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第六章 義姉の逆襲
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キッチンまで来てようやく、息をつく。
「やっぱりさ。
カウンセリングはもうしばらく受けたほうがいいと思うんだ」
私を椅子に座らせ、ヤカンを火にかけながら宣利さんは提案してきた。
守られるだけの女になりたくないと思いながらも実際は、典子さんにこんなに怯えてしまって情けない。
「姉さん相手にこんなになるなんて、まだ全然よくなってないだろ」
私の前にしゃがみ、手を取ってレンズ越しに彼がじっと私を見つめる。
その瞳は憐れんでいるようにも悲しんでいるようにも見えた。
「で、でも」
典子さん相手でなければ、まったく問題はないのだ。
そこまで心配しなくていいんじゃないかな……。
「姉さんひとりだけだから大丈夫、とかいう問題じゃないよ。
きっと似たような態度を取る人間を相手にしても、萎縮してしまうはずだ。
だから、さ」
立ち上がった宣利さんが、そっと私を包み込む。
「まだしばらく、カウンセリングを続けよう?
夜、花琳がぐっすり眠れるように」
つい、ぴくりと身体が反応してしまう。
私が夜中に悪夢を見てうなされているの、知っていたんだ。
私はマタニティブルーだって片付けていたのに。
「花琳の身体に心にもよくないし、なにより赤ちゃんにだってよくないよ。
ね?」
子供に言い含めるように優しく、彼が繰り返す。
「……そう、ですね」
そうすればこの、私の心を締めつける縄は切れるんだろうか。
切れるのなら切ってしまって自由になりたい。
「うん。
じゃあ、手配しておくよ。
今日はもう部屋に帰って……」
「大丈夫、なので」
宣利さんに全部言わせず、彼を見上げる。
「大丈夫なので、いさせてください」
じっと彼の目を見つめ、お願いする。
きっと典子さんが来た用事は、私絡みだ。
だったら、当事者である私のいないところで勝手に話をされるのは嫌だ。
無言でふたり、見つめあう。
ヤカンがお湯が沸いたのだと盛んに湯気を噴き出しはじめた。
「……はぁーっ」
しばらくしてため息をついた宣利さんは激しく悩んでいる様子で髪を掻き回した。
「そんな目で見られたら、ダメって言えなくなっちゃうだろ」
ヤカンの火はそのままに、彼は私と視線をあわせずにお茶の準備を始めた。
「ほら、なにが飲みたい?
花琳が飲みたいのを淹れてあげる」
さっきの返事はイエスなのかノーなのか判断しかねる。
けれど尋ねられて答えないわけにはいかない。
「……マスカットのフレーバーのヤツ」
「デカフェの紅茶のヤツね。
了解。
暑いし、アイスティにしようか」
冷凍庫から氷を出し、テキパキと彼は準備を進めていく。
「確かまだ、お義父さんにもらったキャラメルムースのケーキ、あったよね?
冷凍のままでも美味しいって言ってたし、もったいないけどあれも出そうか」
「ああ、はい……」
冷凍庫を開け、ケーキを取り出す。
「ありがとう」
調理台へ持っていくと、宣利さんはにっこり笑って受け取った。
「お皿、準備しますね」
「うん、頼むよ」
そのうちマスカットのいい匂いがしだす。
我が家には宣利さんが、妊婦が楽しめるお茶をいろいろ取りそろえてくれている。
おかげで私のお茶ライフは充実していた。
「さっきの話だけどさ」
お茶の準備が手際よく調っていく。
お茶にさらにケーキではお盆では運べないので、彼はワゴンに乗せた。
曾祖父が海外から取り寄せたという、昔のヨーロッパ貴族が使っていた本物のアンティークだ。
「そうやって頑張る花琳が好きだから、僕は反対できないんだよね」
ちゅっと軽く、宣利さんが口付けしてくる。
「でも、無理はしないこと。
つらくなったらいつでも言って。
僕も気をつけるけど」
唇を離した彼は、その長い指で私の額を小突いた。
「はい」
こうやって私の意思を尊重してくれる宣利さんが好きだ。
そのうえでさらに、気遣ってくれるところも。
「やっぱりさ。
カウンセリングはもうしばらく受けたほうがいいと思うんだ」
私を椅子に座らせ、ヤカンを火にかけながら宣利さんは提案してきた。
守られるだけの女になりたくないと思いながらも実際は、典子さんにこんなに怯えてしまって情けない。
「姉さん相手にこんなになるなんて、まだ全然よくなってないだろ」
私の前にしゃがみ、手を取ってレンズ越しに彼がじっと私を見つめる。
その瞳は憐れんでいるようにも悲しんでいるようにも見えた。
「で、でも」
典子さん相手でなければ、まったく問題はないのだ。
そこまで心配しなくていいんじゃないかな……。
「姉さんひとりだけだから大丈夫、とかいう問題じゃないよ。
きっと似たような態度を取る人間を相手にしても、萎縮してしまうはずだ。
だから、さ」
立ち上がった宣利さんが、そっと私を包み込む。
「まだしばらく、カウンセリングを続けよう?
