ハミルトン・ヴァレーの客人令嬢

駒野沙月

文字の大きさ
上 下
2 / 25

Ep.1 ハミルトン・ヴァレーの客人令嬢

しおりを挟む
「ルカ、早く来ぬか!」

 一人の少女が、そう声を上げた。

 どこか古風で古臭い口調に反し、未だ10歳にもなっていないであろう小柄な少女。しかし、その顔は肩にかけているケープのフードで隠されていた。
 身に纏うワンピースもケープも、庶民が着るものと大差ない代物で、一見すればどこにでもいる平民の少女といった出で立ちである。
 だが、フードの奥のその顔は幼いながらも気品に満ち、ガーネットにも似た真っ赤な瞳は、フードの下で強い輝きを秘めていた。

 何か興味を引かれるものでもあったのか、少女はぱたぱたと駆け出す。
 しかし、後ろから飛んできた声に、彼女は不満そうに足を止めた。

「おいおい…そんなにはしゃぐんじゃねえよ、姫さん」

 少女が振り向いた先で苦笑を浮かべていたのは、うねった銀の髪と緑の瞳の男だった。口には火のついた煙草を咥えており、灰色の煙が辺りに漂っている。
 その目つきは鋭く、どことなく近寄り難い印象すら抱かせる男であるが、苦笑を湛えた口元には、どことなく呆れと疲れが見える。
 腰元のベルトには二本のナイフや懐中時計などが下げられており、彼が歩みを進める度にじゃらじゃらと音を立てていた。

「別にはしゃいでなどおらぬ!」
「それをはしゃいでると言わずして何と言う」

 どうやらこの男はこの街ではそれなりの立場にあるらしく、住民はすれ違う度に声をかけ、時には手を振った。そんな彼らに、彼は無愛想ながらも手を挙げて応える。
 しかし、その目線は常に目の前の少女へと注がれていた。
 少女とは親子といっても遜色ないほどの年頃にも見える男だが、一歩引いた位置から目を光らせるその姿は、まるで少女に付き従う従者のようでもあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

処理中です...