混沌の刻へ

風城国子智

文字の大きさ
上 下
42 / 63

9-3

しおりを挟む
 強い振動が、ティアの意識を目覚めさせる。
「またっ! もう少し慎重に走らせてって言ったでしょ!」
 癇性に満ちたリサの声が、少し遠くに聞こえた。
「起きたの? ごめんなさいね」
 振動が小刻みに戻ってから、リサはティアの額にその細い指を乗せた。
「まだ熱があるわ。眠りなさい」
 リサの言葉にこくりと頷き、目を閉じる。
 自分は、どこかへ連れて行かれているようだ。ぼうっとした頭で、ティアはそれだけ考えた。
 まだ、身体がだるい。少し眠ろう。だが、乗り物の振動とは違う、啜り泣きのような声が、ティアを眠らせなかった。
 だから。
〈リサ、なぜ泣いてるの?〉
 左手をリサの方へ動かしてから、そう問う。
「……ティア?」
 ティアの問いに、リサは吃驚した声を発した。
 しばらくは、無言の状態が続く。
「……私にはね、弟が三人いたの」
 そして徐に、リサは口を開いた。
「どこかに遊びに行く時には、こんな風に一緒の馬車に乗ったのよ」
 ノイトトース王国の先王には、四人の后と五人の子供がいた。リサは、正妃と先王の間に生まれた、唯一の子供。そしてリサと同い年の現王ハーサリッシュは、第二王妃の子供だった。正妃に男の子がいなかったから、結局先王の死後、ハーサが王位に就いた。そしてその直後、ハーサは二人の異母弟を、残酷な方法で殺した。
〈もう一人の、弟は?〉
 リサの悲しみを感じながら、尋ねる。
 ティアの問いに、リサは泣き声でふふっと笑った。
「その子は、生き延びたわ」
 リサの末の弟、クレアは、産みの母の機転で女の子として育てられた。だから、ハーサが王位に就いた時も、母子は城を追い出されるだけで済んだ。
「クレアの母親はフェイリルーナっていってね、あなたと同じ、紫の瞳を持っていた」
 いつか、あなたも彼女に会う機会があるかもしれない。リサの声が急に遠くに、響いた。

 次に目が覚めた時には、振動は止まっていた。
「ごめんなさいね、ティア」
 代わりに聞こえたのは、リサの沈んだ言葉。
 現在ティアがいる場所は、ノイトトース王国の西にある町フィナロカリ城の地下室だと、リサの声が言う。冷たい空気と滴り落ちる滴の音が、ティアの体と心を震わせた。
 「生け贄を攫おうとする不逞の輩がいる」。これが、疑り深いハーサが、ティアを地下牢に入れた理由。ティアの体調を理由にリサは勿論反対したが、ハーサは全く聞く耳持たなかったという。
「でも、私も一緒にここに居るわ」
 強い声が、ティアの耳を打つ。こんな、冷たい地下なのに。リサの優しさと強さに、ティアは思わず首を横に振った。
〈僕は、大丈夫です。だから、リサは……〉
「気にしなくて良いのよ。これは私の我が儘なんだから」
 まだ熱が下がらないのだから、あなたは、眠りなさい。優しい声が、響く。
 安らかな気持ちになり、ティアはそっと、瞳を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

呪う一族の娘は呪われ壊れた家の元住人と共に

焼魚圭
ファンタジー
唐津 那雪、高校生、恋愛経験は特に無し。 メガネをかけたいかにもな非モテ少女。 そんな彼女はあるところで壊れた家を見つけ、魔力を感じた事で危機を感じて急いで家に帰って行った。 家に閉じこもるもそんな那雪を襲撃する人物、そしてその男を倒しに来た男、前原 一真と共に始める戦いの日々が幕を開ける! ※本作品はノベルアップ+にて掲載している紅魚 圭の作品の中の「魔導」のタグの付いた作品の設定や人物の名前などをある程度共有していますが、作品群としては全くの別物であります。

お題小説

ルカ(聖夜月ルカ)
ファンタジー
ある時、瀕死の状態で助けられた青年は、自分にまつわる記憶の一切を失っていた… やがて、青年は自分を助けてくれたどこか理由ありの女性と旅に出る事に… 行く先々で出会う様々な人々や奇妙な出来事… 波瀾に満ちた長編ファンタジーです。 ※表紙画は水無月秋穂様に描いていただきました。

仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか

サクラ近衛将監
ファンタジー
 レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。  昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。  記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。  二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。  男はその未来を変えるべく立ち上がる。  この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。  この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。    投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

虹の軍勢

神無月 紅
ファンタジー
大変革。 それは、地球と異世界が接触した日を指す言葉。 大変革により異世界から魔力が地球に流入し、さまざまな障害により通信網は遮断され、コンピュータの類もほとんど使えなくなる。 兵器も魔力による恩恵がなければほとんど役に立たなくなり……文明は後退した。 だが、大変革を迎えてからも人間はしぶとく生き残り、魔力を取り込む形で文明を再建する。 また、大変革と同時に超能力や魔法といったものを使う者が現れ、その人々は異世界のモンスターに対する戦力として活動する。 白鷺白夜は、日本の対異世界部隊トワイライトの訓練校ネクストの生徒として、日常と青春を謳歌していた。 小説家になろう、カクヨムにて同時投稿しています。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

宮廷の九訳士と後宮の生華

狭間夕
キャラ文芸
宮廷の通訳士である英明(インミン)は、文字を扱う仕事をしていることから「暗号の解読」を頼まれることもある。ある日、後宮入りした若い妃に充てられてた手紙が謎の文字で書かれていたことから、これは恋文ではないかと噂になった。真相は単純で、兄が妹に充てただけの悪意のない内容だったが、これをきっかけに静月(ジンユェ)という若い妃のことを知る。通訳士と、後宮の妃。立場は違えど、後宮に生きる華として、二人は陰謀の渦に巻き込まれることになって――

処理中です...