4 / 4
4.我慢……しなくていいよ
しおりを挟む
気がついたらベッドの上だった。
「あれ……ここ、どこだ……?」
ぼーっとまわりを見渡して、いわゆるラブホテルだって気付き、頬に熱が上がってくる。
というか、なんでこんなところにいるんだろ?
「あ、目、覚めましたか?」
声のした方を見たら、大宮が床に座って携帯をいじっていた。
「水、飲みます?」
「……ああ」
渡されたペットボトルを受け取ると、大宮がベッドに手をついた。
ぎしっ、ベッドが揺れるだけでも身体がぴくりと反応してしまうのに、そのまま隣に座ってくる。
大宮の重さの分だけベッドが沈み、それだけでどきどきと速く鼓動し始めた心臓を落ち着けようと、ペットボトルをゆっくりと傾けた。
「柏原課長、よっぽど気、張ってたんでしょうね。
酔っぱらって寝ちゃって。
家、知らないから遅れないし、俺んち、ここから少し遠いし。
悪いとは思ったんですが、仕方なく」
「あ、ああ。
気、使わせて悪かったな。
……じゃ、じゃあ、帰ろうか」
「もう終電、終わってますよ」
そっと手を重ねられただけで肩が跳ねる。
なのにその手は指を絡めて握ってきた。
「……留美」
耳にかかる吐息に、ぞわぞわとした感覚が身体中に広がる。
それは決して、不快ではなくて。
ゆっくりと近づいてきた顔に、間抜けにも眼鏡かけたままキスなんてできるんだろうか、とか考えながら見つめていた。
それに気がついたのか、大宮は唇がふれる寸前で顔を離した。
「留美、目、閉じて」
苦笑いをして、繋いでいない方の手で優しくあたまにふれ、瞼に口付けを落としてくる。
目を閉じると今度は……唇に柔らかい感触。
ただ、それだけなのに包まれる幸福感。
……恋ってこんなに幸せなんだ。
初めて知る、幸せ。
「もっとキスさせて」
そっとふれる手に自分から頬を寄せる。
再び重なる唇。
何度も何度もふれるだけでおかしくなりそう、なのに。
そっと口腔にぬめったそれが入ってくる。
どうしていいのかわからなくてされるがままになりながらも、次第に自分の口から漏れ出すのは熱を帯びた甘い吐息。
ジンジンと痺れるあたまに支配されていく。
繋いでいた大宮の手は離れ、両手で私のあたまを掴んで髪を乱す。
堕ちていくのが怖くて私は、両手をその首に回してしがみついた。
「……やっぱり、無理」
唇が離れて、そう漏らした大宮に悲しくなった。
……やっぱり、この年で処女とか、重すぎる?
「ああ、そんな顔しないでください!!
そういう意味じゃなくて、その」
そっと私の手を取り、大宮は自分自身のそこにふれさせた。
ふれた瞬間、びくりと私が身体を震わせ、大宮はふっと優しく瞳を細めてそっとおでこに口付けしてくる。
怖々再びふれると、そこは……スラックスの上からでもわかるほど、きつそうに張りつめていた。
「わかりますか?
留美があんまり可愛いから、こんなになっちゃったんです。
ほんとは時間をおいて、ゆっくりするつもりだったんですが……。
もう我慢できない、っていうか。
あ、でも、留美に無理させられないですし、やっぱり我慢します」
困ったように笑う大宮に心臓がぎゅーっと締め付けられる。
……だから。
「……いいよ」
「はい?」
「……いいよ。
そのかわり、優しくして、ね」
熱い顔で、おずおずと上目遣いで見上げる。
目のあった大宮はなぜか真っ赤になった。
「ありがとうございます。
うんと優しく、しますね」
ゆっくりと押し倒され、再び唇が重なる。
そして私は――。
私はいま、困った問題に直面している。
困った……うん。
困った問題だ。
ちなみに、ついふた月前もやはり、人生最大じゃないかと思う問題に直面していたが、今回もやはり。
……ひと月ほど前に付き合い始めた、部下で十歳年下の伊織が私に求婚してくるのだ。
いや、求婚してくれるのは素直に嬉しい。
でも、付き合ってまだひと月なわけで。
しかも私からすれば初彼なわけで。
さらにいうなら相手は十も年下となると、それなりに問題もあるわけで。
「えー、関係ないですよ。
留美、思った以上に可愛いから俺、腕の中に閉じ込めておきたいんですもん。
でも、それ、無理だから。
せめて結婚して縛りたい」
にっこりと笑ってそんなことを言ってくる伊織にため息が漏れる。
「いや、だから……」
「それとも留美は俺のこと、嫌いですか?」
「……好き」
「なら問題ないですよね?」
ちゅっとキスされただけで、いまだにどきどきしてしまう私は結局、黙ってしまって。
伊織は勝手に、結婚の計画を練り始める。
……どうも私は、とんでもない部下に捕まってしまったようだ。
【終】
「あれ……ここ、どこだ……?」
ぼーっとまわりを見渡して、いわゆるラブホテルだって気付き、頬に熱が上がってくる。
というか、なんでこんなところにいるんだろ?
