上 下
33 / 36
第七章 幸せな結婚式

7-3

しおりを挟む
父の店も無事にオープンし、私たちの結婚式の日がやってくる。

「準備できた?」

もう着替えを終えた宣利さんが、控え室に顔を出す。

「ああ、綺麗だ……」

ドレス姿の私を見て、眼鏡の向こうの目が細められる。

「あまりに美しくて、何度でも求婚したくなる」

じっと私を見つめる瞳は、欲に濡れて光っていた。
彼の手が頬に触れ、ゆっくりと傾きながら顔が近づいてくる。
触れた唇はなかなか離れない。

「愛してる」

ようやく顔を離した彼は、どこまでも甘い声で囁いた。
おかげでばふっ!と顔から火を噴く。

「えっ、あっ、えっ」

処理しきれずにわたわた慌てる私を、宣利さんはおかしそうに笑っている。

「花琳っていつまで経っても、こういうのに全然慣れないよね。
なんかそういうの可愛くて、ついからかいたくなる」

「あう。
意地悪です……」

そうか、ああいう恥ずかしいのは私の反応が面白いから、わざとにやっていたのか。
宣利さんは本当に、意地悪だ。

「でも、花琳が可愛いから僕もつい、そういうことしちゃうんだよね」

ちゅっと彼はさらに口付けを落としてきたが、それってもしかして、ほとんど素でやっているってことですか……?
お、恐ろしい人。

「花琳、いい?」

ノックの音とともに受付をお願いしていた友人の声が聞こえてきて、慌てて何事もないかのように装う。

「うん、いいよ」

入ってきた彼女は、完全に困惑しているように見えた。

「その。
招待客リストにない、倉森さんのお姉さんって人が来て……」

悪い予感がする。
また、騒いでいるんだろうか。
頷いた宣利さんとともに彼女にお礼を言い、受付へ向かう。

典子さんには招待状を出していない。
のけ者にするとまた、拗ねて大変なのはわかっていたが、今日は私たちの大事な日なので水を差されたくなかった。
それにあれから、あちらからのコンタクトはない。
宣利さんも仕事以外で顔をあわせていないといっていた。
それはそれで不気味だが、向こうから距離を取るのなら、こちらから無理に近づかないほうがいい。

「あっ、花琳」

困った顔で友人が私を見る。
今日の出席者に宣利さんの友人はいないので、受付は私の女友達ふたりに頼んでいた。
というか招待客を決めるとき、結婚式に呼ぶような親しい人間はいないのだと困ったように宣利さんは笑っていた。

