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第三章 嫁教育

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宣利さんとの復縁が決まって翌週末。
迎えに来た彼とともに新居へ向かった。

「何度見ても凄い街ですね」

街の中にはショッピングモールも病院もあり、ここですべてが完結しているらしい。

「ああ。
街から出なくても大抵用は済む」

こんな街で今から暮らすなんて場違いな気がする。
サウスパークのまわりに広がる一般住宅街ならまだしも、ノースエリアの高級住宅街だなんて。

周囲と一線を画すゲートを抜け、車は進んでいく。
さらに家の敷地へ入るためにゲートがあるなんて、やはり倉森家はうちとは格が違うのだと再認識した。

先に玄関で降り、ガレージに車を停めてくる宣利さんを待つ。
少ししてかなりの轟音が聞こえてきた。

「え、なんの音?」

音の元を探そうと周囲をきょろきょろする。
すぐに空へと上がっていく飛行機が見えた。

「航空自衛隊の基地が近いんだ。
それで」

まもなく来た宣利さんが私と同じ方向を見上げる。

「へー、そうなんですね」

「ああ。
外は少々うるさいが、防音してあるから家の中は静かだ。
休日と夜間はスクランブルでもなければ飛ばないし。
あれはたぶん、スクランブルだったんだろうな」

彼が鍵を開けてくれ、一緒に屋敷へと入る。
そこは防音がされているからというよりも、人の気配がなくて静まりかえっていた。

「まあ、航空祭のとき、混む基地まで行かなくても庭から見上げればブルーインパルスが見られる役得はある。
もっとも、基地から招待状も来るけどな」

「へー」

私のキャリーケースを持ち、屋敷の中を進んでいく彼を追う。

「ここを使ってくれ」

開けられたのは屋敷の奥の角部屋だった。
南東に向いた大きな窓から燦々と日の光が降り注ぐ。
窓の外はテラスになっており、外に直接出られるようになっていた。
外にはまるで専用に庭のように、色とりどりの花が植えてある。
広さからいってたぶん、ここがこの屋敷でリビングに次いで一番いい部屋ではなかろうか。

「あの。
私の部屋がここでいいんですか……?」

家主である彼ではなく、私がここを使うなどいいはずがない。

「ああ。
花琳は僕の大事な人だからな。
ここを使ってもらうのにふさわしい」

――大事な。
その単語に一瞬、胸がとくんと甘く鼓動した。
しかし、すぐに否定する。
これにはきっと〝自分の子を妊娠している〟がつくはず。
そうに決まっている。

「じゃあ……」

家具は宣利さんが揃えてくれた。
部屋の三分の一を占める大きなベッド、パソコン用のデスクとお客様を迎えられるちょっとした応接セットが置いてある。
どれもこの屋敷の外観にふさわしいアンティーク調のもので、乙女心がくすぐられる。

「こっちがウォークインクローゼットになっている」

「はい」

彼がドアを開けた先はさらに、実家で私が使っていた部屋くらいの空間が広がっていた。
しかしなぜか、すでに一部が埋まっている。

「あの……」

「僕からのプレゼントだ。
気に入らなかったら捨ててくれ」

プレゼント?
今、プレゼントって言った?
今まで私は宣利さんから一度たりともプレゼントなどもらったことがない。
……まあ、私も渡していないけれど。
そんな彼が私にプレゼント、しかもこんなにたくさんなんて信じられない。

「ありがとう……ございます」

戸惑いつつ、かかっている服を少しだけ確認する。
胸下切り替えのワンピースが多いのは、これからお腹が大きくなっていくのを見据えてだろうか。
あっ、このスカート、ウェスト部分が普通よりかなり太いストレッチ素材になっているけれど、マタニティ用じゃないかな……?

「服にあわせて靴とバッグも買ってある。
アクセサリーも」

彼が開けた引き出しの中からはたくさんのアクセサリーが出てきた。
見渡した部屋の中にはバッグも靴も並べてある。
悔しいがどれも、センスがいい。

「あの。
こんなにいただけません」

けれどこんなにたくさんのプレゼントなんて度が過ぎている。

「花琳はまだ、遠慮するんだな」

呆れるように宣利さんは小さくため息をついた。

「そりゃ……」

タワマン住み時代も好きに使ったらいいとカードを渡されていたが、贅沢品はパソコンを買わせてもらったくらいでほとんど使わなかった。
だって、お金持ちだからって湯水のようにお金を使うのは違わない?
これは私が庶民だからなのかな。

「そういう花琳、可愛くていい」

宣利さんの顔が近づいてきて、ちゅっと軽く唇が触れて離れる。

「……へ?」

目も閉じる間もない早業だったのもあって、状況が整理しきれず変な声が出た。

「僕は僕の可愛い花琳を着飾らせたいんだ。
まあ、僕の趣味だから気にするな」

「は、はぁ……?」

僅かに頬を赤く染め、この人はいったいなにを言っているんだ……?
そういえば前は人前で必要に駆られたとき以外は絶対に名前で呼ばなかったのに、復縁が決まってからは花琳と名前で呼んでいる。
これはどういう変化なんだろう?

まだ他に説明するところがあるからとウオークインクローゼットを出て、今度は隣のドアを宣利さんは開けた。

「大浴場はあるんだが、ここでも入れるようになってる」

入った空間は洗面所になっていた。
リフォームしたらしく、新しそうに見える。
しかし木目の台に白い陶器製の洗面ボールはヨーロッパの古い屋敷のイメージで、お洒落だ。
洗面ボールの隣は広い台になっており、どうもここを鏡台として使う仕様らしい。
洗面台の反対側は浴室になっていた。
洗面台とお揃いらしく、木目パネルの壁に白の浴槽となっている。
こぢんまりといっても昔訪れた、ひとりぐらしをしている友人のマンションにあった浴室くらいはある。
さらに隣にはトイレまでついていた。

「まあ、好きに使ってくれ」

「はぁ……」

先ほどは承知したが、ますますこんな上等の部屋を私が使っていいのか不安になってくる。

「あのー、本当に私がこの部屋を使っていいんですか……?」

上目遣いでそろりと宣利さんをうかがう。
目のあった彼はなぜか、私から視線を逸らした。
そんなに私の物言いが気に食わなかったんだろうか。

「言っただろ、花琳は僕にとって大事な人だって。
大事な人には一番いい部屋を使ってもらいたい。
それだけだ」

言い終わると同時に、今度は額に口付けを落とされた。

「へ?」

「早く部屋に案内したくてすぐにここに連れてきたが大丈夫か?
車の中でもうとうとしていたようだし、眠かったら寝てもいいぞ」

「あー、大丈夫、……です」

曖昧に笑って彼の顔を見る。
気遣ってくれるのは嬉しいが、さっきからのキスの説明をしてほしい。

「そうか。
だったらお茶にしよう」

宣利さんに促されて部屋を出た。
広い廊下で隣を歩く彼の顔を見上げる。
復縁が決まり実家へ挨拶に来たときに感じていた違和感がますます大きくなった。
タワマンで結婚生活を送っていたときと、宣利さんの態度が違うのだ。
でもなんで?
そんなに子供ができたのが嬉しいのかな……?
それはそれでありがたいけれど。
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