上 下
15 / 36
第三章 嫁教育

3-2

しおりを挟む
お茶は――宣利さんが淹れてくれた。
ええ、あの宣利さんがだよ!?
驚きすぎてもう子供が生まれるかと思ったよ……。

「ルイボスティにしたが、よかったよな?」

「ああ、はい。
大丈夫です」

コーヒーでも紅茶でもなく、ルイボスティ。
しかも、レモンのいい匂いがする。
フレーバーティなのかな。

「前と一緒で家政婦さんに入ってもらってる。
前は週二だったが、週三に増やした」

「はい」

お茶を飲みながらここでの暮らしを宣利さんが説明してくれる。
週三に増やしたのはやはり、この規模のお屋敷だと掃除とか行き届かないからかな。

「あと、庭師が週に一回、掃除業者が月に二回入る」

「ハイ……?」

庭師とか掃除業者とかわけのわからない単語が出てきて首が傾く。
しかし目を向けた窓には立派なステンドグラスが嵌まっており、しかも大きな窓が何枚もだ。
確かにお手伝いさんだけでは手が回らないだろう。
さらにその先には私の部屋についていたよりも立派な庭が広がっており、これなら庭師が必要かもしれない。

「なるべく花琳の邪魔をしないように言っておくが、なにかあったら言ってくれ」

「はい。
ありがとうございます」

前の家政婦さんともそれなりにやってこられたので、たぶん今回も大丈夫だろう。

「それから病院だが、もう予約を取ってある」

「はい、大丈夫です」

宣利さんから近いし、最新の設備と優秀なドクターが揃っているから安心なのでこの街のある総合病院にすると聞いていたので、紹介状も書いてもらっているから問題はない。

「明日だが、僕も付き添うから一緒に行こう」

「えっ、付き添うとかいいですよ!」

病院が変わるから挨拶がてらちょっと診てもらうだけで、定期健診とさほど差はないはずだ。
それくらいでわざわざ仕事を休んできてもらう必要はない。

「いや。
大事な君と子供のことだ。
僕もドクターに挨拶しておきたいし、話も聞きたいからな」

「はぁ……?」

そういうもの……なんだろうか。
よくはわからないが宣利さんはそれで納得みたいだし、いいか……。

「わかりました、よろしくお願いします」

「うん」

満足げに彼が頷く。

「そうだ。
これからは食事を作らなくていい」

急に思い出したかのように宣利さんは顔を上げた。

「あの、でも、作らないでどうするんですか」

「どう……?」

それっきり首を捻って彼は考え込んでしまったが、なにも考えていなかったんだろうか。
あのサプリメントで済ませていた彼なら考えられる。

「ずっと言おうと思ってましたが。
サプリメントだけの食事は絶対身体に悪いです。
やめたほうがいいですよ」

「あー……」

とうとう彼は天井を仰いでしまったが、これは指摘してはいけない問題だったんだろうか。

「気にして、なかったな。
栄養さえ効率的に摂れればいいとそればかり」

ははっと小さく、自嘲するような小さな笑いが彼の口から落ちていく。

「サプリメントはあくまで補助です。
ちゃんと食事をしないと顎が弱って口内環境も悪くなりますし、腸内環境にもよくないです。
絶対、食事をしたほうがいいですよ」

再会してまた顔色が悪くなっているのが気になっていた。
きっと私と別れてからまた、サプリメントだけの生活をしている。
それにいつか、その危険性についてきちんと伝えたいと思っていたのだ。
ようやく伝えられてよかった。

「花琳に怒られてしまった」

無用の指摘で機嫌を損ねてしまったのかと思ったが、なぜか宣利さんは嬉しそうに笑っている。

「そうだな。
これから子供も生まれるんだし、健康でいないとな」

わかってくれたのか、彼が頷く。

「そうですよ。
なのでまた、私が食事を作ります」

「いや、食事は作らなくていい」

「……は?」

けれど再び同じ結論に戻ってきて、軽く怒りが湧いた。

「外で食べるなり買ってくるなりするから、作らなくていい」

宣利さんはこれで解決だといった感じだけれど、それって……。

「もしかしてずっと、私の作る食事が不満でしたか」

好みにあわないのに無理して食べてくれていたんだろうか。
だから、もう食べたくないとか。
そんな不安が込み上がってくる。

「ああ、違うんだ!」

慌てて否定してきた宣利さんは、言葉を整理するかのように頭を掻いていた。

「花琳の作ってくれた料理は美味しかったよ。
ただ、妊娠してつわりとかでつらい花琳の手を煩わせたくないだけなんだ」

眼鏡の奥からちらっと、うかがうように彼の視線が私へと向かう。

「その、僕はどうも言葉が足りないようで、よく人を誤解させる。
気に障ったのならすまない」

「いえ……」

宣利さんが私に詫びてくれるなんて珍しすぎて、いまいち飲み込めない。
というかここに来てから……ううん。
再会してから、信じられないくらいよく喋る。
前に一緒に住んでいたときは、長くてひと言ふた言交わして終わりだったのに。

