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第七章 幸せな結婚式
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父の店も無事にオープンし、私たちの結婚式の日がやってくる。
「準備できた?」
もう着替えを終えた宣利さんが、控え室に顔を出す。
「ああ、綺麗だ……」
ドレス姿の私を見て、眼鏡の向こうの目が細められる。
「あまりに美しくて、何度でも求婚したくなる」
じっと私を見つめる瞳は、欲に濡れて光っていた。
彼の手が頬に触れ、ゆっくりと傾きながら顔が近づいてくる。
触れた唇はなかなか離れない。
「愛してる」
ようやく顔を離した彼は、どこまでも甘い声で囁いた。
おかげでばふっ!と顔から火を噴く。
「えっ、あっ、えっ」
処理しきれずにわたわた慌てる私を、宣利さんはおかしそうに笑っている。
「花琳っていつまで経っても、こういうのに全然慣れないよね。
なんかそういうの可愛くて、ついからかいたくなる」
「あう。
意地悪です……」
そうか、ああいう恥ずかしいのは私の反応が面白いから、わざとにやっていたのか。
宣利さんは本当に、意地悪だ。
「でも、花琳が可愛いから僕もつい、そういうことしちゃうんだよね」
ちゅっと彼はさらに口付けを落としてきたが、それってもしかして、ほとんど素でやっているってことですか……?
お、恐ろしい人。
「花琳、いい?」
ノックの音とともに受付をお願いしていた友人の声が聞こえてきて、慌てて何事もないかのように装う。
「うん、いいよ」
入ってきた彼女は、完全に困惑しているように見えた。
「その。
招待客リストにない、倉森さんのお姉さんって人が来て……」
悪い予感がする。
また、騒いでいるんだろうか。
頷いた宣利さんとともに彼女にお礼を言い、受付へ向かう。
典子さんには招待状を出していない。
のけ者にするとまた、拗ねて大変なのはわかっていたが、今日は私たちの大事な日なので水を差されたくなかった。
それにあれから、あちらからのコンタクトはない。
宣利さんも仕事以外で顔をあわせていないといっていた。
それはそれで不気味だが、向こうから距離を取るのなら、こちらから無理に近づかないほうがいい。
「あっ、花琳」
困った顔で友人が私を見る。
今日の出席者に宣利さんの友人はいないので、受付は私の女友達ふたりに頼んでいた。
というか招待客を決めるとき、結婚式に呼ぶような親しい人間はいないのだと困ったように宣利さんは笑っていた。
「ごめんね、迷惑かけて」
しかし受付は私の予想とは違い、静かだった。
典子さんがきっと受付の子に怒鳴り散らしていると思ったのに。
「宣利、花琳さん。
今日は招かれてもないのに押しかけてごめんなさい」
しおらしく典子さんが私たちに頭を下げる。
今までと態度が違いすぎて、反対に不信感を抱いてしまう。
「姉さん……?」
それは宣利さんも同じみたいで、どこか彼女を警戒しているようだ。
「でも、どうしてもあなたたちを祝いたくて。
あ、けど、あんなに迷惑をかけた私に祝われるなんて、迷惑よね……」
申し訳なさそうに典子さんが目を伏せる。
それは演技には見えなかった。
もし、演技だとしたらプロの女優としてやっていけるだろう。
「あれから私、反省したの。
花琳さんに随分酷い態度、取っちゃった。
あんなふうにわかってくれたの、花琳さんだけなのに」
典子さんが私へと一歩、距離を詰め、宣利さんが庇うようにそのあいだに割って入る。
