54 / 63
10-6
しおりを挟む
自分が目を離した、ほんの僅かの間に起こった惨状に、驚きと戸惑いが同時に起こる。
ティアの病室だった部屋には、当のティアが血に濡れた腕をだらりと下げて立っている。そしてティアの側には、血の海の中に倒れているジェイと、その背中で泣いているセティの姿。何があった? ヴァリスがそう思うより早く。
「なっ」
ヴァリスを見て、ティアが浮かべた笑みに、戦慄が走る。だが。……この笑みは、どこかで見たことがある。
「スーヴァルド!」
思わず、叫ぶ。
「当たりだ、ヴァリストザード」
ティアの口から、スーヴァルド神の声が迸る。
「その顔からすると、私の操作は切れてしまったようだな。……まあ、ティアリルの、ルディテレスの身体を乗っ取れたのだから、良しとしよう」
世界に『影』をばらまいたのも、悪意の固まりである『四天王』を作ったのも、自分と対等の『力』を持ち、自分を裏切ったルディテレスの生まれ変わりを探す為。世界に嘘をつき、自分に近しい北の国の王を狂わせたのも、全て、ルディテレスによって失った自身の力を取り戻す為。今のティアの身体は、神々の成れの果てである『四天王』を封じているから、『力』の点では申し分ない。そう言って、スーヴァルドはティアの顔で口の端を上げる。その言葉の残忍な響きに、ヴァリスの怒りは一気に沸点に達した。
スーヴァルドはヴァリスを騙し、ティアを過酷な運命へと突き飛ばし、母であるフェイリルーナの幸せを奪い、恩人であるアレイサートの死の原因を作った。その上更に、ティアに仲間を、ジェイとセティを殺させるとは。
「スーヴァルド!」
腰の剣を抜き、ティアに向かって構える。
だが。
「ヴァリス」
次にティアの口から出たのは、間違いなくティア自身の声だった。
殺せない。自分にティアは殺せない。先程ティアの首を絞めた時の感覚が、不意に蘇る。あんなことは、もう二度とごめんだ。そう感じた、次の瞬間。
「……あ」
ヴァリスの剣がティアの手の中にあるのに、気付く。いつの間に。唖然とするヴァリスより早く、ティアの手の中の剣は、ヴァリスの胸を襲っていた。
痛みを予測し、歯を食いしばる。だが、痛みは来なかった。
「ヴァリス!」
ハルの声が、耳と心を強く叩く。
「何ぼけっとしてんだ!」
ヴァリスの目の前では、ハルとティアが剣の奪い合いをしていた。
「早く、ティアを押さえろ!」
ハルの言葉は、正しい。だが、躊躇いが、ヴァリスの身体を動かさない。
次の瞬間。
「うわっ!」
ハルの身体がヴァリスの方へ飛んでくる。何とか受け止めたヴァリスだが、衝撃で床に尻餅をついてしまった。
そして。
「……ハル?」
ヴァリスの腕の中で動かないハルに、戸惑いを覚える。その白いローブに血が滲んでいるのを、ヴァリスは驚きとともに感じた。
スーヴァルドに乗っ取られたティアを、このままにはしておけない。それだけは、分かる。だが。躊躇いが、抜けない。
ヴァリスは呆然と、血の中で微笑むティアを見つめた。
ティアの病室だった部屋には、当のティアが血に濡れた腕をだらりと下げて立っている。そしてティアの側には、血の海の中に倒れているジェイと、その背中で泣いているセティの姿。何があった? ヴァリスがそう思うより早く。
「なっ」
ヴァリスを見て、ティアが浮かべた笑みに、戦慄が走る。だが。……この笑みは、どこかで見たことがある。
「スーヴァルド!」
思わず、叫ぶ。
「当たりだ、ヴァリストザード」
ティアの口から、スーヴァルド神の声が迸る。
「その顔からすると、私の操作は切れてしまったようだな。……まあ、ティアリルの、ルディテレスの身体を乗っ取れたのだから、良しとしよう」
世界に『影』をばらまいたのも、悪意の固まりである『四天王』を作ったのも、自分と対等の『力』を持ち、自分を裏切ったルディテレスの生まれ変わりを探す為。世界に嘘をつき、自分に近しい北の国の王を狂わせたのも、全て、ルディテレスによって失った自身の力を取り戻す為。今のティアの身体は、神々の成れの果てである『四天王』を封じているから、『力』の点では申し分ない。そう言って、スーヴァルドはティアの顔で口の端を上げる。その言葉の残忍な響きに、ヴァリスの怒りは一気に沸点に達した。
スーヴァルドはヴァリスを騙し、ティアを過酷な運命へと突き飛ばし、母であるフェイリルーナの幸せを奪い、恩人であるアレイサートの死の原因を作った。その上更に、ティアに仲間を、ジェイとセティを殺させるとは。
「スーヴァルド!」
腰の剣を抜き、ティアに向かって構える。
だが。
「ヴァリス」
次にティアの口から出たのは、間違いなくティア自身の声だった。
殺せない。自分にティアは殺せない。先程ティアの首を絞めた時の感覚が、不意に蘇る。あんなことは、もう二度とごめんだ。そう感じた、次の瞬間。
「……あ」
ヴァリスの剣がティアの手の中にあるのに、気付く。いつの間に。唖然とするヴァリスより早く、ティアの手の中の剣は、ヴァリスの胸を襲っていた。
痛みを予測し、歯を食いしばる。だが、痛みは来なかった。
「ヴァリス!」
ハルの声が、耳と心を強く叩く。
「何ぼけっとしてんだ!」
ヴァリスの目の前では、ハルとティアが剣の奪い合いをしていた。
「早く、ティアを押さえろ!」
ハルの言葉は、正しい。だが、躊躇いが、ヴァリスの身体を動かさない。
次の瞬間。
「うわっ!」
ハルの身体がヴァリスの方へ飛んでくる。何とか受け止めたヴァリスだが、衝撃で床に尻餅をついてしまった。
そして。
「……ハル?」
ヴァリスの腕の中で動かないハルに、戸惑いを覚える。その白いローブに血が滲んでいるのを、ヴァリスは驚きとともに感じた。
スーヴァルドに乗っ取られたティアを、このままにはしておけない。それだけは、分かる。だが。躊躇いが、抜けない。
ヴァリスは呆然と、血の中で微笑むティアを見つめた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる