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「…ところで、今日は一体何の御用です?」
「つれないなあ。友人にただ会いに来ちゃ駄目かい?」
普段なら客人を招くことも少ない部屋の中で、リチャードは古い友人相手に悪戯っぽく笑ってみせた。
その表情は、そんじょそこらの夢見る娘たちならば立っていられなくなる程に妖艶かつ美麗で、時に同性すらも狂わせるとさえ言われているものだが、十数年前からこの顔に色々と迷惑を被っているルーカスは今更どうとも思わない。
平民と公子という立場の二人に本来あるまじき嫌味ですら、彼ならば吐いてみせることができた。
「姫さまといい、あんたといい、もう少しご自分の立場というものをお考えになった方がよろしいかと存じますがね」
「君ってそういう所真面目だよねえ。普段チンピラみたいなのに」
「…お前もどこでそんな言葉覚えたんだよ」
友人と揃いのカップを傾けながら、彼は疲れたように息を吐く。
じろりとした視線を受けたリチャードは苦く笑い、堪忍したように軽く両手を上げた。
「分かった分かった。…僕はあの子を迎えに来ただけさ」
シャーロットがこの場所を訪れているという事実は一応秘密であり、かの家でも、それを知っている人物はこの公子だけだという。
身分隠して育ちの良さは隠さずのこの現状では、もはや頭に『公然の』なんて言葉がつく状況ではあるが、それを思えば、身内にして協力者たる彼が自ら迎えにやって来るのは別におかしなことでもない。
「始めからそう言えよ」
「まあ、いいじゃないの。それに、君に会いに来たっていうのもあながち嘘じゃないし」
「…と言うと?」
紅茶の入ったカップをゆっくり揺らしながら、リチャードは普段通りのゆったりした口調で「まだ公表はしてないんだけどね」と話し始める。
「この前、妹が妊娠したんだ」
「妹っつーと…姫さまの母君か」
シャーロットの母親、リアノ・クレイドル公爵夫人。リチャードの双子の妹にして、公爵家の家督を継承した人物でもある。
ルーカスも何度か顔を合わせたことがあるが、端正な中にどことなく人懐っこい内面が滲み出た兄に対し、夫人は目元の涼やかな、どこか怜悧な印象のある美女。男女の差も相まってか、さほど似ていない兄妹である、というのが彼の感想だった。
夫人の年齢は、目の前の公子と同じく二十七。ルーカスから見れば一つ上だ。平民として育った彼には貴族的な感覚はあまり理解できないが、その彼の感覚からしても、今の夫人の年齢なら二人子供がいたとしても決しておかしくはない。
今でも一応は公子という立場にあるこの男が、妹が妊娠したというニュースをわざわざ伝えに来るわけがない、とは思いながらも、彼は素直に祝福しておくことに決めた。
「そりゃおめでたいことじゃねえか」
呑気に紅茶を啜る友人に、リチャードは「確かにおめでたいことだけどね」と苦笑してみせる。
しばし逡巡したのち、彼はゆっくりと口を開いた。
「『もしその子が男の子だったなら、領地はその子に継がせたい』と、父上…あの子からすれば祖父にあたる方だが…が仰っていてね」
「…姫さまはもう、必要ないとでも?」
「いや、父上にとってもあの子は可愛い初孫だからね。そこまでは仰らないだろうが…、あの子の望まない役割や結婚を強いる可能性はあるかもしれないね」
リチャードはそこで言葉を切り、紅茶を一口飲んだ。
柔らかに輝く蜂蜜色の瞳に物憂げな光を浮かべながらも、彼は言葉を紡いだ。
「とはいえ、これからどうなるかはまだ分からないからね。今はまだそこまで気にしなくてもいいとは思う。…まあ、私たちとしては、あの子には早く身を固めてもらいたいとも思うんだけど」
「それこそ、姫さまは結婚なんか性に合わないだろ。望まないことを強いているのはお前も同じじゃねえか」
「僕に言われても困るってば。これはあの子の両親も言っていることなんだから」
「ふうん。…で?相手の見当はついてるのか?」
当然のことだが、結婚は一人でできるものではない。それには必ず相手というものが必要になるが、シャーロットの場合、そのような噂を彼は一度も聞いたことがなかった。
現在は少々危うい立場になっているらしいとはいえ、現在のところは由緒ある公爵家の跡取り娘。万が一その立場を失うような事態になったとしても、『公爵家の長女』という生まれは変わらないのにも関わらず、そのような噂は聞こえて来ないのである。
「つか、姫さんって婚約者とかっているのか?聞いたことないが」
「それはそうだろうね。そんなのいないもの」
「はあ?仮にも公爵家の娘だろ、言っちゃ悪いが選り取り見取りなんじゃねえの?」
「…まあ、ちょっと色々あってね」
珍しく言葉を濁したリチャードに、ルーカスは「ふうん」と不満そうに鼻を鳴らした。
「じゃあどうすんだよ」
「確かにあの子は結婚などしたがらないだろうね。…でもさ、考えてみてよ。もしあの子に、結婚してでも一緒にいたいと思う人間がいたとしたら?何が何でも、手に入れようとすると思わないか?」
そこで彼は言葉を切り、古くからの友人に向かって片目を瞑ってみせた。