「本当にごめんなさいね。
やっぱり私、帰るわ」
「待って!」
反射的に去っていこうとする彼女の手を掴んでいた。
「私も典子さんに祝ってほしい、です」
きっとあれから彼女もいろいろ考えて、変わったのだと思いたい。
だからこそ純粋に私たちを祝いたい気持ちでここに来たのだと信じたい。
「花琳さん?」
「ね、宣利さん。
いいでしょ?」
彼を見上げ、じっとレンズ越しに瞳を見つめる。
しばらく見つめあったあと、降参だといわんばかりに彼はため息をついた。
「わかったよ、席を準備してもらう」
私に口付けし、宣利さんが典子さんのほうへと向く。
「姉さん、騒ぎを起こしたり、花琳や花琳のご家族、友人をバカにする態度を取ったら、すぐに叩き出しますからね」
「私って信用ないのね。
でも、今までがそうだったからなにも言えないわ」
大丈夫だと典子さんが頷く。
よかった、彼女を招待しなかったのは私の中で小さなしこりとなっていた。
これでなんの憂いもなく、宣利さんとの愛を誓えそうだ。
少しのトラブルはあったが、式は問題なく始まった。
披露宴は中のレストランだが、式は中庭でおこなわれる。
時期の秋薔薇が咲き乱れ、会場はいい匂いが漂っていた。
「凄い音」
参列者が空を見上げる。
そこには爆音を上げて急上昇していく戦闘機が見えた。
今日は近くの基地で航空祭が開催されている。
なぜわざわざそんな日を選んだのかといえば、理由がある。
神父に扮した、オーベルジュのスタッフの前にふたり並び、式が始まる。
「羽島花琳を妻とし、永遠の愛を誓いますか」
「はい、誓います」
宣利さんの声は強い決意に溢れていた。
あの日、機械的に誓いの言葉を口にしていた彼とは別人のようだ。
「倉森宣利を夫とし、永遠の愛を誓いますか」
「はい、誓います」
私だってあの日、一時的な結婚だとわかっていながら神に嘘をついた。
でも今度は、胸を張って永遠の愛を誓える。
「指環の交換を」
宣利さんが私の左手を取り、薬指に指環を嵌める。
花火大会の日にもらった結婚指環は以前のものとは違い、しっくり私の指に馴染んでいた。
顔を上げて目のあった彼は私にキスしたそうな顔をしていたが、それはあと少しおあずけです。
私も指環を手に取り、宣利さんの左手薬指に嵌める。
彼が、私ものだという印。
きっともう、二度と外れることはない。
次は誓いのキスだが、スタッフは何事か待っている。
耳に嵌まるイヤホンを押さえ、なにかを確認して彼は小さく頷いた。
「では、誓いのキスを」
宣利さんの手が、ベールを上げる。
少し見つめあったあと、唇が重なる。
「うわーっ!」
そのタイミングで、参列者から大きな歓声が上がった。
唇が離れ、ふたり一緒に空を見上げる。
そこではブルーインパルスの描いた軌跡が、大きなハートを射貫いていた。
「僕のハートもしっかり射貫かれたよ」
私の腰を抱き、誓いのキスをしたばかりだというのにさらに宣利さんが口付けしてくる。
わざわざ挙式を今日にした理由。
それは宣利さんがこれを狙っていたからだ。
私たちも参列者も大満足で式が終わる。
みんなに祝福され、幸せな気持ちでふたり揃って退場した、が。
「あっ!」
なにかに足が取られ、前のめりに倒れた。
とっさに手を出したがまにあわず、お腹に衝撃を感じた。
「花琳!」
慌てて宣利さんが助け起こしてくれる。
そのとき、足を伝ってなにかが流れ落ちるのを感じた。
「イヤッ!」
それは、真っ白のドレスをみるみる赤く染めていく。
「赤ちゃん!
