愛のない政略結婚で離婚したはずですが、子供ができた途端溺愛モードで元旦那が迫ってくるんですがなんででしょう?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
上 下
2 / 36
第一章 短い結婚生活

1-1

しおりを挟む
それは、突然やってきた。

花琳かりん、すまん!
結婚してくれ!」

仕事が終わり家に帰ってきて、ドアを開けた途端にいきなり父が土下座する。

「……は?」

おかげで理解が追いつかず、間抜けな一音を発して固まった。

「お前には悪いと思っている。
でも、従業員のためなんだ。
頼む、結婚してくれ!」

娘相手に父が、再び床に額を擦りつける。
結婚してくれとは誰と?

「えっと……。
お父さんと?」

「違う!
TAIGAタイガ』の御曹司とだ!」

めっちゃ否定されたけれど、あの言いようでは誤解されても仕方ないのでは?
まあでも、冷静に考えれば父親と結婚とかないよね。
しかし私はそこまで、混乱しているのだ。

「なんで私が、TAIGAの御曹司と?」

TAIGAといえば日本どころか世界有数の自動車企業だ。
あまりに巨大な企業が故に、本社工場のある一帯はTAIGAにちなんで大河たいが市などと名前を変えたくらい。
そんな企業の御曹司と、たかが外食チェーンの娘が結婚だなんて考えられない。

「それは……」

「もう!
お父さんも花琳ちゃんもそんなところで話さなくてもいいじゃない」

奥から出てきた母が、おかしそうにころころと笑う。
確かに私はまだ靴を履いて突っ立ったまま、父は玄関マットの上に正座なんて状態でする話ではないだろう。

「ほら、さっさと上がって。
お腹空いてるでしょ?
先にごはんにしちゃいなさい」

「えっ、あっ」

やっと上がり框を上がった私の背中を、母が押していく。

「今日は花琳ちゃんが好きなロールキャベツよ。
チーズのせて焼いておくから、早く着替えてきてねー」

「あっ、うん」

強引に見送られ、自分の部屋へと行った。
いつも空気の読めない母だがこれで一旦、冷静になる時間ができた。
グッジョブだ。

着替えながら少ない情報から状況を整理する。
相手はあのTAIGAの御曹司で、父は従業員のためだと言っていた。

「従業員のため……?」

そこで、なんとなく状況が見えてきた。
きっと会社を立て直すためだ。
だったら、受けてもいい。
いや、父の、会社のためになるんなら、ふたつ返事で引き受けたいくらいだ。
詳しい話を聞いてから、だが。

父が社長をしている外食チェーン『エールタンジュ』グループは戦後、今は亡き曾祖父がおこなった炊き出しから出発している。

当時、我が家は炭鉱経営を核とする財閥家だった。
しかし曾祖父は食うや食わずの人々に心を痛め、私財を投げ打って炊き出しをおこなう。
人々を笑顔にしたい。
その一心だった。

その後、時代の流れで炭鉱も閉鎖し、僅かばかり残った財で曾祖父は食堂を始める。
そこから順調に会社は成長し、今では外食産業でも中核どころになっていた。
それでも曾祖父の理念、「人々をお腹いっぱいにして笑顔にしたい」
は受け継がれ、今でも月二回のホームレスの炊き出しや、子ども食堂の支援などおこなっている。

私はそんな会社を誇りに思っていたし、曾祖父の理念を受け継ぐ父を尊敬していた。
しかしここ数年、物価高などで経営が悪化してかなり逼迫した状況なのは知っていた。
私になにかできないか考えていたところだったので、結婚もありだ。

ダイニングへ行くと美味しそうな匂いがしていた。

「もうできるからー」

「ありがとー」

自分でご飯をよそい、席に着く。

「おまたせー」

少しして母が、目の前にあつあつのロールキャベツを置いてくれた。
トマトで煮込んだロールキャベツにチーズをかけて焼いたのは私の大好物だ。

「それでお父さん、さっきの話の続きだけどさ」

「お前、こんな大事な話を食べながら……」

声をかけるとリビングでタブレットを睨んでいた父は渋い顔になった。

「こんな話だからごはん食べながらでもないと聞けないって」

「はぁーっ」

大きなため息をついてかけていた老眼鏡を外してテーブルの上に置き、父はダイニングにいる私の前に座った。

「TAIGAを経営している倉森くらもりさんから、うちに話がきたんだ。
お宅のお嬢さんを嫁に迎えたい、話を呑んでくれるなら会社を立て直すだけの融資を約束する、とな」

立て直しが交換条件なのは予想どおりだった。
しかし、私ごときを嫁にもらいたいなどやはり理解できない。

「でも、なんで私なの?
悪いけどうちごときと倉森家では釣りあわない」

「それは……。
うちが元、財閥家だからだそうだ」

「……は?」

よくわからないことを言われ、口に運びかけたスプーンが止まる。
おかげで掬ったロールキャベツがするりと落ちていった。

「えーっと。
お父さん?
もう一回、言ってくれる?」

「だから。
うちが元、財閥家だからだそうだ」

聞き直せばなにか変わるかと思ったが、一言一句なにも変わらなかった。
うちが元財閥家だから?
なんだその理由は。

「わるいけど、元財閥家っていったってもう影も形もないよ?」

「そうだな」

父が、母の淹れてくれたお茶を飲む。

「なのにそんな理由で私が嫁に欲しいと?」

「そうだ」

父は頷いたが、やはりまったく理解ができない。

おかげで掬ったロールキャベツがするりと落ちていった。

「えーっと。
お父さん?
もう一回、言ってくれる?」

「だから。
うちが元、財閥家だからだそうだ」

聞き直せばなにか変わるかと思ったが、一言一句なにも変わらなかった。
うちが元財閥家だから?
なんだその理由は。

「わるいけど、元財閥家っていったってもう影も形もないよ?」

「そうだな」

父が、母の淹れてくれたお茶を飲む。

「なのにそんな理由で私が嫁に欲しいと?」

「そうだ」

父は頷いたが、やはりまったく理解ができない。

「なんで?」

「俺も知らん」

いや、父よ。
自分も理由を知らずに我が娘を嫁がせようとしているのか?

「とにかく週末、一度、会って話をしようってことになってる。
いいか」

「いいよ」

父の会社のために結婚するのはやぶさかでもない。
しかし、ジャッジを下すのは話を聞いてからでもいいだろう。

こうして週末、当事者である倉森宣利さんとそのご両親に会ったのだけれど、私を嫁にもらいたい理由はさらに衝撃的だった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

政略結婚だけど溺愛されてます

紗夏
恋愛
隣国との同盟の証として、その国の王太子の元に嫁ぐことになったソフィア。 結婚して1年経っても未だ形ばかりの妻だ。 ソフィアは彼を愛しているのに…。 夫のセオドアはソフィアを大事にはしても、愛してはくれない。 だがこの結婚にはソフィアも知らない事情があって…?! 不器用夫婦のすれ違いストーリーです。

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

拉致られて家事をしてたら、カタギじゃなくなってた?!

satomi
恋愛
肩がぶつかって詰め寄られた杏。謝ったのに、逆ギレをされ殴りかかられたので、正当防衛だよね?と自己確認をし、逆に抑え込んだら、何故か黒塗り高級車で連れて行かれた。……先は西谷組。それからは組員たちからは姐さんと呼ばれるようになった。西谷組のトップは二代目・光輝。杏は西谷組で今後光輝のSP等をすることになった。 が杏は家事が得意だった。組員にも大好評。光輝もいつしか心をよせるように……

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...