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第六章 義姉の逆襲

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それからすぐに、宣利さんは父の会社が断られた理由を調べてきてくれた。

「横やりを入れられ、別の企業に決まったらしい」

仕事から帰ってきた彼が、ネクタイを緩めながら教えてくれる。
それを寝起きで、ベッドから起き上がって見ていた。

「そうなんですか……」

父の会社よりもいい条件の店が見つかったんなら、仕方ない……よね。
残念だけれど。

「ただ、変なんだよな」

ベッドに腰掛けた宣利さんが私に口付けを落としてくる。

「どんな店なのか聞いても曖昧に答えるばかりではっきりした返事がない。
あれは絶対、なにかあるな」

彼は苦々しげだが、なにかってなんなんだろう?

「とにかくこの件はもう少し、僕に預けてくれ。
まあ、だいたいの見当はついてるんだが……」

さらに彼が渋い顔になる。
それほどこれは、深刻な状況なんだろうか。
なんだか、心配になってきた……。

「ああ、ごめん!」

私は不安そうな顔をしていたのか、宣利さんが急に謝ってくる。

「大丈夫だよ、状況は相手に不利だと思うしね」

彼は私の気持ちを落ち着かせるようにキスしてきた。
それだけで安心できちゃうのってなんでだろう?



週末は宣利さんとふたりで式の相談をしていた。
会場が選ばれた人しか会員になれない、格式の高いレストランなのであまり変なことはできないが、それでも今回は身内だけのこぢんまりとした結婚式で貸し切りなので、融通してくれるという。
それでできるだけ手作りして、アットホームな式にしようと計画していた。
幸い私は現在、仕事をしていないので時間はある。

「招待状とか席次表とか、紙ものは基本ですよね?」

宣利さんが持ってきたノートパソコンでいろいろ調べながら、相談をする。

「でも、うちのプリンタだとな……」

彼は悩んでいるが、今の家庭用プリンタはかなり綺麗に印刷できると思うけれど?

「いっそ、いいプリンタを買うか。
箔押しができるヤツ」

「……は?」

思わず、変な声が出た。
この人、今、結婚式の招待状とかの印刷のために箔押しができるプリンタを買うと言いましたか?
ハンドメイド作家とか、お店を経営しているとかで、滅茶苦茶箔押し印刷する人ならわかる。
でも私たちは、結婚式の準備でしか使わないと思うんですが?

「ええっと……。
それだと、業者に頼んだほうが安くつくと思いますが?」

「それだと手作りじゃなくなるだろ」

不満げに言われても、ねえ……。

「よし、資材はもちろんだが、いる道具や機械も書き出していかないとな」

もうその気なのか、持ってきていた紙に彼が【プリンタ 箔押しができるもの】と書く。
……うん。
もういいよ。
そのへんは好きにやってください。

ウェルカムボードやウェルカムドールなど、作るものも当然、書き出していく。
私は裁縫は人並みにできるのでぬいぐるみに着せる衣装やリングピローを作るのに問題はない。
でも、印刷物のデザインは任せておけという宣利さんはどうなんだろう?
まあ、テンプレートとかあるから大丈夫だよね。
それに本人、滅茶苦茶楽しそうだし。

楽しい相談に水を差すように、不意に宣利さんの携帯が鳴った。

「はい」

電話に出た彼は若干、不機嫌そうだが仕方ないよね。
だいたい今日は、来客の予定はなかったはずだ。

「……はい。
……はい。
本当にご迷惑をおかけして、申し訳ありません。
通してください。
こちらの守衛には僕から連絡しておきます。
……はい、本当に申し訳ありません」

電話を切った宣利さんの口から、辺りを真っ黒に染めそうなほど憂鬱そうなため息が落ちていく。
携帯を少し操作し、彼は再び耳に当てた。

「姉さんが来るから通して」

それを聞いて私の身体がびくりと硬直する。

「聞いたとおりだよ」

私の顔を見た宣利さんは、まだ彼女と会ってもいないのに疲れ切った顔をしていた。

「花琳は部屋にいて。
出掛けてるとかなんとか、適当に誤魔化しておくから」

宣利さんが私を守ってくれようとしているのはわかる。
わかる、けれど。

「大丈夫ですよ。
それに宣利さんが家にいるのに私が出掛けてるとかなったら、また嫌みを言われかねません」

典子さんはなにかと考え方が前時代的なのだ。
でもあの曾祖父と祖父の下で、そうやって自分を守ってきた感じがする。
だから私は彼女を憎みきれずにいた。

「ほら、早く出迎えないとまた、怒られますよ」

まだなにか言いたそうな宣利さんを半ば追い立てる。
彼が私を守ってくれるのは嬉しい。
しかし私は、守られるだけの女にはなりたくないのだ。

私たちが玄関に到着するのと同時にチャイムが鳴った。
先ほどの守衛からの連絡から考えて、早すぎる。
まさか、この僅かな距離を飛ばしてきたんだろうか。

「随分早いですね、姉さん」

宣利さんも同じ気持ちだったらしく、その声は嫌みがかっていた。

「普通でしょ」

平気な顔で典子さんは家に入ってきたが、普通じゃないから聞いているんですが?
いいもなにもまだ言っていないのに、彼女は勝手に家の中を進んでいき、リビングでどさっとソファーのど真ん中を陣取った。

「あー、喉が渇いた」

じろりと典子さんが、私を睨めつける。
反射的に背筋がびくっと伸びた。

「は、はい。
すぐにご準備させていただきます」

「花琳」

キッチンへ急いで駆けていこうとする私を宣利さんが止める。

「いいよ、僕がやる」

「で、でも」

すっかり動揺し、彼の顔をすらまともに見られない。
そんな私の背中を彼は、優しくぽんぽんと叩いた。

「じゃあ、一緒にやろうか」

じっと私を見つめる、レンズの向こうの瞳は、大丈夫だと語っている。
それでようやく、うんと頷けた。

「お茶くらい、ひとりで淹れられるでしょーぅ?」

不快に典子さんの語尾が上がっていく。
それだけでびくびくと子うさぎのように怯えた。

「この家の主は僕だ。
文句があるなら出ていけ」

びしっと宣利さんの指が玄関を指す。
その声は静かだったが、激しい怒りを孕んでいた。

「べ、別にないわよ」

それを察知したのか典子さんがおとなしくなり、バッグから出した携帯を見だす。

「行こう、花琳」

そんな彼女を無視するように、宣利さんは私の背中を押して促した。
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