断罪裁判は蜜の味

星 佑紀

文字の大きさ
上 下
1 / 13
序 譚

0000:断罪裁判は蜜の味

しおりを挟む
「リリアナ嬢、君が今までにしてきた悪事を、やっと白日のもとに晒すときがきたーー。」




 皆様ごきげんよう。私はリリアナ・ヘレン。ヘレン公爵夫妻の一人娘ですわ。


 我が祖国ランドット王国の建国に携わった英雄ジョナサン・ヘレンの末裔にあたりますの。

 そんな由諸正しい家系の出である私は、今しがた、宮殿の法廷にて婚約者である第二王子ロバート殿下から断罪裁判を起こされているのですが、どうしましょう。笑いが込み上げてきてしまって仕方がありません。

 我慢しきれなくてふるふると震えれば、また、ロバート殿下から怒鳴られるかもしれません。

 しかし、に、にやけが止まりませんわ。フフフ。



「リリアナ嬢、泣いても無駄だ! ……君が犯した罪は海よりも深く山よりも高いのだぞ‼︎」


「も、申し訳ありません、殿下。……一体、私が何をしたというのでしょうか?」


「……このに及んで、罪の意識が無いのか、リリアナ嬢よ。ヘレン一族も随分と落ちぶれたものだな。」



 ガタンっと傍聴席から音がしたので、振り向くと、父と母が立ち上がって怒りに身を震わせていますわ。

 二人共、落ち着いてくださいまし。


 これからが、本番ですわ!



「傍聴席の方、席にお直りください。原告のロバート殿下、リリアナ嬢のを発言してください。」



 この法廷を取りまとめる裁判官の第一王子ベル殿下がロバート殿下を促します。



「皆のもの、手元にある資料に目を通してくれ。宮殿に仕える麗しいリノン男爵令嬢に対するいじめの数々をリストアップしてある。」



 リノン男爵令嬢セラ・リノン様は、最近社交界デビューをはたした期待の星なのです!

 私は、ロバート殿下が用意された資料に目を通してみました。

 なになに、セラ嬢の髪飾りを隠し、セラ嬢を仲間外れにした罪ですか。……おかしいですね。髪飾りを隠した事実はありませんし、仲間外れにする理由がわかりません。

 ……確かに、セラ嬢が落とした髪飾りを拾いましたが、すぐにセラ嬢へ手渡しましたし、王女様主催のお茶会にセラ嬢のお名前が入っていませんでしたので、さりげなく入ろうとするセラ嬢に一言申し上げて退出してもらったのは事実なのですが……この資料は、なんだかとても大袈裟に書かれていらっしゃいます。



「証言者はこちらに控えている。リリアナ嬢、悪あがきは無駄だぞ!」



 私は、ロバート殿下の背後に鎮座しているセラ嬢と取り巻き達に目を向けました。セラ嬢は、もの悲しそうな表情でロバート殿下にべったりとくっつき、取り巻き達は恐ろしいお顔でこちらを睨んでおります。

 まぁ、なんて釣り合いの合わないメンツなのでしょう。

 私は、ロバート殿下達のチグハグさに驚いてつい顔を背けてしまいました。



「被告リリアナ嬢、弁明はありますか?」


「……いいえ、ありません。」



 いじめとは受け取る側の心次第で、それがたとえ厚意であろうとも、セラ嬢がいじめと判断するならば、それはいじめなのです。私は謹んで……罪の償いを受け入れましょう。



 私は萎れた表情で罪を認めました。



「裁判官、リリアナ嬢の言う通り、彼女に裁きの鉄槌を‼︎」


「……そうですね。リリアナ嬢が罪を認めると言うのであれば、致し方ありません。……原告ロバート殿下、どのような裁きを要求されますか?」



 ベル殿下はため息混じりにロバート殿下へ問いかけました。



「まずは、私とリリアナ嬢の婚約破棄だ! そしてリリアナ嬢を国外追放にしたい‼︎」



 婚約破棄に、国外追放…………これですわ!

