわけで僕は誰にもあわせず、従わず、ひとり我が道を行っている。
誰にも気を遣わないでいいのは反って清々しく、過ごしやすかった。
そして――。

「吸うのはいいですが、ちゃんと灰皿使ってください」

「おお、わるい」

忌宮先生の吸う、煙草の灰が落ちそうになっていたところへ、すかさず灰皿を差し出す。
なぜか僕は、忌宮先生のところへ通っていた。
別に弱みを握られたとか、恩を返したいとかではない。
先生のところへいれば、なにか面白いことがあるのではないかと思ったのだ。

「そういえば音楽室に今度入ったピアノ、呪われてるって知ってます?」

先生は興味なさそうに煙草を吸いながらパソコンのキーを叩いているが、しっかり耳はこちらを向いているのを知っている。

「あるクラスの子が弾いているところに、勢いよく蓋が閉まって全部の指、骨折したらしいんですよ」

「ふぅん」

「どこぞの富豪から寄付されたらしいんですけど、そもそもその富豪ってのか……」

「わーったよ!
……あ」

先生がバーン!と勢いよくキーを叩き、キーボードは無残にも砕け散った。
机が壊れなかっただけ、めっけもんだ。

「わかった、見に行ってやるよ」

「やったー」

ガシガシと頭を掻きながら、先生は苦笑いしている。
嫌々という顔をしながらもどこか嬉しそうなのは、見間違いではあるまい。
先生は暇を飼い殺していて、なにか面白いものをいつも探している。
あの日、僕らに絡んできたのもそのセンサーが働いたからだ。

「じゃあ、行きましょう」

「早速かよ」

笑いながら部屋を出る僕のあとを先生がついてくる。
忌宮先生といれば、僕も楽しい高校生活を過ごせそうだ。


【終】
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