12 / 25
閑話①
しおりを挟む
その日の朝、彼の元には普段よりも多くの手紙が届いた。
机の上に無造作に置かれた手紙たちを、彼は一つ一つ検めていく。これが彼の一日の最初の仕事であった。
王家から届いた書類に、近辺の領主から届いた招待状。
月の刻印がなされた青い封蝋で留められた手紙は、遠国の知己からの個人的な文通の手紙である。
何の変哲もない、普段通りの手紙の束。しかし、その中に一つだけ、傍から見れば異質な手紙がある。
それは淡いクリーム色をした封筒だった。一部が何やら丸く浮き出ているそれには、気取ったような、しかし上品な筆跡で書かれた『R.C.』の二文字だけが記されている。
宛名も差出人も無いそれを、彼は躊躇いもなく手に取った。
その場にあったペーパーナイフで封を開けたその瞬間、部屋の扉をノックする音が彼の耳に届く。
彼はすぐさまそれを机の引き出しに仕舞い、素知らぬ顔で来客を迎えた。
「おはようございま~す!」
「…ああ、お前か」
元気よく部屋に入って来たのは、彼とも顔見知りの青年だった。近所で鍛冶屋を営むこの青年は、時折こうして彼のギルドメンバーが所持する武器や防具の手入れに来てくれるのである。だが、武器オタクじみた所があり、此処を訪れる際は毎回このように上機嫌なのである。
「じゃあ、いつも通りルーカスさんのから見ますんで、貸してください」
「俺のは別にいい」
「早くしてください」
有無を言わさない青年の気迫に、彼は渋々戸棚からナイフを取り出した。
彼の愛用するそれは、Fを象ったギルドの紋章が刻印された一品物だ。
高名な刀匠によって鋳されたのだという刀身は鏡のように磨かれているが、所々に曇りがある。それを見咎め、青年は突然声を荒げた。
「ちょっと、ちゃんと手入れしてくださいって言ったじゃないですか!」
「別に最近そんな使ってねえし」
彼が護身用に使っているこの武器は、普段はあまり持ち歩くことはない。必要な時だけ取り出された時にもほとんど使用されることはなく、ほとんど飾りと化していることも多かった。
一番最近取り出したのは、あのお転婆娘と会った時だろうか、と彼は思い出す。ただあの時も、不埒な輩相手に向けただけで、血の一滴も流させてはいない。峰打ちくらいには使ったが。
「使いはしたんですよね?」
「まあな」
「僕言いましたよね!?血が付着しなくても、人間の皮脂が付くだけでも劣化に繋がるって!」
「言ったっけか」
「もう少し大事になさってくださいよ!?こんな珍しい品ですし、お父様の形見なんでしょう、これ」
「…へいへい」
ひとまず説教を終わらせて満足したのか、青年はナイフを持って上機嫌に部屋を出て行った。
これから、他のギルドメンバーたちの所へ向かうのだろう。
部屋のドアが閉じられた後、彼は引き出しから封筒を取り出した。
改めて開いた封筒の中身は、便箋が二枚と古びたコインが一つ。封筒に浮かんだ丸い跡は、このコインによるものだったようだ。
品の良い便箋には、封筒に記されたのと同じ筆跡で文字が記されている。
最近国外へ出かけたこと、こういうものを見聞きしたこと、そこで珍しいコインを見つけたから同封しておくこと、また今度会いに行くから…といった内容が、細々と綴られていた。
この手紙を信じるなら、コインは単なるお土産ということになるが、彼は知っている。
送り主が訪れたのだというその国で、現在、この硬貨は流通していない。かなり昔に使用されていたそれは、下手したらプレミアがつくくらいには珍しい品なのである。
「あの野郎、とんでもねえもの送ってきやがって…」
彼が知っているくらいなのだから、あの送り主が知らない訳がない。
ルーカスは深く息を吐いたが、当人にそれを言ったとしてもどうしようもない。長い付き合い故か、そのことについても、彼はよく知っていた。
彼は手紙を封筒に戻し、戸棚の鍵を手に取る。
普段は鍵のかかっているその戸棚に収められているのは、数多い彼の知己から届いた”お土産”や贈り物の数々だ。高級な酒から、はたまた小さな花で作った栞まで、色々な物品が保管されている。
貴重である筈の贈り物はこれまた鍵のかかる箱へ、封筒は同じクリーム色のそれが何枚も入った箱の中へ。
全て仕舞い終わってから、彼は戸棚を閉じて鍵をかけた。
彼の口元にはこの時、微かな笑みが浮かんでいたという。
机の上に無造作に置かれた手紙たちを、彼は一つ一つ検めていく。これが彼の一日の最初の仕事であった。
王家から届いた書類に、近辺の領主から届いた招待状。
