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Ep.2 ご令嬢と迷子猫
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彼女の両親は、仕事で度々家を空ける。それよりももっと低い頻度ではあれ、元公爵の祖父も同じように家を空けることがある。公爵家に残っているのは、使用人や警護の衛兵たちくらい。
彼女が家を抜け出すのは、決まってそんな時だった。
朝、侍女たちが起こしに来る前に、彼女は目を開けた。
ふわ、と小さなあくびを漏らしながら、ベッドから下りる。枕元のベルを鳴らせば、彼女つきの侍女が洗顔用の水とタオル、そして簡単な朝食を持って入って来た。
今日、この家には誰も居ない。
両親は数日前から外出中だし、何か用事のあるらしい祖父も日の出前には家を出ると言っていたので、もうとっくに出ている筈だ。明日帰ってくる予定であるから、両親も祖父も今日は丸一日不在ということになる。
屋敷に一人残されることになった彼女は、昨日の内に使用人たちに頼んでおいたのだ。「明日は誰も居ないから、朝食は部屋で取りたい」と。
家族のいないこの屋敷に居るだけでも少し寂しいというのに、あの広々とした大広間で、一人きりで食事を取るのは尚更寂しくなる。それに、私一人しかいないのだからわざわざちゃんとした朝食を作る必要はない─そう伝えれば、(後半については渋い顔をされてしまったが)使用人たちは了承してくれた。
家族にバレようものなら、こっぴどく叱られるであろうことは承知の上である。だが、いつもと違うこと、それも普段なら絶対に許されないことをしているという背徳感は何物にも代えがたく、どうしようもなく心が躍った。
現在屋敷に残っているのは、彼女の他には使用人たちのみ。だが、他の貴族たちと比べると、公爵家に仕える使用人の数は案外少ない。聞いた話によれば、彼女が幼い頃はもう少し人数がいたらしいが、彼女が成長してそこまで手がかからなくなったタイミングで必要最低限の人数まで減らしたのだという。
だからこそ、侍女たちの眼を盗んで外出の準備をするのも、さして難しくはなかった。
洗顔と食事を済ませた彼女は寝間着を脱ぎ捨て、クローゼットから秘密の外出用のシンプルなワンピースとフードの付いたケープを取り出す。茶色を基調としたワンピースは、公爵家の令嬢が身に着ける衣装としては明らかに質素なものだが、存外彼女はこれを気に入っている。
それどころか、今の彼女は目に見えて浮かれている。上機嫌に姿見の前でくるりと一回りすれば、膝丈のワンピースの裾はふわっと舞い上がった。
満足気に頷くと、彼女は鏡台の前に座ってブラシを手に取る。整えた髪は簡単にまとめ、そこに緑の石がついたピンを留める。
これも、最近できた日課の一つだ。そのヘアピンは、決して高価な品ではないけれど、今の彼女にとっては一番大事な宝物の一つだった。
最後に、どこぞの心配性が「顔くらい隠しとけ」と用意してくれたフードを被れば、お忍びの準備は完成。
少しくらい化粧でも…と思わなくもなかったが、約束の時間が迫っている。結局、彼女が手に取ったのは日焼け止めのクリームだけであった。
そろそろ家を出なくては、と彼女は少し焦っていたが、机の上に置かれた本とノートがふと目に留まる。今日やるよう言われていた勉強は終わらせてあるし、本だって昨晩のうちに読み終わっていたし、問題は無い筈だ…という所まで思考を巡らせたところで、彼女は思い出す。
そういえば、書き置きを残しておくのを忘れていた。使用人たちの納得できるような内容を残しておかねば。もし彼女が家に居ないことがバレれば、大騒ぎになりかねない。
ノートを一枚ちぎり、彼女はペンを走らせる。書き終えた一言だけの置手紙は、読み終えた本の隣に添えておくことにした。
”伯父様にお会いしてきます。 ロッテ”