─たとえば、君とか。
「つれないなあ。友人にただ会いに来ちゃ駄目かい?」
普段なら客人を招くことも少ない部屋の中で、リチャードは古い友人相手に悪戯っぽく笑ってみせた。
その表情は、そんじょそこらの夢見る娘たちならば立っていられなくなる程に妖艶かつ美麗で、時に同性すらも狂わせるとさえ言われているものだが、十数年前からこの顔に色々と迷惑を被っているルーカスは今更どうとも思わない。
平民と公子という立場の二人に本来あるまじき嫌味ですら、彼ならば吐いてみせることができた。
「姫さまといい、あんたといい、もう少しご自分の立場というものをお考えになった方がよろしいかと存じますがね」
「君ってそういう所真面目だよねえ。普段チンピラみたいなのに」
「…お前もどこでそんな言葉覚えたんだよ」
友人と揃いのカップを傾けながら、彼は疲れたように息を吐く。
じろりとした視線を受けたリチャードは苦く笑い、堪忍したように軽く両手を上げた。
「分かった分かった。…僕はあの子を迎えに来ただけさ」
シャーロットがこの場所を訪れているという事実は一応秘密であり、かの家でも、それを知っている人物はこの公子だけだという。
身分隠して育ちの良さは隠さずのこの現状では、もはや頭に『公然の』なんて言葉がつく状況ではあるが、それを思えば、身内にして協力者たる彼が自ら迎えにやって来るのは別におかしなことでもない。
「始めからそう言えよ」
「まあ、いいじゃないの。それに、君に会いに来たっていうのもあながち嘘じゃないし」
「…と言うと?」
紅茶の入ったカップをゆっくり揺らしながら、リチャードは普段通りのゆったりした口調で「まだ公表はしてないんだけどね」と話し始める。
「この前、妹が妊娠したんだ」
「妹っつーと…姫さまの母君か」
シャーロットの母親、リアノ・クレイドル公爵夫人。リチャードの双子の妹にして、公爵家の家督を継承した人物でもある。
ルーカスも何度か顔を合わせたことがあるが、端正な中にどことなく人懐っこい内面が滲み出た兄に対し、夫人は目元の涼やかな、どこか怜悧な印象のある美女。男女の差も相まってか、さほど似ていない兄妹である、というのが彼の感想だった。
夫人の年齢は、目の前の公子と同じく二十七。ルーカスから見れば一つ上だ。平民として育った彼には貴族的な感覚はあまり理解できないが、その彼の感覚からしても、今の夫人の年齢なら二人子供がいたとしても決しておかしくはない。
今でも一応は公子という立場にあるこの男が、妹が妊娠したというニュースをわざわざ伝えに来るわけがない、とは思いながらも、彼は素直に祝福しておくことに決めた。
「そりゃおめでたいことじゃねえか」
呑気に紅茶を啜る友人に、リチャードは「確かにおめでたいことだけどね」と苦笑してみせる。
しばし逡巡したのち、彼はゆっくりと口を開いた。
「『もしその子が男の子だったなら、領地はその子に継がせたい』と、父上…あの子からすれば祖父にあたる方だが…が仰っていてね」
「…姫さまはもう、必要ないとでも?」
「いや、父上にとってもあの子は可愛い初孫だからね。そこまでは仰らないだろうが…、あの子の望まない役割や結婚を強いる可能性はあるかもしれないね」
リチャードはそこで言葉を切り、紅茶を一口飲んだ。
柔らかに輝く蜂蜜色の瞳に物憂げな光を浮かべながらも、彼は言葉を紡いだ。
「とはいえ、これからどうなるかはまだ分からないからね。今はまだそこまで気にしなくてもいいとは思う。…まあ、私たちとしては、あの子には早く身を固めてもらいたいとも思うんだけど」
「それこそ、姫さまは結婚なんか性に合わないだろ。望まないことを強いているのはお前も同じじゃねえか」
「僕に言われても困るってば。これはあの子の両親も言っていることなんだから」
「ふうん。…で?相手の見当はついてるのか?」
当然のことだが、結婚は一人でできるものではない。それには必ず相手というものが必要になるが、シャーロットの場合、そのような噂を彼は一度も聞いたことがなかった。
現在は少々危うい立場になっているらしいとはいえ、現在のところは由緒ある公爵家の跡取り娘。万が一その立場を失うような事態になったとしても、『公爵家の長女』という生まれは変わらないのにも関わらず、そのような噂は聞こえて来ないのである。
「つか、姫さんって婚約者とかっているのか?聞いたことないが」
「それはそうだろうね。そんなのいないもの」
「はあ?仮にも公爵家の娘だろ、言っちゃ悪いが選り取り見取りなんじゃねえの?」
「…まあ、ちょっと色々あってね」
珍しく言葉を濁したリチャードに、ルーカスは「ふうん」と不満そうに鼻を鳴らした。
「じゃあどうすんだよ」
「確かにあの子は結婚などしたがらないだろうね。…でもさ、考えてみてよ。もしあの子に、結婚してでも一緒にいたいと思う人間がいたとしたら?何が何でも、手に入れようとすると思わないか?」
そこで彼は言葉を切り、古くからの友人に向かって片目を瞑ってみせた。
─たとえば、君とか。
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