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真っ暗闇な中。
ぽつりとスポットライトが当たるように明るくなった場所に、なにかがいる。
ソレはぶつぶつと呟いていた。
そろりと近づくと、次第にその姿が見えてくる。
頭が異様に大きい。
いや、顔のサイズ自体は普通なのだ。
けれど、福禄寿のように目より上、額に当たる場所が長く延びている。
そこには三対の目らしきものがついていた。
人間と同じ場所にある目は閉じられていて、もしかしたらただの飾りなのかもしれない。
長い黒髪はパサついて、ところどころもつれている。
膝を抱えるようにして座っている身体は、SDキャラクターのように小さかった。
ぼろぼろの服というよりも布を纏い、右手には槍のようなものを持っている。
さらに異常なのは、身体には黒い縄が巻きつききつくソレを縛っていた。
「……は……。
……は……。
では……を……」
何事か呟いているが、掠れた小さな声はよく聞き取れない。
それでもそのうち耳が慣れたのか、なんと言っているのかわかってきた。
「地をさすは矛。
天をさすは指。
では人をさすのは」
僕の存在に気がついたのか、ソレが顔を上げる。
閉じられていた瞼が開き、血走った目が僕を捕らえた。
にたぁと嫌らしく開いた唇は糸を引き、不揃いな歯がのぞく。
「ひいっ」
あまりにもおぞましいその顔に鳥肌が凄い勢いで駆け抜ける。
無様にも僕は腰を抜かし、その場に座り込んでいた。
「では人をさすのは」
再び、ソレが僕に問う。
「……知らない」
「では人をさすのは」
「知らない!
そんなの、知らない!」
這うようにして必死に、その場を逃げ出す。
――と。
携帯のアラームで目が覚めた。
「はぁはぁ。
夢、か……」
起き上がり、アレから逃れられたのだとほっと息をついた。
アレはいったい、なんだったんだろう?
もしかして祠を壊した呪いなのか。
不意に昨日、忌宮先生が言っていた言葉を思い出した。
『可哀想に。
もう助からないよ、君ら』
あれは僕らが、死ぬということじゃないだろうか。
――夢に出てきたアレに殺されて。
「いや。
夢、ただの夢だ。
呪いとかあるわけない」
自分に言い聞かせても、震えは止まらなかった。
学校は、祠が壊された話で持ちきりだった。
「あれ。
オレらがやったんだぜ」
得意満面で鈴木がクラスメイトへ言い放つ。
途端に教室は大騒ぎになった。
「ほんとに?」
「ああ。
オレら森でやった」
聞いてきた女の子に、鈴木と佐々木が芝居がかった動作で頷く。
「え、呪いとか怖くないの?」
「てかそんなの、信じてるの?
呪いとかあるわけねーし」
小馬鹿にするように佐々木が笑う。
それで周囲がどよめいた。
勇者なんて声も聞こえ、彼らはさらに得意になっていた。
「祠壊しても、なーんも起きてねーし。
所詮、ただの噂だって。
なあ、西木」
「う、うん」
鈴木に肩を抱き寄せられ、笑って答える。
彼らはあの夢を見ていないんだろうか。
だとしたらやはりあれは、呪いに怯える自分が見せたただの夢なのだ。
クラスメイトどころか他の学年の生徒にまでヒーローのように扱われ、鈴木と佐々木は有頂天になっていた。
その隣で曖昧な笑顔を浮かべ、僕は相槌を打っていた。
「西木。
なにそんなに、浮かない顔してるんだよ」
「あ、えと」
僕の曖昧な態度に気づいたのか、不満げに鈴木が顔をのぞき込む。
「もしかしてあれか、呪いとか本気で信じてんのか」
「そんなわけないし!」
からかうように後ろから抱きついてきた佐々木を思いっきり振り払った。
「じゃあ、なんだよ。
あ、あの変な教師の言ってたこと、気にしてるとか?」
肩を並べ、彼らは意地悪そうに笑っている。
「文系の子が言ってたけどよ、アイツ、変人で有名らしいぞ」
