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年越し蕎麦は家族とともに
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年の瀬の夜、皆様いかがお過ごしでしょうか。
「なんでお前ここに居るわけ?」
「いや、ここ俺んちだし」
「そういうことを言ってるんじゃない」
「…はい」
私は今、幼馴染兼同居人から説教を受けています。
長かったような短かったような今年も、ようやく終わりを迎えようとしているこの日。あいにくの雨模様の中、リビングのテレビから流れるのは大晦日恒例の歌合戦、その事前番組である。赤と白で彩られたセットの中、大御所から新人まで、見知った顔が大勢並んでいた。
一方、表向き煌びやかなテレビ内の喧騒からは遠く離れた自宅で、大掃除を終えた俺の目の前にはほかほかと湯気を上げる蕎麦の丼が置かれている。
灰色の細い麺の上で、祐樹お手製のえび天が少しずつ汁を吸ってへなっとしおれていくのがなんだか悲しい。
蕎麦、楽しみにしてたんだけどな。
「…あの、祐樹さん」
「ああ?」
「…お蕎麦食べちゃダメですか」
「お前話聞いてねえだろ」
「麺のびちゃうし」
「……食え」
不服そうなことこの上なかったが、ひとまず作り手にお許しを得られたので、俺は箸を取って手を合わせる。
試しに齧ってみたえび天は、幸いにも揚げたてのサクサク感を残していた。しなっとしているのも悪くないけど、やっぱり揚げ物はサクサクが一番だ。
昆布から出汁を取って作ったというつゆもちょうどいい薄味で、温かさが疲れた体に染み渡るようだ。
それにしても、まさかえび天まで自分で作るとは思わなかった。いつかやるかもとは思っていたが、本当にやるとは。
流石に麺は市販の筈なのだけれど、この感じだといつかそれも自分で作ってみるとか言い出しそうだ。まあ、美味しいから別にいいけども。
「野菜も食えよ」
「分かってますって」
食卓には年越し蕎麦の他に、おかずとして毎年恒例の筑前煮(?)が並んでいる。
?と言ってしまっているのは、正直これが何かよく分からないからだ。なんでも、祐樹自身もこの料理の正式名称はよく分からないらしく、以前尋ねた時に首を捻っていた。「家庭料理は大体そんなもん」とのことだ。
入っている具材は、にんじん、椎茸、こんにゃく、ごぼう、れんこんに鶏肉といったところか。筑前煮との違いは(調理工程の方は一旦置いておいて)、具材にさやえんどうがないくらいだろうか?
この煮物は今大皿に出ている分の他、コンロの上の鍋にもまだいくらか残っている。男二人とはいえ流石に多い量だが、今晩残ったとしても明日の朝作ってくれるのであろう雑煮にそのまま入ることになるから全く問題ない。というかむしろ、その為に作ったという方が正しいのだが。
祐樹の作るお雑煮は、醤油やめんつゆから作った濃い目の味付けの汁に、焼いた餅とさっき挙げた具材がごろごろ入った具だくさんのお雑煮である。
地元で食べられているそれとはまったく違ったその正月料理は、母親や祖母から教わったのだと祐樹は言う。そういえば、祐樹のお母さんの地元はそっちの方だと聞く。
「…で?」
「ん?」
同居を始めて数年、祐樹の作るその味にもそれなりに慣れてきた。これまで年末年始も祐樹の実家にお世話になることはなかったから、初めてのお正月はちょっと驚いたけども。
年末恒例になったご飯に舌鼓を打っていると、祐樹はようやっと思い出したかのように口を開いた。正直な所、自分も忘れていた。
「なんでお前は今日家にいるんだ」
「休みだからじゃん」
「だから、何で休みかって聞いてんだよ」
非難するかのように、正面からぎろりと睨まれる。きっと本人にはそんなつもりはなかったのだと思うけれど、元より祐樹は目つきが鋭い方だから、どうしてもそう見えてしまう。そんな姿も案外サマになるのだが。
「お前、今日の司会のオファー来てたんだろうが」
「……なんでそのこと知ってんの」
