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第四章 大事なのは私でなくても
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メインの仔羊のローストは表面はパリッと中はジューシーで、臭みもほとんどなく美味しい。
「花琳は本当に美味しそうに食べるよね」
くすくすと小さく笑われ、頬が熱を持っていく。
「食べ意地が張っていてすみません……」
ナイフとフォークを置き、椅子の上で小さくなる。
つわりといえば吐き気が定番なのでそうなったらどうしようと戦々恐々としていたが、幸いなのか吐き気はほとんどない。
ひたすら眠いのもあれだが、一日中寝ていても誰もなにも言わない環境なのであまり困らなかった。
「いや。
花琳が美味しそうに食べているのを見ていると、僕も食欲が湧いてくるというか」
フォークに刺した肉を、宣利さんが口に入れる。
「前も言ったが、僕は食事なんて栄養さえ摂れればいいと思っていた。
でも、花琳を見ていたら食事とは楽しくするものなんだなって、やっとわかったというか」
「はぁ……?」
ちょっと、しみじみと彼がなにを言っているのかわからない。
こんな言葉が出てくるなんていったい、今までどんな生活をしてきたんだ?
「僕は曾祖父と祖父から、なんでもトップじゃなきゃ意味がないという教育を受けてきてね」
それはちょっとわかるかも。
世界でも有数の会社になったというのに、所詮成り上がり者に過ぎないと卑屈になり、上流階級の血を入れねばと私との結婚を押してきた曾祖父。
いまだに男系跡取りに拘る祖父。
そんなふたりなら、そういう考えを持っていてもおかしくない。
「遊ぶ時間どころか寝食も削って勉強したよ。
それでできあがったのは〝ロボット〟だったわけ」
自嘲するように彼が笑う。
それで周囲からなんと言われているのか彼自身知っているし、コンプレックスなのだと気づいた。
「でも、宣利さんはよく、気遣ってくれて優しいです」
「それはここ最近の僕、だろ?」
また彼が自嘲するので、首を振って否定する。
「離婚する前だって、私を気遣ってくれてました。
後悔もした結婚でしたがそれが嬉しくて、案外悪くないと思えました」
だから宣利さんに惹かれた。
だから離婚がつらかった。
でも、その気持ちは知られたくない。
「……そうか」
小さく呟いた彼は、嬉しそうに見えた。
「宣利さんはロボットなんかじゃありません。
なにより、ちゃんと食事をするようになりましたから!」
変な空気になりそうなのを茶化して回避を試みる。
「そうだな、ロボットは食事をしないものな」
彼もおかしそうに笑い、この話はこれで終わった。
デザートまで堪能し、店を出る。
コーヒーではなくカフェインレスコーヒーを出してくれるあたり、さすがVIP相手の店は違う。
帰ってお風呂に入り、ベッドでごろごろする。
「宣利さんは、さ……」
自分はロボットだって卑下しているようだった。
でも、ここで暮らし始めて、今までが嘘だったみたいによく喋るしよく笑う。
それに以前だって、真顔でなにを考えているのかわかりにくかったが、少なくとも私を気遣ってくれていた。
「私が幸せにしてあげられたらいいのに……」
ここに来て典子さんの嫁いびりは最悪だったが、宣利さんは私を大切にし、思い遣ってくれる。
それが子供のためであって私のためではない点を除けば幸せなのだ。
そこに彼の気持ちがなくても、最愛の人にこんなに大事にしてもらって、他になにを望む?
