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第二章 出戻りの出戻り

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宣利さんと離婚し、実家に帰ってきて数日後。
携帯に銀行から振り込みがあったと通知が来た。
宣利さんの言っていた、慰謝料というヤツだろう。
いや、離婚は合意の上だし、そんなものはいらないと言ったのだ。
しかし。

『この一年、なにかと君には嫌な思いをさせた。
その慰謝料だ。
取っておけ』

と言われ、断れなくなった。

「えっと……」

携帯を操作し、額を確認する。
そこには見慣れない数の0が並んでいた。

「えっと……一、十……億。
おくぅーっ!?」

ありえない額を認識し、ごろごろしていたベッドから飛び起きる。

「えっ?
はっ?
三億?」

そんな額、プロ野球選手の年俸でくらいしか聞いたことがない。
なにを考えているんだ、あの人は。
速攻で電話をかけるが、出ない。
まあ、仕事中かもしれないから仕方ない。
今度は交換したものの滅多に使ったことのない、メッセージアプリを開いた。

「えっと……。
慰謝料、振り込まれました。
ありがとうございます。
けれど額を間違っていませんか?
……と」

振り込みされた額が表示されている画面のスクショを添えて送信する。
しばらく待ったが既読にはならない。
とにかく早く、この気持ち悪いお金の説明をしてもらわないと落ち着かない。
そわそわしながら返事を待っていたら一時間後、ようやく来た。

【間違っていない。
妥当な金額だ。
なお、返却不可】

「返却不可ってさー」

本当に間違っていないんだろうか。
宣利さんの性格からいって、間違っていてもこのまま押し通そうとしている可能性も考えられる。
しかし、返却不可と言われたらこれ以上、どうにもできない。

「ううっ、受け取るしかないのか……」

あの人は本当に、なにを考えているんだろう?
でも、もう縁は切れたんだし、気にしない、気にしない。

夜になり、父が帰ってくる。

「ただいまー」

「おかえりー」

キッチンから顔だけ向け、返事をした。

「いい匂いがしてるなー」

「今日は肉じゃがだよー。
おかーさーん、おとーさん、帰ってきたー」

「はーい」

すぐに二階から母の声が帰ってくる。
母は父よりも一時間ほど前に帰ってきていた。
洗面所へ手を洗いに行く父を横目に、最後の仕上げをした。

「ごめんねー、花琳ちゃん。
作ってもらって」

キッチンへ来た母が炊飯器を開け、ご飯をよそってくれる。

「いいって。
置いてもらってるんだし、これくらいしないとね」

笑って私も料理を並べていく。
今の私は長いお休み中だ。
父の仕事を手伝わせてくれと帰ってすぐにお願いしたが、今まで大変だったんだろうからしばらくはゆっくりしとけと父に言われた。
とはいえなにもしないのは性にあわず、毎日食事を作らせてもらっている。

家族三人が揃い、夕食がはじまる。
ちなみにふたつ下の弟は宮崎牛に惚れて宮崎に拠点を置き、買い付けの仕事をしているので滅多に帰ってこない。
てか、宮崎牛を買い付けるためだけに子会社まで興した彼を、我が弟ながら尊敬する。

楽しく食事をしながらふと思う。

……宣利さんはちゃんとごはんを食べてるのかな……。

あの人には私と結婚する前、サプリメントだけで生活していた疑惑がある。
離婚して私がいなくなって、またあの生活に戻っていないだろうか。
せっかく、顔色もよくなったのに。
早く再婚して……再婚。
再婚、かぁ。
あんな大会社の御曹司だし、そのうちそれこそしかるべきお嬢さんと結婚するんだろうな。
いやいや、もう宣利さんなんて気にしないんだって。

「会社のほうはどう?」

つい宣利さんのことを考えている自分へ苦笑いしつつ、彼への思いを断ち切るように父へ話題を振った。

「宣利さんのおかげで……あ、いや」

途中で出してはいけない名だったと気づいたのか、父が言葉を濁らせる。

「いいよ、話振ったの私だし」

苦笑いでご飯を口に運ぶ。
離婚したから融資の即返済、などというのは宣利さんは言わなかった。
それどころか契約どおりゆっくり返してくれたらいいと父に連絡をくれたそうだ。
やっぱり、宣利さんは私が思っていたとおりの人だ。

「私もそろそろなんかしたいな。
なんかない?
仕事。
掃除でもいいよ」

「あのなー」

呆れ気味に父がため息を落とす。

「じゃあ、私の助手はどうかしら?」

いい思いつきだとばかりに母が小さく手を打った。
母は父の会社でメニュー開発の仕事をしている。

「来月、一人辞めるのよ。
だからそこに、花琳ちゃんが入ってもらったらちょうどいいわ」

「母さん」

「そうだよ、よくないよ」

咎めるような父の声に賛同した。
開発部は会社のエリートといえる人たちが集まっている。
そんなところに私なんて、無理。

「えー」

不満げに唇を尖らせる母は、もうすぐ還暦だなんて思えないほど可愛い。
こんな母だから父は惚れたのだろう。

「『えー』でもダメだ」

なぜか父が、少し赤い顔で咳払いする。
やはり、母が可愛いと見惚れていたようだ。

「どこかの店がバイト募集してないか聞いてやる。
それでいいか」

「うん、いいよ」

これで忙しくなれば当面、なにも考えなくてよくなると喜んだものの――。
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