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第一章 短い結婚生活

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少しずつだけれど宣利さんを知り、生活は続いていく。
彼は冷たく見えるが、よくまわりを気遣う誠実な人だと知った。
私は彼に惹かれはじめているんだと思う。

……そのうち、宣利さんを好きになるのかな。

そんな予感がある。
――でも。

『曾祖父が先ほど、息を引き取った』

知らせを聞き、滑り落ちていきそうになった携帯を慌てて掴み直した。

『悪いが、喪服を持ってきてくれ。
場所は……』

「ああ、はい」

我に返り、彼の指示をメモする。

……とうとう、か。

永遠に来なければいいと思っていた。
しかし桜が咲いた頃から容体が悪化し、夏まで持つかと言われていた。

頼まれたものを集め、自分も喪服に着替えて倉森の本邸へと向かう。
そこは今まで亡くなった曾祖父が住んでいたところで、セレブたちの住む街にあった。

「凄い街だな……」

近代的な建物がそびえ立っているかと思ったら、ヨーロッパから移築したんじゃないかと思われるクラッシックな建物も建っている。
それらが微妙な塩梅でマッチしていた。

タクシーは立派な桜並木の坂道を登り、北側にある高級住宅地へと向かっていく。
春先にお見舞いへ行ったときに曾祖父は今年はここの桜が見られないと愚痴っていたが、確かに時期になればこれは見事なものだろう。

住宅街に入るゲートで一度、止められた。
倉森の家のものだと告げたら、すぐに通される。
少し走り、またゲートの前で止まった。
先ほどと同じように倉森の家の者だと告げ、通してもらう。
脇道かと思ったらそこから倉森の土地らしく、まもなく屋敷が見えてきた。

「でっかい家……」

曾祖父が建てたという屋敷は、どこかの華族の屋敷を移築し、改築したものらしい。
だからか、モダンという言葉がぴったりな感じがした。
曾祖父は誰にもこの家を譲らなかったらしく、彼が病院に入ってからはずっと空き家になっていたそうだ。
そういう私も今回、初めて来る。

「わるいな」

玄関の前でタクシーが止まる。
そこでは宣利さんが待っていた。

「いえ」

彼に伴われて家に入る。
そこからは記憶が曖昧だ。
倉森のご両親と祖父母、宣利さんは親類縁者の相手が忙しく、どうしていいか戸惑っていた私は典子さんにいろいろ命じられた。

「おい。
なんで君がそんなことをしているんだ?」

「え?」

弔問客へ出すお茶を運んでいたら、ちょうど通りかかった宣利さんに止められた。

「典子さんに頼まれて……」

「姉さんか」

宣利さんはどうしてか、忌ま忌ましそうだ。

「君はそんなことをしなくていい。
そうだな……いいから僕と一緒にいろ。
いいな」

「えっと……はい?」

「こい」

近くにいた人に私が持っていたお盆を押しつけ、宣利さんは私の手首を掴んで歩いていく。
その後は私が同席していいのか躊躇われる席にまで連れていかれた。
宣利さんの意図はわからないが、たぶん私を気遣ってくれているんだろうなとおとなしくしておいた。

宣利さんは実質、現場指揮官だったので、とにかく忙しかった。
当然、それについて回る私もバタバタしている。
おかげで参列してくれたうちの両親にも満足にお礼すら言えなかったくらいだ。

でも、そのせいでこれから先をあまり考えずに済んだのはよかったかもしれない。
宣利さんと別れたくない。
それが私の正直な気持ちだ。
彼を好きになりはじめている。
もっとこのまま、この生活を続けていたい。
けれど、宣利さんに迷惑をかけるのは嫌だ。
だったら、別れるしかないんだよね……。

とにかく疲れる三日間を過ごし、ようやく我が家へ帰ってきた私の目の前に置かれたのが、離婚届だったというわけだ。
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