危うく、蕎麦が変なとこに入り込むところだった。
俺のこの返答に、話題を変えようとか、話を逸らそうとかいった意図は一切ない。…ないのだが、そう尋ねずにはいられなかった。
だって、結局は断ったとはいえ、そのオファーは口外秘の筈なのだから。
業界からしてみれば完全なる部外者であるこの男が、それを知っている訳がないのである。
「海堂さんが言ってたぞ」
「よりによってそこかよ」
…いや、守秘義務が云々って言ってたのはどうしたんだよ。
海堂さん、というのは俺の所属する事務所の社長のことである。一応は俺を拾い上げてくれた恩人であり、もう一人の父親のような存在でもあるのだが、どう見てもカタギには見えない強面と威圧感から、仕事以外の理由で自分から進んで近寄ろうとする人間はほとんどいないような人だ。
そんな社長と、この親友は何故か仲良くなったらしい。仲良くなったとは言っても、時々LINEで世間話をするくらいだとは聞いていたが。
「なんでそんなこと話してんだあのオヤジ…」
「なあ、なんで断ったんだよ」
『あれの司会なんて、大変だろうけど相当名誉なことだろうが』。
"父親"の奇行、いや問題行動に文字通り頭を抱える俺のことなどお構いなく、祐樹はそう言って、ついでにずずっと蕎麦を啜った。
(名誉、ねえ…)
汁を吸ったえび天を齧りながら、俺は内心ひとりごちた。
確かに、某番組と言えば、誰もが知る年末の定番。一年にたった一人、もしくは一組しか選ばれない白組司会という立場。ついでに言うと、もし今回俺が受けていれば歴代最年少の白組司会ということになっていたらしい。ある意味、それもまた名誉なことだろう。
分からなくはない。だけど。
「俺そーゆーの興味ないの。そもそも司会なんてやったことないし。初司会がこれなんて荷が重すぎだって」
「今年は璃桜と透真も出るんだろ?」
祐樹が言ったちょうどその時、事前番組の画面はまるで示し合わせたかのように切り替わる。画面に映し出されたのは、俺たちもよく知っているあの二人だ。
メジャーデビュー2年目にして初出演、しかも普段滅多にメディア露出をしない二人が珍しくお茶の間に出てくるともなれば、マスコミとしても注目せざるを得ないのはよく分かる。
「見てやれば良かったのによ、一番近くで」
「…お前って案外あいつらのこと気に入ってるよねえ」
前から面識があった璃桜の方はまだしも、最近初めて顔を合わせた透真に対してもこれだ。
その優しさというか慈愛の情というか…を、もう少しで良いからこの幼馴染にも向けて欲しいものだが。
「クリスマスといい年末年始といい、お前わざとだろ」
「何が?」
「クリスマスに仕事あったの最初の年だけだったし、年末年始は毎年家にいるじゃねえか」
「偶然だってば」
「お前ほんとに仕事してんのか?」
「急に失礼すぎない?」
いや、本当に。辛辣過ぎませんかね。
「いいじゃん別に。クリスマスも年末年始も、家族と過ごすもんでしょ」
「…家族じゃねえだろ」
「別に血の繋がりだけが家族じゃないし。だいいち、」
本当なら、『こんだけ一緒にいるんだからもう家族みたいなもんでしょ』と続く筈だった。
今までなら何の気なしに言えていた言葉だが、こんな歳にもなると…何と言うか、物凄くこっぱずかしい。
「だいいち?」
「…ほら、早く食ってテレビ見ようよ」
「…?おう」
祐樹とのルームシェアを始めて最初に迎えた年末年始が休みだったのは偶然だ。でも実は、それ以降の年末年始に仕事を入れていないのは完全に狙ったことだったりする。
某番組の司会だって、海堂さんからも事務所の人からもしつこいくらいに説得されたけど、どうにか辞退している。だからこうして、今祐樹と蕎麦を啜っていられるのだ。
どうしてここまで頑なに、クリスマスと年末年始に仕事を入れないのか。
それについて、事務所には特に何も言っていない。ただ、「仕事を入れたくない」とだけ。
(ほんとのこと言ったら、怒るんだろうな…)
「ちょっとのびてたな、蕎麦」
「そう?あんまし気になんなかったけど」
