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第一章 短い結婚生活
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それは、突然やってきた。
「花琳、すまん!
結婚してくれ!」
仕事が終わり家に帰ってきて、ドアを開けた途端にいきなり父が土下座する。
「……は?」
おかげで理解が追いつかず、間抜けな一音を発して固まった。
「お前には悪いと思っている。
でも、従業員のためなんだ。
頼む、結婚してくれ!」
娘相手に父が、再び床に額を擦りつける。
結婚してくれとは誰と?
「えっと……。
お父さんと?」
「違う!
『TAIGA』の御曹司とだ!」
めっちゃ否定されたけれど、あの言いようでは誤解されても仕方ないのでは?
まあでも、冷静に考えれば父親と結婚とかないよね。
しかし私はそこまで、混乱しているのだ。
「なんで私が、TAIGAの御曹司と?」
TAIGAといえば日本どころか世界有数の自動車企業だ。
あまりに巨大な企業が故に、本社工場のある一帯はTAIGAにちなんで大河市などと名前を変えたくらい。
そんな企業の御曹司と、たかが外食チェーンの娘が結婚だなんて考えられない。
「それは……」
「もう!
お父さんも花琳ちゃんもそんなところで話さなくてもいいじゃない」
奥から出てきた母が、おかしそうにころころと笑う。
確かに私はまだ靴を履いて突っ立ったまま、父は玄関マットの上に正座なんて状態でする話ではないだろう。
「ほら、さっさと上がって。
お腹空いてるでしょ?
先にごはんにしちゃいなさい」
「えっ、あっ」
やっと上がり框を上がった私の背中を、母が押していく。
「今日は花琳ちゃんが好きなロールキャベツよ。
チーズのせて焼いておくから、早く着替えてきてねー」
「あっ、うん」
強引に見送られ、自分の部屋へと行った。
いつも空気の読めない母だがこれで一旦、冷静になる時間ができた。
グッジョブだ。
着替えながら少ない情報から状況を整理する。
相手はあのTAIGAの御曹司で、父は従業員のためだと言っていた。
「従業員のため……?」
そこで、なんとなく状況が見えてきた。
きっと会社を立て直すためだ。
だったら、受けてもいい。
いや、父の、会社のためになるんなら、ふたつ返事で引き受けたいくらいだ。
詳しい話を聞いてから、だが。
父が社長をしている外食チェーン『エールタンジュ』グループは戦後、今は亡き曾祖父がおこなった炊き出しから出発している。
当時、我が家は炭鉱経営を核とする財閥家だった。
しかし曾祖父は食うや食わずの人々に心を痛め、私財を投げ打って炊き出しをおこなう。
人々を笑顔にしたい。
その一心だった。
その後、時代の流れで炭鉱も閉鎖し、僅かばかり残った財で曾祖父は食堂を始める。
そこから順調に会社は成長し、今では外食産業でも中核どころになっていた。
それでも曾祖父の理念、「人々をお腹いっぱいにして笑顔にしたい」
は受け継がれ、今でも月二回のホームレスの炊き出しや、子ども食堂の支援などおこなっている。
私はそんな会社を誇りに思っていたし、曾祖父の理念を受け継ぐ父を尊敬していた。
しかしここ数年、物価高などで経営が悪化してかなり逼迫した状況なのは知っていた。
私になにかできないか考えていたところだったので、結婚もありだ。
ダイニングへ行くと美味しそうな匂いがしていた。
「もうできるからー」
「ありがとー」
自分でご飯をよそい、席に着く。
「おまたせー」
少しして母が、目の前にあつあつのロールキャベツを置いてくれた。
トマトで煮込んだロールキャベツにチーズをかけて焼いたのは私の大好物だ。
「それでお父さん、さっきの話の続きだけどさ」
「お前、こんな大事な話を食べながら……」
声をかけるとリビングでタブレットを睨んでいた父は渋い顔になった。
「こんな話だからごはん食べながらでもないと聞けないって」
「はぁーっ」
大きなため息をついてかけていた老眼鏡を外してテーブルの上に置き、父はダイニングにいる私の前に座った。
「TAIGAを経営している倉森さんから、うちに話がきたんだ。
お宅のお嬢さんを嫁に迎えたい、話を呑んでくれるなら会社を立て直すだけの融資を約束する、とな」
立て直しが交換条件なのは予想どおりだった。
しかし、私ごときを嫁にもらいたいなどやはり理解できない。
「でも、なんで私なの?