「ごめんね、迷惑かけて」

しかし受付は私の予想とは違い、静かだった。
典子さんがきっと受付の子に怒鳴り散らしていると思ったのに。

「宣利、花琳さん。
今日は招かれてもないのに押しかけてごめんなさい」

しおらしく典子さんが私たちに頭を下げる。
今までと態度が違いすぎて、反対に不信感を抱いてしまう。

「姉さん……?」

それは宣利さんも同じみたいで、どこか彼女を警戒しているようだ。

「でも、どうしてもあなたたちを祝いたくて。
あ、けど、あんなに迷惑をかけた私に祝われるなんて、迷惑よね……」

申し訳なさそうに典子さんが目を伏せる。
それは演技には見えなかった。
もし、演技だとしたらプロの女優としてやっていけるだろう。

「あれから私、反省したの。
花琳さんに随分酷い態度、取っちゃった。
あんなふうにわかってくれたの、花琳さんだけなのに」

典子さんが私へと一歩、距離を詰め、宣利さんが庇うようにそのあいだに割って入る。

「本当にごめんなさいね。
やっぱり私、帰るわ」

「待って!」

反射的に去っていこうとする彼女の手を掴んでいた。

「私も典子さんに祝ってほしい、です」

きっとあれから彼女もいろいろ考えて、変わったのだと思いたい。
だからこそ純粋に私たちを祝いたい気持ちでここに来たのだと信じたい。

「花琳さん?」

「ね、宣利さん。
いいでしょ?」

彼を見上げ、じっとレンズ越しに瞳を見つめる。
しばらく見つめあったあと、降参だといわんばかりに彼はため息をついた。

「わかったよ、席を準備してもらう」

私に口付けし、宣利さんが典子さんのほうへと向く。

「姉さん、騒ぎを起こしたり、花琳や花琳のご家族、友人をバカにする態度を取ったら、すぐに叩き出しますからね」

「私って信用ないのね。
でも、今までがそうだったからなにも言えないわ」

大丈夫だと典子さんが頷く。
よかった、彼女を招待しなかったのは私の中で小さなしこりとなっていた。
これでなんの憂いもなく、宣利さんとの愛を誓えそうだ。

少しのトラブルはあったが、式は問題なく始まった。
披露宴は中のレストランだが、式は中庭でおこなわれる。
時期の秋薔薇が咲き乱れ、会場はいい匂いが漂っていた。

「凄い音」

参列者が空を見上げる。
そこには爆音を上げて急上昇していく戦闘機が見えた。
今日は近くの基地で航空祭が開催されている。
なぜわざわざそんな日を選んだのかといえば、理由がある。

神父に扮した、オーベルジュのスタッフの前にふたり並び、式が始まる。

「羽島花琳を妻とし、永遠の愛を誓いますか」

「はい、誓います」

宣利さんの声は強い決意に溢れていた。
あの日、機械的に誓いの言葉を口にしていた彼とは別人のようだ。

「倉森宣利を夫とし、永遠の愛を誓いますか」

「はい、誓います」

私だってあの日、一時的な結婚だとわかっていながら神に嘘をついた。
でも今度は、胸を張って永遠の愛を誓える。

「指環の交換を」

宣利さんが私の左手を取り、薬指に指環を嵌める。
花火大会の日にもらった結婚指環は以前のものとは違い、しっくり私の指に馴染んでいた。
顔を上げて目のあった彼は私にキスしたそうな顔をしていたが、それはあと少しおあずけです。

私も指環を手に取り、宣利さんの左手薬指に嵌める。
彼が、私ものだという印。
きっともう、二度と外れることはない。

次は誓いのキスだが、スタッフは何事か待っている。
耳に嵌まるイヤホンを押さえ、なにかを確認して彼は小さく頷いた。

「では、誓いのキスを」

宣利さんの手が、ベールを上げる。
少し見つめあったあと、唇が重なる。

「うわーっ!」

そのタイミングで、参列者から大きな歓声が上がった。
唇が離れ、ふたり一緒に空を見上げる。
そこではブルーインパルスの描いた軌跡が、大きなハートを射貫いていた。

「僕のハートもしっかり射貫かれたよ」

私の腰を抱き、誓いのキスをしたばかりだというのにさらに宣利さんが口付けしてくる。
わざわざ挙式を今日にした理由。
それは宣利さんがこれを狙っていたからだ。

私たちも参列者も大満足で式が終わる。
みんなに祝福され、幸せな気持ちでふたり揃って退場した、が。

「あっ!」

なにかに足が取られ、前のめりに倒れた。
とっさに手を出したがまにあわず、お腹に衝撃を感じた。

「花琳!」

慌てて宣利さんが助け起こしてくれる。
そのとき、足を伝ってなにかが流れ落ちるのを感じた。

「イヤッ!」

それは、真っ白のドレスをみるみる赤く染めていく。

「赤ちゃん!
赤ちゃんが!」

助けを求め、宣利さんの腕を関節が白くなるほど強く掴んだ。

「医者を!」

「救急車!」

すぐに周囲が騒然としだす。
その声が、別世界のように聞こえた。

「どうしよう、赤ちゃん!」

「大丈夫、大丈夫だ、花琳」

私を励ましながらも宣利さんの声は震えている。
それすらも、酷く遠い。
次第に視界が暗くなっていく。
そのうち意識が完全に、途切れた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

Good Bye 〜愛していた人〜

鳴宮鶉子
恋愛
Good Bye 〜愛していた人〜

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

処理中です...