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自分が目を離した、ほんの僅かの間に起こった惨状に、驚きと戸惑いが同時に起こる。
ティアの病室だった部屋には、当のティアが血に濡れた腕をだらりと下げて立っている。そしてティアの側には、血の海の中に倒れているジェイと、その背中で泣いているセティの姿。何があった? ヴァリスがそう思うより早く。
「なっ」
ヴァリスを見て、ティアが浮かべた笑みに、戦慄が走る。だが。……この笑みは、どこかで見たことがある。
「スーヴァルド!」
思わず、叫ぶ。
「当たりだ、ヴァリストザード」
ティアの口から、スーヴァルド神の声が迸る。
「その顔からすると、私の操作は切れてしまったようだな。……まあ、ティアリルの、ルディテレスの身体を乗っ取れたのだから、良しとしよう」
世界に『影』をばらまいたのも、悪意の固まりである『四天王』を作ったのも、自分と対等の『力』を持ち、自分を裏切ったルディテレスの生まれ変わりを探す為。世界に嘘をつき、自分に近しい北の国の王を狂わせたのも、全て、ルディテレスによって失った自身の力を取り戻す為。今のティアの身体は、神々の成れの果てである『四天王』を封じているから、『力』の点では申し分ない。そう言って、スーヴァルドはティアの顔で口の端を上げる。その言葉の残忍な響きに、ヴァリスの怒りは一気に沸点に達した。
スーヴァルドはヴァリスを騙し、ティアを過酷な運命へと突き飛ばし、母であるフェイリルーナの幸せを奪い、恩人であるアレイサートの死の原因を作った。その上更に、ティアに仲間を、ジェイとセティを殺させるとは。
「スーヴァルド!」
腰の剣を抜き、ティアに向かって構える。
だが。
「ヴァリス」
次にティアの口から出たのは、間違いなくティア自身の声だった。
殺せない。自分にティアは殺せない。先程ティアの首を絞めた時の感覚が、不意に蘇る。あんなことは、もう二度とごめんだ。そう感じた、次の瞬間。
「……あ」
ヴァリスの剣がティアの手の中にあるのに、気付く。いつの間に。唖然とするヴァリスより早く、ティアの手の中の剣は、ヴァリスの胸を襲っていた。
痛みを予測し、歯を食いしばる。だが、痛みは来なかった。
「ヴァリス!」
ハルの声が、耳と心を強く叩く。
「何ぼけっとしてんだ!」
ヴァリスの目の前では、ハルとティアが剣の奪い合いをしていた。
「早く、ティアを押さえろ!」
ハルの言葉は、正しい。だが、躊躇いが、ヴァリスの身体を動かさない。
次の瞬間。
「うわっ!」
ハルの身体がヴァリスの方へ飛んでくる。何とか受け止めたヴァリスだが、衝撃で床に尻餅をついてしまった。
そして。
「……ハル?」
ヴァリスの腕の中で動かないハルに、戸惑いを覚える。その白いローブに血が滲んでいるのを、ヴァリスは驚きとともに感じた。
スーヴァルドに乗っ取られたティアを、このままにはしておけない。それだけは、分かる。だが。躊躇いが、抜けない。
ヴァリスは呆然と、血の中で微笑むティアを見つめた。
ティアの病室だった部屋には、当のティアが血に濡れた腕をだらりと下げて立っている。そしてティアの側には、血の海の中に倒れているジェイと、その背中で泣いているセティの姿。何があった? ヴァリスがそう思うより早く。
「なっ」
ヴァリスを見て、ティアが浮かべた笑みに、戦慄が走る。だが。……この笑みは、どこかで見たことがある。
「スーヴァルド!」
思わず、叫ぶ。
「当たりだ、ヴァリストザード」
ティアの口から、スーヴァルド神の声が迸る。
「その顔からすると、私の操作は切れてしまったようだな。……まあ、ティアリルの、ルディテレスの身体を乗っ取れたのだから、良しとしよう」
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スーヴァルドはヴァリスを騙し、ティアを過酷な運命へと突き飛ばし、母であるフェイリルーナの幸せを奪い、恩人であるアレイサートの死の原因を作った。その上更に、ティアに仲間を、ジェイとセティを殺させるとは。
「スーヴァルド!」
腰の剣を抜き、ティアに向かって構える。
だが。
「ヴァリス」
次にティアの口から出たのは、間違いなくティア自身の声だった。
殺せない。自分にティアは殺せない。先程ティアの首を絞めた時の感覚が、不意に蘇る。あんなことは、もう二度とごめんだ。そう感じた、次の瞬間。
「……あ」
ヴァリスの剣がティアの手の中にあるのに、気付く。いつの間に。唖然とするヴァリスより早く、ティアの手の中の剣は、ヴァリスの胸を襲っていた。
痛みを予測し、歯を食いしばる。だが、痛みは来なかった。
「ヴァリス!」
ハルの声が、耳と心を強く叩く。
「何ぼけっとしてんだ!」
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「早く、ティアを押さえろ!」
ハルの言葉は、正しい。だが、躊躇いが、ヴァリスの身体を動かさない。
次の瞬間。
「うわっ!」
ハルの身体がヴァリスの方へ飛んでくる。何とか受け止めたヴァリスだが、衝撃で床に尻餅をついてしまった。
そして。
「……ハル?」
ヴァリスの腕の中で動かないハルに、戸惑いを覚える。その白いローブに血が滲んでいるのを、ヴァリスは驚きとともに感じた。
スーヴァルドに乗っ取られたティアを、このままにはしておけない。それだけは、分かる。だが。躊躇いが、抜けない。
ヴァリスは呆然と、血の中で微笑むティアを見つめた。
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