あーあ。それ、壊しちゃったんだ? 可哀想に。もう助からないよ、君ら。

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
上 下
3 / 5

3.

しおりを挟む
暗闇の中、光が当たるように異形のものの姿が浮かび上がる。

「地をさすは矛。
天をさすは指。
では人をさすのは」

同じ台詞をぶつぶつとソレが繰り返す。
もがくようにソレが身体を動かし、ぷつりと縄が切れる音がした。
ぷつり、ぷつりと断続的に音が響く。
それにつれてソレの動きが大きくなっていった。

不意にどこからともなく携帯のアラームが聞こえ、目が覚める。

「……また、あの夢」

起き上がった身体はびっしょりと汗を掻いていた。
あれから毎晩、あの異形の夢を見ている。
身体を縛っている縄はどんどん千切れていき、きっと明日明後日には自由になる。
自由になったら、どうなるんだろう?

「だから。
ただの夢だって」

そう思っているはずなのに、怖くて怖くて堪らなかった。



そのうち、祠を壊した話も下火になっていき、以前の生活に戻る。
今までと違うのは佐々木に彼女ができたというのくらいだろう。

その日は佐々木の彼女が用事があるとかで帰ってしまい、暇を持て余した彼にファストフード店へ連れていかれてだべっていた。

「あーあ。
注目されたのなんて、一瞬だったな」

残念そうに言い、鈴木がポテトを摘まむ。
ここ数日の話題は、隣のクラスの男子生徒が近くの神社の鳥居に登ったというものだった。

「そうだな。
もっと派手になんかやらないとダメだな」

「そうだな。
なにやる?」

相談している彼らの話を今日も、僕は曖昧な笑顔を貼り付けて聞く。
もともと半分壊れているような祠だったからか、それとも学校側はさほど気にしていないのか、お咎めはなかった。
そのせいもあってか、彼らは気が大きくなっているようだった。
回転寿司で流れている寿司を、直接摘まんで食べるなんて言っている。
このまま寿司屋へなどと言われたらどうしようと内心、ヒヤヒヤしていた。

「なあ」

そのうち話に飽きたのか、佐々木が投げやりに椅子へ背を預ける。
しかしその声はどこか、こちらをうかがっているようでもあった。

「変な夢……」

彼がそこまで言ったところで、鈴木ががたりと音を立てて椅子から半ば立ち上がる。

「オマエもか」

椅子に座り直した鈴木の顔を見て、佐々木は神妙に頷いた。

「妙に頭が長い、目が六つだか八つだかあるヤツが、なんか聞いてくるよな」

「そう、それ」

鈴木が同意して佐々木を指す。

「西木は?」

「実は……僕も」

聞かれて、僕も頷いた。
まさか、三人とも同じ夢を見ているとは思わない。
……いや。
うすうすはそうじゃないかと思っていた。

「まさか、祠の呪いとか?」

「そんなわけ、あるはずないだろ」

笑いながらもふたりとも、声がうわずっている。

「いい加減鬱陶しいし、どうやったらあの夢、見なくなるんだろうな」

「あの問いに答えるとか?」

「なんだっけ?
『地をさすは矛、天をさすは指。
では人をさすのは?』……だっけ?」

ふたりが考え込んでいるので、僕も考える。
実際のところここ数日、ずっと考えているが、答えは出ていない。

「わかんねー」

携帯で少しだけ調べてすぐに、ふたりは考えるのを放棄した。

「なんで勝手に人の夢に出てきてるヤツに、答えてやらなきゃいけないんだよ」

「今日も出てきたら、知るか出ていけ!って怒鳴ってやるわ」

豪快に佐々木が笑い飛ばす。
しかし僕には、不安しかなかった。

眠ると今日も、同じ夢を見た。

「地をさすは矛。
天をさすは指。
では人をさすのは」

とうとう縄が全部切れ、異形が足を踏み出す大きな音がダン!と響いた。

「地をさすは矛。
天をさすは指。
では人をさすのは」

身体に対して頭が大きくバランスが悪いはずなのに、異形は安定した足取りで僕に迫ってくる。

「……知らない」

ソレから距離を取ろうと、無意識に足が後ろへと下がる。

「知らない、知らない!」

ある程度、距離ができたところで踵を返し、後ろも振り返らずに転がるように逃げ出した。

「地をさすは……」

そんな僕を異形の声がずっと追ってきていた。



翌朝、佐々木は登校してきていなかった。

「ねえ、佐々木は?」

クラスメイトの女子と話に花を咲かせている鈴木に声をかける。

「さあ?
サボりじゃね?」

彼は興味なさそうに言い、すぐに女子との話を再開した。
隣のクラスの女子はどうしたのか聞きたいところだが、今の問題はそれじゃない。

そのうちホームルームが始まる。

「あー。
今日は残念なお知らせがある」

教師の言葉でつい、主のいない佐々木の席を見ていた。

「佐々木が昨晩、亡くなった。
通夜と葬儀はまた追って連絡する。
それから……」

……佐々木が、死んだ?