夜、花琳がぐっすり眠れるように」
つい、ぴくりと身体が反応してしまう。
私が夜中に悪夢を見てうなされているの、知っていたんだ。
私はマタニティブルーだって片付けていたのに。
「花琳の身体に心にもよくないし、なにより赤ちゃんにだってよくないよ。
ね?」
子供に言い含めるように優しく、彼が繰り返す。
「……そう、ですね」
そうすればこの、私の心を締めつける縄は切れるんだろうか。
切れるのなら切ってしまって自由になりたい。
「うん。
じゃあ、手配しておくよ。
今日はもう部屋に帰って……」
「大丈夫、なので」
宣利さんに全部言わせず、彼を見上げる。
「大丈夫なので、いさせてください」
じっと彼の目を見つめ、お願いする。
きっと典子さんが来た用事は、私絡みだ。
だったら、当事者である私のいないところで勝手に話をされるのは嫌だ。
無言でふたり、見つめあう。
ヤカンがお湯が沸いたのだと盛んに湯気を噴き出しはじめた。
「……はぁーっ」
しばらくしてため息をついた宣利さんは激しく悩んでいる様子で髪を掻き回した。
「そんな目で見られたら、ダメって言えなくなっちゃうだろ」
ヤカンの火はそのままに、彼は私と視線をあわせずにお茶の準備を始めた。
「ほら、なにが飲みたい?
花琳が飲みたいのを淹れてあげる」
さっきの返事はイエスなのかノーなのか判断しかねる。
けれど尋ねられて答えないわけにはいかない。
「……マスカットのフレーバーのヤツ」
「デカフェの紅茶のヤツね。
了解。
暑いし、アイスティにしようか」
冷凍庫から氷を出し、テキパキと彼は準備を進めていく。
「確かまだ、お義父さんにもらったキャラメルムースのケーキ、あったよね?
冷凍のままでも美味しいって言ってたし、もったいないけどあれも出そうか」
「ああ、はい……」
冷凍庫を開け、ケーキを取り出す。
「ありがとう」
調理台へ持っていくと、宣利さんはにっこり笑って受け取った。
「お皿、準備しますね」
「うん、頼むよ」
そのうちマスカットのいい匂いがしだす。
我が家には宣利さんが、妊婦が楽しめるお茶をいろいろ取りそろえてくれている。
おかげで私のお茶ライフは充実していた。
「さっきの話だけどさ」
お茶の準備が手際よく調っていく。
お茶にさらにケーキではお盆では運べないので、彼はワゴンに乗せた。
曾祖父が海外から取り寄せたという、昔のヨーロッパ貴族が使っていた本物のアンティークだ。
「そうやって頑張る花琳が好きだから、僕は反対できないんだよね」
ちゅっと軽く、宣利さんが口付けしてくる。
「でも、無理はしないこと。
つらくなったらいつでも言って。
僕も気をつけるけど」
唇を離した彼は、その長い指で私の額を小突いた。
「はい」
こうやって私の意思を尊重してくれる宣利さんが好きだ。
そのうえでさらに、気遣ってくれるところも。
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