「とにかく花琳が食事の用意をする必要はない。
花琳は元気な赤ちゃんを産むことだけ考えてほしいんだ。
他はなにもしなくていい」

「えっと……」

私の手を両手で掴み、宣利さんが迫ってくる。
キラキラした目で見つめられて若干、仰け反った。

「……はい」

結局、圧に負けて頷いたものの、これって健康な跡取りを産むのだけに全力を注げ、それが嫁の使命だってことでいいんですかね……?
復縁したのは父親としての義務かと思っていたが、もしかして跡取り欲しさ?
その可能性が高い気がして、失望した。

「他になにか聞きたいことはあるか」

「そうですね……」

たぶん、住む家が変わっただけで前の生活と大差なさそうだ。
だったら、問題ないかな。

「大丈夫だと思います」

「そうか。
疲れただろ?
あれだったら寝てもいい」

「そう……ですね」

いつもならお昼寝の時間でそろそろ眠くなってきていた。
お言葉に甘えてもいいかな。

「じゃあ、少し……」

そのタイミングで宣利さんの携帯が鳴った。
画面を見た彼が、若干不機嫌そうになる。

「どうした?」

このまま立って勝手に部屋に戻るわけにもいかず、電話が終わるのを待つ。

「は?
お帰りいただいて」

聞こえる会話から、住宅地へ入るゲートの守衛さんではないかと推測できた。
どうも、招かれざる客が来たようだ。

「あー、そうか……。
わかった、通して。
こちらの守衛には僕から連絡しておきます」

一度電話を切り、少し操作して宣利さんはまた携帯を耳に当てた。

「姉さんが来るから通して。
よろしく」

通話を終えた途端、彼は当たりを真っ黒に染めそうなほど憂鬱なため息をついた。

「花琳、ごめん。
姉さんが来る」

テキパキと宣利さんがテーブルの上を片付けはじめる。

「あ、それくらい私がやりますので!」

「いいよ、食器を下げるくらい僕だってできる」

けれど彼は私を止め、さっさと片付けてしまった。

「しまったな、茶菓子がない……。
なんで突然来るかな、姉さんは……」

それでもテーブルくらいは拭こうとキッチンへ行く。
そこでも宣利さんはまた、大きなため息をついていた。

「あ、花琳。
花琳は部屋に……」

そこまで言ってなにかに気づいたのか彼が止まる。

「それでか」

再び彼は面倒臭そうに大きなため息をついた。

「花琳。
悪いけど僕が買った服に……」

しかし言い終わらないうちに玄関のチャイムが鳴る。

「そんな時間もない、か。
はいはい、今行くよ」

「あっ」

私の手を掴み、強引に彼が歩き出す。

「僕にあわせて。
花琳は僕と違って空気が読めるから大丈夫だと思うけど」

歩きながら言われ、なにか考えがあるのだろうと頷いておいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

私は旦那様にとって…

アズやっこ
恋愛
旦那様、私は旦那様にとって… 妻ですか? 使用人ですか? それとも… お金で買われた私は旦那様に口答えなどできません。 ですが、私にも心があります。 それをどうかどうか、分かって下さい。  ❈ 夫婦がやり直す話です。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 気分を害し不快な気持ちになると思います。  ❈ 男尊女卑の世界観です。  ❈ 不妊、代理出産の内容が出てきます。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

【完結】すべては、この夏の暑さのせいよ! だから、なにも覚えておりませんの

愚者 (フール)
恋愛
【すべては、この夏の暑さのせいよ!】 私の婚約者と妹がイチャイチャしているのを、今までは完全に無視していた。 そのツケが、いま目の前に…。 「お姉ちゃんだから、目くじらを立てないの」 妹に何故か甘い両親、そんな風に言われ続けて堪えていた。 しかし、今年の夏の暑さは異常であった。 学園で何度か見ていた光景だが、彼女の中に意識を失う位の熱が込み上げてきた。 とうとう、この暑さと共に怒りを爆発させてしまったのだ。 意味わからない発言から始まった、婚約破棄を望む事件。 その行方は、どうなるのか。 そして、意外な結末が彼女に降って湧いてくるのである。 夏の暑さは、人の人生すら変えてしまった物語。 ひと夏の思い出にお読み下さいませ。 出筆途中の作品ですので、遅筆になる可能性があります。 季節をまたいでも、お読み下さると嬉しくて思います。 宜しくお願い致します。

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

処理中です...