 これが、今巷で話題になっている『悪役令嬢が男爵令嬢に骨抜きにされた婚約者と取り巻き達から断罪ざまぁされて婚約破棄と国外追放される』シナリオですのね!


 長らく待った甲斐がありましたわ!


 私は心の中で神様に感謝しました。


 まさか、あの有名な大衆小説がまんま現実になるだなんて……今とても幸せです。


 婚約者を奪われ、家から追い出された主人公はやがて異国の地でたくさんの困難辛苦を味わいながらも本当の幸せを見つけると言う涙無しではみられない、感動の名作なのです。

 あまりにも好きすぎて、生まれて初めて作者のクリンゲル・ホームズ様にお手紙を書いてしまいましたわ。最近返信のお便りをいただいたのですが、今度またここでの出来事をご報告しないといけませんね。


 私はルンルン気分を能面の下に隠して、裁判官であるベル殿下のお言葉を待ちました。



「…………良いでしょう。リリアナ・ヘレン公爵令嬢とロバート殿下の婚約を今ここで破棄にします。」



 法廷内に、拍手と怒号の混ざり合った音が響き渡りました。

 父と母は怒って強く抗議していますし、ロバート殿下の取り巻き達は、お互いに手を取り合ってガッツポーズしています。


 ーーこれが、カオスというものですね。

 ーー素晴らしい。


 今夜は、この法廷内の出来事をおかずにして、もりもり晩御飯を食べられますわ‼︎


「……しかし、国外追放は看過できない。」


 ベル殿下の一言に、法廷内はシーーーーンと静まり返りました。


 ……べ、ベル殿下、婚約破棄に国外追放は雛形・鉄則なのですよ!


 国外追放されてからが本番なのです!

 追放によって初めて得られるものがあるのですよ!

 私は、少し冷や汗をかきながらことの成り行きを見守りました。



「リリアナ嬢は名家であるヘレン公爵家の大切な一人娘であり、これからもランドット王国には必要な人材だ。……彼女を国外追放すると言うことは、隣国の勢力拡大に影響を与えるだろう。」



 べ、ベル殿下。なんて大それたことを仰るのでしょうか。

 私には、なんの力もございませんのに、そのような表現をされると、国外追放しづらくなりますでしょう?


 能面の裏でぼたぼたと脂汗をかきながら私はベル殿下にアイコンタクトを送りました。

 ベル殿下はこちらに気がついて、深くゆっくりと頷かれました。

 ベル殿下は、なかなかに素晴らしいお方なので、私の気持ちを分かっていただけるでしょう。


 さぁ、ベル殿下、私を国外追放すると仰るのです‼︎



「よって、判決は、リリアナ嬢を私ベル・ナユタの婚約者にして、私の監視下におくことにする。以上。」


 カンカン!


 ベル殿下が小槌を鳴らして、裁判は閉廷致しました。


 …………あれっ?


 国外追放はどうなったのですか?


