ハミルトン・ヴァレーの客人令嬢

駒野沙月

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 しばらく歩いた後、少女は突然足を止める。
 彼女の目線の先にあったのは、地面に敷布を直接広げその上に商品を並べた、所謂露店と呼ばれる小さな店だった。

 目の前に現れた人影に、店主と思しき老婦人は顔を上げる。
 そこに立っていた見知らぬ少女に店主は怪訝そうな表情を浮かべるが、少女の斜め後ろの男が目に入るなり、彼女は安心したように顔を緩めた。

「おや、ルーカスじゃないか」
「よう、カルナさん」

 この老婦人とも知り合いらしい彼は、「最近どうだ?」と気安い態度で話を始める。

「ぼちぼちってところだね。それよりルーカス、あんたまだ煙草なんか吸ってんのかい」
「いいだろ別に。どうしようが俺の勝手だろ」
「別にあんたの肺のことなんざ、今更気にしてないさ。あたしが気にしてるのはそこのお嬢ちゃんのことだよ」
「ひっでえ」

 店主と男の会話に耳を傾けることもなく、彼女の興味は既に、敷布に並べられた商品に向けられていた。
 敷布には、石を磨いて作られた飾りのついたイヤリングやネックレス、指輪やヘアピンといった装飾品の数々が整然と並べられている。いかにも、少女心のくすぐられる品揃えで、太陽の光を浴びてキラキラと輝くアクセサリー類に少女はすっかり夢中だ。

 興味津々といった様子で目を輝かせる彼女を後目に、店主と男は声を潜めて囁く。

「その子、この辺じゃ見かけない子だけど、どこの子だい。…さてはアンタ、ついに誘拐でもやったってんじゃないだろうね?」
「んなわけあるかい」

 男は声を潜めつつも、「てかついにって何だ、ついにって」と声を荒げた。
 失礼な物言いの店主に尚も言い募ろうとしたところで、彼を「ルカ」と呼ぶ声がある。
 声の飛んで来た方角に目を向ければ、そこには上機嫌な少女の姿。どうやら、この店がすっかり気に入ったらしい。

「この店の品はどれもこれも素晴らしいな!」
「ほう、お嬢ちゃんは見る目があるねえ。お一つどうだい」

 お代はこの男からもらうからさ。店主はルーカスに向かって顎をしゃくる。

「おい、なんで俺が」
「こういう時、男がプレゼントしてやるもんじゃないのかい?」
「おいおい…今時男だ女だなんて古くねえか」

 ここ最近じゃあ、女が爵位を継ぐ例だって増えて来てるんだし、隣の公爵領の跡取りだって女子だって噂じゃねえか。
 と、彼が説明したのは、近頃の跡取り事情。しかし、その説明に、店主はどこか切なげな表情を浮かべるばかりだった。

「流石にあんたはそういうのに詳しいねえ。…でもね、私にゃそんなこと知る由もないんだよ」
「…そうだな、すまん」
「それにルーカス、こんな小さい子にお金出させといて、あんたは一銭も出さないつもりかい?」

 あんたなら、これくらいの金額痛くも痒くもないだろう?どこか煽るような店主の言葉に、ルーカスと呼ばれた男は「…ったく」と悪態をついた。
 少女の隣で不機嫌そうにしゃがみ込んで、彼は彼女に尋ねた。

「…姫さん、どれがいいんだ」
「えっ」

 その言葉に、少女は困惑する。
 彼女がこうしてこの街を訪れたのは、両手で数えられるほどの回数しかないのだが、彼女はルーカスがこの街で金を出すところを今まで見たことがない。大体は「後で払うから」とツケていたり、他に何かしらの条件を出してそれで了解してもらう…といったような寸法で、彼女の見ている前で彼が何かに対して金を出していたことはない。
 それで許される彼も彼だが、許す住民たちもどうかしているのではないか、と以前は呆れたものだ。

 当惑する少女と、この上なく不満げなルーカス。
 二人の様子を交互に見やった店主は、呆れ返ったように首を横に振った。

「ガキが遠慮すんなよ」
「ルーカス、こういう時は子供じゃなくて一人のレディとして扱ってやるもんさ」
「…知るかよんなもん」
「まったく、昔っから頭は良いってのに、そういうことには疎いんだから。…さ、お嬢ちゃん。こんな奴気にせず、好きなの選びな」

 店主に改めて勧められ、彼女は申し訳なく感じつつも、敷布に並べられた商品を再び眺める。

 しばらくの間、考え込むように視線を彷徨わせた後、彼女は尚も遠慮がちにおずおずと手を伸ばした。
 その指の先にあった品に、彼は眉を顰めるのだった。
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