悪いけどうちごときと倉森家では釣りあわない」
「それは……。
うちが元、財閥家だからだそうだ」
「……は?」
よくわからないことを言われ、口に運びかけたスプーンが止まる。
おかげで掬ったロールキャベツがするりと落ちていった。
「えーっと。
お父さん?
もう一回、言ってくれる?」
「だから。
うちが元、財閥家だからだそうだ」
聞き直せばなにか変わるかと思ったが、一言一句なにも変わらなかった。
うちが元財閥家だから?
なんだその理由は。
「わるいけど、元財閥家っていったってもう影も形もないよ?」
「そうだな」
父が、母の淹れてくれたお茶を飲む。
「なのにそんな理由で私が嫁に欲しいと?」
「そうだ」
父は頷いたが、やはりまったく理解ができない。
おかげで掬ったロールキャベツがするりと落ちていった。
「えーっと。
お父さん?
もう一回、言ってくれる?」
「だから。
うちが元、財閥家だからだそうだ」
聞き直せばなにか変わるかと思ったが、一言一句なにも変わらなかった。
うちが元財閥家だから?
なんだその理由は。
「わるいけど、元財閥家っていったってもう影も形もないよ?」
「そうだな」
父が、母の淹れてくれたお茶を飲む。
「なのにそんな理由で私が嫁に欲しいと?」
「そうだ」
父は頷いたが、やはりまったく理解ができない。
「なんで?」
「俺も知らん」
いや、父よ。
自分も理由を知らずに我が娘を嫁がせようとしているのか?
「とにかく週末、一度、会って話をしようってことになってる。
いいか」
「いいよ」
父の会社のために結婚するのはやぶさかでもない。
しかし、ジャッジを下すのは話を聞いてからでもいいだろう。
こうして週末、当事者である倉森宣利さんとそのご両親に会ったのだけれど、私を嫁にもらいたい理由はさらに衝撃的だった。
「花琳、すまん!
結婚してくれ!」
仕事が終わり家に帰ってきて、ドアを開けた途端にいきなり父が土下座する。
「……は?」
おかげで理解が追いつかず、間抜けな一音を発して固まった。
「お前には悪いと思っている。
でも、従業員のためなんだ。
頼む、結婚してくれ!」
娘相手に父が、再び床に額を擦りつける。
結婚してくれとは誰と?
「えっと……。
お父さんと?」
「違う!
『TAIGA』の御曹司とだ!」
めっちゃ否定されたけれど、あの言いようでは誤解されても仕方ないのでは?
まあでも、冷静に考えれば父親と結婚とかないよね。
しかし私はそこまで、混乱しているのだ。
「なんで私が、TAIGAの御曹司と?」
TAIGAといえば日本どころか世界有数の自動車企業だ。
あまりに巨大な企業が故に、本社工場のある一帯はTAIGAにちなんで大河市などと名前を変えたくらい。
そんな企業の御曹司と、たかが外食チェーンの娘が結婚だなんて考えられない。
「それは……」
「もう!
お父さんも花琳ちゃんもそんなところで話さなくてもいいじゃない」
奥から出てきた母が、おかしそうにころころと笑う。
確かに私はまだ靴を履いて突っ立ったまま、父は玄関マットの上に正座なんて状態でする話ではないだろう。
「ほら、さっさと上がって。
お腹空いてるでしょ?
