ハミルトン・ヴァレーの客人令嬢

駒野沙月

文字の大きさ
上 下
23 / 25

4-5

しおりを挟む

「なぜ、それを…?」

 シャーロット・クレイドル。
 店主が唐突に告げたその名に、彼女は言葉を失わずにはいられなかった。背の高い椅子からずり落ちそうになりながらも、彼女は店主から目を離せずにいる。
 その隣では、ルーカスがいつの間にか座り直しており、呆れたような笑みを浮かべていた。

「あー…言っちゃうのなお前」
「言わない方が良かったか?」
「いや、どうせお前にはいつかバレると思ってたし。…ほら姫さん、ちゃんと座れ」

 ルーカスは諦めたように肩をすくめる。今も固まっているロッテに手を貸して座り直らせると、彼は店主に向かって一つ注文をした。

「もう一回茶でも淹れてくれよ、
「了解」

 "ノア"という耳慣れない呼び名にも、店主は平然と答えた。彼はそのままお茶の準備を始める。
 彼の淹れる紅茶の匂い─今度はどうやらアールグレイのようだ─が漂い始めた頃、彼女はようやく声を出すことができた。

「…ルカ、これはどういうことだ」
「どういうことって?」
「そなたが言ったのではないのか?それしか有り得ない」
「俺は何も言ってねえよ。こいつがそういうことにちいと詳しいだけだ」
「今回に関しては詳しくなくても分かるけどな」

 唐突に、上の方から不機嫌そうな声が響く。紅茶のカップを携えた店主だった。
「ったく、人使いの荒い…」と愚痴を零しながらも、彼は紅茶を淹れたカップを2人の前に並べていた。

「おう、サンキュ。そうだお前、せっかくだし自己紹介でもしとけば?『初めまして』なんだろ」
「…分かったよ」

 店主はまた、初めて会った時とそっくりそのままの仕草で彼女に礼をした。
『初対面』との違いはせいぜい、その口元に不敵な笑みが浮かんでいることくらいだろうか。

「改めまして、初めてお目にかかります。私、情報屋のノアと申します」
「情報屋…?」

 情報を集め、それを売り買いすることで報酬を得る情報屋。どうしても危険がつきまとうその仕事と、この店の主として調理と給仕をしてくれていた彼の姿を結びつけることは難しかった。

「…例えば、何を知っておる?」
「そうですねえ…こいつルーカスの秘密の文通相手とか」
「おい」
「公爵家の方々は全員紅茶派で、一番好まれるのはダージリンということとか」

 彼女の家族がみんな紅茶好きなのは確かにそうだ。ダージリンが好きなのもその通り。
 あと、文通相手の方はちょっと聞いてみたい、と彼女は思う。多分聞いてはいけないのだろうが。

「あとはそうですね…。…今後、公女様に弟君か妹君がお生まれになられること、とか?」
「なっ…!?」

 公爵夫人の妊娠。安定期に入るまでは公表しないでおこうと決められていたそれを、彼はさらりと言い当ててみせた。
 実は伯父が秘かに伝えているため、ルーカスと親しい彼が知っているのは決しておかしなことではなかったりする。だが、それを知らない彼女には驚愕だった。

 唖然とするロッテに、「な、詳しいだろ?」と声がかけられる。隣で笑ったルーカスは、まるで自分の事のように誇らしげだった。

「こいつにこの店やらしてんのもその為さ。こいつの仕事は一級品だからな」
「そりゃ光栄ですね、ギルド長」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

入れ替わりノート

廣瀬純一
ファンタジー
誰かと入れ替われるノートの話

異世界に召喚されたぼっちはフェードアウトして農村に住み着く〜農耕神の手は救世主だった件〜

ルーシャオ
ファンタジー
林間学校の最中突然異世界に召喚された中学生の少年少女三十二人。沼間カツキもその一人だが、自分に与えられた祝福がまるで非戦闘職だと分かるとすみやかにフェードアウトした。『農耕神の手』でどうやって魔王を倒せと言うのか、クラスメイトの士気を挫く前に兵士の手引きで抜け出し、農村に匿われることに。 ところが、異世界について知っていくうちに、カツキは『農耕神の手』の力で目に見えない危機を発見して、対処せざるを得ないことに。一方でクラスメイトたちは意気揚々と魔王討伐に向かっていた。

異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~

ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ 以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ 唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活 かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし

あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話

此寺 美津己
ファンタジー
祖国が田舎だってわかってた。 電車もねえ、駅もねえ、騎士さま馬でぐーるぐる。 信号ねえ、あるわけねえ、おらの国には電気がねえ。 そうだ。西へ行こう。 西域の大国、別名冒険者の国ランゴバルドへ、ぼくらはやってきた。迷宮内で知り合った仲間は強者ぞろい。 ここで、ぼくらは名をあげる! ランゴバルドを皮切りに世界中を冒険してまわるんだ。 と、思ってた時期がぼくにもありました…

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...