「馬鹿舌には分かんねえか」
「今日の祐樹さん辛辣過ぎません?色々と」
一人で過ごすには広すぎるこの部屋で、この男を一人にさせたくないから、だなんて。
「なんでお前ここに居るわけ?」
「いや、ここ俺んちだし」
「そういうことを言ってるんじゃない」
「…はい」
私は今、幼馴染兼同居人から説教を受けています。
長かったような短かったような今年も、ようやく終わりを迎えようとしているこの日。あいにくの雨模様の中、リビングのテレビから流れるのは大晦日恒例の歌合戦、その事前番組である。赤と白で彩られたセットの中、大御所から新人まで、見知った顔が大勢並んでいた。
一方、表向き煌びやかなテレビ内の喧騒からは遠く離れた自宅で、大掃除を終えた俺の目の前にはほかほかと湯気を上げる蕎麦の丼が置かれている。
灰色の細い麺の上で、祐樹お手製のえび天が少しずつ汁を吸ってへなっとしおれていくのがなんだか悲しい。
蕎麦、楽しみにしてたんだけどな。
「…あの、祐樹さん」
「ああ?」
「…お蕎麦食べちゃダメですか」
「お前話聞いてねえだろ」
「麺のびちゃうし」
「……食え」
不服そうなことこの上なかったが、ひとまず作り手にお許しを得られたので、俺は箸を取って手を合わせる。
試しに齧ってみたえび天は、幸いにも揚げたてのサクサク感を残していた。しなっとしているのも悪くないけど、やっぱり揚げ物はサクサクが一番だ。
昆布から出汁を取って作ったというつゆもちょうどいい薄味で、温かさが疲れた体に染み渡るようだ。
それにしても、まさかえび天まで自分で作るとは思わなかった。いつかやるかもとは思っていたが、本当にやるとは。
流石に麺は市販の筈なのだけれど、この感じだといつかそれも自分で作ってみるとか言い出しそうだ。まあ、美味しいから別にいいけども。
「野菜も食えよ」
「分かってますって」
食卓には年越し蕎麦の他に、おかずとして毎年恒例の筑前煮(?)が並んでいる。
?と言ってしまっているのは、正直これが何かよく分からないからだ。なんでも、祐樹自身もこの料理の正式名称はよく分からないらしく、以前尋ねた時に首を捻っていた。「家庭料理は大体そんなもん」とのことだ。
入っている具材は、にんじん、椎茸、こんにゃく、ごぼう、れんこんに鶏肉といったところか。筑前煮との違いは(調理工程の方は一旦置いておいて)、具材にさやえんどうがないくらいだろうか?
この煮物は今大皿に出ている分の他、コンロの上の鍋にもまだいくらか残っている。男二人とはいえ流石に多い量だが、今晩残ったとしても明日の朝作ってくれるのであろう雑煮にそのまま入ることになるから全く問題ない。というかむしろ、その為に作ったという方が正しいのだが。
祐樹の作るお雑煮は、醤油やめんつゆから作った濃い目の味付けの汁に、焼いた餅とさっき挙げた具材がごろごろ入った具だくさんのお雑煮である。
地元で食べられているそれとはまったく違ったその正月料理は、母親や祖母から教わったのだと祐樹は言う。そういえば、祐樹のお母さんの地元はそっちの方だと聞く。
「…で?」
「ん?」
同居を始めて数年、祐樹の作るその味にもそれなりに慣れてきた。これまで年末年始も祐樹の実家にお世話になることはなかったから、初めてのお正月はちょっと驚いたけども。
年末恒例になったご飯に舌鼓を打っていると、祐樹はようやっと思い出したかのように口を開いた。正直な所、自分も忘れていた。
「なんでお前は今日家にいるんだ」
「休みだからじゃん」
「だから、何で休みかって聞いてんだよ」
非難するかのように、正面からぎろりと睨まれる。きっと本人にはそんなつもりはなかったのだと思うけれど、元より祐樹は目つきが鋭い方だから、どうしてもそう見えてしまう。そんな姿も案外サマになるのだが。
「お前、今日の司会のオファー来てたんだろうが」
「……なんでそのこと知ってんの」
危うく、蕎麦が変なとこに入り込むところだった。
俺のこの返答に、話題を変えようとか、話を逸らそうとかいった意図は一切ない。…ないのだが、そう尋ねずにはいられなかった。