月の刻印がなされた青い封蝋で留められた手紙は、遠国の知己からの個人的な文通の手紙である。
何の変哲もない、普段通りの手紙の束。しかし、その中に一つだけ、傍から見れば異質な手紙がある。
それは淡いクリーム色をした封筒だった。一部が何やら丸く浮き出ているそれには、気取ったような、しかし上品な筆跡で書かれた『R.C.』の二文字だけが記されている。
宛名も差出人も無いそれを、彼は躊躇いもなく手に取った。
その場にあったペーパーナイフで封を開けたその瞬間、部屋の扉をノックする音が彼の耳に届く。
彼はすぐさまそれを机の引き出しに仕舞い、素知らぬ顔で来客を迎えた。
「おはようございま~す!」
「…ああ、お前か」
元気よく部屋に入って来たのは、彼とも顔見知りの青年だった。近所で鍛冶屋を営むこの青年は、時折こうして彼のギルドメンバーが所持する武器や防具の手入れに来てくれるのである。だが、武器オタクじみた所があり、此処を訪れる際は毎回このように上機嫌なのである。
「じゃあ、いつも通りルーカスさんのから見ますんで、貸してください」
「俺のは別にいい」
「早くしてください」
有無を言わさない青年の気迫に、彼は渋々戸棚からナイフを取り出した。
彼の愛用するそれは、Fを象ったギルドの紋章が刻印された一品物だ。
高名な刀匠によって鋳されたのだという刀身は鏡のように磨かれているが、所々に曇りがある。それを見咎め、青年は突然声を荒げた。
「ちょっと、ちゃんと手入れしてくださいって言ったじゃないですか!」
「別に最近そんな使ってねえし」
彼が護身用に使っているこの武器は、普段はあまり持ち歩くことはない。必要な時だけ取り出された時にもほとんど使用されることはなく、ほとんど飾りと化していることも多かった。
一番最近取り出したのは、あのお転婆娘と会った時だろうか、と彼は思い出す。ただあの時も、不埒な輩相手に向けただけで、血の一滴も流させてはいない。峰打ちくらいには使ったが。
「使いはしたんですよね?」
「まあな」
「僕言いましたよね!?血が付着しなくても、人間の皮脂が付くだけでも劣化に繋がるって!」
「言ったっけか」
「もう少し大事になさってくださいよ!?こんな珍しい品ですし、お父様の形見なんでしょう、これ」
「…へいへい」
ひとまず説教を終わらせて満足したのか、青年はナイフを持って上機嫌に部屋を出て行った。
これから、他のギルドメンバーたちの所へ向かうのだろう。
部屋のドアが閉じられた後、彼は引き出しから封筒を取り出した。
改めて開いた封筒の中身は、便箋が二枚と古びたコインが一つ。封筒に浮かんだ丸い跡は、このコインによるものだったようだ。
品の良い便箋には、封筒に記されたのと同じ筆跡で文字が記されている。
最近国外へ出かけたこと、こういうものを見聞きしたこと、そこで珍しいコインを見つけたから同封しておくこと、また今度会いに行くから…といった内容が、細々と綴られていた。
この手紙を信じるなら、コインは単なるお土産ということになるが、彼は知っている。
送り主が訪れたのだというその国で、現在、この硬貨は流通していない。かなり昔に使用されていたそれは、下手したらプレミアがつくくらいには珍しい品なのである。
「あの野郎、とんでもねえもの送ってきやがって…」
彼が知っているくらいなのだから、あの送り主が知らない訳がない。
ルーカスは深く息を吐いたが、当人にそれを言ったとしてもどうしようもない。長い付き合い故か、そのことについても、彼はよく知っていた。
彼は手紙を封筒に戻し、戸棚の鍵を手に取る。
普段は鍵のかかっているその戸棚に収められているのは、数多い彼の知己から届いた”お土産”や贈り物の数々だ。高級な酒から、はたまた小さな花で作った栞まで、色々な物品が保管されている。
貴重である筈の贈り物はこれまた鍵のかかる箱へ、封筒は同じクリーム色のそれが何枚も入った箱の中へ。
全て仕舞い終わってから、彼は戸棚を閉じて鍵をかけた。
彼の口元にはこの時、微かな笑みが浮かんでいたという。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう
まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥
*****
僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。
僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる