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第六章 義姉の逆襲

6-1

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その日は母も一緒にドレス選びに来ていた。

「どう、ですか?」

ひと目見た途端、気に入ったドレスを着せてもらう。
ドレスショップはマタニティドレス専門のところを宣利さんが探してきてくれていたので安心だ。
それにフルオーダーは時間的に厳しいが、セミオーダーしてくれるという。

「凄く綺麗だ!」

ソファーから立ってきた宣利さんが、口付けを落としてくる。

「だから!
人前でキス禁止ですって!」

少し熱い顔で彼の胸を押した。
周囲のスタッフが気まずそうに目を逸らしていていたたまれない。

「そう?
可愛い花琳にはいくらキスしてもしたりないけど」

しかし注意した端から彼がキスしてくる。
思いを通じ合わせてからというもの、スキンシップが過剰になって困っている。
これも、反動というヤツなんだろうか……?

「お母さん。
どう思う?」

「あっ、うん。
いいんじゃない?」

声をかけると母は慌てて返事をしてきたが、どうも今日はおかしい。
いつもなら私が宣利さんにキスされている現場を目撃しようものなら、「キャー、ラブラブね!」などと乙女さながら大騒ぎのはずなのに、心ここにあらずといった感じだ。

「綺麗だしよく似合ってるけど、このドレスで会場を歩くのはちょっと難しいかな……」

「……そうでした」

残念そうに宣利さんに指摘され、気づく。
会場になるエーデルシュタインは会員制のレストランだ。
今回は宣利さんのお願いで特別に、レストランウェディングをおこなわせてくれる。
レストラン、なので通路が特別広いわけではない。
このAラインでトレーンの長いドレスでは動くのに不自由しそうだ。

「……別のにします」

断腸の思いでほかのドレスを選ぶ。
結局、会場での動きやすさも考慮して、スリムAラインのドレスに決まった。

「あのドレス、よかったんですけどね……」

採寸やデザインの打ち合わせをしながら、まだ諦めきれずにため息が出る。

「うん。
あのドレス、本当によく似合ってた。
……そうだ」

なにかを思いついたのか、ぱっと宣利さんの顔が上がる。

「あのドレスで写真だけ、撮るのはどうだろう?」

それはとてもいいアイディアだ。

「いいですね!」

彼の両手を握り、うんうんと頷く。
しかし、顔が近くにあるからといわんばかりにすぐに唇を重ねられて固まった。

「じゃあ、そのようにお願いします」

なんでもないように手続きをしている宣利さんを尻目に、母をちらり。
やはり母はぼーっとここではないどこかを見ていた。

お茶にしようと近くのホテルに移動する。
予約してあったみたいでラウンジですぐに席に案内され、アフタヌーンティが出てくる。

「うわーっ、アフタヌーンティだってよ、お母さん。
私、初めてだなー」

はしゃいでみせながら、自分でもわざとらしすぎたかと思う。

「お母さんは?
お母さんは経験、ある?」

「あ、うん。
私、お茶は……」

話しかけられ、曖昧に笑って母は答えてきたが、質問の趣旨とは違っている。
絶対に今日の母はおかしい。

「お茶、なんにする?
オリジナルもあるんだってよ」

「そうねえ」

母の前にメニューを広げて注意を逸らしつつ、そっと宣利さんに目配せする。
彼はすぐにわかっていると頷いてくれた。

すぐに頼んだ飲み物が出てくる。
オレンジジュースなどだけではなくルイボスティも選べるようになっているところが憎い。
きっとだから宣利さんはここを選んでくれたんだろう。

「お父さんは元気?」

「あっ、げ、元気よ」

こんな状態なので和やかにお茶ができるはずもなく、ぎこちなく母が笑う。

「ほんとに?
お父さんや 隆広たかひろに悪い病気が見つかった……とかじゃないの?」

おそるおそる母の顔をうかがい、反応を確かめた。
ちなみに隆広とは弟のことだ。

「全然!
ちょーっと血圧高いくらいで、お父さんも私も、隆広だって元気よ」

笑っている母が嘘をついているようには見えない。
心配事が家族の健康じゃないとすれば……会社?

「お父さんの会社でなにかあったの?」

私の結婚によって受けた融資と、少し事業を整理したので今は安定していると聞いていた。
しかし、母をここまで憂えさせるなんてそれ以外にもう考えつかない。

「な、なにもないわよ」

笑って手を振り、母が否定してくる。
けれどそれは次第にフェードアウトしていき、終いに母ははぁーっと憂鬱なため息をついた。

「お義母さん。
心配事があるなら、なんなりと言ってください」

真摯に宣利さんが母に問いかける。
しばらく彼の顔を見つめたあと、母は諦めたように小さくため息をついた。

「……娘にも宣利さんにもこんなに心配させるなんて、ダメな母親ね」

自嘲するように小さく落とし、気持ちを落ち着けるように母は紅茶をひとくち飲んだ。

「やっぱりなにかあったんだ」

うんとひとつ、母が頷く。

「お父さんには絶対に、花琳には言うなって言われたんだけどね」

話す覚悟を決めたいのか、母は長く息を吐き出した。

「宣利さんが紹介してくれた、ツインタワーへの出店の話、ダメになったの」

「……え?」

それは初耳だった。
宣利さんの顔を見るが、彼も知らないのか首を横に振る。

「なんで……」

「わからない。
とにかく急に、この話はなかったことにしてくれって言われて」

母は困り果てているが、それはそうだろう。
開店に向けてもうそれなりに動いている。
それをいきなり、なかったことにしてくれなんて。

私に話をしたあと、宣利さんは父へ話を持っていった。
父は私と同じ考えで、出店を渋ったらしい。

『私はVIPのために料理を出してるわけじゃないって、痺れるね』
そう言って宣利さんは嬉しそうだった。
しかし説得されて出店を決意。
味はもちろん、相手がVIPなので会社の状態や素行まで調査された。
審査は見事に合格、味もだが特に慈善活動が高く評されたと聞いていた。

「どういうこと、なんでしょう?」

「僕も初耳だ。
断るなら断るで、推薦者である僕にひと言あっていいはずなんだが」

盛んに宣利さんは首を捻っている。
それほどまでにこれは、突然降って湧いた話なのだ。

「なにか心当たり……たとえば、社員の不祥事とかあった?」

ううんと、母が首を振る。

「本当になにがなんだかわからなのいよ」

じゃあ、なんで?
なんで突然、出店取りやめなんて事態になっているのだろう。

「お義母さん。
僕にこの話、預けてくれませんか。
少し、調べてみます」

「そんな!
宣利さんの手を煩わせるようなこと……!」

すっかり恐縮しきっている母の手を、彼は取った。

「大事な家族のことです。
僕に任せてください」

元気づけるように母の手を宣利さんが軽く叩く。

「……じゃ、じゃあ。
お願いします」

頭を下げる母は小さく見えて、悲しくなった。

送っていくというのに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないからと母はひとりで帰っていった。

「……どうなってるんでしょう?」

母を見送りながらため息が出る。
父の会社も安泰、私たちも幸せでこれからいいことばかりだと思っていた。
なのに現実は、これだ。

「大丈夫だ、きっとなにかの間違いだよ」

宣利さんが私の頭を軽くぽんぽんする。
それだけで安心できるのって、やっぱり愛の力なのかな……。
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