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「うん、私のお古でちょうど良いわね。良かった」
弾けるような明るさの声に、はっと目を覚ます。
微睡んでいる間に、ティアの身体は『私の部屋』に着いていたらしい。ティアの背と下半身全体は、柔らかい物に支えられている。ここは、ソファかベッドの上らしい。
唯一自由に動かせる左手で、身体の色々なところを触ってみる。四天王の一人を封じた右腕は冷たいままだが、他の部分は火照るような熱さだ。熱があるのだろうか。先程まで自分の身体から発生していた饐えたような匂いは、全く感じられない。あの冷たい場所から助けてくれた女の人二人が、綺麗にしてくれたのだろうか。そう考えると同時に、感謝と羞恥心がティアの全身を駆け巡った。
「綺麗な瞳。紫水晶みたい」
顔の近くでの明るい声に、心臓が飛び上がる。凍ったバラのような香りが、目の前にいる人が「リサ様」と呼ばれていた人であることを知らせていた。
「右腕も固まってしまっているけど、目も見えないのね」
冷たい指が、ティアの額を優しく撫でる。陶然とした感覚に、ティアの唇は綻んだ。
だが、……やはり、声は出ない。感謝の意を、伝えたいのに。
「私は、リューシュリサ。リサって呼んで」
忸怩たる思いのティアを余所に、リサの声はあくまで明るかった。
「熱が、あるわね」
穏やかな香りが、つと離れる。その香りが次に近づいてきた時には、薬草の香りも一緒になっていた。
「汚れてたし、気持ち悪いかなと思って蒸風呂に入れたんだけど、かえって悪かったかしら?」
渡された飲み物に、ゆっくりと口を付ける。甘い感覚が、ティアを眠りへと誘った。
「あ、足がスースーするのは我慢してね」
飲み終わった後のコップをティアの手から外しながら、不意にリサが話題を変える。そのリサの声の調子が急に変わったのを、ティアは聞き逃さなかった。
「女の子の格好してないと、ハーサに殺されるから」
リサの声に含まれていたのは、侮蔑と、嫌悪感。明るい声には似合わないその感情に、ティアの心は悲しくなった。
だから。
〈あの〉
左手でリサに触れ、言葉を紡ぐ。母の形見である笛は無くしてしまったが、ベルサージャからもらった腕輪は、まだ左手首にある。そのことが、ティアをほっとさせていた。
「うわっ、吃驚した」
予想通り、リサは驚きの声を上げる。
リサに触れたまま、ティアは説明を重ねた。
〈この腕輪の魔法で、言葉を伝えているんです。……声を失ってしまったので〉
「ふうん」
リサの声に含まれた好奇心に、ほっとする。
感謝の言葉をリサに伝えてから、ところで、と前置きして、ティアは思ったことをそのままリサに聞いてみた。
〈男の子が、嫌いなんですか? ハーサ、って人〉
「逆よ、逆」
ティアの問いに対し、再びの侮蔑の声がリサの口から漏れる。
「大好きだから、酷いことして殺しちゃうのよ、あいつは」
女性は死ぬほど嫌いらしいから、女装している限りハーサはティアに近寄って来すらしない。だから、安全。リサはそう言うと、ティアに眠るよう勧めた。
「眠るのが、一番よ」
横になったティアの身体に、リサが優しく毛布を掛ける。薬の所為か、熱の所為か、すぐにティアはうとうとし始めた。
だが。
「これ以上、ハーサに奪われるのは、お断りだわ」
リサが小さく発した、鋭角の声に、はっと目を開く。
だが、ティアが疑問を発するより早く、ティアの意識は再び闇の中へと溶けていった。
弾けるような明るさの声に、はっと目を覚ます。
微睡んでいる間に、ティアの身体は『私の部屋』に着いていたらしい。ティアの背と下半身全体は、柔らかい物に支えられている。ここは、ソファかベッドの上らしい。
唯一自由に動かせる左手で、身体の色々なところを触ってみる。四天王の一人を封じた右腕は冷たいままだが、他の部分は火照るような熱さだ。熱があるのだろうか。先程まで自分の身体から発生していた饐えたような匂いは、全く感じられない。あの冷たい場所から助けてくれた女の人二人が、綺麗にしてくれたのだろうか。そう考えると同時に、感謝と羞恥心がティアの全身を駆け巡った。
「綺麗な瞳。紫水晶みたい」
顔の近くでの明るい声に、心臓が飛び上がる。凍ったバラのような香りが、目の前にいる人が「リサ様」と呼ばれていた人であることを知らせていた。
「右腕も固まってしまっているけど、目も見えないのね」
冷たい指が、ティアの額を優しく撫でる。陶然とした感覚に、ティアの唇は綻んだ。
だが、……やはり、声は出ない。感謝の意を、伝えたいのに。
「私は、リューシュリサ。リサって呼んで」
忸怩たる思いのティアを余所に、リサの声はあくまで明るかった。
「熱が、あるわね」
穏やかな香りが、つと離れる。その香りが次に近づいてきた時には、薬草の香りも一緒になっていた。
「汚れてたし、気持ち悪いかなと思って蒸風呂に入れたんだけど、かえって悪かったかしら?」
渡された飲み物に、ゆっくりと口を付ける。甘い感覚が、ティアを眠りへと誘った。
「あ、足がスースーするのは我慢してね」
飲み終わった後のコップをティアの手から外しながら、不意にリサが話題を変える。そのリサの声の調子が急に変わったのを、ティアは聞き逃さなかった。
「女の子の格好してないと、ハーサに殺されるから」
リサの声に含まれていたのは、侮蔑と、嫌悪感。明るい声には似合わないその感情に、ティアの心は悲しくなった。
だから。
〈あの〉
左手でリサに触れ、言葉を紡ぐ。母の形見である笛は無くしてしまったが、ベルサージャからもらった腕輪は、まだ左手首にある。そのことが、ティアをほっとさせていた。
「うわっ、吃驚した」
予想通り、リサは驚きの声を上げる。
リサに触れたまま、ティアは説明を重ねた。
〈この腕輪の魔法で、言葉を伝えているんです。……声を失ってしまったので〉
「ふうん」
リサの声に含まれた好奇心に、ほっとする。
感謝の言葉をリサに伝えてから、ところで、と前置きして、ティアは思ったことをそのままリサに聞いてみた。
〈男の子が、嫌いなんですか? ハーサ、って人〉
「逆よ、逆」
ティアの問いに対し、再びの侮蔑の声がリサの口から漏れる。
「大好きだから、酷いことして殺しちゃうのよ、あいつは」
女性は死ぬほど嫌いらしいから、女装している限りハーサはティアに近寄って来すらしない。だから、安全。リサはそう言うと、ティアに眠るよう勧めた。
「眠るのが、一番よ」
横になったティアの身体に、リサが優しく毛布を掛ける。薬の所為か、熱の所為か、すぐにティアはうとうとし始めた。
だが。
「これ以上、ハーサに奪われるのは、お断りだわ」
リサが小さく発した、鋭角の声に、はっと目を開く。
だが、ティアが疑問を発するより早く、ティアの意識は再び闇の中へと溶けていった。
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