だって、結局は断ったとはいえ、そのオファーは口外秘の筈なのだから。
業界からしてみれば完全なる部外者であるこの男が、それを知っている訳がないのである。
「海堂さんが言ってたぞ」
「よりによってそこかよ」
…いや、守秘義務が云々って言ってたのはどうしたんだよ。
海堂さん、というのは俺の所属する事務所の社長のことである。一応は俺を拾い上げてくれた恩人であり、もう一人の父親のような存在でもあるのだが、どう見てもカタギには見えない強面と威圧感から、仕事以外の理由で自分から進んで近寄ろうとする人間はほとんどいないような人だ。
そんな社長と、この親友は何故か仲良くなったらしい。仲良くなったとは言っても、時々LINEで世間話をするくらいだとは聞いていたが。
「なんでそんなこと話してんだあのオヤジ…」
「なあ、なんで断ったんだよ」
『あれの司会なんて、大変だろうけど相当名誉なことだろうが』。
"父親"の奇行、いや問題行動に文字通り頭を抱える俺のことなどお構いなく、祐樹はそう言って、ついでにずずっと蕎麦を啜った。
(名誉、ねえ…)
汁を吸ったえび天を齧りながら、俺は内心ひとりごちた。
確かに、某番組と言えば、誰もが知る年末の定番。一年にたった一人、もしくは一組しか選ばれない白組司会という立場。ついでに言うと、もし今回俺が受けていれば歴代最年少の白組司会ということになっていたらしい。ある意味、それもまた名誉なことだろう。
分からなくはない。だけど。
「俺そーゆーの興味ないの。そもそも司会なんてやったことないし。初司会がこれなんて荷が重すぎだって」
「今年は璃桜と透真も出るんだろ?」
祐樹が言ったちょうどその時、事前番組の画面はまるで示し合わせたかのように切り替わる。画面に映し出されたのは、俺たちもよく知っているあの二人だ。
メジャーデビュー2年目にして初出演、しかも普段滅多にメディア露出をしない二人が珍しくお茶の間に出てくるともなれば、マスコミとしても注目せざるを得ないのはよく分かる。
「見てやれば良かったのによ、一番近くで」
「…お前って案外あいつらのこと気に入ってるよねえ」
前から面識があった璃桜の方はまだしも、最近初めて顔を合わせた透真に対してもこれだ。
その優しさというか慈愛の情というか…を、もう少しで良いからこの幼馴染にも向けて欲しいものだが。
「クリスマスといい年末年始といい、お前わざとだろ」
「何が?」
「クリスマスに仕事あったの最初の年だけだったし、年末年始は毎年家にいるじゃねえか」
「偶然だってば」
「お前ほんとに仕事してんのか?」
「急に失礼すぎない?」
いや、本当に。辛辣過ぎませんかね。
「いいじゃん別に。クリスマスも年末年始も、家族と過ごすもんでしょ」
「…家族じゃねえだろ」
「別に血の繋がりだけが家族じゃないし。だいいち、」
本当なら、『こんだけ一緒にいるんだからもう家族みたいなもんでしょ』と続く筈だった。
今までなら何の気なしに言えていた言葉だが、こんな歳にもなると…何と言うか、物凄くこっぱずかしい。
「だいいち?」
「…ほら、早く食ってテレビ見ようよ」
「…?おう」
祐樹とのルームシェアを始めて最初に迎えた年末年始が休みだったのは偶然だ。でも実は、それ以降の年末年始に仕事を入れていないのは完全に狙ったことだったりする。
某番組の司会だって、海堂さんからも事務所の人からもしつこいくらいに説得されたけど、どうにか辞退している。だからこうして、今祐樹と蕎麦を啜っていられるのだ。
どうしてここまで頑なに、クリスマスと年末年始に仕事を入れないのか。
それについて、事務所には特に何も言っていない。ただ、「仕事を入れたくない」とだけ。
(ほんとのこと言ったら、怒るんだろうな…)
「ちょっとのびてたな、蕎麦」
「そう?あんまし気になんなかったけど」
「馬鹿舌には分かんねえか」
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