赤ちゃんが!」
助けを求め、宣利さんの腕を関節が白くなるほど強く掴んだ。
「医者を!」
「救急車!」
すぐに周囲が騒然としだす。
その声が、別世界のように聞こえた。
「どうしよう、赤ちゃん!」
「大丈夫、大丈夫だ、花琳」
私を励ましながらも宣利さんの声は震えている。
それすらも、酷く遠い。
次第に視界が暗くなっていく。
そのうち意識が完全に、途切れた。
「準備できた?」
もう着替えを終えた宣利さんが、控え室に顔を出す。
「ああ、綺麗だ……」
ドレス姿の私を見て、眼鏡の向こうの目が細められる。
「あまりに美しくて、何度でも求婚したくなる」
じっと私を見つめる瞳は、欲に濡れて光っていた。
彼の手が頬に触れ、ゆっくりと傾きながら顔が近づいてくる。
触れた唇はなかなか離れない。
「愛してる」
ようやく顔を離した彼は、どこまでも甘い声で囁いた。
おかげでばふっ!と顔から火を噴く。
「えっ、あっ、えっ」
処理しきれずにわたわた慌てる私を、宣利さんはおかしそうに笑っている。
「花琳っていつまで経っても、こういうのに全然慣れないよね。
なんかそういうの可愛くて、ついからかいたくなる」
「あう。
意地悪です……」
そうか、ああいう恥ずかしいのは私の反応が面白いから、わざとにやっていたのか。
宣利さんは本当に、意地悪だ。
「でも、花琳が可愛いから僕もつい、そういうことしちゃうんだよね」
ちゅっと彼はさらに口付けを落としてきたが、それってもしかして、ほとんど素でやっているってことですか……?
お、恐ろしい人。
「花琳、いい?」
ノックの音とともに受付をお願いしていた友人の声が聞こえてきて、慌てて何事もないかのように装う。
「うん、いいよ」
入ってきた彼女は、完全に困惑しているように見えた。
「その。
招待客リストにない、倉森さんのお姉さんって人が来て……」
悪い予感がする。
また、騒いでいるんだろうか。
頷いた宣利さんとともに彼女にお礼を言い、受付へ向かう。
典子さんには招待状を出していない。
のけ者にするとまた、拗ねて大変なのはわかっていたが、今日は私たちの大事な日なので水を差されたくなかった。
それにあれから、あちらからのコンタクトはない。
宣利さんも仕事以外で顔をあわせていないといっていた。
それはそれで不気味だが、向こうから距離を取るのなら、こちらから無理に近づかないほうがいい。
「あっ、花琳」
困った顔で友人が私を見る。
今日の出席者に宣利さんの友人はいないので、受付は私の女友達ふたりに頼んでいた。
というか招待客を決めるとき、結婚式に呼ぶような親しい人間はいないのだと困ったように宣利さんは笑っていた。
「ごめんね、迷惑かけて」
しかし受付は私の予想とは違い、静かだった。
典子さんがきっと受付の子に怒鳴り散らしていると思ったのに。
「宣利、花琳さん。
今日は招かれてもないのに押しかけてごめんなさい」
しおらしく典子さんが私たちに頭を下げる。
今までと態度が違いすぎて、反対に不信感を抱いてしまう。
「姉さん……?」
それは宣利さんも同じみたいで、どこか彼女を警戒しているようだ。
「でも、どうしてもあなたたちを祝いたくて。
あ、けど、あんなに迷惑をかけた私に祝われるなんて、迷惑よね……」
申し訳なさそうに典子さんが目を伏せる。
それは演技には見えなかった。
もし、演技だとしたらプロの女優としてやっていけるだろう。
「あれから私、反省したの。
花琳さんに随分酷い態度、取っちゃった。
あんなふうにわかってくれたの、花琳さんだけなのに」
典子さんが私へと一歩、距離を詰め、宣利さんが庇うようにそのあいだに割って入る。
「本当にごめんなさいね。
やっぱり私、帰るわ」
「待って!」
反射的に去っていこうとする彼女の手を掴んでいた。