「なんか授業しながら、『すぐぴーぴー泣いてたおっさんが、最強武将ねぇ』とか、わけわからんことよく言ってるらしい」
「ふーん」
それはあの見た目といい、かなり変わった部類に入るだろう。
「だから気にする必要ねぇって」
「そ、そうだね」
別に気にしていないと笑顔を作ってみせる。
うん、あれはやはりただの夢なのだ。
「それよりよ」
ちらっと鈴木の視線が戸口へ向かう。
そこでは隣のクラスの女子がちらちらと僕らをうかがっていた。
「あれ、誰目当てだと思う?」
声を潜め、鈴木が聞いてくる。
「誰って……そりゃ、オレでしょ?」
「いや、オレだろ」
突然やってきたモテ期にふたりは浮ついていて、苦笑いしていた。
「よし。
西木、聞いてこい!」
「えっ、あっ!」
思いっきり背中を押され、そちらへ一歩、踏み出してよろめく。
顔を上げると彼女と目があった。
途端に恥ずかしそうにドアの陰に隠れる。
振り返ったらふたりが、にやにや笑いながら手を振っていた。
それに内心ため息をつき、僕は彼女の元へと行った。
結局、佐々木と鈴木は彼女とその友達といい雰囲気になり、それぞれ帰っていった。
「……はぁっ」
ひとりになり、ため息が漏れる。
ヒーローである森グループの一員とはいえ、僕はおまけに過ぎないのだ。
昇降口のところでちょうど、向こうからやってきた忌宮先生に会った。
「おう。
まだ元気みたいだな」
白衣のポケットに両手を突っ込み、へらへら笑いながら先生が僕に絡んでくる。
「まだって、呪いとかただの噂ですよ」
それを無視し、下足箱の前に立つ。
「ま、そう思うならいいけどよ。
あれは長くは持たないから、まあ頑張れ」
それだけ言ってぺったんぺったんと足音を響かせて彼は去っていった。
ちらりと見た足下は、素足に便所スリッパだった。
やはり、変人なのらしい。
「なんなんだよ、いったい」
悪態をつきつつ靴を履き、学校を出て駅へと向かう。
あれではまるで、僕らが死ぬのを待っているようだ。
「……不謹慎な先生だな」
けれどどうしてか身体の芯から冷えた気がして、身体を震わせた。
ぽつりとスポットライトが当たるように明るくなった場所に、なにかがいる。
ソレはぶつぶつと呟いていた。
そろりと近づくと、次第にその姿が見えてくる。
頭が異様に大きい。
いや、顔のサイズ自体は普通なのだ。
けれど、福禄寿のように目より上、額に当たる場所が長く延びている。
そこには三対の目らしきものがついていた。
人間と同じ場所にある目は閉じられていて、もしかしたらただの飾りなのかもしれない。
長い黒髪はパサついて、ところどころもつれている。
膝を抱えるようにして座っている身体は、SDキャラクターのように小さかった。
ぼろぼろの服というよりも布を纏い、右手には槍のようなものを持っている。
さらに異常なのは、身体には黒い縄が巻きつききつくソレを縛っていた。
「……は……。
……は……。
では……を……」
何事か呟いているが、掠れた小さな声はよく聞き取れない。
それでもそのうち耳が慣れたのか、なんと言っているのかわかってきた。
「地をさすは矛。
天をさすは指。
では人をさすのは」
僕の存在に気がついたのか、ソレが顔を上げる。
閉じられていた瞼が開き、血走った目が僕を捕らえた。
にたぁと嫌らしく開いた唇は糸を引き、不揃いな歯がのぞく。
「ひいっ」
あまりにもおぞましいその顔に鳥肌が凄い勢いで駆け抜ける。
無様にも僕は腰を抜かし、その場に座り込んでいた。
「では人をさすのは」
再び、ソレが僕に問う。
「……知らない」
「では人をさすのは」
「知らない!
そんなの、知らない!」
這うようにして必死に、その場を逃げ出す。
――と。
携帯のアラームで目が覚めた。
「はぁはぁ。
夢、か……」
起き上がり、アレから逃れられたのだとほっと息をついた。
アレはいったい、なんだったんだろう?