「そう、だよね……」
そっと、自分のお腹に触れてみる。
少なくともあの人は、この子を私にくれた。
これ以上、あの人の気持ちが欲しいと望むなど、図々しい。
それよりも私を――この子を幸せにしてくれる彼を、幸せにしたい。
「……うん」
とりあえず、私にできることからやろう。
前に作っていた食事は喜んでくれていたみたいだし、これからは作るようにしたいな。
よく寝落ちていて気づいたら宣利さんが帰ってきている現状では厳しいけれど。
「花琳は本当に美味しそうに食べるよね」
くすくすと小さく笑われ、頬が熱を持っていく。
「食べ意地が張っていてすみません……」
ナイフとフォークを置き、椅子の上で小さくなる。
つわりといえば吐き気が定番なのでそうなったらどうしようと戦々恐々としていたが、幸いなのか吐き気はほとんどない。
ひたすら眠いのもあれだが、一日中寝ていても誰もなにも言わない環境なのであまり困らなかった。
「いや。
花琳が美味しそうに食べているのを見ていると、僕も食欲が湧いてくるというか」
フォークに刺した肉を、宣利さんが口に入れる。
「前も言ったが、僕は食事なんて栄養さえ摂れればいいと思っていた。
でも、花琳を見ていたら食事とは楽しくするものなんだなって、やっとわかったというか」
「はぁ……?」
ちょっと、しみじみと彼がなにを言っているのかわからない。
こんな言葉が出てくるなんていったい、今までどんな生活をしてきたんだ?
「僕は曾祖父と祖父から、なんでもトップじゃなきゃ意味がないという教育を受けてきてね」
それはちょっとわかるかも。
世界でも有数の会社になったというのに、所詮成り上がり者に過ぎないと卑屈になり、上流階級の血を入れねばと私との結婚を押してきた曾祖父。
いまだに男系跡取りに拘る祖父。
そんなふたりなら、そういう考えを持っていてもおかしくない。
「遊ぶ時間どころか寝食も削って勉強したよ。
それでできあがったのは〝ロボット〟だったわけ」
自嘲するように彼が笑う。
それで周囲からなんと言われているのか彼自身知っているし、コンプレックスなのだと気づいた。
「でも、宣利さんはよく、気遣ってくれて優しいです」
「それはここ最近の僕、だろ?」
また彼が自嘲するので、首を振って否定する。
「離婚する前だって、私を気遣ってくれてました。
後悔もした結婚でしたがそれが嬉しくて、案外悪くないと思えました」
だから宣利さんに惹かれた。
だから離婚がつらかった。
でも、その気持ちは知られたくない。
「……そうか」
小さく呟いた彼は、嬉しそうに見えた。
「宣利さんはロボットなんかじゃありません。
なにより、ちゃんと食事をするようになりましたから!」
変な空気になりそうなのを茶化して回避を試みる。
「そうだな、ロボットは食事をしないものな」
彼もおかしそうに笑い、この話はこれで終わった。
デザートまで堪能し、店を出る。
コーヒーではなくカフェインレスコーヒーを出してくれるあたり、さすがVIP相手の店は違う。
帰ってお風呂に入り、ベッドでごろごろする。
「宣利さんは、さ……」
自分はロボットだって卑下しているようだった。
でも、ここで暮らし始めて、今までが嘘だったみたいによく喋るしよく笑う。
それに以前だって、真顔でなにを考えているのかわかりにくかったが、少なくとも私を気遣ってくれていた。
「私が幸せにしてあげられたらいいのに……」
ここに来て典子さんの嫁いびりは最悪だったが、宣利さんは私を大切にし、思い遣ってくれる。
それが子供のためであって私のためではない点を除けば幸せなのだ。
そこに彼の気持ちがなくても、最愛の人にこんなに大事にしてもらって、他になにを望む?
「そう、だよね……」
そっと、自分のお腹に触れてみる。
少なくともあの人は、この子を私にくれた。
これ以上、あの人の気持ちが欲しいと望むなど、図々しい。
それよりも私を――この子を幸せにしてくれる彼を、幸せにしたい。
「……うん」
とりあえず、私にできることからやろう。
前に作っていた食事は喜んでくれていたみたいだし、これからは作るようにしたいな。
よく寝落ちていて気づいたら宣利さんが帰ってきている現状では厳しいけれど。
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