「私も典子さんに祝ってほしい、です」
きっとあれから彼女もいろいろ考えて、変わったのだと思いたい。
だからこそ純粋に私たちを祝いたい気持ちでここに来たのだと信じたい。
「花琳さん?」
「ね、宣利さん。
いいでしょ?」
彼を見上げ、じっとレンズ越しに瞳を見つめる。
しばらく見つめあったあと、降参だといわんばかりに彼はため息をついた。
「わかったよ、席を準備してもらう」
私に口付けし、宣利さんが典子さんのほうへと向く。
「姉さん、騒ぎを起こしたり、花琳や花琳のご家族、友人をバカにする態度を取ったら、すぐに叩き出しますからね」
「私って信用ないのね。
でも、今までがそうだったからなにも言えないわ」
大丈夫だと典子さんが頷く。
よかった、彼女を招待しなかったのは私の中で小さなしこりとなっていた。
これでなんの憂いもなく、宣利さんとの愛を誓えそうだ。
少しのトラブルはあったが、式は問題なく始まった。
披露宴は中のレストランだが、式は中庭でおこなわれる。
時期の秋薔薇が咲き乱れ、会場はいい匂いが漂っていた。
「凄い音」
参列者が空を見上げる。
そこには爆音を上げて急上昇していく戦闘機が見えた。
今日は近くの基地で航空祭が開催されている。
なぜわざわざそんな日を選んだのかといえば、理由がある。
神父に扮した、オーベルジュのスタッフの前にふたり並び、式が始まる。
「羽島花琳を妻とし、永遠の愛を誓いますか」
「はい、誓います」
宣利さんの声は強い決意に溢れていた。
あの日、機械的に誓いの言葉を口にしていた彼とは別人のようだ。
「倉森宣利を夫とし、永遠の愛を誓いますか」
「はい、誓います」
私だってあの日、一時的な結婚だとわかっていながら神に嘘をついた。
でも今度は、胸を張って永遠の愛を誓える。
「指環の交換を」
宣利さんが私の左手を取り、薬指に指環を嵌める。
花火大会の日にもらった結婚指環は以前のものとは違い、しっくり私の指に馴染んでいた。
顔を上げて目のあった彼は私にキスしたそうな顔をしていたが、それはあと少しおあずけです。
私も指環を手に取り、宣利さんの左手薬指に嵌める。
彼が、私ものだという印。
きっともう、二度と外れることはない。
次は誓いのキスだが、スタッフは何事か待っている。
耳に嵌まるイヤホンを押さえ、なにかを確認して彼は小さく頷いた。
「では、誓いのキスを」
宣利さんの手が、ベールを上げる。
少し見つめあったあと、唇が重なる。
「うわーっ!」
そのタイミングで、参列者から大きな歓声が上がった。
唇が離れ、ふたり一緒に空を見上げる。
そこではブルーインパルスの描いた軌跡が、大きなハートを射貫いていた。
「僕のハートもしっかり射貫かれたよ」
私の腰を抱き、誓いのキスをしたばかりだというのにさらに宣利さんが口付けしてくる。
わざわざ挙式を今日にした理由。
それは宣利さんがこれを狙っていたからだ。
私たちも参列者も大満足で式が終わる。
みんなに祝福され、幸せな気持ちでふたり揃って退場した、が。
「あっ!」
なにかに足が取られ、前のめりに倒れた。
とっさに手を出したがまにあわず、お腹に衝撃を感じた。
「花琳!」
慌てて宣利さんが助け起こしてくれる。
そのとき、足を伝ってなにかが流れ落ちるのを感じた。
「イヤッ!」
それは、真っ白のドレスをみるみる赤く染めていく。
「赤ちゃん!
赤ちゃんが!」
助けを求め、宣利さんの腕を関節が白くなるほど強く掴んだ。
「医者を!」
「救急車!」
すぐに周囲が騒然としだす。
その声が、別世界のように聞こえた。
「どうしよう、赤ちゃん!」
「大丈夫、大丈夫だ、花琳」
私を励ましながらも宣利さんの声は震えている。
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