愛のない政略結婚で離婚したはずですが、子供ができた途端溺愛モードで元旦那が迫ってくるんですがなんででしょう?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
上 下
21 / 36
第四章 大事なのは私でなくても

4-4

しおりを挟む
メインの仔羊のローストは表面はパリッと中はジューシーで、臭みもほとんどなく美味しい。

「花琳は本当に美味しそうに食べるよね」

くすくすと小さく笑われ、頬が熱を持っていく。

「食べ意地が張っていてすみません……」

ナイフとフォークを置き、椅子の上で小さくなる。
つわりといえば吐き気が定番なのでそうなったらどうしようと戦々恐々としていたが、幸いなのか吐き気はほとんどない。
ひたすら眠いのもあれだが、一日中寝ていても誰もなにも言わない環境なのであまり困らなかった。

「いや。
花琳が美味しそうに食べているのを見ていると、僕も食欲が湧いてくるというか」

フォークに刺した肉を、宣利さんが口に入れる。

「前も言ったが、僕は食事なんて栄養さえ摂れればいいと思っていた。
でも、花琳を見ていたら食事とは楽しくするものなんだなって、やっとわかったというか」

「はぁ……?」

ちょっと、しみじみと彼がなにを言っているのかわからない。
こんな言葉が出てくるなんていったい、今までどんな生活をしてきたんだ?

「僕は曾祖父と祖父から、なんでもトップじゃなきゃ意味がないという教育を受けてきてね」

それはちょっとわかるかも。
世界でも有数の会社になったというのに、所詮成り上がり者に過ぎないと卑屈になり、上流階級の血を入れねばと私との結婚を押してきた曾祖父。
いまだに男系跡取りに拘る祖父。
そんなふたりなら、そういう考えを持っていてもおかしくない。

「遊ぶ時間どころか寝食も削って勉強したよ。
それでできあがったのは〝ロボット〟だったわけ」

自嘲するように彼が笑う。
それで周囲からなんと言われているのか彼自身知っているし、コンプレックスなのだと気づいた。

「でも、宣利さんはよく、気遣ってくれて優しいです」

「それはここ最近の僕、だろ?」

また彼が自嘲するので、首を振って否定する。

「離婚する前だって、私を気遣ってくれてました。
後悔もした結婚でしたがそれが嬉しくて、案外悪くないと思えました」

だから宣利さんに惹かれた。
だから離婚がつらかった。
でも、その気持ちは知られたくない。

「……そうか」

小さく呟いた彼は、嬉しそうに見えた。

「宣利さんはロボットなんかじゃありません。
なにより、ちゃんと食事をするようになりましたから!」

変な空気になりそうなのを茶化して回避を試みる。

「そうだな、ロボットは食事をしないものな」

彼もおかしそうに笑い、この話はこれで終わった。

デザートまで堪能し、店を出る。
コーヒーではなくカフェインレスコーヒーを出してくれるあたり、さすがVIP相手の店は違う。

帰ってお風呂に入り、ベッドでごろごろする。

「宣利さんは、さ……」

自分はロボットだって卑下しているようだった。
でも、ここで暮らし始めて、今までが嘘だったみたいによく喋るしよく笑う。
それに以前だって、真顔でなにを考えているのかわかりにくかったが、少なくとも私を気遣ってくれていた。

「私が幸せにしてあげられたらいいのに……」

ここに来て典子さんの嫁いびりは最悪だったが、宣利さんは私を大切にし、思い遣ってくれる。
それが子供のためであって私のためではない点を除けば幸せなのだ。
そこに彼の気持ちがなくても、最愛の人にこんなに大事にしてもらって、他になにを望む?

「そう、だよね……」

そっと、自分のお腹に触れてみる。
少なくともあの人は、この子を私にくれた。
これ以上、あの人の気持ちが欲しいと望むなど、図々しい。
それよりも私を――この子を幸せにしてくれる彼を、幸せにしたい。

「……うん」

とりあえず、私にできることからやろう。
前に作っていた食事は喜んでくれていたみたいだし、これからは作るようにしたいな。
よく寝落ちていて気づいたら宣利さんが帰ってきている現状では厳しいけれど。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

政略結婚だけど溺愛されてます

紗夏
恋愛
隣国との同盟の証として、その国の王太子の元に嫁ぐことになったソフィア。 結婚して1年経っても未だ形ばかりの妻だ。 ソフィアは彼を愛しているのに…。 夫のセオドアはソフィアを大事にはしても、愛してはくれない。 だがこの結婚にはソフィアも知らない事情があって…?! 不器用夫婦のすれ違いストーリーです。

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

拉致られて家事をしてたら、カタギじゃなくなってた?!

satomi
恋愛
肩がぶつかって詰め寄られた杏。謝ったのに、逆ギレをされ殴りかかられたので、正当防衛だよね?と自己確認をし、逆に抑え込んだら、何故か黒塗り高級車で連れて行かれた。……先は西谷組。それからは組員たちからは姐さんと呼ばれるようになった。西谷組のトップは二代目・光輝。杏は西谷組で今後光輝のSP等をすることになった。 が杏は家事が得意だった。組員にも大好評。光輝もいつしか心をよせるように……

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...