23 / 36
第五章 花火大会
5-2
しおりを挟む
そろそろ行こうと車に戻り、宣利さんが次に向かったのは櫻坂にあるブティックだった。
「えっと……」
真剣に私の服を選んでいる彼を困惑気味に見る。
「服。
汚れちゃったから代わりを買わないとだろ」
なんとなくお店の壁向こうへ視線を送っていた。
ここから私たちが住んでいる住宅街は目と鼻の先だ。
「一旦、戻って着替えればいいのでは……?」
「却下だ」
振り向きもせずそう言われたらなにも返せなくなる。
「僕のせいで花琳の服を汚してしまったからな。
お詫びに買うのは当たり前だろ?」
「え、いいですよ、そんな!」
服の裾をちらっと見る。
今日はブルーストライプのシャツワンピに白のスキニーパンツをあわせていて、どちらもかき氷が跳ねたピンクのシミができていた。
でも、洗えば取れるんじゃないかな……?
それに、こんな高級なお店じゃなくても。
櫻坂に並んでいるのは、いわゆるセレブ御用達の高級なお店だ。
私もたまに買い物には出るがほとんど街の中にあるショッピングモールで、ここには来ない。
「よくない」
すぐにまた、私の主張は却下された。
「そうしないと僕の気が済まないんだ。
買わせてくれ」
振り向いた彼がじっと私を見つめる。
よくわからないがこれが、彼としては折り合いをつけるところなのだ。
なら、私も折り合いをつけるしかない。
「わかりました」
「ありがとう」
頷いた彼はまた、私の服を選びだした。
「これはどうだ?」
少しして宣利さんが差し出してきたのは爽やかな水色が夏によくあう、胸下切り替えになっているレースのワンピースだった。
「……とりあえず着てみますね」
曖昧な笑顔で受け取り、試着室へ入る。
大量にプレゼントしてくれた服といい、とにかく彼は私に甘い服を着せたがる。
「……で。
これが似合って好みにあっちゃうんだよね」
以前の私なら絶対に選ばなかったラインだが、着てみると案外似合って気に入っていた。
服にあわせて最近、メイクや髪型を変えたのもあるかもしれない。
ただ、プライス非表示なのが大変怖いが……そこは気にしない方向で。
そうでないとここではやっていけないのだ。
「どう、ですか……?」
そろりと反応をうかがうように試着室を出る。
「……可愛い」
ぼそりと呟き、宣利さんは眼鏡から下を手で覆って目を逸らした。
「よし、それを買おう。
次はこれだ」
「はい……?」
戸惑いつつ差し出された服を受け取る。
着替えの服は一枚でいいんじゃないんですかね……?
などという私の疑問をよそに結局、服を五セットほどとそれにあわせて靴やバッグまでお買い上げになった。
準備をするあいだ、応接ソファーに座って待たせてもらう。
支払いはカードどころかサインだけで済んだ。
もしかしてこれが噂でしか知らない、売り掛けというものなんだろうか。
お金持ちの世界は知らないことが多すぎる。
「すまない、疲れただろ」
車に戻ってきて、宣利さんが詫びてくれる。
「いえ……」
とか言いつつ、うとうとしてしまう。
さっきも座って準備が済むのを待ちながら、彼に寄りかかってうたた寝をしていたくらいだ。
「もう少しだけ辛抱してくれ。
そうしたらあとはしばらく、寝ていていいから」
「……はい」
返事をしながらも頭ががっくんがっくん揺れる。
いつもならそろそろお昼寝タイムだから仕方ない。
車は少しだけ走って、近くのホテルに入った。
チェックインを済ませ、最上階の部屋に案内される。
「今日はここにお泊まり」
部屋は広く、きっと上ランクのスイートなんだと思う。
「うわーっ」
正面の窓の外には海が広がっている。
右手奥には先ほど港で見た、船が見えた。
「ここからならゆっくり、花火が見られるだろ?」
「ありがとうございます!」
大興奮でお礼を言っていた。
こんな素敵なサプライズ、あっていいのかな。
「いっぱい頑張った、花琳にご褒美」
ふふっと小さく笑い、宣利さんが口付けを落としてくる。
「これってこのあいだ約束した、ご褒美デートですか?」
典子さんの嫌がらせに耐えたご褒美をくれるというので、デートのお願いをした。
今日のはそれなのかな。
「んー?
そうだな……。
ご褒美デート第一弾?」
ちょっと首を傾げ、彼がぱっと笑う。
「第一弾、なんですか?」
「そう。
ほかも乞うご期待」
宣利さんの手が、まるで犬でも撫でるみたいにわしゃわしゃと私の髪を掻き回した。
「もう!
なにするんですか!」
「んー?