もしかして祠を壊した呪いなのか。
不意に昨日、忌宮先生が言っていた言葉を思い出した。
『可哀想に。
もう助からないよ、君ら』
あれは僕らが、死ぬということじゃないだろうか。
――夢に出てきたアレに殺されて。
「いや。
夢、ただの夢だ。
呪いとかあるわけない」
自分に言い聞かせても、震えは止まらなかった。
学校は、祠が壊された話で持ちきりだった。
「あれ。
オレらがやったんだぜ」
得意満面で鈴木がクラスメイトへ言い放つ。
途端に教室は大騒ぎになった。
「ほんとに?」
「ああ。
オレら森でやった」
聞いてきた女の子に、鈴木と佐々木が芝居がかった動作で頷く。
「え、呪いとか怖くないの?」
「てかそんなの、信じてるの?
呪いとかあるわけねーし」
小馬鹿にするように佐々木が笑う。
それで周囲がどよめいた。
勇者なんて声も聞こえ、彼らはさらに得意になっていた。
「祠壊しても、なーんも起きてねーし。
所詮、ただの噂だって。
なあ、西木」
「う、うん」
鈴木に肩を抱き寄せられ、笑って答える。
彼らはあの夢を見ていないんだろうか。
だとしたらやはりあれは、呪いに怯える自分が見せたただの夢なのだ。
クラスメイトどころか他の学年の生徒にまでヒーローのように扱われ、鈴木と佐々木は有頂天になっていた。
その隣で曖昧な笑顔を浮かべ、僕は相槌を打っていた。
「西木。
なにそんなに、浮かない顔してるんだよ」
「あ、えと」
僕の曖昧な態度に気づいたのか、不満げに鈴木が顔をのぞき込む。
「もしかしてあれか、呪いとか本気で信じてんのか」
「そんなわけないし!」
からかうように後ろから抱きついてきた佐々木を思いっきり振り払った。
「じゃあ、なんだよ。
あ、あの変な教師の言ってたこと、気にしてるとか?」
肩を並べ、彼らは意地悪そうに笑っている。
「文系の子が言ってたけどよ、アイツ、変人で有名らしいぞ」
「なんか授業しながら、『すぐぴーぴー泣いてたおっさんが、最強武将ねぇ』とか、わけわからんことよく言ってるらしい」
「ふーん」
それはあの見た目といい、かなり変わった部類に入るだろう。
「だから気にする必要ねぇって」
「そ、そうだね」
別に気にしていないと笑顔を作ってみせる。
うん、あれはやはりただの夢なのだ。
「それよりよ」
ちらっと鈴木の視線が戸口へ向かう。
そこでは隣のクラスの女子がちらちらと僕らをうかがっていた。
「あれ、誰目当てだと思う?」
声を潜め、鈴木が聞いてくる。
「誰って……そりゃ、オレでしょ?」
「いや、オレだろ」
突然やってきたモテ期にふたりは浮ついていて、苦笑いしていた。
「よし。
西木、聞いてこい!」
「えっ、あっ!」
思いっきり背中を押され、そちらへ一歩、踏み出してよろめく。
顔を上げると彼女と目があった。
途端に恥ずかしそうにドアの陰に隠れる。
振り返ったらふたりが、にやにや笑いながら手を振っていた。
それに内心ため息をつき、僕は彼女の元へと行った。
結局、佐々木と鈴木は彼女とその友達といい雰囲気になり、それぞれ帰っていった。
「……はぁっ」
ひとりになり、ため息が漏れる。
ヒーローである森グループの一員とはいえ、僕はおまけに過ぎないのだ。
昇降口のところでちょうど、向こうからやってきた忌宮先生に会った。
「おう。
まだ元気みたいだな」
白衣のポケットに両手を突っ込み、へらへら笑いながら先生が僕に絡んでくる。
「まだって、呪いとかただの噂ですよ」
それを無視し、下足箱の前に立つ。
「ま、そう思うならいいけどよ。
あれは長くは持たないから、まあ頑張れ」
それだけ言ってぺったんぺったんと足音を響かせて彼は去っていった。
ちらりと見た足下は、素足に便所スリッパだった。
やはり、変人なのらしい。
「なんなんだよ、いったい」
悪態をつきつつ靴を履き、学校を出て駅へと向かう。
あれではまるで、僕らが死ぬのを待っているようだ。
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