首を捻って見た鈴木の顔は、真っ青だった。
やはり僕と同じ考えなんだろうか。

まだ死因もわからないうちから佐々木は祠を壊した呪いで死んだのだという噂が、学校中を駆け巡った。
みんな遠巻きに僕たちを見てひそひそと話していて、居心地が悪い。
昼休み、僕と鈴木は逃げるように誰もいない、屋上へと向かう階段の踊り場へ逃げ込んだ。

「佐々木、殺されたって」

鈴木が携帯の画面を見せてくる。
そこには佐々木のニュースが表示されていた。
朝、起きてこない佐々木を起こしにいった母親が死体を発見したらしい。
鋭利な刃物による刺殺、現場は佐々木の部屋。
しかしマンションの部屋には鍵がかかっていたし、同居している両親も兄も争うような音は聞いていない。
マンション玄関の監視カメラにも、不審な人物の出入りは映っていないそうだ。

「ねえ。
佐々木……」

「そんなはずないだろ!」

言い切らないうちに怒りを露わにして鈴木が立ち上がる。

「呪いとか馬鹿馬鹿しい!」

そう言いながらも鈴木は、恐怖からか震えていた。

「おー、なんか騒がしいと思ったら君らか」

この場に似つかわしくないのんびりとした声が聞こえて視線を向けた階段の下には、忌宮先生が立っていた。

「なんでオマエが!」

鈴木が先生に苛立ちをぶつける。

「日本史準備室、そこなの」

先生が指したのは、階段を下りてすぐ脇の部屋だった。
さほど遠くない場所で大声を出していれば気づくかもしれない。

「彼、かわいそーにねー」

自然な動作でポケットから煙草を出して咥え、先生は火をつけた。
間延びしたのんびりとした声は佐々木を同情しているようにも、ましてや悼んでいるようにも聞こえない。

「まあ、君らもすぐに同じ運命を辿るんだし、淋しくないか」

ふーっと煙を吐き出し、先生はにやにやと愉しそうに笑った。

「きょ、教師がそんなこと、言っていいのかよっ!
だいたい、生徒を守るのが仕事だろうが!」

勢いよく階段を駆け下り、少し上にある忌宮先生の胸ぐらを鈴木が掴む。
その衝撃で先生の手から煙草が落ちた。

「……あ?」

先生が一音発した途端、辺りの空気が変わった。
それは鈴木も同じらしく、先生の胸ぐらを掴んだまま固まっている。
そんな鈴木の手を先生は穢らわしそうに払いのけた。

「君らの自業自得だろ。
祠だろうとなんだろうと、遊びで壊していいものじゃない。
それを壊して、ヤツの不興を買ったのは君らだ」

先生の言うとおりなだけになにも言い返せない。
じっと俯き、堅く唇を噛んだ。

「うっせー!
それでも教師が生徒を守るのは当たり前だろうがよ!」

それでも鈴木はまだ虚勢を張り、忌宮先生を突き飛ばした。

「俺はまっとうな生徒は守るが、君みたいな反省の色もないヤツとか知ったこっちゃないし生徒とも思っていない」

「そうかよっ!
オレもオマエとか、教師と思わないしな!」

吐き捨てるように言い、鈴木は足音荒く下の階へと階段を下りていった。

「鈴木……」

あとを追おうか考えていたら忌宮先生と目があう。
彼は落ちた煙草を拾い、咥えて消えていた火を再びつけた。

「いいのか」

先生の煙草を持つ手が軽く、鈴木が去っていった方向を指す。

「えっと……」

正直にいえば、迷っていた。
このまま鈴木に迎合し続け、一緒にいてもらうのが正しいんだろうか。
しかしそうしなければ僕なんてクラスカーストの最下層で、いじめの対象になりかねない。

「そう、ですね」

そろりと足を踏み出し、階段を下りる。

「まあ、君がいいならいいけどな」

興味なさそうに言い、先生は煙を吐き出した。
それでびくりと身体が固まる。
忌宮先生はいったい、なにを言いたいんだろう。

「お騒がせして、すみませんでした」

ぺこりと頭を下げ、その場を去る。
しかし心臓はどきどきと速く鼓動していた。
僕は本当に、これでいいんだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

繰り返し

kazukazu04
ホラー
果たしてこの日常に終わりは来るのだろうか、、、。

ill〜怪異特務課事件簿〜

錦木
ホラー
現実の常識が通用しない『怪異』絡みの事件を扱う「怪異特務課」。 ミステリアスで冷徹な捜査官・名護、真面目である事情により怪異と深くつながる体質となってしまった捜査官・戸草。 とある秘密を共有する二人は協力して怪奇事件の捜査を行う。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

岬ノ村の因習

めにははを
ホラー
某県某所。 山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。 村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。 それは終わらない惨劇の始まりとなった。

処理中です...