「あ、目、覚めましたか?」
声のした方を見たら、大宮が床に座って携帯をいじっていた。
「水、飲みます?」
「……ああ」
渡されたペットボトルを受け取ると、大宮がベッドに手をついた。
ぎしっ、ベッドが揺れるだけでも身体がぴくりと反応してしまうのに、そのまま隣に座ってくる。
大宮の重さの分だけベッドが沈み、それだけでどきどきと速く鼓動し始めた心臓を落ち着けようと、ペットボトルをゆっくりと傾けた。
「柏原課長、よっぽど気、張ってたんでしょうね。
酔っぱらって寝ちゃって。
家、知らないから遅れないし、俺んち、ここから少し遠いし。
悪いとは思ったんですが、仕方なく」
「あ、ああ。
気、使わせて悪かったな。
……じゃ、じゃあ、帰ろうか」
「もう終電、終わってますよ」
そっと手を重ねられただけで肩が跳ねる。
なのにその手は指を絡めて握ってきた。
「……留美」
耳にかかる吐息に、ぞわぞわとした感覚が身体中に広がる。
それは決して、不快ではなくて。
ゆっくりと近づいてきた顔に、間抜けにも眼鏡かけたままキスなんてできるんだろうか、とか考えながら見つめていた。
それに気がついたのか、大宮は唇がふれる寸前で顔を離した。
「留美、目、閉じて」
苦笑いをして、繋いでいない方の手で優しくあたまにふれ、瞼に口付けを落としてくる。
目を閉じると今度は……唇に柔らかい感触。
ただ、それだけなのに包まれる幸福感。
……恋ってこんなに幸せなんだ。
初めて知る、幸せ。
「もっとキスさせて」
そっとふれる手に自分から頬を寄せる。
再び重なる唇。
何度も何度もふれるだけでおかしくなりそう、なのに。
そっと口腔にぬめったそれが入ってくる。
どうしていいのかわからなくてされるがままになりながらも、次第に自分の口から漏れ出すのは熱を帯びた甘い吐息。
ジンジンと痺れるあたまに支配されていく。
繋いでいた大宮の手は離れ、両手で私のあたまを掴んで髪を乱す。
堕ちていくのが怖くて私は、両手をその首に回してしがみついた。
「……やっぱり、無理」
唇が離れて、そう漏らした大宮に悲しくなった。
……やっぱり、この年で処女とか、重すぎる?
「ああ、そんな顔しないでください!!
そういう意味じゃなくて、その」
そっと私の手を取り、大宮は自分自身のそこにふれさせた。
ふれた瞬間、びくりと私が身体を震わせ、大宮はふっと優しく瞳を細めてそっとおでこに口付けしてくる。
怖々再びふれると、そこは……スラックスの上からでもわかるほど、きつそうに張りつめていた。
「わかりますか?