最後に姿見の前で軽く身だしなみと、ハンカチなどの最低限の荷物を確認し。
侍女が近くにいないタイミングを見計らって、彼女はこっそりと家を出て行った。
彼女が家を抜け出すのは、決まってそんな時だった。
朝、侍女たちが起こしに来る前に、彼女は目を開けた。
ふわ、と小さなあくびを漏らしながら、ベッドから下りる。枕元のベルを鳴らせば、彼女つきの侍女が洗顔用の水とタオル、そして簡単な朝食を持って入って来た。
今日、この家には誰も居ない。
両親は数日前から外出中だし、何か用事のあるらしい祖父も日の出前には家を出ると言っていたので、もうとっくに出ている筈だ。明日帰ってくる予定であるから、両親も祖父も今日は丸一日不在ということになる。
屋敷に一人残されることになった彼女は、昨日の内に使用人たちに頼んでおいたのだ。「明日は誰も居ないから、朝食は部屋で取りたい」と。
家族のいないこの屋敷に居るだけでも少し寂しいというのに、あの広々とした大広間で、一人きりで食事を取るのは尚更寂しくなる。それに、私一人しかいないのだからわざわざちゃんとした朝食を作る必要はない─そう伝えれば、(後半については渋い顔をされてしまったが)使用人たちは了承してくれた。
家族にバレようものなら、こっぴどく叱られるであろうことは承知の上である。だが、いつもと違うこと、それも普段なら絶対に許されないことをしているという背徳感は何物にも代えがたく、どうしようもなく心が躍った。
現在屋敷に残っているのは、彼女の他には使用人たちのみ。だが、他の貴族たちと比べると、公爵家に仕える使用人の数は案外少ない。聞いた話によれば、彼女が幼い頃はもう少し人数がいたらしいが、彼女が成長してそこまで手がかからなくなったタイミングで必要最低限の人数まで減らしたのだという。
だからこそ、侍女たちの眼を盗んで外出の準備をするのも、さして難しくはなかった。
洗顔と食事を済ませた彼女は寝間着を脱ぎ捨て、クローゼットから秘密の外出用のシンプルなワンピースとフードの付いたケープを取り出す。茶色を基調としたワンピースは、公爵家の令嬢が身に着ける衣装としては明らかに質素なものだが、存外彼女はこれを気に入っている。
それどころか、今の彼女は目に見えて浮かれている。上機嫌に姿見の前でくるりと一回りすれば、膝丈のワンピースの裾はふわっと舞い上がった。
満足気に頷くと、彼女は鏡台の前に座ってブラシを手に取る。整えた髪は簡単にまとめ、そこに緑の石がついたピンを留める。
これも、最近できた日課の一つだ。そのヘアピンは、決して高価な品ではないけれど、今の彼女にとっては一番大事な宝物の一つだった。
最後に、どこぞの心配性が「顔くらい隠しとけ」と用意してくれたフードを被れば、お忍びの準備は完成。
少しくらい化粧でも…と思わなくもなかったが、約束の時間が迫っている。結局、彼女が手に取ったのは日焼け止めのクリームだけであった。
そろそろ家を出なくては、と彼女は少し焦っていたが、机の上に置かれた本とノートがふと目に留まる。今日やるよう言われていた勉強は終わらせてあるし、本だって昨晩のうちに読み終わっていたし、問題は無い筈だ…という所まで思考を巡らせたところで、彼女は思い出す。
そういえば、書き置きを残しておくのを忘れていた。使用人たちの納得できるような内容を残しておかねば。もし彼女が家に居ないことがバレれば、大騒ぎになりかねない。
ノートを一枚ちぎり、彼女はペンを走らせる。書き終えた一言だけの置手紙は、読み終えた本の隣に添えておくことにした。
”伯父様にお会いしてきます。 ロッテ”
最後に姿見の前で軽く身だしなみと、ハンカチなどの最低限の荷物を確認し。
侍女が近くにいないタイミングを見計らって、彼女はこっそりと家を出て行った。
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