 ぽかーーんと虚無モードに入っていた私は、父と母に叩き起こされて、そそくさと法廷を後にするのでした。








「ベル殿下、わ、私と婚約とはどういうことなのですか? ご冗談にも程がありますわよ。」



 判決後のことです。公爵家のお屋敷にベル殿下が来られたので、私はそれとなく聞いてみました。



「リリアナ嬢、冗談ではない。先の判決通り、私とリリアナ嬢は婚約関係となった。」



 涼し顔をこちらに向けてベル殿下は応えられました。


 ジ・エンド・私


 国外追放の夢が砕かれて、急に眩暈がしてきました。

 よろけながら椅子に駆け寄ろうとすると、ベル殿下にグイッと引き寄せられ、私は何故か殿下にお姫様抱っこされた状態で見つめ合いました。


 ーーいや、なぜ故ですか⁉︎



「で、殿下、降ろしてください。」


「……昔は私のことを『おにいさま』と呼んで追いかけ回してきてたのにな。、最近そっけないのではないか?」


「殿下…。む、昔のことはもう忘れました。」


 ……思い返すととてもお恥ずかしいことなのです。ベル殿下が王族の方とは知らずに、おにいさま呼びしてしょっちゅう後ろをほっつき歩いておりました。

 ロバート殿下との婚約が決まった際にことの重大さに気づいて、自らベル殿下から距離を取ったのです。



「リア、法廷で言った通り、今日からリアは私の監視下のもとで生活するようになる。わかったな。」


「……了解致しました。(トホホ)」



 国外追放という夢は破れましたが、いつかきっと異国の地を踏みまくります!

 そのチャンスがくるまで、あの小説の主人公のように、清く正しく聡明な生き方を目指しますわよ‼︎







 《おまけ side ベル殿下 始》


「ベル殿下、お便りです。」


「ありがとう、ジェームズ。」



 優秀な執事のジェームズを下がらせて、私は手紙の差出人を見た。


 ーーリリアナ・ヘレン。


 リア、普通ファンレターと言うものは、本名を隠してペンネームで送るものなのだぞ。

 私は、綺麗に封を切って中身を取り出した。



 ーー親愛なるクリンゲル・ホームズ様

 クリンゲル様、先日、宮殿にて断罪裁判が開かれました!

 そこで私は、ロバート殿下から婚約破棄されて国外追放になるはずだったのですが…………。以下略

 新しい書籍お待ちしております。

 クリンゲル様の信奉者 リリアナ・ヘレンよりーー



 ……ここまでくるのに、長い時間がかかった。

 リリアナからの手紙を大事に文箱にしまって、私は達成感に浸った。


 リリアナをロバートから取り戻すために、私はまずリリアナ自体の意識改革をしようと考え、悪役令嬢ものの小説を書きまくった。

 書くもの全ての結末は、必ず婚約破棄とし、婚約破棄することにリリアナが抵抗することのないように一番神経を使って書き示した。


 私の予想通り、リリアナは友人に勧められて、『クリンゲル・ホームズ』の小説を読み漁り、やがて悪役令嬢に魅入られることとなる。

 いい頃合いで、男爵令嬢セラ・リノンを投入し、ロバート及び取り巻きを陥落させ、断罪裁判まで持ち込んだ。


 結果、リリアナを手中におさめることができた。

 このまま早く婚姻までもっていきたい。

 次の新作は、悪役令嬢が幸せな結婚生活を送る内容にしようかな。





 ーー不敵に笑う第一王子のことを誰も知る由はなかった。


 《おまけ side ベル殿下 終》
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家計を支える為宮殿に出仕した子爵令嬢は、憧れの麗人の侍女となる

星 佑紀
恋愛
【旧題】悪役令嬢の小説に憧れて宮殿に出仕した子爵令嬢は、公爵令嬢から溺愛される 生まれながらに貧乏な下級貴族の出である、リッツ子爵令嬢アデリア・リッツは、実家の生活費を稼ぐために、自ら宮殿へ出仕することを決意する。 彼女は、とある一冊の本を胸に、魔の巣窟であるマテリア帝国の宮殿へと一歩足を進めた。 「一生懸命働いてお給金をもらいつつ、憧れの公爵令嬢様のお顔を陰ながら拝見させていただきますわ‼︎(恍惚)」 彼女が胸に抱く本は、世界を股に掛ける小説作家クリンゲル・ホームズ氏 著書の『悪役令嬢は能無し婚約者に印籠を渡す』という大衆小説であり、なけなしのお金をはたいて購入した彼女の大切な宝物だった。 「あら、あの子は……。(ジト目)」 ……一心不乱に憧れを追いかけ回す彼女には、密かに舌舐めずりする公爵令嬢の重たい思いに気づく暇はなかったのであった。 ※大幅な加筆修正を行いました。(2023.08.19〜09.07) ※ 続編を連載中です。 ※本編より、自作小説『断罪裁判は蜜の味』の一部キャラクターが登場します。 ※続編より、自作小説『灰かぶり姫と月の魔法使い』の一部キャラクターが登場します。 ※尚、本作品と自作の他作品の世界は全て繋がっており、時系列もほぼほぼ一致しております。(多少のズレはあります。) ※アプリで閲覧される際は縦読み推奨です。 ※予告なく加筆修正致します。

引きこもりニートが、クーデター組織に入った話

星 佑紀
恋愛
「引きこもり楽しー!」 実家で悠々自適な引きこもりニート生活を謳歌していたジャスミン・レイヤーは、姉貴の長男(甥っ子)の子守りをしている最中に、父親から、とあるアルバイトを紹介される。 「『みんなで母国を守るぞ! スピカ団員 募集中!』だって? アホくさ。(笑)」 いろいろなことが重なって、結局彼女は、そのスピカの一員となるのだが…………。 「ジョナサン、……男だけど、お前を愛している!」 「いや、僕、女なのですが⁉︎」 ※関連作品 『親友に裏切られて国外追放された悪役令嬢は、聖女になって返り咲く』 ※アプリで閲覧される際は縦読み推奨です。 ※予告なく加筆修正致します。

山小屋の男をたぶらかそうとした雪女は、三児の母となる

星 佑紀
恋愛
「……すみませんが、今晩ここに泊めてもらえないでしょうか?」 雪が降り積もるニホン帝国のとある山奥に、一人の女性が立っていた。 どうやら、彼女は山小屋を一軒ごとに回って、若い男性を誑かしている雪女らしい。 今夜も雪女は、ニヤニヤしながら凍てつく山小屋の扉を叩くのであった。 ――六年後―― 彼女は三児の母となって、山小屋から出られない状況に陥っていた!(汗) 「な、なんでなの~⁉」 「ユキちゃん、大好きだよ‼ ……勿論、逃げたりしないよね?(圧)」 「ひいいいい‼(ガクブル)」 これは、大好きな家族から逃げようとする雪女と、最愛の雪女を逃すつもりのない、とある男のお話。 ※関連作品 『断罪裁判は蜜の味』 『国外追放された魔法使いの不思議な館』 ※クロスオーバー作品になります。尚、本作品と自作の他作品の世界は全て繋がっており、時系列もほぼほぼ一致しております。(多少のズレはあります。) ※アプリで閲覧される際は縦読み推奨です。 ※予告なく加筆修正致します。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

腐女子な女兵士がボロボロな少女を助けたら…。

星 佑紀
恋愛
『班長、本日をもって、私エリン・マラスカスは除隊致します!』 トルネード王国のとあるカルスト台地にて、軍事演習に参加していた救護班所属兵士エリン・マラスカス(隠れ腐女子)は、とある草むらで横たわっている少女を発見する。エリンは、すぐさま上司に報告するが、上司は、既に被爆した少女がもう助からないと告げ、少女に対してサーベルを振り下ろす。サーベルで切られる寸前だった少女を庇って負傷したエリンは、除隊を申し出て、少女を背負って部隊から外れることになった。しかし、エリンが助けた少女は、指名手配されていた、とある王族のお方で……。 『皆に、エリンが腐女子ってこと黙っておいてあげるから、……わかるよね?(真顔)』 『な、なんでそうなるの〜⁉︎』 ※関連作品 『親友に裏切られて国外追放された悪役令嬢は、聖女になって返り咲く』

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

何故か地雷を踏んでしまうモブの受難

星 佑紀
恋愛
僕、ロイド・フォルセットには、とある悩みがある。それは――。 「れ、レイン様、おやめください‼」 「カリン、もう私は待てないのだ!」 「レイン様、……好き。(赤面)」 「カリン――!」 ――いつも、男女がイチャイチャしている場面に出くわしてしまうことだ。(困惑) ――世界を旅するモブの、色んな意味での冒険が、今始まる!―― 「いや、始まらなくていいから!(激おこ)」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...