先にごはんにしちゃいなさい」
「えっ、あっ」
やっと上がり框を上がった私の背中を、母が押していく。
「今日は花琳ちゃんが好きなロールキャベツよ。
チーズのせて焼いておくから、早く着替えてきてねー」
「あっ、うん」
強引に見送られ、自分の部屋へと行った。
いつも空気の読めない母だがこれで一旦、冷静になる時間ができた。
グッジョブだ。
着替えながら少ない情報から状況を整理する。
相手はあのTAIGAの御曹司で、父は従業員のためだと言っていた。
「従業員のため……?」
そこで、なんとなく状況が見えてきた。
きっと会社を立て直すためだ。
だったら、受けてもいい。
いや、父の、会社のためになるんなら、ふたつ返事で引き受けたいくらいだ。
詳しい話を聞いてから、だが。
父が社長をしている外食チェーン『エールタンジュ』グループは戦後、今は亡き曾祖父がおこなった炊き出しから出発している。
当時、我が家は炭鉱経営を核とする財閥家だった。
しかし曾祖父は食うや食わずの人々に心を痛め、私財を投げ打って炊き出しをおこなう。
人々を笑顔にしたい。
その一心だった。
その後、時代の流れで炭鉱も閉鎖し、僅かばかり残った財で曾祖父は食堂を始める。
そこから順調に会社は成長し、今では外食産業でも中核どころになっていた。
それでも曾祖父の理念、「人々をお腹いっぱいにして笑顔にしたい」
は受け継がれ、今でも月二回のホームレスの炊き出しや、子ども食堂の支援などおこなっている。
私はそんな会社を誇りに思っていたし、曾祖父の理念を受け継ぐ父を尊敬していた。
しかしここ数年、物価高などで経営が悪化してかなり逼迫した状況なのは知っていた。
私になにかできないか考えていたところだったので、結婚もありだ。
ダイニングへ行くと美味しそうな匂いがしていた。
「もうできるからー」
「ありがとー」
自分でご飯をよそい、席に着く。
「おまたせー」
少しして母が、目の前にあつあつのロールキャベツを置いてくれた。
トマトで煮込んだロールキャベツにチーズをかけて焼いたのは私の大好物だ。
「それでお父さん、さっきの話の続きだけどさ」
「お前、こんな大事な話を食べながら……」
声をかけるとリビングでタブレットを睨んでいた父は渋い顔になった。
「こんな話だからごはん食べながらでもないと聞けないって」
「はぁーっ」
大きなため息をついてかけていた老眼鏡を外してテーブルの上に置き、父はダイニングにいる私の前に座った。
「TAIGAを経営している倉森さんから、うちに話がきたんだ。
お宅のお嬢さんを嫁に迎えたい、話を呑んでくれるなら会社を立て直すだけの融資を約束する、とな」
立て直しが交換条件なのは予想どおりだった。
しかし、私ごときを嫁にもらいたいなどやはり理解できない。
「でも、なんで私なの?
悪いけどうちごときと倉森家では釣りあわない」
「それは……。
うちが元、財閥家だからだそうだ」
「……は?」
よくわからないことを言われ、口に運びかけたスプーンが止まる。
おかげで掬ったロールキャベツがするりと落ちていった。
「えーっと。
お父さん?
もう一回、言ってくれる?」
「だから。
うちが元、財閥家だからだそうだ」
聞き直せばなにか変わるかと思ったが、一言一句なにも変わらなかった。
うちが元財閥家だから?
なんだその理由は。
「わるいけど、元財閥家っていったってもう影も形もないよ?」
「そうだな」
父が、母の淹れてくれたお茶を飲む。
「なのにそんな理由で私が嫁に欲しいと?」
「そうだ」
父は頷いたが、やはりまったく理解ができない。
おかげで掬ったロールキャベツがするりと落ちていった。
「えーっと。
お父さん?
もう一回、言ってくれる?」
「だから。
うちが元、財閥家だからだそうだ」
聞き直せばなにか変わるかと思ったが、一言一句なにも変わらなかった。
うちが元財閥家だから?
なんだその理由は。
「わるいけど、元財閥家っていったってもう影も形もないよ?」
「そうだな」
父が、母の淹れてくれたお茶を飲む。
「なのにそんな理由で私が嫁に欲しいと?」
「そうだ」
父は頷いたが、やはりまったく理解ができない。
「なんで?」
「俺も知らん」
いや、父よ。
自分も理由を知らずに我が娘を嫁がせようとしているのか?
「とにかく週末、一度、会って話をしようってことになってる。
いいか」
「いいよ」
父の会社のために結婚するのはやぶさかでもない。
しかし、ジャッジを下すのは話を聞いてからでもいいだろう。
こうして週末、当事者である倉森宣利さんとそのご両親に会ったのだけれど、私を嫁にもらいたい理由はさらに衝撃的だった。
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