留美があんまり可愛いから、こんなになっちゃったんです。
ほんとは時間をおいて、ゆっくりするつもりだったんですが……。
もう我慢できない、っていうか。
あ、でも、留美に無理させられないですし、やっぱり我慢します」
困ったように笑う大宮に心臓がぎゅーっと締め付けられる。
……だから。
「……いいよ」
「はい?」
「……いいよ。
そのかわり、優しくして、ね」
熱い顔で、おずおずと上目遣いで見上げる。
目のあった大宮はなぜか真っ赤になった。
「ありがとうございます。
うんと優しく、しますね」
ゆっくりと押し倒され、再び唇が重なる。
そして私は――。
私はいま、困った問題に直面している。
困った……うん。
困った問題だ。
ちなみに、ついふた月前もやはり、人生最大じゃないかと思う問題に直面していたが、今回もやはり。
……ひと月ほど前に付き合い始めた、部下で十歳年下の伊織が私に求婚してくるのだ。
いや、求婚してくれるのは素直に嬉しい。
でも、付き合ってまだひと月なわけで。
しかも私からすれば初彼なわけで。
さらにいうなら相手は十も年下となると、それなりに問題もあるわけで。
「えー、関係ないですよ。
留美、思った以上に可愛いから俺、腕の中に閉じ込めておきたいんですもん。
でも、それ、無理だから。
せめて結婚して縛りたい」
にっこりと笑ってそんなことを言ってくる伊織にため息が漏れる。
「いや、だから……」
「それとも留美は俺のこと、嫌いですか?」
「……好き」
「なら問題ないですよね?」
ちゅっとキスされただけで、いまだにどきどきしてしまう私は結局、黙ってしまって。
伊織は勝手に、結婚の計画を練り始める。
……どうも私は、とんでもない部下に捕まってしまったようだ。
【終】
11
お気に入りに追加
47
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
チョコレートは澤田
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「食えば?」
突然、目の前に差し出された板チョコに驚いた。
同僚にきつく当たられ、つらくてトイレで泣いて出てきたところ。
戸惑ってる私を無視して、黒縁眼鏡の男、澤田さんは私にさらに板チョコを押しつけた。
……この日から。
私が泣くといつも、澤田さんは板チョコを差し出してくる。
彼は一体、なにがしたいんだろう……?
昨日、彼を振りました。
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「三峰が、好きだ」
四つ年上の同僚、荒木さんに告白された。
でも、いままでの関係でいたかった私は彼を――振ってしまった。
なのに、翌日。
眼鏡をかけてきた荒木さんに胸がきゅんと音を立てる。
いやいや、相手は昨日、振った相手なんですが――!!
三峰未來
24歳
会社員
恋愛はちょっぴり苦手。
恋愛未満の関係に甘えていたいタイプ
×
荒木尚尊
28歳
会社員
面倒見のいい男
嫌われるくらいなら、恋人になれなくてもいい?
昨日振った人を好きになるとかあるのかな……?
濃厚接触、したい
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
とうとう我が社でもテレワークがはじまったのはいいんだけど。
いつも無表情、きっと表情筋を前世に忘れてきた課長が。
課長がー!!
このギャップ萌え、どうしてくれよう……?
******
2020/04/30 公開
******
表紙画像 Photo by Henry & Co. on Unsplash
逆バレンタインは波乱の予感!?
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
バレンタイン。
チョコを渡せずにいたら、反対に彼から渡された。
男だけもらえるのずるい!とか冗談で言ったのを真に受けたらしい。
それはいい。
それはいいが、中身はチョコじゃなくて指環と婚姻届!
普通なら喜ぶところだろうけど、私たちはもうすぐ終わりそうなカップルなのです……。
遠回りの恋の行方は
国樹田 樹
恋愛
――二年付き合った人に別れを告げた。告白されたからという理由だけで付き合える様な、そんな女だった筈なのに、いつの間にか胸には想う人が居て。
「お前、別れたんだって?」
かつての恋人と別れてから一週間後。
残業上がりのオフィスでそう声をかけてきたのは、私が決して想いを告げる事の無い、近くて遠い、上司だった。
可愛い上司
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
case1 先生の場合
私が助手についている、大学の教授は可愛い。
だからみんなに先生がどんなに可愛いか力説するんだけど、全然わかってもらえない。
なんで、なんだろ?
case2 課長の場合
うちの課長はいわゆるできる男って奴だ。
さらにはイケメン。
完璧すぎてたまに、同じ人間か疑いたくなる。
でもそんな彼には秘密があったのだ……。
マニアにはたまらない?
可愛い上司2タイプ。
あなたはどちらが好みですか……?
Promise Ring
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。
下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。
若くして独立し、業績も上々。
しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。
なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。
○と□~丸い課長と四角い私~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
佐々鳴海。
会社員。
職場の上司、蔵田課長とは犬猿の仲。
水と油。
まあ、そんな感じ。
けれどそんな私たちには秘密があるのです……。
******
6話完結。
毎日21時更新。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる