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強い振動が、ティアの意識を目覚めさせる。
「またっ! もう少し慎重に走らせてって言ったでしょ!」
癇性に満ちたリサの声が、少し遠くに聞こえた。
「起きたの? ごめんなさいね」
振動が小刻みに戻ってから、リサはティアの額にその細い指を乗せた。
「まだ熱があるわ。眠りなさい」
リサの言葉にこくりと頷き、目を閉じる。
自分は、どこかへ連れて行かれているようだ。ぼうっとした頭で、ティアはそれだけ考えた。
まだ、身体がだるい。少し眠ろう。だが、乗り物の振動とは違う、啜り泣きのような声が、ティアを眠らせなかった。
だから。
〈リサ、なぜ泣いてるの?〉
左手をリサの方へ動かしてから、そう問う。
「……ティア?」
ティアの問いに、リサは吃驚した声を発した。
しばらくは、無言の状態が続く。
「……私にはね、弟が三人いたの」
そして徐に、リサは口を開いた。
「どこかに遊びに行く時には、こんな風に一緒の馬車に乗ったのよ」
ノイトトース王国の先王には、四人の后と五人の子供がいた。リサは、正妃と先王の間に生まれた、唯一の子供。そしてリサと同い年の現王ハーサリッシュは、第二王妃の子供だった。正妃に男の子がいなかったから、結局先王の死後、ハーサが王位に就いた。そしてその直後、ハーサは二人の異母弟を、残酷な方法で殺した。
〈もう一人の、弟は?〉
リサの悲しみを感じながら、尋ねる。
ティアの問いに、リサは泣き声でふふっと笑った。
「その子は、生き延びたわ」
リサの末の弟、クレアは、産みの母の機転で女の子として育てられた。だから、ハーサが王位に就いた時も、母子は城を追い出されるだけで済んだ。
「クレアの母親はフェイリルーナっていってね、あなたと同じ、紫の瞳を持っていた」
いつか、あなたも彼女に会う機会があるかもしれない。リサの声が急に遠くに、響いた。
次に目が覚めた時には、振動は止まっていた。
「ごめんなさいね、ティア」
代わりに聞こえたのは、リサの沈んだ言葉。
現在ティアがいる場所は、ノイトトース王国の西にある町フィナロカリ城の地下室だと、リサの声が言う。冷たい空気と滴り落ちる滴の音が、ティアの体と心を震わせた。
「生け贄を攫おうとする不逞の輩がいる」。これが、疑り深いハーサが、ティアを地下牢に入れた理由。ティアの体調を理由にリサは勿論反対したが、ハーサは全く聞く耳持たなかったという。
「でも、私も一緒にここに居るわ」
強い声が、ティアの耳を打つ。こんな、冷たい地下なのに。リサの優しさと強さに、ティアは思わず首を横に振った。
〈僕は、大丈夫です。だから、リサは……〉
「気にしなくて良いのよ。これは私の我が儘なんだから」
まだ熱が下がらないのだから、あなたは、眠りなさい。優しい声が、響く。
安らかな気持ちになり、ティアはそっと、瞳を閉じた。
「またっ! もう少し慎重に走らせてって言ったでしょ!」
癇性に満ちたリサの声が、少し遠くに聞こえた。
「起きたの? ごめんなさいね」
振動が小刻みに戻ってから、リサはティアの額にその細い指を乗せた。
「まだ熱があるわ。眠りなさい」
リサの言葉にこくりと頷き、目を閉じる。
自分は、どこかへ連れて行かれているようだ。ぼうっとした頭で、ティアはそれだけ考えた。
まだ、身体がだるい。少し眠ろう。だが、乗り物の振動とは違う、啜り泣きのような声が、ティアを眠らせなかった。
だから。
〈リサ、なぜ泣いてるの?〉
左手をリサの方へ動かしてから、そう問う。
「……ティア?」
ティアの問いに、リサは吃驚した声を発した。
しばらくは、無言の状態が続く。
「……私にはね、弟が三人いたの」
そして徐に、リサは口を開いた。
「どこかに遊びに行く時には、こんな風に一緒の馬車に乗ったのよ」
ノイトトース王国の先王には、四人の后と五人の子供がいた。リサは、正妃と先王の間に生まれた、唯一の子供。そしてリサと同い年の現王ハーサリッシュは、第二王妃の子供だった。正妃に男の子がいなかったから、結局先王の死後、ハーサが王位に就いた。そしてその直後、ハーサは二人の異母弟を、残酷な方法で殺した。
〈もう一人の、弟は?〉
リサの悲しみを感じながら、尋ねる。
ティアの問いに、リサは泣き声でふふっと笑った。
「その子は、生き延びたわ」
リサの末の弟、クレアは、産みの母の機転で女の子として育てられた。だから、ハーサが王位に就いた時も、母子は城を追い出されるだけで済んだ。
「クレアの母親はフェイリルーナっていってね、あなたと同じ、紫の瞳を持っていた」
いつか、あなたも彼女に会う機会があるかもしれない。リサの声が急に遠くに、響いた。
次に目が覚めた時には、振動は止まっていた。
「ごめんなさいね、ティア」
代わりに聞こえたのは、リサの沈んだ言葉。
現在ティアがいる場所は、ノイトトース王国の西にある町フィナロカリ城の地下室だと、リサの声が言う。冷たい空気と滴り落ちる滴の音が、ティアの体と心を震わせた。
「生け贄を攫おうとする不逞の輩がいる」。これが、疑り深いハーサが、ティアを地下牢に入れた理由。ティアの体調を理由にリサは勿論反対したが、ハーサは全く聞く耳持たなかったという。
「でも、私も一緒にここに居るわ」
強い声が、ティアの耳を打つ。こんな、冷たい地下なのに。リサの優しさと強さに、ティアは思わず首を横に振った。
〈僕は、大丈夫です。だから、リサは……〉
「気にしなくて良いのよ。これは私の我が儘なんだから」
まだ熱が下がらないのだから、あなたは、眠りなさい。優しい声が、響く。
安らかな気持ちになり、ティアはそっと、瞳を閉じた。
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