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第五章 花火大会

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そろそろ行こうと車に戻り、宣利さんが次に向かったのは櫻坂にあるブティックだった。

「えっと……」

真剣に私の服を選んでいる彼を困惑気味に見る。

「服。
汚れちゃったから代わりを買わないとだろ」

なんとなくお店の壁向こうへ視線を送っていた。
ここから私たちが住んでいる住宅街は目と鼻の先だ。

「一旦、戻って着替えればいいのでは……?」

「却下だ」

振り向きもせずそう言われたらなにも返せなくなる。

「僕のせいで花琳の服を汚してしまったからな。
お詫びに買うのは当たり前だろ?」

「え、いいですよ、そんな!」

服の裾をちらっと見る。
今日はブルーストライプのシャツワンピに白のスキニーパンツをあわせていて、どちらもかき氷が跳ねたピンクのシミができていた。
でも、洗えば取れるんじゃないかな……?
それに、こんな高級なお店じゃなくても。

櫻坂に並んでいるのは、いわゆるセレブ御用達の高級なお店だ。
私もたまに買い物には出るがほとんど街の中にあるショッピングモールで、ここには来ない。

「よくない」

すぐにまた、私の主張は却下された。

「そうしないと僕の気が済まないんだ。
買わせてくれ」

振り向いた彼がじっと私を見つめる。
よくわからないがこれが、彼としては折り合いをつけるところなのだ。
なら、私も折り合いをつけるしかない。

「わかりました」

「ありがとう」

頷いた彼はまた、私の服を選びだした。

「これはどうだ?」

少しして宣利さんが差し出してきたのは爽やかな水色が夏によくあう、胸下切り替えになっているレースのワンピースだった。

「……とりあえず着てみますね」

曖昧な笑顔で受け取り、試着室へ入る。
大量にプレゼントしてくれた服といい、とにかく彼は私に甘い服を着せたがる。

「……で。
これが似合って好みにあっちゃうんだよね」

以前の私なら絶対に選ばなかったラインだが、着てみると案外似合って気に入っていた。
服にあわせて最近、メイクや髪型を変えたのもあるかもしれない。
ただ、プライス非表示なのが大変怖いが……そこは気にしない方向で。
そうでないとここではやっていけないのだ。

「どう、ですか……?」

そろりと反応をうかがうように試着室を出る。

「……可愛い」

ぼそりと呟き、宣利さんは眼鏡から下を手で覆って目を逸らした。

「よし、それを買おう。
次はこれだ」

「はい……?」

戸惑いつつ差し出された服を受け取る。
着替えの服は一枚でいいんじゃないんですかね……?
などという私の疑問をよそに結局、服を五セットほどとそれにあわせて靴やバッグまでお買い上げになった。

準備をするあいだ、応接ソファーに座って待たせてもらう。
支払いはカードどころかサインだけで済んだ。
もしかしてこれが噂でしか知らない、売り掛けというものなんだろうか。
お金持ちの世界は知らないことが多すぎる。

「すまない、疲れただろ」

車に戻ってきて、宣利さんが詫びてくれる。

「いえ……」

とか言いつつ、うとうとしてしまう。
さっきも座って準備が済むのを待ちながら、彼に寄りかかってうたた寝をしていたくらいだ。

「もう少しだけ辛抱してくれ。
そうしたらあとはしばらく、寝ていていいから」

「……はい」

返事をしながらも頭ががっくんがっくん揺れる。
いつもならそろそろお昼寝タイムだから仕方ない。

車は少しだけ走って、近くのホテルに入った。
チェックインを済ませ、最上階の部屋に案内される。

「今日はここにお泊まり」

部屋は広く、きっと上ランクのスイートなんだと思う。

「うわーっ」

正面の窓の外には海が広がっている。
右手奥には先ほど港で見た、船が見えた。

「ここからならゆっくり、花火が見られるだろ?」

「ありがとうございます!」

大興奮でお礼を言っていた。
こんな素敵なサプライズ、あっていいのかな。

「いっぱい頑張った、花琳にご褒美」

ふふっと小さく笑い、宣利さんが口付けを落としてくる。

「これってこのあいだ約束した、ご褒美デートですか?」

典子さんの嫌がらせに耐えたご褒美をくれるというので、デートのお願いをした。
今日のはそれなのかな。

「んー?
そうだな……。
ご褒美デート第一弾?」

ちょっと首を傾げ、彼がぱっと笑う。

「第一弾、なんですか?」

「そう。
ほかも乞うご期待」

宣利さんの手が、まるで犬でも撫でるみたいにわしゃわしゃと私の髪を掻き回した。

「もう!
なにするんですか!」

「んー?
花琳は可愛いなーって思って」

眼鏡の向こうで目尻を下げ、本当に嬉しそうに彼が笑う。
……だから。
そういう顔をして私を惑わせないでほしい。

少し休んだらいいよと言われ、お言葉に甘えてベッドで横になった。

「宣利さん、本当にいい人だな……」

もう限界だったみたいで、頭を枕に預けた途端、眠気が襲ってくる。
人混みが増える前に屋台を楽しませてくれたうえに、花火も楽しめるようにホテルまで。
ほんとに至れり尽くせりでますます好きになっちゃうよ……。

「花琳、もう寝た?」

宣利さんの声が聞こえてきたが、もう返事をする気力はない。

「寝ちゃったか。
おやすみ、僕のお姫様」

優しい口付けを最後に、意識は完全に眠りの帳の向こうへ閉ざされた。
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