花琳は可愛いなーって思って」
眼鏡の向こうで目尻を下げ、本当に嬉しそうに彼が笑う。
……だから。
そういう顔をして私を惑わせないでほしい。
少し休んだらいいよと言われ、お言葉に甘えてベッドで横になった。
「宣利さん、本当にいい人だな……」
もう限界だったみたいで、頭を枕に預けた途端、眠気が襲ってくる。
人混みが増える前に屋台を楽しませてくれたうえに、花火も楽しめるようにホテルまで。
ほんとに至れり尽くせりでますます好きになっちゃうよ……。
「花琳、もう寝た?」
宣利さんの声が聞こえてきたが、もう返事をする気力はない。
「寝ちゃったか。
おやすみ、僕のお姫様」
優しい口付けを最後に、意識は完全に眠りの帳の向こうへ閉ざされた。
「えっと……」
真剣に私の服を選んでいる彼を困惑気味に見る。
「服。
汚れちゃったから代わりを買わないとだろ」
なんとなくお店の壁向こうへ視線を送っていた。
ここから私たちが住んでいる住宅街は目と鼻の先だ。
「一旦、戻って着替えればいいのでは……?」
「却下だ」
振り向きもせずそう言われたらなにも返せなくなる。
「僕のせいで花琳の服を汚してしまったからな。
お詫びに買うのは当たり前だろ?」
「え、いいですよ、そんな!」
服の裾をちらっと見る。
今日はブルーストライプのシャツワンピに白のスキニーパンツをあわせていて、どちらもかき氷が跳ねたピンクのシミができていた。
でも、洗えば取れるんじゃないかな……?
それに、こんな高級なお店じゃなくても。
櫻坂に並んでいるのは、いわゆるセレブ御用達の高級なお店だ。
私もたまに買い物には出るがほとんど街の中にあるショッピングモールで、ここには来ない。
「よくない」
すぐにまた、私の主張は却下された。
「そうしないと僕の気が済まないんだ。
買わせてくれ」
振り向いた彼がじっと私を見つめる。
よくわからないがこれが、彼としては折り合いをつけるところなのだ。
なら、私も折り合いをつけるしかない。
「わかりました」
「ありがとう」
頷いた彼はまた、私の服を選びだした。
「これはどうだ?」
少しして宣利さんが差し出してきたのは爽やかな水色が夏によくあう、胸下切り替えになっているレースのワンピースだった。
「……とりあえず着てみますね」
曖昧な笑顔で受け取り、試着室へ入る。
大量にプレゼントしてくれた服といい、とにかく彼は私に甘い服を着せたがる。
「……で。
これが似合って好みにあっちゃうんだよね」
以前の私なら絶対に選ばなかったラインだが、着てみると案外似合って気に入っていた。
服にあわせて最近、メイクや髪型を変えたのもあるかもしれない。
ただ、プライス非表示なのが大変怖いが……そこは気にしない方向で。
そうでないとここではやっていけないのだ。
「どう、ですか……?」
そろりと反応をうかがうように試着室を出る。
「……可愛い」
ぼそりと呟き、宣利さんは眼鏡から下を手で覆って目を逸らした。
「よし、それを買おう。
次はこれだ」
「はい……?」
戸惑いつつ差し出された服を受け取る。
着替えの服は一枚でいいんじゃないんですかね……?
などという私の疑問をよそに結局、服を五セットほどとそれにあわせて靴やバッグまでお買い上げになった。
準備をするあいだ、応接ソファーに座って待たせてもらう。
支払いはカードどころかサインだけで済んだ。
もしかしてこれが噂でしか知らない、売り掛けというものなんだろうか。
お金持ちの世界は知らないことが多すぎる。
「すまない、疲れただろ」
車に戻ってきて、宣利さんが詫びてくれる。
「いえ……」
とか言いつつ、うとうとしてしまう。
さっきも座って準備が済むのを待ちながら、彼に寄りかかってうたた寝をしていたくらいだ。
「もう少しだけ辛抱してくれ。
そうしたらあとはしばらく、寝ていていいから」
「……はい」
返事をしながらも頭ががっくんがっくん揺れる。
いつもならそろそろお昼寝タイムだから仕方ない。
車は少しだけ走って、近くのホテルに入った。
チェックインを済ませ、最上階の部屋に案内される。
「今日はここにお泊まり」
部屋は広く、きっと上ランクのスイートなんだと思う。
「うわーっ」
正面の窓の外には海が広がっている。
右手奥には先ほど港で見た、船が見えた。
「ここからならゆっくり、花火が見られるだろ?」
「ありがとうございます!」
大興奮でお礼を言っていた。
こんな素敵なサプライズ、あっていいのかな。
「いっぱい頑張った、花琳にご褒美」
ふふっと小さく笑い、宣利さんが口付けを落としてくる。
「これってこのあいだ約束した、ご褒美デートですか?」
典子さんの嫌がらせに耐えたご褒美をくれるというので、デートのお願いをした。
今日のはそれなのかな。
「んー?
そうだな……。
ご褒美デート第一弾?」
ちょっと首を傾げ、彼がぱっと笑う。
「第一弾、なんですか?」
「そう。
ほかも乞うご期待」
宣利さんの手が、まるで犬でも撫でるみたいにわしゃわしゃと私の髪を掻き回した。
「もう!
なにするんですか!」
「んー?
花琳は可愛いなーって思って」
眼鏡の向こうで目尻を下げ、本当に嬉しそうに彼が笑う。
……だから。
そういう顔をして私を惑わせないでほしい。
少し休んだらいいよと言われ、お言葉に甘えてベッドで横になった。
「宣利さん、本当にいい人だな……」
もう限界だったみたいで、頭を枕に預けた途端、眠気が襲ってくる。
人混みが増える前に屋台を楽しませてくれたうえに、花火も楽しめるようにホテルまで。
ほんとに至れり尽くせりでますます好きになっちゃうよ……。
「花琳、もう寝た?」
宣利さんの声が聞こえてきたが、もう返事をする気力はない。
「寝ちゃったか。
おやすみ、僕のお姫様」
優しい口付けを最後に、意識は完全に眠りの帳の向こうへ閉ざされた。
256
お気に入りに追加
948
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて
木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。
前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる