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修理
材料回収
しおりを挟むその日の夜。いつものように私はグスタフと一緒のベッドに寝ていた。
グスタフが寝静まるのを待って私はベッドから抜け出した。
グスタフが起きださないようにそっと。今日も麻酔薬入りの夕食を食べてもらったのでよほどのことがない限り起きることはないと思うけれど、念のため。
――待っていてね。私があなたの腐敗を何とかしてあげるから。
私は蝋燭の灯りを持って、家の物置にやってきた。
――どこにしまっただろうか。あったあった。
物置の中から、お父様を埋めた時に使ったショベルを引っ張り出す。
頑丈で、穴が掘りやすいように先がとがっていて、軽いシャベル。とても扱いやすい。
――あと必要なのは、のこぎり……。これこれ。
私はシャベルとのこぎりを抱えて家の外に出た。
家の外には村でたくさん買い物した時のための手押しの荷車があった。荷台にシャベルとのこぎりを乗せると、グスタフに気づかれないように、なるべく音を立てないように荷車を押していった。
――グスタフの腐敗を止めるために材料を回収しよう。
〇
私の目的地は村、いいえ、墓場だった。
これから行うことは誰にも知られるわけにいかない。グスタフにも、ここにすむ村人たちにも知られるわけにはいかない。
灯りをつけていると誰かに気づかれるかもしれないので、月明かりだけを頼りに歩く。
ここの村の墓場は小高い丘の上にある。丘の上からは村の様子がわかりやすいが、村からは丘の上の様子はわかりにくい。
とても好都合だった。
私は墓場にやってくると、今日埋葬された青年の墓を掘り始めた。
昨日亡くなったばかりの新鮮な遺体、それもグスタフと背格好や年齢のよく似た青年の遺体が埋まっているのだ。
私はそれが欲しかった。
グスタフの体は一度死んでからかなりの日数が経っていて腐り始めている。このままだと手足が腐り落ちてしまうだろう。
そうなる前に新鮮な体に付け替えてあげるのだ。
そもそも一度、グスタフの体はドラゴンに真っ二つにかみ切られてしまっているのだ。普通なら噛みちぎられた下半身を動かすことはできない。しかしグスタフは死霊術のおかげか、死んでいるときに治療術で綺麗に接合しておくと、一度ちぎれた下半身を動かすことができた。
つまり、一度切断されても治療術でくっつけてあげる事ができるということ。
もしかしたら今日亡くなった青年の腕をつなげることができるかもしれない。
私は既に死んでしまった青年の身体を有効活用するべく、墓を掘り返した。埋められたばかりの墓はまだ地面が固まりきっておらず、軽い力で土をどかすことができた。
掘り進めて行くとシャベルが固いものにぶつかった。周りの土をどけていくと木製の棺が出てきた。
新鮮な青年の遺体の入った棺。グスタフの交換パーツが入った棺。
私は棺の隙間にショベルを突き立てた。てこの原理を利用して、棺の蓋をあける。
中には安らかな表情で永遠の眠りについた青年が横たわっていた。
棺の中で眠る青年に声をかける。
「あなたの体を有効活用してあげるから。もしかしたら、あなたはこのために生まれてきたのかもしれないね」
当然のように返事はない。
私は棺の中に腕を差し入れて、青年を持ち上げようとした。しかし、立派な体つきの青年を抱え上げるのは難しかった。
お父様やベンノさんはほっそりとした体格だったので引きずることができたのに、この青年は重たい。私の力では棺から出すことができなかった。
もし私が筋肉隆々の戦士であったならば、楽々青年を担ぎあげることができたのかもしれない。しかしそんな訳はない。教会の聖女として皆に大切にされてきた生活を送ってきた。筋肉はそこらへんの村娘より貧弱だ。おそらくマルグリットおばさんのほうが私より力があるだろう。むしろ、普段畑仕事をしている彼女なら、ひょいっと持ち上げてしまうかもしれない。
新鮮な体を持ち帰らなければ、グスタフの右腕を取り替えてあげることができない。
――しかたがない。
私は青年の遺体を持ってかえることを諦めた。
今後のために予備のパーツをすべて持って帰りたかったが、今必要なパーツだけを回収することにしよう。またパーツが必要になったら取りに来たらいいのだ。もう彼は動くことはないのだから。
私はのこぎりを荷車から取り出すと、彼の右腕の付け根をごりごりと切っていく。骨を断ち切ろうとするのは苦労するので、肩と腕の骨の間にのこぎりの刃が通るように注意する。
「よいしょよいしょ、なかなか切れないな。早く君の腕をくれないかな」
人体の解体など初めてのことなので、順調に作業は進まなかった。
切り取り作業がなかなか思うようにいかないことにいらいらする。もっとスパッと簡単に取れたらいいのに。
素直に譲ってくれない青年に少し腹がたつ。青年は死んでいて、右腕なんて必要ないんだから簡単に取れてもいいのに。グスタフが必要としているのだ。むしろ青年はそのためだけに、死から蘇り、自身の右腕を引きちぎり、喜んで差し出すべきだろう。
ドロドロと腕の切り口から血がでてくる。私の服にもたくさん血がかかってしまう。
――後でしっかりと洗わないと……
のこぎりを必死に動かして徐々に青年の右腕を切り離していく。傷口からは血がどろりと流れててきた。
のこぎりを上下に動かす作業を20分ほど続けて、ようやく青年の右腕を取り外すことができた。
まだ腐りかけていない新鮮な男の右腕。ぬらぬらと血で赤く染まっていた。やはりグスタフの腕とほぼ同じ太さだった。
――これならうまくいきそう。
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